▼13. 本当の味方たち(Supporters)
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翌日、ミカが事務所でケリーさんと打ち合わせをしているところへ仕事を終えた理生がやってきた。
「ねえねえミカさん、今日仕事のあと時間ある?
実はごぉくん今日OFFなんだけど、具合悪くて寝てるみたいなの。元気が出るもの食べさせたいから一緒にごぉくん家行ってくれない?ミカさんの(キッチン)スタジオ、ごぉくん家の隣りだし、何か作ってついでに俺にも食べさせて?」
昨晩の祥悟とのやり取りを思い返しミカは躊躇した。
「でも、私が一緒にいたらHなDVDとか見れないじゃない。らーくんお見舞いに持っていってあげるんでしょ。」
理生は(いやいや…)と首を横に振った。
「いやー。実はここのところ長い間ごぉくんからリクエストもないし。―あえて聞いてもいないけど、ごぉくん、誰か本命の人と充実してるんじゃないかなーとずっと思ってて…。あ!もしかしたらそっち方面で何かあったのかな?それでダウン?
ごぉくんイケメンなのに、真面目すぎて恋愛に免疫ないから本命さんにフラれでもしてたらホントにやばいかも…。ねー、早く行こうよ。心配になってきちゃった。」
打ち合わせを終えるやいなや理生に連れて行かれるミカを見送りながらケリーさんは、数日前祥悟にミカとのことを考え直すよう忠告したことを思い出し、深く息をついた。
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事務所を出てすぐにタクシーをつかまえた二人は思いの外早く祥悟の家とミカの(キッチン)スタジオがあるマンションに着くことができた。
理生はエントランスのロックをミカに開けさせると、急ぎ祥悟の家へ向かい、はずむ息でインターホンを鳴らした。
…すぐにドアが開き出てきた祥悟は、何やら酔っているようだった。
酔ってはいるものの、具合が悪くは見えない祥悟に安心して理生は言った。
「あれっ?呑んでんじゃん。…なーんだ、具合悪いんじゃなかっんだ。
…ははーん、やっぱり“女”?
まあ、呑めるんなら一緒に呑もうよ。
なんなら泊まってってずーっと話きいたげよっか?明日は二人で一緒に仕事場に行けばいいからさ。
…オレこう見えても実は『恋多き男』だし、悲しいかな失恋の経験値だけは絶対ごぉくんに勝ってると思うから、早く立直れる方法ならいくらでも伝授してあげるよ。」
理生が暢気に話す中、祥悟は突然何も知らない理生に昨日のミカとのことを話し出した。
呑みすぎたせいで、理生の後ろに佇んでいるミカの姿に気づきもしないで…。
「…ねぇ、らーくん。
『ずっと一緒にいたい』なんて言っちゃいけなかったのかな(ひっく)。
年齢が離れてるとかあの女性が結婚してるとか、それってそんなにいけないこと(ひっく)?
一緒にいたら俺だけじゃなくあの女性だって幸せなんだよ…(ひっく)。
『旦那さんとは感性が違い過ぎて寂しい』って言ってて(ひっく)、でも俺とは一緒に歌えて笑えてピアノの連弾もできて…。
『ありがとう、夢叶えてくれて。』ってすっごくいい顔で言ってくれて(ひっく)、俺それにやられちゃったのに…(ひっく)。
ねえ、らーくんどう思う?
『一緒にいたい』って言っちゃった俺が悪いの(ひっく)?
…『俺のDNA持った子ども作って、ちゃんとお父さんになれ』とか、『親に孫の顔見せろ』とか言うけど、それってそんなに大事なこと(ひっく)?
自分は年取り過ぎてて俺の子ども産めないとか言っちゃってて、でも、俺はずっと二人で一緒にいられたらそれだけでいいって言ってんだよ、何度も何度も…(ひっく)。
俺は本当に二人でいられればそれだけでよくって(ひっく)、ちゃんとメンバーや家族に
『この人です、僕の大切な人は』
…って伝えたくって(ひっく)、だから結婚しようって言ってるんだよ(ひっく)?
でも、わかってもらえなくって悔しくって…。
俺、そんなにいけないこと言ったのかなぁ…?
ねえ、らーくん……………。」
いきなりの展開に驚く理生―。
「…ちょっ、ちょっと待って、ごぉくん。いっぺんにそんなに喋られても…。
誰か女の人いるんだとは思ってたけど、年上の結婚してる人だったの?
