時に50名を超えるパフォーマーが躁病的な祝祭空間を現出させるバナナ学園純情乙女組の舞台は、今、小劇場界の台風の目となっている。昨今はおはぎライブと呼ばれる狂騒のパフォーマンスを展開してきたこの劇団を仕切るのが、厳格な演出で知られる主宰の二階堂瞳子。久々に「演劇をやる」と謳った5月の公演を控えた彼女に、劇団立ち上げに至る経緯から、オタク文化を道具立てとして使用している意図、今後の展望までを訊いた。
――出身は北海道の札幌市ですよね。上京する以前の演劇原体験というと?
「最初に衝撃を受けたのは劇団四季の『キャッツ』で、今でもよく覚えてます。で、高校で演劇部に入ってたんですけど、すっごいぬるま湯で、こんなことやってる場合じゃねえだろ!?って自分を持て余してました。早く何者かになりたくて、東京に出たい!って思っていた。女優になりたかったから、雑誌を買って東京のオーディションに書類を出したりして。恥ずかしいことに、国民的美少女コンテストに応募しましたね(笑)」
――大学は桜美林の総合文化学群演劇コースですね。
「滑り止めで受験した桜美林の英米文学専攻と演劇コースしか受からなくて、何故か血迷って演劇コースに行ったんですよ。大学は6年行ったけど、ろくに授業に出なかったし、なにひとつ学んでいないです。周りの学生がみんなキラキラしているのが怖くて、できるだけ目を合わせないように……」
――浮いてた……、というより沈んでた?(笑)
「そうそうそう。沈んでましたね(笑)。誰にも見つからないようにこっそりひっそり行動していた」
――バナナ学園純情乙女組(以下、バナナ学園)を立ち上げたのはいつ?
「大学4年生の春でしたね。桜美林の子って学内でガンガン積極的に活動しているのに、私は何もやってないなと思って、同期の友達と集まって演出をやってみようと。最初は完全にやり逃げのつもりでしたね」
――その前はネットアイドルとしても活動してましたよね?
「今考えると恐ろしい企画なんですけど、吉本興業と東京電力が共同で作るネット番組に出て、ファンからのコメントにレスポンスしてましたね。で、最初の舞台ではその自分の黒歴史をネタにするつもりで演出したんですよ。似たり寄ったりでつまらない桜美林の演劇に対抗して、こういう奴もいるんだよ!っていうのを一瞬だけお披露目して、あとは逃げちゃおうと」
――どんな公演だったんですか?
「柿喰う客に役者として出ていたので、中屋敷(法仁)さんに脚本を書いてもらって、制服のコスプレをしてましたね。でも、コスプレでさえ、その当時の桜美林では後ろ指刺されるような恥ずかしいことだったんですよ。それをあえてやる!っていう」
――劇団名が「学園」で制服のコスプレをして、舞台は狂騒的で祝祭的だから、永遠に終わらない学園祭みたいなイメージもありますよね、バナナ学園は。
「それは最初からあったんですよ。セーラー服を脱ぎたくない成人した女子たちが、舞台上で自分たちのわがままを振り乱す、みたいな」
――他に今に繋がる要素はあったんですか?
「若気の至りのつもりで、全7回の公演のうち3回だけおはぎライブをやったんですよ。『涼宮ハルヒの憂鬱』とか『サクラ大戦』の曲でヲタ芸を打ったりして。桜美林生にはめちゃめちゃ叩かれたし、公演の映像をYouTubeにアップしたことを馬鹿にされましたけどね」
――それでも続けたのは何故?
「楽しくなっちゃったんですよ。女優として演劇やミュージカルに出てはいたけど、どうも芽が出なさそうだし、演出のほうが楽しいんじゃないかって。生きている心地が芽生えだしてきて、2か月後にはバナナ学園で次の公演をやってましたね」
――いつ頃から今のスタイルが出来上がってきたと思いますか?
「おはぎライブに完璧さを求めるようになってからですね。最初は、脚本があがらなくて稽古ができないという理由で、おはぎライブの稽古に時間を回してたんですよ。でも、そうするとおはぎライブのクオリティが知らぬ間にあがってきちゃって、お客さんの評価や視聴率も高くなってきた。そうすると、もっときっちりパフォーマンスを揃えたいという欲求が高まってきて、スパルタ式の演出をするようになったんです」
――そのおはぎライブは、軍隊的といってもいいくらいシビアな訓練を重ねた上でのパフォーマンスですよね。乱痴気騒ぎのように見えて、実はすごく緻密に計算されているから、観ていて強烈な陶酔感がある。
「普通の演劇とは稽古の仕方が違いますからね。どう説明したらいいか難しいんですが、稽古を始める時にはまず陣形や曲があって、8カウントで数えながら細部を構築していく。私が提示したテーマに対してキャストは自主練習を重ねておもしろいことをぶつけてくるけれど、それを放っておいてアットランダムにしているわけではないんです。私が納得する理想に近づくまで突き詰めて稽古をしていくし、修正もガンガンしていく。厳格な統制と規律に基づいたパフォーマンスですね」
――そのおはぎライブは、ライブアイドルの現場で見られるヲタ芸を導入していますが、きっかけは何だったんですか?
