第37話 悪意はどこにでも
「あーあァ。なってねえなァ、ジェイルよォ……。女の股ぐらに挟まって折れた鼻の下伸ばしてる場合かァ? オォ?」
いきなり現れて不快な物言いを放つ武術学院生の一人。
でもその内容に恥ずかしさを思い出したのも事実で、オレは慌てて腰を引いた。
拘束を解かれたジェイルも流血の止まらないまま体を起こそうとするが……。
「まあ寝てろや」
「グッ!!」
乱暴に肩を押され、ゴッと頭を打ち付ける音が響いた。鼻から飛び散る鮮血。
こいつ、なんて事を……!
「ジェイルゥ……。途中までは良かったんだぜェ。でもいつも言ってるよなァ。放気に頼りすぎんなってよォ。なーんであそこでランゴウキダン使うかなァ。ええ?」
「キース先輩……。すいません……」
キースと呼ばれたその男は、よく見れば組手中にブルーノを罵倒していた奴だ。
ブリーチでもしているのだろうか、不自然な色の金髪を逆立てている。
腫れぼったい一重瞼、頬にはあばたが浮いている。
ジェイルにアドバイスをしているつもりなのだろうけど、オレは気に入らない。
もう少し言い方ってもんがあるだろうが……!
「何でもスマンで済ますんじゃねえよォジェイルよォ。異魔人族から帝国を守るっつー俺達の崇高な使命を忘れたわけじゃあんめー? そんなんでやれんのかァ? オォ? だーからオメエは駄目なんだよォ」
言いながらキースは……!
あろうことかジェイルの折れた鼻に拳をぐりぐりと擦りつける!
「グッ! ウッ!」
なんて事をするんだ! 許せない!
「やめろっ!」
気がつけばキースの腕を掴んでいた。
「あ?」
ゆらりと首を傾けながらオレを睨みつける眼光は、不気味な程に昏い。
「嬢ちゃんよォ。邪魔しねーでくんねえかなァ。こんなの俺たちゃ日常茶飯事だァ。鼻折れたぐらいでビビッてんじゃねえよォ。オママゴトしながら武術齧ってるような甘ちゃんの嬢ちゃん達たあ……」
キースは掴まれていた腕を強引に振りほどき……。
「ワケが違うんだあぜェ?」
逆にオレの腕を握り掴み返した。
「う……痛った……!」
なんて握力だ!
これが日々鍛え抜いている武術学院生の力か……!
オレの白く細い腕に、ぎりぎりと万力で締め付けられたような激しい圧痛が襲う。
くっそお……。
オレに男の頃の力があれば……。
「キース先輩! やめてください! 俺が悪かったです! なってなかったです! お願いですからやめてください!」
「鼻血飛ばしながら盛ってんじゃねえよォ。ホントにわかってんのかァ?」
「そのへんにしておけ、キース。魔導学院の方に迷惑かけるな」
さらに現れた武術学院生の一人が、キースの首根っこを掴んで持ち上げる。
その男の身長は190センチを超えなんとする偉丈夫。
170センチそこそこしかないであろうキースは下から睨み上げる。
「……さーすがアーチボルド家のお坊ちゃんは言う事が違いますなァ。育ちの悪いモンには理解できませんやァ。ヘッヘ……」
それだけ言うと立ち去っていった。
「アレン先輩、ありがとうございました……」
体を起こし謝辞を述べるジェイル。
「横になってろ、ジェイル。……キミ、すまないがもう少しこいつの手当てを続けてくれないか? こんな時魔法は本当に助かる」
「あ、はい、もちろんです。あの、ありがとうございました……」
キースに握られて痣になった腕をさすりながら、オレも礼を言っておく。
「キースには俺からも厳しく注意しておく。本当にすまなかったね」
言って、アレン先輩はキースの歩いていった方へ向かっていった。
「いい人だろ? アレン先輩」
「うん……。色んな人がいるね、武術学院にも……」
善意と悪意はどこにでも等分に存在する。
魔導学院にも、そして、オレが元いた世界にも……。
「シエナお姉さまぁ……。大丈夫ですぅ……?」
プリシラが水の入った重そうなバケツ持ってきてくれた。
助かる。ジェイルの鼻血で辺り一面どころかオレの足もベトベトだ。
「プリシラ、悪いけどカリーナ先生呼んできてくれない? 治癒魔法はやっぱり先生の方がいいと思うから」
「はぁい」
プリシラをカリーナ先生の方に向かわせ、オレはタオルを水につけ絞る。
血で汚れた自分の足を拭こうとしたけど、その前にジェイルの顔を拭いてやるか。ヤツの顔もベトベトだ。
「ほら、横になってろって言われたろ?」
「あ、ああ、すまん……」
顔を拭いてやりながら改めて折れた鼻を見ると、本当に痛そうだ。
オレも昔、稽古中に折った事があるからわかる。
あれは本当に痛いんだ……。
「お前、優しいな」
「ん? どうした急に」
「魔法は心を写す鏡だって、母親が言ってた。お前の魔法は本当に温かかった……」
「そうかい。あんがとよ」
コイツの大袈裟な台詞にもすっかり慣れてしまったな……。
「――シエナさん! ダメじゃないの!」
え? え?
後ろから急に聞こえたカリーナ先生の声。
オレ、何かダメな事したかな?
振り向くと、真面目か不真面目か判断しかねる表情でこう言った。
「ダメじゃないの、ちゃんと膝枕してあげなきゃ!」
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