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Someone's love story:Garnet 作者:幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)

▼15. 記者会見(Open to the public) ~会見前~

+++++

祥悟はモスクワでミカからの嬉しい知らせを受けたあとぐに、メンバーとケリーさんにメールで報告した。

紗夢はメール受信後ケリーさんに電話をかけて、次の全員収録日に祥悟とミカのために記者会見を開いてほしいと頼んだ。

数ヶ月前にミカは旦那さんとの離婚が成立していたし(国民的アイドルグループAnytime Anywhereとのコラボ料理本を出したカリスマ主婦の離婚はほんの少しの間、女性誌紙面を賑わせた)、1日も早く祥悟とミカが胸をはって『二人』でいられるようにしてあげたかったのだ。それは紗夢のみならずメンバー全員の願いだった。

ケリーさんは言った。

「君たちの収録日は実質収録スタジオは貸し切りみたいなものだから物理的には問題ないよ。ただ、ごぉくんが社長と事前に話せる時間が取れそうもないんだ。…ごぉくんの義理堅さはサミーも知ってると思うけど、前に『社長には自分で直接話したい』って言っていたからちょっとひっかかってね。サミーはどう思う?」


ケリーさんの言うとおり祥悟のそういう律儀なところは紗夢自身もよく知るところだったし、もちろん好きなところでもあった。でも社長と話すのが先だろうが後だろうが祥悟と社長の間なら平ちゃらだろうと思った。何より祥悟の相手は社長自身が事務所に迎え入れたミカなのだし、今さら身上調査だの事務所間調整だのいらないではないか。…それに子どもができた今、二人は結婚するしかないのだし。

紗夢はケリーさんにこう答えた。

「大丈夫、大丈夫。会見の後に二人でゆっくり話してもらえばいいから。あ、それと、オレら4人も前に言ったとおり会見出るからね。…ミカさんはどうするのかなぁ。スタジオには仕事があるからいちゃう訳だけど、オレらみたいに表に出る業種じゃないからあんまり矢面に立たせなくないなぁ…。」

ケリーさんは紗夢に言った。

「サミーの今のつぶやきも社長に伝えて調整するよ。ミカが妊娠したこともあるし、記者とのQ&Aはエニタイ初の修羅場になるだろうから落ち着いてごぉくんをフォローできるよう4人で打ち合わせておいてね。頼んだよ。リーダー。」


「了解!」

明るく答え紗夢は電話を切った。

紗夢は思った。

(『修羅場』ってどんななんだろう?今までだって事実と違う理不尽な記事が出たことはあったけど、全部事務所が何とかしてくれてたからオレにはまったくピンと来ないや。ましてや、ごぉくんのは急な結婚やミカさんの妊娠ていう事実についての修羅場だからなぁ…。
…まあ、こんな時だからこそ明るく行かなくっちゃ。人から何て言われたって最終的にごぉくんとミカさんが胸はれればいいんだから。

…細かい事は計に考えてもらおう。計はエニタイが社会的にヤバくならないようにいつもみんなをフォローしてくれてるから。これに常識人ジロが加われば鉄壁だな。

らーくんは前もって何も言わなくても空気が悪くなったら瞬時に何とかしちゃうカリスマだし、オレはいつもどおりのとぼけたリーダーでいればいいや。)

紗夢は祥悟以外のメンバー3人にメールを打った。


『皆の者、

ついに ごぉくんの一世一代の願い(通称「線香花火の願い」)を叶える日がやってきた。


決行は次回スタジオ収録日(ごぉくんの帰国3日後)。そして我々4人に課せられたミッションは、

『修羅場における、ごぉくん&ミカさんの擁護』

…である。

スケジュールの都合上、最終擦り合わせは当日収録後から会見開始までの数時間で行うこととする。短期決戦になるので、各自事前準備にいそしむように。

計~、全体シナリオよろしくねー!』

たまたま二人で雑誌の取材を受けていた計と慈朗は仕事終わりにこのメールに気づいた。

計は携帯をいじっている慈朗に話しかけた。

「ジロくん、リーダーからのメールみた?」

慈朗は携帯の画面を見ながら答えた。

「…うん見たよ。なんか計、丸投げされてない?」

計は叫ばんばかりに言った。

「どう読んでもそうだよね、あれ!!。でもさ、今度のごぉくんの会見ってリアルに『修羅場』じゃん。さーて、どうすっかなー…。」

「…『どうすっかなー』つっても、聞かれるのはごぉくんとミカさんのことだしね。
仮にオレらが知ってる二人のことを聞かれたとしてもオレらが答えちゃうのはなんか違うし…。