「地下アイドルやネットアイドルを研究するうちに、客席や画面越しにいるオタクのほうがアイドルよりも全然面白いなって思ったのが最初ですね。なんで10代の誰とも知れない女子たちに萌えてるんだ?誰でもいいのか?って強烈に興味を惹かれちゃって。ステージ上のアイドルより、それを観てるおっきいお友達のほうがよっぽど熱狂的だし賢いと思ったんですよ。それで、彼らの行動を必死でメモるようになって」
――観られる側のアイドルじゃなくて、観ている側のオタクの行動様式の特異さに着目した?
「そうそう。だって、必死でヲタ芸打ってる人たちってステージ観てない、というか、明らかに観えてないだろう!みたいなことあるし」
――観る/観られるの主従関係が反転してる時、ありますよね。
「はいはい、それはすごい分かります。特にメジャーなアイドルになってくると完全に関係性が逆転してて、アイドルがオタクに操られていたり、いじられていたりする。客席のオタクがPVに出ちゃったりしてますしね。もう、距離感が崩壊しちゃってる」
――しかし、二階堂さん自身は真正のオタクではないと公言しているけれど、かなり勤勉なオタク研究家ではありますよね。オタクへの愛情や親近感も感じるし。
「ほんの一瞬しか存在せず、すぐにスクロールされてなかったことにされてしまう文化とかキャラクターを拾い上げたいんですよね。例えば、地下アイドルのファンは次々に違うお気に入りを見つけていくし、画面越しの萌えなんてスクロールされて消えていっちゃう。でも、そういう使い捨て文化を、彼らに代わって自己紹介してあげたいんですよ。“私は今お前らを愛してるから!”って」
――確かに、ツイッターとかニコニコ動画のコメントや弾幕とか、ネット上では膨大な情報がストックされずに日々フローしていきますよね。そこで流れて行ってしまった言葉や想いをリサイクルしたい、と?
「そうです。ツイッターでもニコ動でも、そもそも思惑とか意志があって生み出された言葉が、次々になかったことにされちゃうわけですよね。あと、今、誰でもアイドルになれる時代だから、“そういえば昔ああいう子いたよね”って忘れ去られて行くアイドルがたくさんいる。“そいつら全員愛してるし、おれ全部拾い上げてやるよ!それ希望だよ!”みたいな気持ちなんです!」
――僕、バナナ学園がオタク文化を記号的に扱っていることに批判が出てくるかな?と思ったんですよ。特定の文化圏の表層だけを掬い取っていて、「オタクを搾取してる」みたいな。でも、実際のオタクが観たら、ストイックな訓練を経て完璧に構築されたオタ芸に圧倒されると思うんですよね。
「絶対そうでしょうね。そもそも、おはぎライブのヲタ芸は舞台用に過剰にトレーニングされた装飾過多なヲタ芸ですからね。ぬるいヲタ芸を私が筋肉的に研究し尽して進化させたものなんです。きっと、アイドルの現場のヲタ芸がぬるく感じられるくらい、圧倒的なものがあると思う。実際、最近は真性のオタク層も結構来ていて、かなり暴れてまくってますしね」
――ヲタ芸にしてもそうですけど、二階堂さん、何かを研究する際の熱心さと演出上の完璧主義者ぶりが凄いですよね。ちょっと偏執狂的というか。
「すごい勤勉家なんですよ。たぶん、心から崇拝したり尊敬しているものへのラブのベクトルの向け方がちょっと変わってるんでしょうね。アイドルとかアニメを観ていても、“これもっとよくなるよね?”って細かいところが気になって、研究者目線で見ちゃう」
――その、“ここをこうしたらもっとよくなる”っていうのを、実際に舞台で強化、補強して現出させている、っていうところはありませんか?
