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【社説】

年のはじめに考える 真の強者は弱者に優しい

 アベノミクス「再起動」の年となります。デフレからインフレへの転換を目指すも行き詰まり、むしろ弊害が目立ちます。根底から軌道修正すべきです。

 昨年末、日本のあるビジネス書が日本と中国で同時出版という珍しいケースがありました。もっとも翻訳作業の関係で中国での出版は少し遅れていますが。

 タイトルは「逆風を追い風に変えた企業」。副題に「元気印中小企業のターニングポイント」とあります。円高や構造不況などさまざまな逆境を乗り越えた中小企業十七社の成功例を示していて、そのポイントも分析しています。

◆読まれる徳の経営書

 「中国側からの執筆依頼がきっかけです。それだけ中国企業の多くがターニングポイント(曲がり角)にあるということです」

 著者を代表する法政大学大学院の坂本光司教授が語ります。すでに中国でも二冊の著書が出版され、その「人を大切にする経営哲学」は経済成長にまい進する隣国でもよく知られているのです。

 以前にも坂本教授のもとには、北京からこんな話がありました。

 中国のシンクタンクに勤める女性からの訴えです。「日本に追いつき追い越せと中国の企業は、この数十年がむしゃらに頑張ってきました。確かに国内総生産(GDP)は増えましたが、企業や地域社会からはぬくもりが消え、まるで砂漠のようになってしまいました。幸せになりたいから頑張ってきたのに、やたらギスギスしているのです」。そして中国の経営者組織向けの講演を依頼したのです。

 米国をもしのぎ世界一の経済大国になるであろう中国ですが、経済発展とは裏腹に貧富の格差や都市と農村の落差は同じ国とは思えないほど。行き過ぎた成長至上主義、拝金主義ゆえのひずみが国を蝕(むしば)んでいる。反動から日本の徳を勧める経営書が読まれ、代表例は京セラ創業者で日本航空の再建を率いた稲盛和夫氏の著書です。

◆方向違いの三本の矢

 翻ってアベノミクスです。なぜ行き詰まり、格差拡大などの問題が生じているのでしょうか。

 まず日銀が国債を買いまくって金利を下げる異次元緩和です。金利が異常な低水準になっても企業の投資や生産は伸びません。消費が冷え込んだまま、需要が盛り上がらないのだから当然です。

 よってデフレ脱却も怪しい。想定したシナリオはこうでした。日銀が「二年で2%の物価上昇を実現する」と約束して緩和すれば、物価が上がるとの予想が広がり、そうなる前にと消費や投資が誘発され、物価が上昇する、と。

 しかし、その通りに進みません。日銀の物価上昇目標は消費税増税による分(約2%)を除きます。すると上昇率は1%にも達しない。一方、賃金上昇は物価上昇より低く、消費は誘発されません。

 四月で「約束の二年」です。急激な原油安が物価を押し下げた面もあり、物価上昇率や時期の目標を柔軟に修正すべきでしょう。

 次に機動的な財政出動。公共事業を急増させるも建設現場の人手不足や資材高騰で消化不良に陥りました。公共事業が民間から仕事を奪う弊害も指摘されます。そもそも財政は危機的状況だから大盤振る舞いは続けるべきでない。

 最後に成長戦略。この哲学にこそ問題があります。「企業が世界で一番活動しやすい国」といって経営者寄りの、目先の利益しか考えないような政策ばかりです。一時的に株価が上昇しても長続きはしない。

 日本経済にとって必要なのは消費を支え経済社会に安定をもたらす中間層の存在です。勝ち組と負け組をつくり、二極化する分断社会ではありません。

 アベノミクスに最も欠けている視座は、弱者への配慮であり、再分配政策など格差を縮める努力です。真の強者は弱者に優しい。弱者に冷たいのは、ただの弱い者いじめでしかないのです。

 世界のトップクラスになった韓国サムスン電子。その幹部はわざわざソウルから坂本教授の自宅を訪ねてきたそうです。「かつて世界の羨望(せんぼう)の的であり、我々の目標でもあった日本の著名企業はなぜつまずいたのか、そうならないためにどうすればいいでしょうか」と危機感いっぱいに尋ねました。

◆一番大切なものとは

 対する答えは、こうでした。

 「大切にすべきことをないがしろにすると組織は必ずおかしくなる。一番大切なのは業績でもシェアでもない。それらは経営の結果としての現象です。大切なのは、社員とその家族ら企業に関わるすべての人の幸せづくり。ご指摘の企業は、残念ながらその視点がいつの間にか欠落してしまったのではないでしょうか」

 アベノミクスは一番大切なものをないがしろにしているのです。

 

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