経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *基本内容の「ニッポンの理想・2兆円でできる社会」もご覧ください

格差是正の経済政策・「ピケティ」に想う

2015年01月05日 | 経済
 年末年始のお休みに読むには、トマ・ピケティ『21世紀の資本』は最適だったのではないかな。なにせ、マルクスの『資本論』には及ばないが、ケインズの『一般理論』を超える600ページの大著だからね。せっかちな人は、「はじめに」の後に、さわりの8章〜10章を読むことをお勧めするよ。これだけでも150ページある。

 大著を強引に6行に要約すると、次のとおり。歴史的に見て、資本から得られる収益率は、経済成長率を上回るものであり、必然的に所得や資産の格差は拡大する。こうした資本の性質によって、二つの世界大戦前には大きな格差があり、戦争による経済的、社会的な衝撃で、いったんは縮小したものの、1980年代後半から再び広が出し、いまや前時代並みとなった。大きな格差は、民主主義的な社会を不穏にし、能力主義的な価値観を損なうから、資本への累進的課税が必要とする。

 今回は、言及の少ない日本の動向について、グラフの「微地形」を読み取ることを通じて、格差を是正するための経済政策について、考察を加えることとしたい。

………
 日本語版「ビケティ」p.328〜331には、所得格差の歴史的な推移について、各国比較の図が掲載されている。具体的には、トップ百分位が総所得に占めるシェアを表すものだ。日本も、各国と同様、戦前は格差が大きく、戦中に大きく縮小し、1980年代後半以降に広がるという大きな傾向は共通だ。ただし、この四半世紀における格差は、アングロ・サクソン諸国と比較すれば穏やかで、大陸欧州と同レベルにある。

 日本の動向を細かく見ていこう。戦前は、第一次大戦の輸出ブームの際に、トップ層のシェアが低下し、格差が縮んでいる。ちょうど原敬が初の政党内閣を組織した頃だ。残念ながら、戦後恐慌期になると元へ戻ってしまうが、そこから徐々に下がり、浜口内閣の金解禁に伴う緊縮財政で大きく落ち、その後は上昇する展開となる。第二次大戦中は、各国と同様、大きく低下し、平等化して戦後を迎える。

 戦後は、低い水準の中で、緩やかに山谷を繰り返す。これは、景気に連動していることが読み取れる。まず、神武・岩戸景気で下がる。この過程では、宿痾の過剰労働力が日に照らされたと言われたものである。高度成長の踊り場の時期は上昇するが、人手不足が激しかった「いざなぎ景気」になると低下して行った。その末期に、急に上がったのは、列島改造のバブルの影響であろう。  

 オイルショック後、金融引締めがなされると、やや大き目の低下を見せる。そこから、第二次オイルショックまでは、いくらか上昇したものの、再び引締めの時期に低下した。これが終わると、バブル景気へ向かっての上昇が始まり、その崩壊後は低下する。そして、1997年の消費増税以降は、上昇する一方となって、今に至る格差拡大の道を歩んだ。この背景には、金融緩和による円安バブルと景気回復の芽を摘む緊縮財政がある。

(図)ビケティ先生のHPより転載



………
 こうした子細の動向から、どのような経済政策が推奨されるだろうか。一つは、人手不足になるような好景気は、格差是正には有効だということだ。もう一つは、バブルを作ってしまうと格差は開くということである。前者は賃金の底上げをもたらし、後者は資産収入を膨らませるから、当然ではある。したがって、格差の縮小には、積極的な財政と引締め気味の金融の組み合わせが適当であろう。

 裏返せば、格差社会にするには、緊縮財政と金融緩和の組み合わせが必要になる。例えば、アベノミクスでは、異次元緩和で、株価が急上昇し、円安で輸入物価が上がったから、格差は開いたはずである。むろん、この後に、金融緩和を起点に経済が活発化すれば、実質賃金も上昇に向かい、格差は縮むのかもしれない。

