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“江戸っ子”リスクマネジャーの「車座清談」

第1回
リスクマネジメントは頭で覚えず腹に落とし込め!

コンサルタント 牛場 靖彦氏
2005年7月1日

 この世の中には実に風変わりな人がいる。

 今回のストーリーの主人公、浦島太郎さんも、私が68年近くの人生でお付き合いをしてきた多くの人たちの中でも一段と異彩を放っている人物だ。惜しくも数年前に鬼籍に入られたが、浦島さんから受けた薫陶は今も私の血肉になっている。

 以前私がNHKのラジオ番組「ラジオ夕刊」に出ていたとき、彼と知り合った。彼は私が出演する「危機管理の10分間講座」の前に、「江戸しぐさ」について語る役割で出演した。

 「江戸しぐさ」は江戸っ子の礼儀作法と思われているようだが、少し違う。そもそも江戸の町が成立したのは17世紀以降。全国各地から集まった人たちが作り上げた都市だ。そんな様々な背景を持った人たちが、三代かけて磨き上げなければならない気質、心意気こそが「江戸しぐさ」なのである。

今こそ「江戸しぐさ」が新しい

 それは、現代の日本から振り返っても刺激と新しさに満ちている。封建制度や身分制度の中にあっても、それに拘束されずに、いきいきとした感性を保ち、自由な発想ができる人間こそが「江戸っ子」なのである。そのためには、自分を常に磨いてしっかりした識見を保つと同時に、他人を思いやることが重視された。

 このような理想の江戸っ子像を伝えてきたのは、子供たちに対しては寺子屋のお師匠さん、大人たちに対しては「江戸講」の講師だ。浦島太郎さんは、江戸講の伝統を継いだ最後の講師だったのである。

 番組が終了して、司会役のY氏と、浦島さん、私の3人で会食しながら懇談した。聞けば、浦島太郎とはもとより芸名で、本名は芝三光(しば・みつあきら)さんとのこと。それも愉快な話で、東京は芝の生まれ、芝で育ったそうで、芝は白金三光町(しろがね・さんこうちょう)が住まいだったことから、三光(みつあきら)と命名された由。

「江戸しぐさ」とリスクマネジメントの共通点

 3人で懇談していると、江戸しぐさが実はリスクマネジメント(危機管理)と、その考え方において根底ではとても似通っている点に気がつき、会は大いに盛り上がった。

 先に述べたように、江戸の草創期は、言葉も文化も異なる人たちで満ちあふれていた。当然、様々な軋轢(あつれき)が起きる。そんな中、町方のリーダーである町衆たちは、皆が摩擦を避けて幸せに暮らせる方法を探し求めた。その結果行き着いたのは、「ルール」や「道徳」ではなく、「感性」「嗜好」「センス」「価値観」「美意識」「心の持ち方」だった。その根本を各自が鍛えない限り、あらゆる状況への応用が利かないことに気づいたのである。

 江戸商人のリーダーたちから生まれたものだけに、「江戸しぐさ」のことを当時は「商人しぐさ」「繁盛しぐさ」と呼んでいた。そもそも「江戸しぐさ」と命名したのは浦島さんなのだそうだ。そうしたしぐさを庶民も「格好いい」と思うようになり、次第に普及していったという次第。惚れぼれするような歌舞伎の立役は、この「江戸しぐさ」を体現したヒーローなのだ。

 リスクマネジメントも同じことがいえる。「収益曲線とリスク曲線の均衡点を数式から導き出す」のが危機管理だと思っているようでは、適切な対応は望むべくもない。

 リスクマネジメントは専門家がこねくりまわす屁理屈ではない。他人との交わりの中で仕事をし、一定の成果を上げようと思う者すべてが持つべき「感性」なのである。様々な知識は、その上に立たないと使いこなせない。

講師を車座で囲んで学んだ人生の知恵

 「江戸時代、商人は、講師を招いて、車座(くるまざ)で講(こう)を開いて、いろいろ知恵を出し合ったもんです。共倒れをしない、共生という考え方で商売に精を出していたもんです」
 「ほう、車座になって講師のお話をうかがうなんてえのは、いいですねえ」

 私が言うと、

 「そうなんですよ、江戸の講は車座形式だったんです。余談ですがね、二人で話すのが対談と申しましょ、今晩みたいに、アタシたち三人で話し合うのが鼎談(ていだん)、そして四人の場合は方談といいます。きっと東西南北とそれぞれの人が位置することから出た言葉でしょうね」
 「ほほう、なるほどねえ、そういえば、日本では東・西・南・北、中国では東(とん)南(なん)西(しゃあ)北(ぺい)と時計まわり。西洋だと、ノース・イースト・ウエスト・サウスで、頭文字を綴り合せるとNEWS、ニュースになるのですかね?」  「これは面白いことをおっしゃる」

 私の発言を引き取って浦島さんが言う。

 「四人というと死を連想させ、四が入るので縁起が悪いということでしょうな。そこで方角やら方向ということで方談とか放席なんぞといったんでしょうナ。

 五人ともなると、ちょうどお星さんの形ということで星談(せいだん)。せいだんにも政談、聖断、聖壇、星団、そして清談などいろいろありますが、五人の人たちが集まって清談を重ねるなんざあ、なかなかいいもんじゃありませんか。清談という言葉には、趣味・芸術・学問・信念などについての話という意味がありますね。うまいモノを食って、気のきいた酒を飲み、落語や歌舞伎や相撲の話なんぞ論んじていれば、この世の中、まことに愉快で幸せですな。なにかにつけササクレだっている昨今、江戸しぐさを見習う必要があるんじゃねえですかネ」

 浦島さんによると、六人の場合は、亀の甲羅の形に似て六角形なので、亀甲(べっこう)、七人は、おなじみの七福神、そして八人でやるのが車座というそうだ。会食などは七福神か、車座の八人あたりが講師の話も届きやすく理想的だという。

 「お梭がかり様(おひがかりさま)という役目の人が居りましてナ、まあ、いってみれば、連絡係と申しましょうか、あるいは世話係といったほうがよいかもしれません。『梭』というのは、機を織る際、経糸(たていと)の間を左右に縫いながらくぐり抜けては緯糸(よこいと)を出し織物を仕上げていくときの道具なんです。ですからこの梭てぇのは織物になくてはならないもんなんですね。

 人間の社会でも、やはりこの梭の役割をする人がいなくては町内がバラバラになっちまう。特に大江戸八百八町とも称されていた百万巨大都市の江戸は、しまりがつかなくなっちまう。

 ですからねえ、江戸の人たちは、この梭のような存在が必要だと考え、講の席にはお梭がかり(おひがかり)を設けたっていう訳ですナ」

 うん、なるほど。お梭がかりというのはリスク・マネジメントにおける社内コーディネーターと相通ずる役目を果たしていることに私はとても興味を感じ、それ以降も浦島太郎こと芝三光さんとは、ちょくちょくお会いするようになっていった。

 江戸しぐさはなかなか奥が深い。

 言葉づかいに始まり、人間関係をスムーズにするお付き合いの仕方、往来で人々が楽しく安全に歩くための往来しぐさなど、「自己責任時代の処世術」の参考になる点がたくさん含まれている。

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