…基本、ごぉくんが答えたことでフォローが要りそうな場合じゃないの? オレ達の出番はさ。前にリーダーが言ってたみたいに言い訳がましく聞こえちゃったりする時とか。」

と慈朗はクールに答えた。

「そうね。…となるとリーダーの言う『最終擦り合わせ』って難しくないか?だってさ、こんな急だとQ&Aも事前にわかんないだろうしさ。」

うなずきながら答える計の言葉に慈朗は考えながらこう言った。

「…ごぉくんには悪いけど、いわゆる『…ちゃった婚』のケースでシナリオ作っとく?多分やばい質問はそこだと思うから。」

「そーだねぇ。それしかないねぇ…。」

…と計も同意し、さらにこう続けた。

「…あとは現場でのらーくんとリーダーの瞬発力に賭けるとするか。」

慈朗は微笑みながらうなずいた。そして、

「…んじゃ、やりますか。」

と、ノートPCを取り出すと、計と共に過去の会見ネタをネットで探し始めた。


ネットで過去の芸能情報を検索し始めてから程なく計がつぶやいた。

「…なんかこんな風にワイドショーの掘り下げしてるなんて、オレら がっつり『オバさん』じゃん。」

自分たちの行動を俯瞰で捉えてしまったばかりに、テンションが落ち始めた計に慈朗は釘を刺した。

「…そう言うなって。ごぉくんのためなんだからさ。それになんだかんだ言ってるけどキミ、頭ん中じゃもう演出し始めてんでしょ。」

計は『ばれた?』という顔をして椅子から立ち上がると笑いながら言った。

「なんでわかるかなー、ははは。ハイ!私、楽しんでます!」

根暗に見えて、でも実はエニタイの中で最も明るい計と、華やかな風貌のあまりチャラ男に見えるがとても真面目な慈朗は本当に好対照だ。

計の、あまりのテンションの上がりっぷりに慈朗は呆れて言った。

「…ったく相変わらずいい性格してんなぁ…。はい、続けるよ。」

自分が座っていた椅子の座面を慈朗にポンポンと叩かれた計は、慈朗の隣りに大人しく腰をおろすと神妙な顔でPCを覗き込んだ。


+++++

祥悟の帰国から3日後、レギュラー番組収録後の深夜から、

『Anytime Anywhere 佐崎祥悟 結婚発表会見』

が行われることになった。何の情報も持ち合わせていない記者たちは色めき立ち、レギュラー番組収録中からスタジオ周辺は騒然とした。


数年前とは明らかに違うエニタイの勢いと、社会の中での自分の立ち位置をまざまざと見せつけられ、祥悟は不安でいっぱいだった。

(…大丈夫だろうか。自分とミカさんとのことをきちんと伝えられるだろうか。)

そんな不安の中、ありがたかったのは番組観覧に来てくれていたファン達だった。ワンセグや観覧に来れなかったファン仲間からの情報なのだろう。祥悟がメンバーとともにスタジオに姿を現すやいないや全員が声を合わせて、

「ごぉくん、結婚おめでと~っ!」

…と祝福してくれた。
なんだか、誕生日の時のコールみたいだった。

正直なところ『裏切り者』呼ばわりされるのではないかと真逆の状況を覚悟していただけに嬉しさが込み上げてくる、思いがけない贈りプレゼントだった。


会見について案内以外の情報は一切事前に流さないとケリーさんから聞かされていた。

ミカの妊娠のことや『不倫』の時期があったことなど、これから会見で話すであろう事実にがっかりするファンもいるだろう。それでも、今の祥悟には充分追い風の役目を果たしてくれる『6人目のエニタイ』達からのエールだった。

もう自分に出来ることはただ誠実に話すことだけだと思った。

+++++

いつもどおり楽しく番組収録を終え、5人は『最終摺り合わせ』に入った。

深夜の会見までの2時間、5人は『摺り合わせ』をしながらいつもの収録後と同じように、ミカの手作りスイーツで腹ごしらえをした。

今や収録日の定番になった雑穀パンケーキ―。
それは初めてミカが収録現場に持ってきた日に、4人より先に食していた祥悟がうっかり、

「やっぱうめーな、コレ…」

と漏らし、慈朗にミカとの仲を追求されたという、いわくつきのものだった。

誰彼となく、その時のことに話題が及ぶと、懐かしそうに理生は言った。

「あん時 既におかしかったんだよね。ミカさんが『お初のメニューです』って言ってるのに、ごぉくんたら『やっぱうめー…』とか言っちゃって…。それって明らかに体験済みの人にセリフじゃない。」

