日本を傷つける勢力に隙を見せるな

「安倍首相とヒトラーは同じ」。こんな主張をする人が増えている。

NHKの紅白歌合戦で桑田佳祐氏がヒトラーの真似をして安倍政権を批判した。(筆者は未見)日本共産党の活動家の池内さおり氏が党のイベントでヒトラー風の安倍首相の顔をドラムにつけ、たたき続ける写真を公開した。偏向報道を続けるTBSのサンデーモーニングも、その趣旨の番組をつくった。(筆者は未見)桑田氏も、池内氏も、とても醜悪だ。ちなみにこの暴力的な活動家池内氏は12月の選挙で衆議院議員に当選した。世も末だ。
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私は安倍政権の支持者ではないが「ヒトラー」という決めつけは不快だ。今年は戦後70年。第二次世界大戦の総括が、世界的な議論になる。そこで自国の首相を「犯罪者だ」と叫ぶ行為は国際的な日本のイメージを傷つける。日本はナチスの同盟国だったのだ。そして欧米の論壇では政治家をヒトラーに例えるのは最大限の侮辱だ。

朝日新聞が引き起こした慰安婦騒動を見れば分かるとおり、日本には残念ながら「火のないところにつけ火をする放火魔」のような人々、つまり自国を貶(おとし)めることに熱心なメディア、一部勢力がある。こうした人々に利用される可能性もある。そして、そもそもヒトラーと安倍晋三氏、そして2人の運営する政権はまったく似ていない。

ヒトラーとどこも似ていない安倍晋三氏

ちなみに、日本語での基本文献、『ワイマール共和国-ヒトラーを出現させたもの』(林健太郎著、中央公論新社)、『ヒトラー権力掌握の20ヵ月』(グイド・クノップ著、中央公論新社)などで、事実関係を確認してみよう。

その1・ヒトラー政権と安倍政権の目指す目標は同じか

ここが根本から違うので、2つの政権は似ていない。ヒトラー政権は犯罪集団だった。著書『わが闘争』で示されたように、第一次世界大戦の敗北とベルサイユ体制の押しつけを批判。ユダヤ人を主敵とする排外主義、東方地域への領土拡充、領土の復活と、政治における強力な指導の必要性を強調した。これらの主張は第二次世界大戦の原因になり、またドイツを中心にした数万人の政治犯の虐殺、ユダヤ人の虐殺、他民族の抑圧につながった。
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(写真は当時の政府ポスター。当時珍しいカラー印刷。ナチズムを筆者は嫌悪するが、ヒトラーの採用した同党のデザイン・広告のセンスは、遺憾ながら評価してしまう)

こうした他国民を「最終処分」してしまう犯罪行為を、日本では誰も目指したことはない。安倍首相は改憲による国の変革を主張するが、現行憲法にはおかしいところが多いので、別に異常な行為とは思えない。しかし改憲を本当にしようと考えているのか、筆者は疑問を持つ。それを実現する強い意志が見えないためだ。ヒトラーとその点は違う。日本の政治常識の延長の上に安倍政権はある。

その2・ナチズムは日本で広まるのか

その可能性はない。これは1930年代初頭のドイツの特異な状況から生まれた政治体制だ。当時の混乱に乗じて政権が偶然成立したように思う。前述のクノップは、「ナチズムはドイツ近代化が必然的にもたらしたものではない」と総括している。

しかし私はドイツの歴史や思想史がある程度、影響しているとも思う。国家の意義を強調してきたヘーゲルらのドイツの哲学者たち、ユダヤ人やスラブ人に対する蔑視の思想と連続性がある。

つまりナチスという政権は、現代の日本では再現性がない。

その3・ヒトラーと安倍首相は手法が似ているのか

これも違う。ナチスは1932年の選挙で第一党になり、ヒトラーの首相就任(1933年)の後、同年の全権委任法、ヒンデンブルグ大統領の死去(1934)による新設の「総統」の就任など合法を装いながら、違法な政治権力の奪取をした。(かなり説明を省いている)

これは暴力装置であった軍と警察の黙認、最大で200万人を数えたナチス党の暴力組織である突撃隊(SA)の力があったためだ。政権の掌握までSAは政治殺人と暴力を続けた。ナチスは第一党だったが、労働者を中心に社民党、共産党の支持は一定数あった。それを力で押さえ込んだのだ。

