昔に比べてネットでくだらん批判が増え、情報発信がしにくくなったみたいな記事がいくつかあった。
確かに最近異常といえば異常で、フィギュアスケーターの安藤美姫さんが、交際相手と子供の3ショット写真を公開したところ、批判コメントもあったらしく、それについて、「私の事が心から嫌いなのであれば見なければいい」と反発。
ほんと、もっともだと思うわけです。自分のことを批判されたなら反論するのは構わないけど、自分に関係ないことをただ叩きたいがために批判する無駄。嫌いなら見なきゃいいのに、わざわざ見て批判しておもしろがる、腐った神経の輩が増えたことは確かだろう。
ただ最近むやみやたらに批判する輩が増え、ネットが窮屈になったから、昔みたいに牧歌的なネット時代に戻れみたいな懐古主義はばかげている。私も2000年から個人ホームページを立ち上げ、ほぼ毎日今に至るまで記事を更新し続けているが、ダイヤルアップ接続でブログやSNSもなく、個人ホームページやっていた牧歌的な時代には戻れないわけで、昔はよかった、今はダメというのは、完全に思考停止の老害状態だと思う。
また最近ネットが窮屈になったから、発信をやめてしまう、もしくは発信を控えめにするというのも、あまりにもバカげた議論だ。
昨年末、私から見たら別に炎上でも何でもない、まともなことを言っていた人がいて、でも動物がらみの話だったために賛否両論が入り乱れ、否定意見に慣れていない発信者だったのか、この騒動があってブログでの発信をやめてしまった。
ああ、もったいない。なぜやめちゃうの?自分の意見に自信があれば、くだらん批判ごときでやめる必要はない。むしろ批判が多いなら、きちんと反論すればいいわけだし、もしくはくだらん批判なら無視すればいいわけだし、批判で意見が変わったなら、こんな風に意見が変わったと書けばいい。
くだらん批判ごときで発信をやめてしまうことほどもったいないことはない。
また発信はやめないまでも炎上になることを恐れて、はっきりと自分の意見を言わない個人ブログも多いが、そんなんだったら個人ブログで発信する意味ないんじゃない?やめた方がいいんじゃない?みんなにいい顔してどっちつかずのはっきりしない意見なんて、ネットにあふれる情報の海の中でゴミでしかない。
自分はこう思うということをはっきり言う。それが個人ブログのいいところなのに、ネットが窮屈だから控えちゃうなんて実にもったいない。
わざと炎上を狙って、おかしなことを言い、アクセス集めて広告やアフィリエイトで稼ぐ、みたいな卑しいブログやパクりバイラルメディアになる必要はないし、誹謗中傷や事実誤認はまずいけど、自分はこう思うという意見があるならはっきり言えばいい。
とはいえ仮に100人が賛同していたとしても、1人くだらん批判コメントがあったりすると、萎えるのは確か。
でもたった1人の叩きたいがためのくだらん人間のために、賛同している100人を無視して発信を控えるなんて、バカげているにもほどがある。
ただ具体的な対処法として1つあるのは、ブログのコメント欄は閉じること。
そうするといい反応があっても書き込めないし、ためになるコメントも書き込めなくなってしまうデメリットはあるが、ツイッターないしはフェイスブックに誘導し、意見がある人はツイッターやフェイスブックで、ブログについてコメントを寄せてもらえればよい。
ブログのコメント欄にくだらん批判が多いのは、書き込む人間のアカウントがないこと。でもツイッターやフェイスブックでコメントしてもらえれば、相手のアカウントがわかる。
おかしな批判をすれば逆に叩かれることもあるし、くだらん批判をするやつならブロックすればいい。すると批判であれ共感であれ、わりとまともなコメントだけが残る。SNSをうまく使えばコメントコントロールはできると思う。まあツイッターにはくだらん批判も多いが、とはいえ名無しのブログコメント欄よりはるかにマシだ。またSNSなら誹謗中傷コメントをするバカは通報することができるので便利。
ネットが窮屈?そんなことでわあわあ言ってどうする。自分に自信があるならくだらん批判を恐れず、堂々と自分の意見を述べればよい。
ネットは確かに窮屈になると感じるぐらい、粗探しして叩きたい自分のないバカげた人間が増えたことは確か。でもこうした中で毅然と自分の意見を発信し続ける人だけが、ネット経由でファンを増やすことができ、セルフブランディングにつなげていけるのだと思う。
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- 2015年01月04日 12:02
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