慈朗も遠くを見るような目をして当時を思い出しながら言った。

「今思えば、あの時にはもうごぉくんとミカさん、寄り添ってたもんなぁ…。オレさ、パンケーキ疑惑の日、2本目の収録の後はごぉくんに何も聞かなかったじゃん。あれって疑惑を忘れた訳じゃなくて『まさかね』って気持ちが勝っちゃったからだったんだよね。だってさ、もしもミカさんが若い頃『やんちゃ』だったらごぉくんの親でもおかしくないくらい年齢としが離れてたから、オレん中では想定外だったわけよ。

らーくんに呼ばれてごぉくんのマンションに行ったあの夜、つくづくオレってこういうこと(色恋沙汰)への勘は鈍いんだなって自覚したよ…。」


自虐気味にその時を思い返す慈朗を励ますように計が言った。


「まあ、ジロくん。そんなに落ち込まなくても…。結局オレらみんな確信持ってなかったのはおんなじだったんだから。あ~騙された、だまされた。」

紗夢は自分は違うとばかりに主張した。

「俺は前にも言ったけど、相当前に気がついてたぜ。だからよくごぉくんたち二人にしてあげてたじゃん。」

紗夢が自ら前に出て主張するのはかなり珍しい。男同士でありながら、相思相愛が囁かれてきた祥悟の『色恋沙汰』だからだろうか?

…にもかかわらず、肝心の祥悟とミカは二人で顔を見合わせ、『そうだったっけ?』という顔をした。そして、その様子を見逃さなかった紗夢は、ショックを受けた様子で心外そうに言った。

「何?二人そろってその顔…。『伝わって いなかったのか 俺の気遣い。』」

紗夢のその言葉に、理生は引き気味に言った。

「うわ~出たよ、番組で教えてもらった5・7・5が。リーダーのマイブーム…。5・7・7になっちゃってるけど…。」

紗夢の落ち込む様子に本気であわてた祥悟が優しく言った。


「さっくん、そうだったんだね、ありがとう。ごめんね、オレたち気がつかなくて…。そんなだったらもっと早くさっくんに打ち明けとけば良かったかな。」

祥悟の優しい言葉と心の底から紗夢を心配する様子を見て満足したのか急に立ち直った紗夢は

「いーんだよ、ごぉくん。魚と同じで物事には『旬』ってもんがあるんだから。きっと今までのタイミングが全部『旬』だったんだよ。」

すると計が紗夢を戒めるかのように言った。

「…ねえ~、そんなに釣り行きたいの?こないだ沖縄いったばっかじゃん。ごぉくんとミカさんのロマンスまで魚と一緒じゃ失礼じゃないの?」

祥悟は笑いながら言った。

「計、思いやりありがとう。オレらは大丈夫だよ。なんかさっくんらしくて笑かしてもらった。実は会見前なのに横隔膜がぷるぷるしちゃってる…。

ああ、どうしよう。オレ笑っちゃいけない場面に限って妙なこと思い出してツボっちゃう癖があるから…。今日の会見はさすがにツボっちゃったら顰蹙ひんしゅくだよなあ…。親にも怒られる、絶対に。」


慈朗が祥悟に確認した。

「…実家に連絡したの?…そっか。こんだけの騒ぎだと連絡しなくても、さすがにもう知ってるか…。」

「『しっかりやれ』って収録中にメールが来てたわ…。ニュースより緊張する生放送だよー。しくじったらダメ出しどころじゃないわ…。」

やおらビビりだした祥悟を見かねて理生は言った。

「ごぉくん落ち着いて。まだ時間あるし、計と慈朗が想定問答集作ってくれてるから、ちょっとシュミレーションしてみない?落ち着くかもよ」

計がノリノリでケリーさんに言った。

「ケリーさんの仕切りからやる? ごぉくんの相手がミカさんだってことは事務所サイドが最初にいうんだよね?」

ケリーさんがうなずく。

しかしながら、ここで真顔になった祥悟が懇願した。

「…ごめん、オレもう余裕ないから問答集だけ貸して? あっちの楽屋でひとりで読んできたいから。」

想定問答集を手渡しながら慈朗は答えた。

「わかった、わかった。
でもさ、その前に指輪用意しておこうよ。
ミカさんが会見に出ないから画面えづらはよくないけど、ごぉくんだけでも会見中、指輪を見せることになると思うから。持ってきたよね?」

