「デフレからの脱却」。第2次安倍内閣の発足以来の、日本経済を語る際のキーワードだ。日本は90年代末以降、物価が下がり続けるデフレに苦しんだ。デフレからの脱却は確かに必達の目標である。

 しかし、金融緩和で物価を押し上げることが果たして好ましいのか。企業がきちんと利益をあげて働く人の賃金が増え、その結果、消費が活発になって物価も上がっていく。求められるのはそんな経済の姿だろう。

 物価が将来どれだけ上がると考えるか、人々の期待(予想)に働きかける政策から、実需を見る政策へ。経済のかじ取りを切り替えるべきではないか。

■広がった低所得層

 デフレの時代は物価だけでなく賃金も下がった。連合によると、ピークだった97年の年間賃金水準を100とした場合、13年は86・1だ。景気悪化でもうからない企業が賃金を抑え、それが消費の低迷を招いて物価が下がり、さらに企業収益が悪くなるという悪循環に陥った。

 さらに問題なのは、所得の格差が広がったことだ。

 厚生労働省によると、日本の全世帯を所得の多寡で五つに分けると、93年には、最も所得の高い層の世帯が日本全体の所得の35・7%を得ていたが、11年には43・9%に上昇した。富の集中が進んだわけだ。

 一方で、年収200万円以下の働き手が1100万人を超え、住民税が非課税となる低所得世帯の人が2400万人を数える。かつて日本経済を支えた中間層が細り、低所得層が増えた。それが、日本経済のいまの姿である。

 だからだろう、政府や日銀は企業の賃上げを重視している。円安で輸出企業では業績が改善し、経団連もベースアップを容認する姿勢を示している。

 デフレの悪循環を抜けるには、賃金の底上げによる所得増と、格差の是正が大きな役割を果たすはずだ。

■稼ぐ力を鍛えよう

 大切なのは、日本の勤労者の7割が働き、大企業に比べて賃金水準が低い中小企業で賃上げが進むことだ。そのためには中小企業が稼ぐ力を持つことが前提になる。

 これまでに中小企業7千社を訪ねたという法政大大学院の坂本光司教授(中小企業経営論)によると、景気の波にかかわらず黒字を続けている中小企業が1割程度あるという。

 他社にない新商品の開発を続けて増収増益の食品メーカー、ネットで顧客を全国から集めるシャッター通りの果物店。業種も立地も様々だ。共通するのは社員や取引先、顧客など多くの人を満足させていること。坂本教授はそう考えて「人を大切にする経営学会」を14年9月に立ち上げた。

 余裕がある企業だから「人を大切に」できるのかもしれない。しかし、賃金カットが常態化したデフレ時代の発想とは明らかに異なる。社員を大切にしたいから付加価値の高い商品やサービスの提供に知恵をしぼる。そんな営みに、目指すべき企業像のヒントがありそうだ。

 坂本教授のいう「1割の企業」をいかに増やしていくか。研究開発の後押しをし、新しいアイデアを持ったベンチャーを支援する。過剰な保護はやめる。最低賃金を引き上げ、中小企業に賃上げを迫るべきだという指摘も検討に値するだろう。この分野には、まだ取り組むべき課題がある。

■高齢化を支える姿に

 翻って、政府・日銀は、物価上昇にこだわりすぎではないか。「デフレ脱却こそ景気回復への道」という立場で物価上昇率を追えば、人々の暮らしが置き去りにされかねない。

 日銀は13年4月に「2年で物価上昇率2%」という目標を掲げて「異次元」の金融緩和に踏み切った。その時点でマイナスだった物価上昇率は2カ月後の6月にはプラスに転じた。その後は原油安もあって、日銀の期待ほどには物価は上がりそうにない。しかし、「2年で2%」に届かなければ、デフレに逆戻りというわけでもないだろう。

 日銀は目先の物価上昇率にこだわりすぎず、政府は日銀が大規模な金融緩和(国債の大量購入)を終えるのに必要な財政再建の道筋を描く。それが政府と日銀がいま、やるべきことだ。

 金融緩和と財政出動に続く「第3の矢」である成長戦略にも期待が集まるが、そこに特効薬があるわけではない。全国400万近い中小企業の生産性を高める作業は、時間がかかる地味なものだ。しかしそれこそ、日本経済全体の成長力を底上げするには欠かせない。

 2020年代になれば、団塊の世代が後期高齢者となり、ますます社会保障費が膨らみ、財政事情も厳しくなる。高齢化は確実に進む。それまでに、日本の財政、金融政策、そして経済の体質を健全な姿にしていく。

 2015年を、そのスタートの年にしたい。