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自然史博物館が必要だ(1月4日)

 震災のあとに痛感したことのひとつに、福島県には自然史系の博物館がないという現実があった。巨大な地震と津波による甚大な被害に加えて、本県は福島第一原発の爆発事故という未曾有の災禍を背負わされてしまった。3年10カ月が経[た]とうとしているいまも、10万人を超える人々が故郷を追われて、過酷な生活を強いられている。そして、森や海や動植物といった自然もまた、深く傷を負ったことを忘れるわけにはいかない。
 だからこそ、復興と再生に向けてのシナリオのなかに、破壊され傷ついた自然をいかにして回復するか、新たな人と自然との関係をいかにして再構築するか、といったテーマは取り込まれているか、と問わずにはいられない。福島の復興と再生は、少なくとも30年、50年という長い時間のなかで考えざるをえない課題であるが、眼の前には「汚れた野生の王国」が広がってゆく厳粛なる現実が横たわっている。人と自然とを結び直すための試行錯誤に、すぐにでも取り掛からねばならない。
 人間たちが暮らしと生業[なりわい]を再建するためには、里の環境だけでなく、森や川や海などの生態環境をきちんと調査し把握することが不可欠の条件となる。汚染状況を含めた環境の実態を知ることなしには、農業も林業も漁業も再生することはむずかしい。本来は、早い段階に国家プロジェクトとして、原発被災地の自然環境にかかわる調査研究が立ち上げられるべきであったが、そうした声は残念ながら、聞こえてこない。
 そんななか、日本学術会議が自然史研究の拠点となる「国立自然史博物館」を東北と沖縄の2カ所に設立する構想をまとめた、というニュースに出会った。震災復興と生物多様性の観点から、東北と沖縄が選ばれたようだ。心が躍る。もっとも厳しい形で、複合的に自然環境が壊され汚染された、この福島の地にこそ、国立の自然史博物館は創設されるべきだ。
 念のために言い添えておくが、福島県立博物館には、自然史の分野としては地学(化石・鉱物など)があるのみで、動植物や環境科学の分野は存在しない。震災後に、これらの分野の専門研究者にアドバイスを求めたいと思った場面が、幾度あったことか。県内には、研究拠点となりそうな大学や施設も見いだされない。やがて30周年を迎えようとしている県博のリニューアルにからめて、問題提起をしてゆくつもりだが、限界はある。おそらく、既存施設の拡充では対応しきれない。
 もし「国立自然史博物館」を福島県に誘致することができるならば、福島の復興と再生にかかわる大きな拠点となるはずだ。声を上げよう。それは東北以北では初めての国立博物館となる。東北の、福島の復興なくして、日本の再生はない、とわたしは信じている。
 福島は50年後、いや100年後を見据えた復興と再生に向けてのヴィジョンを必要としている。それはなかったことにはできないし、忘れるわけにもいかない。福島こそがはじまりの土地となる。
(赤坂 憲雄 県立博物館長)

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