またヒトラーに政権を与えたワイマール共和国が、大統領が首相、行政府の部門長を指名できる制限民主制であったという制度上の欠陥もあった。

安倍首相が事実上の解釈改憲で、集団的自衛権の運用を弾力化しようと動いている。これをヒトラーに例える人が多いようだ。しかし、その程度は限定的で、ヒトラーの乗っ取り行為とは、まったく違う。暴力による政治活動も、安倍政権は行ったことはない。上記の共産党活動家のように日本は、「民主派」の方が暴力的だ。

その4・ヒトラーと安倍首相は性格が似ているのか

まったく違う。ヒトラーは放浪癖のある失敗した画家で、ボヘミアン的なだらしない人物であったという。そして第一次世界大戦の古参兵で、兵士として有能だったという証言がある。普通の人は戦争の悲惨さに傷つくが、彼は戦場で力への信奉を植え付けられるという変わった反応をした。性格に欠陥があったようだ。

彼は大変な読書家だった。しかし軍事、また大学の専門教育を受けていないので、その知識やアイデアを整理できなかったようだ。私は軍事史を多少知るが、回想録で大戦で活躍したフォン・マントイフェル陸軍大将がヒトラーについて「知識量がものすごく、重要な軍事拠点、敵味方の弱点を見極めるカンの鋭さに常に驚いた。しかし着眼を適切な作戦計画に落とし込むことはできなかったし、それを実行すると賭博性を持つものになることもしばしばあった」と、指摘していた。これは他の政治・外交の決断でも見られた。ヒトラーの知識量とカンの鋭さは、フォン・マンシュタイン陸軍元帥、デーニッツ海軍元帥、グデーリアン陸軍大将など有能とされた高官が回顧録でそろって指摘している。ヒトラーは能力と狂気が同居している異常な人物のようだ。

安倍首相から感じるのは「人がよい」という面だ。育ちも「おぼっちゃま」。筆者は直接あったことはないが、知る人からもそのような評価が多い。しかし恐縮ながら、読書や勉強をしているという評価や、知性の鋭さについて、彼について聞いたことはない。

ヒトラーから学ぶべき教訓「決められない政治への怒り」

安倍晋三氏とヒトラー、そしてその運営する政権はまったく違う。同じだと騒ぐ人の、歴史知識の乏しさを、私たちは笑った方がいい。

ただ一点、警戒すべき点があると思う。ヒトラーを生んだ状況と今の日本は、似た点がある。それは「政治が何も決められない」ということだ。

私は、エネルギー・金融を中心に見てきた経済記者だ。その分野で、安倍政権は、重要な論点である原子力の先行き、そして日本国債取引の将来的な崩壊を招きかねない財政赤字・社会保障改革にまったく手をつけていない。負担が先送りされ、いつかは何らかの予見できない形で爆発する兆しが見えているのに、これは恐ろしい無策ぶりだ。

これはポピュリズム的で八方美人的な「いい人」、安倍首相の個性がある程度影響しているだろう。そして日本の政治体制の制度的な欠陥も関係している。独裁者を出さない日本の社会・文化の伝統のためか、民意に右往左往する行き過ぎ民主主義のためか、決定者が見えなくなる日本の統治機構の恒常的欠陥のためか、重要な問題が先送りされてしまう。

ドイツのワイマール共和国(1919−1934)でも、政治が何も決められなかった。そうした現状にうんざりした人々が、強い指導者を求めた。「ヒトラーに一度やらせ、混乱を収拾させよう」という雰囲気が各界の実力者、知識人の間につくられた。ところが文豪ゲーテが取り上げたドイツの伝説『ファウスト』のように、委ねた相手は悪魔だった。

安倍首相が部分的に似ているのは、ヒトラーの台頭を認めた許したヒンデンブルグ大統領であり、無責任なワイマール共和国の政治家や知識人である。日本でならポピュリズムに踊り日中戦争という大問題を広げて、太平洋戦争という日本の破滅を導いた近衛文麿首相であろう。

「誰かが決めてくれ」。安倍政権によって、そうした声が強まって政治不信が深刻になることの方が、歴史を学んだ私にとってよほど怖い。そして政治家をヒトラー呼ばわりすると、本当に危ない政治家が出てきたときに警戒が薄れる「狼少年」状態をつくってしまうかもしれない。それも危険だ。

安倍政権が、不作為によって日本の破局をもたらす政権になるかは、現時点で分からない。しかし歴史から誤った教訓を引き出してはいけない。

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(写真はナチス党のプロパガンダ写真。突撃隊の青年たちのヒトラーに向ける熱いまなざしは、政治の不思議さを考えさせられる)

石井孝明
ジャーナリスト
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki


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