政治・行政

安倍政治を問う〈7〉現実見ぬ空疎な議論 拓殖大大学院教授・川上高司さん

 集団的自衛権の行使容認に賛成し、そのためには憲法改正も必要と説く。「保守」を自任する拓殖大大学院教授の川上高司さん(59)はしかし、声を大にして言う。

 「行使容認を閣議決定で行ったことに問題がある。日本は安全保障の分野で大きな一歩を踏み出した。本来なら国民の意向を問うべきだった」

 そしてめぐってきた総選挙。自民党が圧勝すれば、安倍政権は「集団的自衛権の行使容認の閣議決定」は国民に容認されたと解釈するかもしれない、との危惧を抱く。「アベノミクス選挙といわれているが、本当は集団的自衛権の選挙であるかもしれない」

■説明

 30年以上にわたり安全保障、国際政治学の世界に身を置いてきた。国防を考えるとは「日本がどうやって生きていくかを決めること」。そして、国民がその道を選択できるよう「政府は正しい情報を提供し、考えられる選択肢を示さなければいけない」と説く。

 ではこの夏、集団的自衛権の行使容認という「国のあり方を根底から変える」事案を決定する前の政府の態度はどうだったろう。

 「安倍首相は『集団的自衛権の行使を容認しないと日米安全保障条約が機能しない』と力説した。なぜ日米安保が必要なのか、あるいは日米同盟を解消し、米軍が日本から撤退した場合にどうなるのかといった議論を尽くさなければならなかった」

 では、例えば日本が自主独立という選択肢を選んだ場合、どのような事態が考えられるのか。「国防費を少なく見積もってもGDP(国内総生産)比の3%以上は増やさねばならなくなる。相当、国民に負担がかかるが、本当にそれでいいのか」

 日本列島を丸ごと非武装地帯にすればいいという意見もある。「北朝鮮、ロシア、中国など周辺国が核兵器を手放さない限り、難しい。核の抑止のため、いまは米国の傘を借りているという状態だ」

 日本が独自に核武装をしたらどうなるのか。「極論すれば米国も仮想敵国になる。あるいは中国やロシアとの同盟を選べば本当に国民はそれを受け入れるのか、といった徹底した論議が必要だ」

 あらためて強調するのは手続きの不当性。「政府は正確な情報を国民に届け、なぜ必要かという説明を尽くさなければならない。国民が『今ある日米同盟を結んでいるのが効率的で一番安定する』と納得して初めて、集団的自衛権の議論に行き尽く」。なのに、と語気を強め、「台頭する中国の脅威に後押しされて誕生した安倍首相は、危機感を強める世論を背景に必要な議論を飛び越え、行使容認を閣議決定で決めてしまった」と落胆する。

■手段

 基本に立ち返ってみる。「集団的自衛権の行使というのは、日本を守るためのものであり米国のためではない」。つまり、「集団的自衛権の行使容認は、日本防衛に米軍を巻き込むための手段」であるべきだ、と。

 集団的自衛権行使の必要条件として武力攻撃を受けた旨の「宣言」と支援の「要請」がある。しかし、事態が緊迫している場合、要請を行う時間的余裕はない。「北大西洋条約機構(NATO)条約や米韓条約など軍事同盟ではそれを見越し、協約書に集団的自衛権の適用条件が詳細に描き込まれている」

 だが、現在の日米安保条約には同様の取り決めがない。「領海のすぐ外の公海上で自衛隊機や艦船が攻撃を受けたとしても、米国が自動的に介入するという担保がない」。日米安保を修正しない限り、集団的自衛権行使が日本防衛に生かされることはない。

 一方で、日本が集団的自衛権の行使を要請された場合はどうだろうか。「もはや、断れない。米国から要請された集団的自衛権、国連の集団的安全保障要請に対しては、むしろ積極的に行使しなければならなくなるだろう」

 イラクやシリアで台頭する過激派組織イスラム国への対応など、国際社会に突きつけられた課題は少なくない。

 「集団的自衛権の行使容認や集団的安全保障への積極的な参加を決定したことに伴い、自衛隊は中東やアフリカに送られる可能性が高まっている。これまでのように他国の軍隊に守られている状態ではなく、敵や脅威と直接対峙(たいじ)することになる」

 非戦闘地域がいきなり戦闘地域になる危険性は高い。「政府は『自衛隊をすぐに撤退させる』と言うが、一緒に活動している他国軍を危機にさらす事態も想定され、簡単には撤退できないだろう。戦闘に巻き込まれる可能性も非常に高くなる」。テロとの戦いに巻き込まれることも否定できない。

■責任

 問いは再び、指導者の振る舞いへと向けられる。

 「オバマ米大統領をはじめ、一国の指導者は戦闘地域に赴いて兵士を鼓舞し、戦死者が帰ってきたら、迎えて、お国のために申し訳ありませんと家族に謝罪する。日本の指導者が同じような場面に直面する日は近いかもしれない」

 現実を直視してほしいと願うのは、政府だけではない。「1960、70年代に起きた安保闘争のようなことが起こらないのはなぜだろうか。自衛隊が戦闘地域に行き、死人が出て、彼らの夫や子どもの死に接して初めて問題の深刻さに気が付くのかもしれない」

 その時、その死が無駄ではなかったと納得できるか、何のために死んだのか、と悔恨に打ち震えることになるのか。いずれにしても首相の責任は重い。ただ、無関心を決め込む国民に首相を責める資格はありや、なしや。

 各紙の世論調査では自民党は300議席を超え、共同通信社の調査では単独で議席の3分の2を占める情勢となっている。川上さんは驚きを隠さない。「想定外の数字。30~40議席減らし、改憲は先送りし、地道に安全保障関連の法案の修正を進めるというのが当初の見立てだった。解散の理由は一般の有権者にはよく分からないので、評価されないと思っていたから。安倍政権は憲法改正を一気にやるかもしれない。これ以上のタイミングはないと思うはずだからだ」

 かわかみ・たかし 1955年熊本県生まれ。拓殖大海外事情研究所所長・教授。防衛庁防衛研究所主任研究官などを経て現職。著書に「日米同盟とは何か」(中央公論新社)、「アメリカ世界を読む」(創成社)など。

【神奈川新聞】