政治・行政

安倍政治を問う〈4〉国民の無関心、根底にあるもの-文化学園大助教・白井聡さん

 国民の皆さん、もう覚悟してください-。

 突然の解散総選挙は、安倍晋三首相からのそんなメッセージと受け取った。「今回の選挙で与党が過半数を取れば、来年は好き放題やりますよということ。集団的自衛権の行使に関する実質的な法整備に原発再稼働の本格化、そして特定秘密保護法違反で逮捕者が出るかもしれない」

 険しいまなざしは、首相が成果を強調するアベノミクスにも向けられる。「景気浮揚は起こらなかった。円安に振ったのに輸出すら伸びなかった。これは恐るべき状態。さらなる金融緩和で相当危機的な領域に入って行きかねない」

 突きつけられているのはつまり、円と日本国債は信用が維持できるのかどうかという問いだ。「日銀の国債買い取りによって、国債に振り向けられている金融機関の資金を株式市場に誘導するのがアベノミクス。日銀が間接的に株高を演出しているにすぎない。つまりバブルだ」。重なる荒涼の光景があった。バブル化を進め、リーマン・ショックで破綻した米国の金融資本主義。「アベノミクスはバブルを積極的につくろうという政策。はじけたらどうなるか。日本国債の信用が劇的に失われれば経済が崩壊する。今、その瀬戸際に立っている」

■他力本願の愚

 政治思想が専門、戦後日本の在りようとゆがみの出発点を敗戦の否認に求めた「永続敗戦論」で名をはせた気鋭の若手論客、その舌鋒は有権者にも向かう。

 政府は、アベノミクスで大企業が上げた利益が地域の中小企業にこれから波及していくと説明する。「それが実現すると証明されたことはない。それを期待するって『奴隷根性』ですよね。自分で価値を創造するのではなく、金持ちのおこぼれがもらえるかもしれない、と」

 きっと誰かが助けてくれる-。染みついた他力本願の姿勢こそが安倍政権の独走を強く支えている、とみる。

 「例えば学生に『安倍政権の最も重要な政策は何か』と問い掛ける。僕は集団的自衛権の行使容認だと思ってヒントを出す。だが、近づきはしても『集団的自衛権』というフレーズが出てこない。何が起きても人ごとで自分にどんな影響があるか想像できない」

 それが赤裸々に露呈したのが東京電力福島第1原発の事故だ。風向き次第では首都圏も深刻な放射能汚染に見舞われていたはずだ。「そうならずに済んだのは単に運がよかっただけ。それなのに東電も経済産業省も、以前と変わらず存在し続けている」

 許しているのは「圧倒的な無関心」。

 「何もかも買い物の感覚でしか考えられない」。それが無関心の根底にあるという。「ブラック企業の話をしても、学生の感想は『そういう会社には入らないようにしたい』。今はちゃんとしている会社も、いつブラックになるか分からないのに、簡単に避けて通れると思っている」

 気に入らないものは選ばなければいい、見なければいい、という感覚。「そういう国民から搾り取るのは簡単だ」

■劣化する社会

 「戦後レジーム(体制)の脱却」を掲げる安倍首相が支持を得て、再び政権の座に返り咲いた背景に二つの文脈をみる。

 一つは、敗戦を否認し、米国に従属して冷戦の最前線を台湾や朝鮮半島に押しつけ、平和と繁栄を享受してきた日本の戦後体制「永続敗戦レジーム」。原発事故で戦後の矛盾が表面化したのに、戦後体制を脱却するどころか純化することで、良き時代の幻影になおもしがみついている。

 もう一つは、ネオリベラル化(新自由主義化)とともに起こった「再階級社会化」。「戦後、中流化が進んだ社会に再び格差が広がり、新たに下層階級となった人々を支持基盤にしているのが今の自民党」と指摘する。

 ただしその下層は経済的困窮だけを意味するのではない。「『嫌韓・嫌中本』を消費する多くは高齢者。ごく普通のサラリーマンや主婦にも排外主義的な気分は蔓延してきている」。ネット右翼、いわゆる「ネトウヨ」に在日コリアンの差別をまき散らすヘイトスピーチ…。これまでにない勢いで、社会に憎悪があふれ出しているように見える。「感情が劣化している。多くの人が剥奪感を抱えて攻撃的になる中、政治は解きほぐす努力をしなければならないのに、逆にそれを権力基盤にしている」

■沖縄化ならず

 総選挙の争点は、安倍政権を信任するか否か。ただし、「正しい対決の構図」になっているのは沖縄のみだという。

 先の県知事選。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設を進めようとする現職の仲井真弘多氏が、新たな基地建設に反対した翁長雄志氏に敗れた。「沖縄は長年、永続敗戦レジームの犠牲者の立場に押し込まれてきた。仲井真陣営と沖縄自民党はいわば、永続敗戦レジームを代弁する勢力。それを打ち倒せと、保守と革新が結集した。衆院選でも野党の選挙協力がうまくいっている。自民党は沖縄地区で1議席も取れないのではないか」

 翻って本土。野党の選挙区調整さえ十分なされぬまま2日の公示を迎える。「本来、民主党の中でちゃんとしたことをやろうとする人は安倍政権に対抗すべく、社会民主主義的な勢力を結集するための努力をしなければいけない。その際、左は共産党まで含めるべきだ。共産党もわずかに残った左翼利権とプライドを守ることばかりにきゅうきゅうとしている場合ではない。本当の意味での政界再編への動きはまったくない」

 追い込まれた沖縄の人々は、政府に強い「ノー」を突きつけた。本土はこのまま、原発事故をなかったことのようにして原発回帰路線を容認し、集団的自衛権を行使して戦争する国へと突き進むのか。

 無関心はもう、やめよう。

 「安倍政権の2年間を判断できない人は、おバカさんってことになっちゃう。どんな国を後の世代に残すことになるのか、真剣に考えるべきだ」

●しらい・さとし

 1977年東京都生まれ。文化学園大助教。専攻は政治学・社会思想。著書に「永続敗戦論-戦後日本の核心」(太田出版)。

【神奈川新聞】