祥悟は慈朗の質問にうなずきながら大切なことを忘れていたことに気付き、叫んだ。

「…そうだ!みんなの前でミカさんに指輪つけてあげる約束してたんだった。どうしよう、オレひとりでテンぱっちゃって忘れるところだった。」

慌てる祥悟を尻目に、計が冷静に切り出した。

「それではこれより、佐崎祥悟及びミカの愛の指輪交換式を行います。立ち会い人はエニタイメンバー大月紗夢、愛本理生、私 仁藤計、エニタイチーフマネージャー ケリーこと吉田秀樹の4名です。」

名前を呼ばれない慈朗が不満そうに『オレは?』と自分を指差す。

ニヤリと笑って計は続けた。

「…式はエニタイチャーチ所属の松野慈朗牧師によりり行われます。それでは牧師、お願いします。」

いきなりの事態に慈朗はあわて小声で計に言った。

「何これ、こないだ一緒にシナリオ作ったとき全然言ってなかったじゃん。オレ牧師役なんて、したことないよ?」


戸惑う慈朗に涼しい顔で計は答えた。

「何言ってんの、『やってもらったこと』ならあるじゃない。ドラマん中であんたの『奥さん』と。ほら、都会のど真ん中にバージンロード敷いてさ…。」

計の言葉を聞くやいなや(ああー。)…と合点顔をして前へ進み出る慈朗。

ほんの数秒イメージトレーニングをしてから、手招きで祥悟とミカを前へといざなう。二人の

肩に手を掛け向かい合わせると、慈朗牧師は厳かに祥悟に問いかけた。

「佐崎祥悟。あなたは健やかなる時も病める時も、豊かなる時も貧しき時も、ミカを愛することを誓いますか?」

祥悟は答えた。

「はい、誓います。」

そして、慈朗はミカに向かって同じ質問を繰り返した。

「ミカ。あなたは健やかなる時も病める時も、豊かなる時も貧しき時も、祥悟を愛することを誓いますか?」

「はい、誓います。」

そう答えるミカはとても嬉しそうだった。

二人の真ん中に立ち、祥悟が持ってきていた指輪の入った箱を開け慈朗は言った。


「それでは誓いのあかしとして、指輪を交換してください。では祥悟、ミカへ指輪を。」

祥悟は、慈朗の両手の中にある小さな箱からプラチナのボールチェーンに通されネックレスになったガーネットの指輪を取り出し、ミカにつけるべく両腕をミカの首の後ろに回した。仕事が終わり、いつもアップになっているミカの髪は長く下ろされていた。

ミカの長い髪を優しくかき分けながら、ようやくネックレスをつけ終わろうかというその時、突然計が叫んだ。

「カーット、カット!」

いきなりの声に全員が

「へ?」

…と声にならない声を発して計の方を振り返ると、計は監督さながら祥悟にNGを呈した。

「ごぉくん、全然だめだって。そこまで顔が近づいてるんなら言われなくてもロマンチックにチューしないと。いっくら本番の記者会見がミカさん抜きだって、ここでは最大限本気でやってもらわなくちゃ困るよ。がっつり本気で行って。」

いきなりの展開に驚いていた慈朗だったが、すぐさま計に加担した。

「…そうだよ。ごぉくん、真剣にやってよ。」


予想外の慈朗の言葉に祥悟はささやかながらも抵抗を試みた。

「ええー? 誓いのキスって指輪交換終わったあとに改めてするもんじゃないの?しかも、ドラマならいざ知らず、プライベートはいくらメンバーの前でも…。いやっ、むしろメンバーの前だから恥ずかしいんだよぉ…。」

祥悟は涙目で訴えた。

しかしながら、いつもならここで祥悟をかばう紗夢までもが まさかのダメだしに出た。

「いやごぉくん、ここで乗り越えとかないと。今日の会見ではもっとプライベートえぐりだされるから、今頑張っとこう。計の言うとおり、『がっつり本気で行って』。ほれ、ミカさん待ってるし早くやってよ。」

そんな紗夢の様子を黙ってみていた理生も、祥悟をあおった。

「そうだよ、ごぉくん。それにオレ単純に二人のラブラブが見たい。見せてよ、ねえったら。ねぇ~。」

…まるで駄々をこねる子どものように床に寝転び手足をバタバタさせる理生。ちなみに着ている服は収録用の衣装のままだ。今日に限ってヴィンテージのGパンがやけに高級そうだ。

祥悟はついに観念した。


「さっくん、今日はいぢわるなんだね…。らーくんも駄々っ子じゃないんだからやめてよ、お願い。オレのせいで衣装汚しでもしたら買取りになっちゃうよ?今日のは高そうだし、やばいよ…。

