政治・行政

安倍政治を問う〈16〉 「そのつど支持」加速 政治学者・松本正生さん

 衆院選小選挙区の投票率として戦後最低の52・66%という数字をどう読むか。投票行動をデータから読み解く埼玉大社会調査研究センター長、松本正生教授は「有権者の研究が専門ですが」と前置きしつつ口火を切った。

 「安倍晋三首相が戦術的に日程を決めて解散に踏み切ったことに問題がある。自民党が政権を取ってまだ2年。やはり唐突だった」

 首相自ら信を問うとしてアベノミクスを争点化したことにも厳しい目を向ける。

 「民主党がマニフェストという言葉を政権獲得の戦略として使ったのと同様、言葉として選挙のキャッチコピーとして効果はあった。ただし、アベノミクス自体には中身がない。だから信を問うと言われても、何を判断し、選択すればよいのか有権者には分かりにくかった。わざわざ投票に行く必要があるのかと考えた人が多かったのではないか」

 そして師走の選挙戦である。

 「忙しいさなかに仕事に影響が出る人も少なくなかった。予定変更が余儀なくされ、『政治とは何様なのか』という反感が生まれ、さらに選挙離れが加速することになった」

   ■中高年が下落

 拍車が掛かった選挙離れ。その内実を追ううちに、ここ数年は中高年の投票率の落ち込みに注目するようになっていた。

 投票率というと若年層の低投票率が問題視されてきたが、「下落幅をみると若者より中高年のほうがずっと大きい」。

 例えば、直近の国政選挙であった2013年7月の参院選。投票率は52・61%で、前回10年から5・31ポイント下がった。

 では、年代別の投票率と下落率をみてみる。

 20代の投票率は33・37%で2・80ポイント減。40代は51・66%で7・14ポイント減、50代は61・77%で6・04ポイント減、60代は67・56%で8・37ポイント減だった。

 地方選挙でも同様の傾向がみられる。

 東京都議選(13年6月)をみても前回(09年)から20~24歳が7・00ポイント、25~29歳が7・71ポイントの下落だが、50代は14・47ポイント、60代は14・88ポイントも落ち込んでいる。その1カ月前のさいたま市長選でもやはり中高年の下落率が若者層を大きく上回った。

 松本教授はそこにより深刻な危機が潜むとみる。

 「親世代が選挙に行かなければ若者はもっと行かなくなる」

 当たり前のように投票する親の姿をみた子どもたちが、やがて大人になったとき、当たり前のように投票に行く。そんな家族は過去のものになってしまうのか-。

   ■人間関係薄く

 では、急速な下落は何を意味するのか。

 松本教授は中高年の投票行動自体が変化していることに着目する。

 「特定の支持政党を持たない人が増えている。選挙のたびに支持政党を変える『そのつど支持』が定着してきた」

 社会経験が豊富な中高年は政治的な態度が固まっていると従来から考えられてきた。地域との付き合いや社会とのつながりを深めていくうちに特定の支持政党を持ち、政治的な定見や持論を変えづらい-といった常識が崩れてきているとみる。

 「社会や政治に関心があって、投票した人でさえもこだわりがない。選挙は深く考えない一過性のイベントで、だからそのつど支持を変え、投票している」

 過去の投票の分析結果からもその傾向は明らかだった。

 09年衆院選での政権交代では、自民支持から民主支持に乗り換えた人は若年層より中高年が多く、12年衆院選でも、やはり中高年の動向が自民の政権返り咲きの鍵となった。

 人間関係の希薄化が進み投票や政党を支持すること、つまり政治に関わることに意義を見失いつつある中高年-。選挙のたび振り子のように振れる民意を目の当たりにし、松本教授は意を強くする。

 「政治の効果を生活に実感できないから、投票に意義を感じられなくなっているのではないか。私生活主義になっている。つまり、中高年は身の回りのこと以外に関心が持てなくなっている」

   ■間接情報頼り

 衆院選後、松本教授に最も多く寄せられた質問がある。

 「安倍晋三首相が取り組む個別政策の評価は高くないのに、なぜ自民党が大勝したのか」

 世論調査では集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法の制定といった安倍政権の実績に反対や疑問の声は根強い。衆院選後の勢力図としては自民党1強よりも与野党伯仲を望む声が多かった。

 「政治の問題を普段それほど気にとめていないからだ。世論調査で集団的自衛権について聞かれれば、反対だと答える。だが、それが自身の投票にそれほど影響しない。やはり政治にこだわりがない」

 松本教授はここにも「そのつど支持」の弊害をみる。

 選挙離れが進み、投票に行かない人が増え、政治や政策を継続的な視点で評価しない人が増える。「投票したとしてもその場の気分、ノリ、空気で投票している」

 そして仕掛けられた「アベノミクス選挙」。地域の人と人とのつながりの延長線上にあった政治はいまは遠く、そうであるなら政治や政策の判断はマスコミなどの間接情報に頼らざるを得ない。イメージ戦略にも、世論調査の結果にも左右されやすい。政治家もまた世論調査に一喜一憂し、ポピュリズムに堕してゆく。

 松本教授は強調する。

 「選挙はこの国の方向を決めるものだ。このままでは、代議制というこの国の根幹さえ揺らぎかねない」

 政治家への注文も忘れない。

 「省庁に投票率が上がるように対策を取れと指示しているだけではいけない。自分たちの責任として政治家がどうするか、が問われている」

 まつもと・まさお 55年長野県生まれ。中央大法学部卒。埼玉大社会調査研究センター長。同大経済学部教授。政治学博士。社会調査や世論調査、政治意識を研究する。

【神奈川新聞】