社説:戦後70年・歴史と政治 自分史に閉じこもるな
毎日新聞 2015年01月04日 02時30分
人は何らかの共同体に属する。小さくは家族、大きくは国家だろう。共同体での出来事は、人びとに記憶され、時間というふるいに掛けられて、やがて歴史になる。歴史は、共同体を結びつける物語でもある。
では、国家を超えて物語を共有することは可能なのか。
帝国主義と戦争が世界を覆った20世紀は、それが難しい世紀だった。一国の歴史が他国の歴史に食い込み、片方の物語を切り裂くためだ。特に冷戦後は歴史をめぐる国家間の差異が先鋭化し、21世紀の政治にも大きな影響を与え続けている。
◇中国による対日包囲網
争いに発展した事情、被害・加害の実態は、立場が違えば言い分も異なる。しかし、グローバル化した時代だからこそ過去を克服する努力が必要だ。とりわけ日本には過去と誠実に向き合う責任がある。
戦後70年の大きな特徴は、国際秩序の劇的な変動期にあたっていることだ。中国の超大国化と、米国の相対的な力量の低下がそれである。
戦後50年の1995年当時、中国の国内総生産(ドルベース)は日本の7分の1程度だった。それが昨年は円安も手伝って日本の2倍強にまでなったと推定されている。
中国は経済力をてこに米国との対等な関係作りを目指している。その先には米中の「G2」秩序に日本を従属させる戦略が見て取れる。
注意が必要なのは、戦後70年を機に中国がめぐらそうとしている歴史認識の対日包囲網だ。
中国は、ロシアと「反ファシズム・抗日戦争勝利70周年」記念行事の共同開催で合意し、韓国にも参加を呼び掛けた。9月3日を「抗日戦争勝利記念日」にすることも決めた。
歴史をプロパガンダに利用する中国の姿勢は容認し難い。しかし、挑発に乗って日本の政治家が戦前を肯定するような言動をしたら、孤立するのは日本の方だ。それこそ中国が狙う「日米の離間」につながる。
安倍晋三首相は終戦記念日の8月15日に戦後70年談話を出す考えを表明した。談話作成にあたっては有識者会議の議論を踏まえるという。
首相に近い自民党の萩生田(はぎうだ)光一総裁特別補佐は「70年という大きな節目の年を日本の名誉回復元年にすべきだ」と主張している(「正論」2月号)。首相自身も「侵略の定義は定まっていない」と述べて物議を醸したことがある。
安倍首相の周辺には、戦前への反省を「自虐史観」と排する人が少なくない。こうした考え方は、日本が少しずつ積み重ねてきた「和解」への努力を踏みにじるものだ。
70年談話に必要なのは、戦後50年時の村山富市首相談話を戦後日本の揺るぎない基礎と位置づけ、その上で未来を展望する姿勢だろう。