…わーったよ(=わかったよ)、やるから。もうとことん本気でやったるJ!」

耳まで真っ赤になった祥悟は、気を取り直して計に尋ねた。

「監督、どこから?」

『真剣スイッチ』が入って、すっかり真顔になっていた。

祥悟の質問を受けて計がテイク2の指示を出した。

「じゃあジロくんが指輪交換を切り出すくだりから。ハイ、スタート。」

再度同じ台詞を繰り返す慈朗。役は違えど、ドラマでの経験がものをいう。台本はないが、すらすらと言葉が出てくる。

2回目のテイクは順調に進み、すぐに祥悟がミカに指輪を付けるシーンになった。


さっきとはうって変わって落ち着いた様子でゆっくりとミカの首に腕を回しネックレスになった指輪をつける祥悟。ミカの胸元に光るガーネットの指輪を確認しミカと目を合わせ微笑み合ったあと、祥悟はミカの耳たぶから頬にかかる辺りに優しく両手をあて、ゆっくりキスをした。

キスの直前まで見つめ合っていた二人は、まるで誰かから合図でもされたかのように同じタイミングでにまぶたを閉じた。

…誰も何も言わなかったらいつまでもそのままでいそうな二人だった。

だんだん恥ずかしくなってきたギャラリー3人は慈朗に巻きの合図を送った。ケリーさんだけが顔色ひとつ変えず真摯に祥悟とミカを見守った。

「…ではそろそろ、ミカ。祥悟へ指輪を。」

慈朗牧師の声に二人は我に返ると、恥ずかしそうにくっつけていた体を離した。

ミカは慈朗の手の上にある小さな箱に残ったサファイアの指輪を取ると祥悟の左小指にはめた。元は祥悟がミカ用に用意した、ミカの誕生石の蒼い石がついた指輪だった。


サイズの小さなその指輪は見た目がクールな祥悟に似合いのピンキーリングになった。

素に戻った慈朗が不思議そうに言った。

「二人とも薬指じゃないんだね。」

「うん。元々はオレがつけてる方がミカ用で、ミカがつけてる方がオレ用だったからサイズがね。でもね、ミカがオレに言ったとおり、お互いの誕生石を身につけてると、離れていても一緒にいるような気持ちになって安心できるんだよね。…ねぇ、薬指じゃない結婚指輪って変かなぁ?」


心配気しんぱいげな表情で祥悟はメンバーに確認した。

計は首を横に振りながら言った。

「変じゃないよ。逆にいいんじゃない、今の話…。ごぉくん、会見で指輪のくだりになったら是非それ言って。絶対誰かがジロくんと同じ質問してくるからね。

…それとさぁ、ごぉくん気づいてる?指輪交換した途端ミカさんのこと、『ミカ』って呼び捨てにしてる自分に。 なんか『亭主』って感じだねぇ~。いいわー。」

無意識のうちにミカの呼び方を変えている自分にまったく気づいていなかった祥悟は またしても耳まで真っ赤になった。
…相当恥ずかしかったのか計の質問はスルーし、こう言った。

「あの…そろそろ別室で想定問答集レビューしてきていい?」

時計を確認しつつケリーさんが祥悟に言った。

「いいよ、行っておいで。問答集見た後、段取りの最終確認するからね。会見開始の15分前にはここに戻って。」

うなずきながら祥悟は隣りの部屋に入ると静かに扉を閉めた。


ミカは、メンバーとケリーさんに指輪交換式のお礼を言い、それから5人にエスプレッソとラベンダーティーが淹れられるがどちらがいいかと尋ねた。

キルフェボンの『キャンドルナイトケーキ』を真似て作ったショコラフルーツタルトと共に皆のドリンクを運び終わると、ミカはラベンダーミルクティーとショコラフルーツタルトをトレイにのせて祥悟のいる部屋のドアを静かに開けた。

ちょうど想定問答の区切りだったのか、祥悟は部屋に入るミカに向かって顔をあげた。まるでニュースのオープニングの時のような堅い表情をしている。
二人のことなのに祥悟ひとりが会見に出て何もかもを受け止めなければならないのかと思うとミカは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、涙が出そうになった。

