経済
安倍政治を問う〈9〉アベノミクス停滞の理由は 経済学者・水野和夫さん
アベノミクスはそもそも無理筋、と断じる。第1の矢、第2の矢と、いずれもが思うような効果を生んでいない。
「その結果が、まさに安倍晋三首相が自ら表明した消費増税先送りの根拠である『GDPマイナス1・6%、2四半期連続のマイナス成長』だ」
経済学者の水野和夫さん(61)の酷評は続く。
「金融緩和と積極的な公共投資で景気が回復し、成長へと向かうという筋書きが通用したのは20年前のことだ」
インフレ目標2%を設定し、第1の矢、つまり異次元の金融緩和に打って出たアベノミクス。だが、ヒト、モノ、カネがたやすく国境を越えていくグローバル資本主義が加速した今、こうした手法はむしろ、傷を負った日本経済に塩を塗り込むような施策でさえあると指摘する。
第2の矢、積極的な財政政策とは公共投資を増やすことで景気を刺激する施策。それも空振りに終わる。この20年間で建設市場は様変わりし、公共事業を受け止めるだけの建設労働者はいなくなっていたからだ。
国策として公共投資を減らし続け、1990年代後半をピークに半減させた。建設技能労働者も97年をピークに120万人近く減り、2013年には338万人となった。突然工事を増やされても請けきれない。蛇口を開け閉めするかのような施策の転換で、建設労働者数と工事量の需給バランスは崩れ、人件費は高騰、工事を発注しても受注できる業者が出ずに入札が不調となる案件が急増している。
水野さんはこの不条理に「もはやダッチロール状態。同じ自民党が行っている施策として連続している点もあるが、まったく一貫性がないものが混在している。結局は国民生活が振り回される」と嘆く。
さらに、金融緩和も財政出動もともに見込んだ効果とは逆に、日本経済を一層疲弊させる可能性が高いと指摘する。
「金融緩和のあとバブルが崩壊すれば、企業はリストラと称して賃金を引き下げ従業員を減らす。積極財政で景気が回復しても過剰設備を維持するために賃金が抑制されることになる」。いずれにしても賃金が犠牲になり、景気は上向かない。
「投じられた税金は1%以下の富裕層の利益となり、バブルがはじけた後処理もまた税金で補填されるため、そのツケは国民全体へ押し付けられることになる」。アベノミクスの継続はすなわち、所得格差を拡大し、中間層を貧困層へと落とし込むことになる。
■賃金は上がらず
一方で安倍政権が誕生した12年12月以降、株価は上昇を続け、リーマン・ショック前の最高水準1万8000円台に手が掛かる。一気に円安に振れ、円ドル相場は7年4カ月ぶりに120円をつけた。輸出産業の大手を中心に業績は着実に回復している。
デフレ脱却まであと一歩-。そんな呼び声にも説得力があるのではないか。
水野さんはこうした数値を一刀両断する。
「株価が上がったといっても、日本の株式市場へ投資している約半分は外国人。つまり利益の半分は海外へ流れている。さらに言えば、株価が上がっても消費にはつながらない。そんなことで消費が増大するとすればそれこそバブルだ」
「安倍首相は『賃金は上がった』と言うが、それは総額のこと。逆に1人当たりの賃金は下がっている」
1人当たりの賃金を度外視して、総額で成果を強調する。そこにアベノミクスの本質をみる。
「これは、安い賃金がさらに削られているということにほかならない。インフレ誘導で物価は上昇し、家計はさらに圧迫されているのが現実。これを是とするアベノミクスは、大企業とお金持ちがもうかればいいという経済施策ということになる」
■資本主義の終焉
ではなぜ、アベノミクスは本来見込んだ効果が表れないのか。
「それは資本主義自体がもう終わりを迎えようとしているからだ」。これは地球上にフロンティア(未開拓地)がなくなった、という根本的かつ致命的な理由によると説く。どういうことか。
水野さんの理論はこうだ。金利が年率10%であれば、100万円は1年後に110万円に増える。その資金がかき集められ、かつてであれば中国やブラジルといったフロンティアへ巨額投資され、運用によって増殖し、投資家へ利回りとして還元される。
投資による開発で途上国だったその国もやがて新興国となり投資する側に立つ。次はインドだ、まだアフリカがある、と投資、運用、還元の循環を繰り返してきたわけだが、「ついに地球上にそのようなフロンティアはなくなった。地理的・物的空間の限界を迎えたということ」。
金利は2%を下回ると、資本家が満足する利回りが得られなくなるとされ、日本の10年国債の金利はこの20年近く2・0%以下が続いている。超低金利が続き、資本の自己増殖は止まった。
水野さんは著書「資本主義の終焉と歴史の危機」で記している。
〈インフレ目標や成長戦略に猛進するのは、薬物中毒のごとく自らの体を蝕んでいくだけ〉
〈18世紀から築き上げてきた市民社会、民主主義、国民主権という理念までもが、グローバル資本主義に蹂躙されているのです〉
「その意味でアベノミクスは百八十度間違っている。『より速く、より遠くへ、より合理的に』というかつての理念を逆回転させ『よりゆっくり、より近くへ、より曖昧に』へと転じなければならない」
経済学者から放たれた、根源的かつ理念的な言葉が、迫り来るその時の重大さを物語っていた。
○みずの・かずお
1953年愛知県生まれ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストなどを経て2010年9月から内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)など歴任。13年4月から日大国際関係学部教授。著書に「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)。横浜市在住。
【神奈川新聞】