 ここで格差を縮めないためには、緊縮財政がカギになる。消費増税を行い、景気回復を挫折させ、賃金を抑制し、物価を停滞させる。そうすれば、更なる金融緩和が可能になり、もっと資産価格を上げられる。実際、消費増税は、異次元緩和第2弾をもたらした。資産を持つ人は、これでハッピーであろう。しかも、労働力は余り気味だから、安く使って収益を高めることもできる。国全体としては悲惨だが、持てる者には有利な経済政策になる。

………
 ピケティ先生はマクロ政策にあまり言及しないが、米国の所得格差の図を見て、筆者が直ぐに受けた印象は、「グリーンスパンと重なる」であった。彼は1987年にFRB議長となるが、格差拡大は、1980年代後半の不動産バブルから始まり、湾岸戦争前後の引締め期に小康したものの、クリントン政権下の財政赤字削減による長期金利の低下の中で更に進んで行く。ITバブルの崩壊で、一時は格差が縮むものの、サブプライム・バブルをもたらした金融緩和で元へ戻っている。

 ピケティ先生が指摘するように、格差拡大に税制の変更や企業ガバナンスがあることは否定しないが、経済政策の基調の反転も作用したと思われる。そう解釈するなら、震源地であるアングロ・サクソン諸国で格差拡大が著しく、大陸欧州でも拡大が見られ、再分配制度が整う北欧さえも影響を受けていることは、容易に理解できよう。

 こうした経済政策の典型を上げるなら、財政の崖とQE3になろうか。米国議会は2013年1月から大規模な緊縮財政を行う構えを見せ、バーナンキFRB議長は、これに備えて、2012年9月にQE3の金融緩和に踏み切った。結局、緊縮財政は抑制され、景気を失速させはしなかったものの、勢いを殺ぐには十分であり、結果的に、金融緩和は深まって、資産高騰を支えることになった。

………
 果たして、『21世紀の経済政策』は、どうあるべきか。それは、現在、主流を占める緊縮財政と金融緩和の思想から、いかに脱するかになるだろう。むろん、単純に積極財政に転換すれば良いというものでは済まない。それを可能にする「安全装置」が必要になる。具体的には、金利上昇時の備えと、物価上昇時の備えである。

 金利には、資本課税の強化が必要である。例えば、政府債務の大きさに対し、民間の金融資産が4倍程度であれば、利子・配当に25%の税率を課すようにする。こうすれば、金利上昇時には、自動的に税収が増し、両者がバランスして、利払いに困らなくなる。課税ベースの資産が4倍もないのであれば、法人税率を高くすることで補える。

 物価には、消費増税が適当である。今回の消費増税で、絶大な物価の冷却効果が実証されたのであるから、財政赤字の削減論や社会保障の財源論と切り離し、物価の抑制が必要な時に機動的に引き上げられるように考え方を改めるのである。こうすることで、財政赤字はインフレを呼ぶという議論を跳ね返せるようになる。

 ピケティ先生も認めるように、資本への累進課税は、政治的になかなか困難である。まずは、底辺への競争となっている法人税や、利子配当課税の強化を国際協調で進めることが先決ではなかろうか。その際に、財政赤字の管理とリンクさせることは、当代の思想を崩す上でカギになろう。

………
 格差の少なさは日本の美点となっているのに、今の消費増税+法人減税の路線は、それを破壊するだけである。2015年の消費再増税は、総選挙という非常手段によって、辛くも回避できたが、次は、2017年の再増税までに、「安全装置」を整え、緊縮財政を過去のものとすることが課題となる。

 一方で、社会保険を戦略的に使い、低所得層の保険料軽減や乳幼児への給付を実現して、需要を安定させれば、法人減税や低金利に頼らず、設備投資を促し、成長を確保することができるだろう。こうした試みは、日本経済の復活させるだけでなく、世界史的な経済思想の転換をもたらすかもしれない。努力に値するだけの大きな意義を秘めているのである。


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