ミカはそんな気持ちを隠して いつもどおりに祥悟に向かって言った。

「ラベンダーミルクティーとショコラフルーツタルトを持ってきてみたよ。…もしも胸がいっぱいだったら、タルトにのってるフルーツだけ食べても構わないからね。」


そう言って部屋を出ようとするミカの手をつかんで祥悟は言った。…いつもより手が冷たい。

「…どうして出ていこうとするかなぁ…。ニュースの日みたいに側にいてよ。」

その言葉を聞いてミカは、ニュースの日の朝祥悟の家のダイニングで向かいあって座るのと同じように、祥悟の向かい側に腰を下ろした。

ミカは仕事に集中する祥悟の姿を見ることが好きだった。いつもどおりただ側にいて祥悟を見ていた。

しばらくして祥悟が落ち着きを取り戻し、ミカが淹れなおした温かいラベンダーミルクティーに口をつけることができたところで、ミカは祥悟に言った。

「大丈夫。いつもどおりのごぉくんでいいんだから。ね? 私も元旦那さんも息子も本当のこと言ってもらって平気なんだから。…実はね、さっき元旦那さんから私にごぉくん宛の応援メールが届いたの。ごぉくんに転送してあるから見てみて?
とてもいいメールだから勇気が出ると思うよ。」

ミカにそう言われて携帯を確認すると、確かに受信ボックスにはミカから転送された元旦那さんのメールが入っていた。


『Anytime Anywhere 佐崎祥悟様、

突然のメールをご容赦下さい。
まだ日本にいる時ミカと息子と一緒にTVに映る君を観ていました。まさかこんな形で直接メールを書く日が来るとは夢にも思っていませんでした。

ミカから離婚を切り出された時は驚くというよりも(やっぱり来たか…)という感じでした。でも気にしないで下さい。
それは決して君のせいではなく、ミカからも聞いていると思いますが、君とミカが出会わなくても僕とミカが互いに

(いつか別々の道を歩くことになるかもしれない)

…と、心のどこかで ―悲しいことにどちらかと言えば確信を持って― 思ってきたからです。だからその理由には驚きましたが、離婚自体の申し入れに対しては「来るべき時が来た。」という感触でした。


僕がまだ日本でミカ達と一緒に暮らしていた頃、ミカが繰返し聴く君たちエニタイの曲がありました。

「ずっとそばにいたはずなのに、気づけば見ていた違う景色。」

そんな歌詞が入ったその曲は、普段は音楽に興味も造詣もない僕の心にも刺さりました。
何故ならその唄の主人公は少しずつ心が離れていった僕とミカそのものだったから…。


僕たちは本当に感性が違いすぎて、けれど嫌いになることも憎みあうこともできなくて、そして結婚後トントン拍子で息子が生まれてきたため、『夫婦』としてはとうに冷め切っていたのだろうけれども、『父親』・『母親』という役割があったから家族3人本当に仲良く、ひとつ屋根の下に暮らすことが出来ていたのだと思います。


僕が単身赴任で家を離れ、息子が野球のために家を出ることになった時、実は僕は覚悟を決めていました。

ミカはもともと『仕事が似合う女性』だったから、僕や息子の日々の世話がいらなくなり、仕事に没頭できる環境に舞い戻れば遅かれ早かれ家を出ることになるだろうと…。
ただ、まさかその仕事がそれまでとは畑の異なる芸能界に関わる仕事で、しかも君たちのような、誰もが知っている存在の人たちに関わることになるとは全く考えていませんでしたけどね…。

…僕と一緒にいたミカは普通に幸せだったけれど、窮屈そうにしていました。そして、そのことについてはずっと見えないふりをすることしか出来ない僕でした。なぜならミカの心を理解しようとすればするほど、そしてそれを口や態度に出せば出すほど、僕とミカの感じることの違いがよりクリアになってしまい、余計にミカを孤独へ追いやってしまうことに気づいてたから…。

だから今、彼女がのびのびとしている姿をみて心から良かったと思っています。君とミカはおそらく生まれながらにして何か同じものを持っているのだと思います。普通だったら誰も乗り越えようとすら思わないであろう障害をクリアして今日まで来たのですから。

今日この日がくるまでやや時間はかかったけれど、出会うべくして出会った二人なんです。だから、何があっても何を言われても、胸を張っていて下さい。ミカのためにも。


僕とミカは夫婦ではなくなったけれども、息子の親としてはこれまでと変わらずつながっていきます。そして、そんな僕にとって心から(良かった。)と思えることは君とミカの間にうちの息子の年の離れた妹か弟が生まれてくることです。
なぜなら、その『天使』と息子がこの世で二人きりの兄妹になれることで、ミカの新しい伴侶である君も、過去の伴侶である僕も含め、2つの家族が温かい気持ちで繋がっていけるからです。…ずっと弟妹を欲しがっていた息子も喜んでいます。
及ばずながら17年前の古い記憶でよければ父親業の指南も可能なので遠慮なく連絡してください。そこそこの『育メン』だったと自負しているので、未経験の女の子のオムツ替え以外ならイケるはずです。(笑)


…それにしても、記者会見って一般人から見るとなんだか面倒くさそうですね…。
くれぐれも僕と息子のことは気にせずに、いつもTVでみる『真っ直ぐな“エニタイ佐崎祥悟”』のまま会見に臨んでください。
理屈っぽくたって、笑ったっていいですよ。
明るい未来を迎えるための会見なんだし。


…もし、僕と息子のことで窮地に立つような事になったら躊躇ちゅうちょすることなく、このメールを引用して話してください。僕も息子もこれでしか君とミカを応援することができないけれど、君たちの幸せを後押しする力になりたいので是非。


では、祥悟くんと僕の妻だったミカに幸多からんことを!