「ありますね。流行りのアイドルソングのお決まりのフレーズをあえて流して、アイドルとオタクの馴れ合い的な交流を厳格なパフォーマンスとして構築しなおしたり。あと、他にも研究中のものはたくさんあって、例えば今は、ヴィジュアル系バンドの突飛な文化に興味があるんですよ。ライブに行ったりYouTubeを見たり掲示板を読んだりして勉強して、実はおはぎライブにも取り入れてます。振付はバンギャのキャストにやってもらって」
――ヴィジュアル系の要素はまったく気付かなかったですけど……、というかそもそも舞台上の情報量が膨大だから、起きていることすべてを把握することは物理的に無理なんですよね。
「色々な場所で色々なことが同時多発的に起きてますからね。もう、一回まばたきしただけで何か見逃してますよ」
――そう、情報がノイズになっちゃってて、台詞があっても聞こえない。想像を巡らせている余地がまったくないですよね。
「そこは、観客の想像が追いつかなくていい、というか、観客に想像なんてさせなくていいと思ってるんです。むしろ、想像を追い越すぐらいの圧倒的な衝撃がないと我々は死ぬのだ!!と思っているので。想像させる隙もなく、理解が追いつく前にすべて終わらせたい。始める前に終わらせる!っていうくらいの密度と速度が大事で。あと、演劇だからって台詞がすべてとは限らない。導線や段取りや陣形も物語であると思っているので、最終的には爆音の中から物語が見えてくるのが理想ですね」
――そういう速度や密度ゆえに、引用/参照している元ネタをいちいち特定できないわけですが、じゃあ元ネタが分からないと楽しめないかっていうと、そういうわけじゃないんですよね、バナナ学園の舞台は。それは緻密に構築されたパフォーマンスゆえだと思うんですが。
「そうです。元ネタが分からなくても、なんか楽しめる!って思うはずなんですよ。でも、その“なんか”のために、稽古では血を吐く努力をしているんですよ」
――ネタの話をすると、バナナ学園の舞台には、オタク文化、アイドル文化の他にも、学生運動やSMショーやアングラ演劇の要素も混在していますね。でも、それらの「思想」を漂白して、「熱量」の部分だけを抽出しているように見えます。
「そうですね。面白いとおもったものをつまんできて、徹底的に研究した上で、記号として利用してますね。特に、偏っていて極端で熱量のあるものが好き……というか、そういうものにしか興味が湧かないし、すぐ飽きちゃうんですよ。学生運動も戦争もアングラ演劇も“ネタ”で、でも圧倒的な熱量をふりまいて躍進中ですね」
――逆に、演劇を観て衝撃を受けたり、ネタにしようって思うことはない?
「それがなかったからいち時期絶望しちゃって。さっき言ったヴィジュアル系もそうだけど、逆に演劇以外の……、例えば、マッスルミュージカル! あれ、めちゃめちゃおもしろかったですね! 完璧に訓練されたマンパワーが素晴らしいなあって思って、2回観に行ってTシャツもパンフも買ってブログもチェックしましたね。他にもテニミュとかジャニーズとか宝塚とか、おもしろそうな文化はたくさんあるから、興味は尽きないですよ」
――興味のあるものを見つけると、YouTubeからネタを拾ってくることが多いって言ってましたよね。そのネタの仕入れ方が、長いテキストや映像をじっくり読んだり観たりするより、瞬発力で短い動画をパパっと摂取していく感じなのかなって思ったんですよ。
「確かに、短いものを単発的に観て、使えるものを武器にした上で舞台に取り込んでいく感じですね。だから、ネタのストックはものすごくあって。iTunesはとんでもない曲数入ってるし、ニコ動やYouTubeもひたすら見まくるし、渋谷のTSUTAYAで視聴しまくったりしてますね」
Text●土佐有明 Photo●本房哲治
にかいどう・とうこ 1986年生まれ、北海道札幌市出身。演出家、振付家、俳優。2008年、桜美林大学の学内で、バナナ学園純情乙女組を設立。活動当初は学園モノを中心に上演していたが、2009年より“おはぎライブ”と題したショー要素の強い作風にシフト。毎回、各方面からキャストを集めた総勢50人程度の大所帯で公演を行う。アイドル、オタク、アニメといった日本のサブカルチャーをモチーフにしたステージは、驚異的な情報量と、狂騒的なエネルギーに満ち、さらには様々な液体や物体が宙を飛び交う。その強烈なアタックは、鬱屈した観客にとってかなり中毒性が高い。
バナナ学園純情乙女組公式HP
バナナ学園純情乙女組
『翔べ翔べ翔べ!!!!!バナ学シェイクスピア輪姦学校(仮仮仮)』
5月24日(木)〜27日(日)
王子小劇場