頑張れ、もうすぐ父親になる佐崎祥悟くん!』


メールを読み終わると祥悟は、計と慈朗が作った想定問答集を静かに閉じた。

「計とジロがせっかく作ってくれたのに悪いけど、オレにはもうこれ(想定問答集)はいらないね…。オレがピンチになった時、メンバーに使ってもらうことにする。」

そう言うと祥悟は携帯電話を取り出し、紗夢宛のメールを書き始めた。


+++++

紗夢が祥悟からのメールに気付いたのは他の3人が楽屋でゲームに興じる中、自分はひとり携帯で釣果をチェックしている時だった。

立て続けにメールの着信が2件あった。1件は祥悟から、そしてもう1件はミカからだった。

(なんだ?夫婦して同時にメールしてくるなんて…。同じ部屋にいるのに、二人して別々に携帯いじってんのかな?結婚はまだだけど実質新婚なんだし、部屋の中には二人っきりなんだから、もっとイチャイチャすりゃあいいものを…。)

紗夢は着信順に、まず祥悟のメールを開いた。


(祥悟のメール)

『さっくんへ

今日は収録もあって疲れてるんだろうに、会見につきあってくれてありがとう。すごく安心しています。


ところであのさ…。
計とジロが作ってくれた想定問答集なんだけど、オレ丸腰まるごしで会見に出ることにしたから、問答集はオレがリアルにピンチになった時にみんなが使ってくれる?

実はミカの元旦那さんからメールをもらって、それを読んだらで会見にのぞむ決心がついたんだ。
…嬉しくて涙が出そうだったそのメール、他ならぬさっくんには見てもらっちゃおうかな…。


(元旦那さんのメール)


オレ、こんなにもミカのことを考えてる人からミカを取っちゃったんだね…。
でも元旦那さんの言うとおり、新しい家族と一緒に元旦那さん達とつながり続けて、幸せに暮らすオレたちをみてもらえるように頑張るわ。

…想定問答集の件はオレが会見場に出てから他の3人に伝えてもらえるかな?なんだかオレの口から計とジロに言うのがなんだか忍びなくって…。「丸腰で会見に出ることにしたけど、みんなの準備のおかげで、あれでもいつもよりはビビッてなかったんだよ」とも伝えてもらえると嬉しいなぁ…。


…きっと大なり小なり(…もしかしたら『大なり大なり』?)『修羅場』が来ると思う。
その時は本当に、よろしくお願いします。

祥悟』


(…確かにいいメールだなあ…。元旦那さん、やっぱりイイ男なんだなぁ…。

でも、ごぉくんはピンチになってもこのメール使わないんだろうなぁ…。なんたってごぉくんはいっくら周りが「それは『迷惑』なんかじゃないよ。」って言っても、自分がそうだと思ったら自分ひとりで頑張っちゃう人だから…。)

紗夢は『ふう』…と、短く溜息をついた後、ミカのメールも見ることにした。

(それにしてもミカさんからメールなんて珍しいな。一体なんだろう?)

紗夢は不思議に思いながらミカのメールも開けてみた。


(ミカのメール文)

『さっくんへ。

今日はいろいろありがとう。会見本番もごぉくんのこと、よろしくお願いします。

実はさっき、元旦那さんからごぉくん宛の応援メールが私のところへ届きました。 
そのメールには、ごぉくんと出会う前から私と元旦那さんが『夫婦』としては冷めていたことや、ごぉくんと私の間に生まれてくる赤ちゃんを『自分の息子の年の離れた妹弟』として心待ちにしてくれていることが書かれていました。


そして、もしもごぉくんが会見で窮地に追い込まれたら自分のメールに書いてあることをを話して応戦してほしいとも書いてくれていました。

もちろんごぉくんにはすぐにメールを読んでもらいました。

メールを読んでごぉくんは、『頑張る』と言っていましたけど、ピンチになっても元旦那さんのメールは使わない…。さっくんもそう思うでしょう?ごぉくんは人に迷惑をかけることが何よりも苦手だから…。

それでさっくんにお願いがあるのです。

今日の会見の『修羅場』は私の離婚と妊娠に絡むところで起こるでしょう。
クリーンなイメージのごぉくんが離婚と妊娠にどう関わっていたかを、記者の人達は知りたくて書きたくてしょうがないでしょうから。

でも、離婚はごぉくんのせいではないし、私の妊娠もメンバーのみんなが一番よく知っているとおり、ごぉくんよりも私自身が望んだことです。(ごぉくんは私と二人でもいい、って言ってくれたくらいですから。)

だから、『ごぉくんは悪くない』ということを、さっくん達の言葉で伝えてもらえないでしょうか?


さっきも書きましたが、元旦那さんと私は、私がごぉくんと出会う前から冷めていて、だから誰も傷ついていない。そして元旦那さんも息子も私とごぉくんの間に生まれ来る赤ちゃんを心から祝福している…。この事実を元旦那さんからのメールを読んで皆に伝えてほしいのです。

…もしかしたらごぉくんの『身内』であるエニタイのメンバーが説明することでさっくんたちが非難されてしまうかもしれないのです。『捏造なんじゃないか』とか『事務所に言わされてるんじゃないか』とか…。
…それでもごめんなさい、私が今お願いできるのはさっくん達しかいないのです。 

私自身がごぉくんと並んで会見に出ることさえ出来れば、どんな言葉でも共に受け止めごぉくんを守る覚悟はあるのですが、今日に限って社長と連絡が取れず(怒らせしまったのかな…)、会見へ出ることへの許しが間に合いそうもありません。

大変なお願いばかりでごめんなさい。でも、元旦那さんからのメールを添付しました。ごぉくんを助けてあげてください。

ミカ』


いつも無駄なことは一切口にしないミカにしては長いメールだった。

ミカの心を揺らぎを痛いほど感じた紗夢は、どうにかしてミカの願いを叶えなければ…と強く思った。

(…まったくもう、夫婦して同じメール転送してくるなんてさ…。2度も読んだら覚えちゃいそうだよ。)

祥悟が楽屋に戻ってくるまでまだ時間がある。

紗夢は携帯(電話)を閉じると未だなおゲームに興じている理生、計、慈朗のもとへ歩み寄った。



+++++

ケリーさんから伝えられていたタイムリミットより早くに祥悟は楽屋に戻ってきた。

楽屋を出た時の不安気ふあんげな表情はもはや消え、全てがが浄化されたかのようなニュートラルな佇まいだった。

紗夢から何も聞かされていなかったら計と慈朗は、それを自分達の力作(想定問答集)の効果だと思っただろう。でも、紗夢からすべてを聞かされた計と慈朗はそうではないことをとっくに知っていたし、むしろ『』で会見に臨むと決めた祥悟のいさぎよさを(かっこいい)とさえ思っていた。

紗夢は祥悟が楽屋に戻ってくる直前、理生・慈朗・計にこう伝えていた。

「計とジロが作った問答集は、オレらがごぉくんをサポートする時に使うからな。…まあ使うような修羅場がないといいと思ってるんだけど…。

それからもうひとつ。
ごぉくんがどうにもこうにも頑張れなくなったら、(ミカさんの)元旦那さんがごぉくんに宛てて書いたメールを読み上げて、誰も不幸になっていないこと、それどころか元旦那さんはごぉくんとミカさんの子どもの誕生を心待ちにしていることを話すんだぞ。

…オレらの中の誰が話すかなんて役割は特に決めないよ。その時の流れで誰が言ってもいいようにしておこうや。」


水面下でそんなことがあったとは知らずに別室から楽屋に戻ってきた祥悟は、会見の仕切りを務めるケリーさんと最終段取りを確認した後スーツに着替え、いよいよ会見場に入る時間を迎えた。

ほんの2時間前までレギュラー番組の収録で賑やかだったスタジオが一転、祥悟の結婚会見の会場に様変わりしていた。どことなく空気がピリピリと張り詰めていた。

おびただしい数の記者とカメラマンが広い会場をところ狭しと埋め尽くしている。中には普段、このスタジオ以外の他局で祥悟と共に仕事をしている見知った顔もあった。

「ごぉくん、そろそろ(会場に)入ろうか。 僕は君の隣りで仕切りをやるから僕の後ろに続いて。 
サミー、折をみて合図をするから、そうしたら会見場にみんなで入ってね。頼んだよ。
ミカは記者の目につかないところにいて。見つかると騒ぎになりかねないからね。」
そして午前零時の時報が鳴り、祥悟はケリーさんと共に会見場に入っていった。

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