(ちょっと考えて)まさか俺の…俺らの…事務所の知ってる人?」
もはや返答はなく、倒れこみ玄関で眠ってしまった祥悟。
そんな祥悟をベッドへ運ぶべく抱き起こしながら理生はミカの方にを向き直ると、ゆっくり息を吐きながら言った。
「そっか…。だから二人が話してるとき、なんかよくわかんないけど暖かい空気があったんだ…。そーいうことだったんだ…。
…俺ね、実はね、何かその空気感いいな、好きだなって思ってたんだよ…。だから安心して。誰にも言わないし味方になるから。」
ミカの目をまっすぐ見つめて理生はさらに続けた。
「…だから、これからもごぉくんと一緒にいてあげてくんない?ミカさんも幸せなんでしょ、ごぉくんといて。もちろん旦那さんとのこととか、しなくちゃいけないこともあるってわかってるけど、とにかくごぉくんと一緒にいてあげてくれないかな?」
ミカは何も言わずただ黙っていた。
「俺、ごぉくんをベットまで運んだら今日は帰るから、もう一度ごぉくんと話してみてくれる?俺ら、元気がないごぉくんはなるべくなら見たくないから、とにかくもう一回話してあげて下さいっ。」
理生はミカに向かってペコリと頭を下げた。そして、黙っているミカに向かって言った。
「…それでも、やっぱり『突き放す』って答えしかミカさんにないんなら、今度は思いっきり突き放してあげてもらえるかな?後は這い上がるしかないくらい『どん底』まで。」
『…どん底まで』と言ったときの理生はいつもの明るく優しい理生とは違って、まるで5人で主演した映画の中で、とある活動に夢中になる余り仕事をないがしろにし始めた紗夢演ずる気弱な幼なじみを真顔で問い質すシーンで見せた表情と同じく真剣な眼差しだった。
ミカはどきりとした。
そして、ミカとそんなやり取りをしたあと理生は、眠ってしまった祥悟をベッドまで運ぶと、
「ばいばい。ぐっどらっくだよ。」
とミカに微笑み帰っていった。
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数時間後、祥悟がベッドで目を覚ますと、その傍らにミカがいた。
身体を起こしながら祥悟はミカに言った。
「来てくれてたんだ。…らーくんは?」
呑み過ぎたせいで頭痛がする。
「ごぉくんをここまで運んでくれてすぐ帰った。『二人でもう一度ちゃんと話し合って』って言ってた。らーくんに話したこと、覚えてる?」
ミカは祥悟宅の冷蔵庫に常備してあるエビアン水の蓋を開けると二日酔いの薬とともに祥悟に渡した。
「…覚えてないけど、言っちゃったみたいだね。…驚いてた?」
祥悟は溜息をつきつつミカの質問に答え、その時の理生の様子をミカに確認した。
「うん、リアクションは穏やかだったけどやっぱり驚いてたと思う…。でも、『味方だ』って言ってた。その代わりに、私は『ずっとごぉくんと一緒にいてあげて』ってお願いされてしまった。」
ミカはうつむくと、困ったように大きな溜息をついた。
そんなミカに祥悟は言った。
「…そのことなんだけど、俺はやっぱりちゃんとした形で堂々とずっとミカさんと一緒にいたい。
俺のこといろいろ心配してくれてありがとう。親のこととか、家のこととかも。でも、俺は自分が幸せな形でいたい。あなただって俺と一緒にいて幸せだよね?」
ミカは頷いた。
「でも、幸せをもらうばかりでごぉくんの未来に何もしてあげられない事がつらいの。
今はまだエニタイのメンバーも大学時代のお友達も独身の人ばかりで実感が沸かないと思うけど、将来ごぉくんが私と結婚したがために子どもを持てなかったことを後悔する日が来るんじゃないかって考えちゃうの。
―何度も同じことばかり言ってごめんね…。だけど、『結婚』という形を選ぶのなら私とはダメ。
私だってごぉくんに会うまでは理性より情熱だと思ってた。だけど、ごぉくんには自分のDNAを受け継いだ子どものお父さんになってほしい。
あなたは佐崎家の長男だし、お父さんもお母さんもあなたの子どもに会うことを楽しみにしてると思う。ごぉくんも理性ではわかっているでしょう?私は、あなたとの家族を作るには年をとり過ぎてるってことを。
だから私はあなたの気持ちに応えることはできない。
…ごめんなさい、せっかく らーくんが応援してくれたのに強情で。」
祥悟はミカに懇願するように確認した。
「俺が、あなたと二人だけでいい、って言っても?」
「エニタイのみんなが結婚して親になったら、あなたはメンバーをうらやましく思って寂しさを感じてしまうと思う。
それと、配偶者以外の家族を持つことって人生の中で今あなたが思っている以上に大切なことなんだよ。これは私が家族を持っているからわかることなの。ごめんね、あなたとこうなる前のパートナーとのことを持ち出してしまって…。
だからね、健康な体を持っていて自分の子どもが持てるならそっちの人生を選んだ方がいい。これからもあなたが生きていくうえで本当にプラスになるから。
…ごめん、堂堂めぐりだね、やっぱり…。今日は帰るね。
たくさん呑んでたみたいだからお味噌汁をつくったの。良かったらあとで飲んでね。…それと、もしも どうしようもなく気分が悪くなっら遠慮しないで呼んでね。今日も自宅には帰らないで(キッチン)スタジオにいるから。」
そう話すとミカはベッドに座り黙っている祥悟の元を離れ、自分の部屋へ戻っていった。
祥悟の大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。祥悟は布団をかぶりベッドにもぐった。
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それから1時間くらい経った頃、祥悟は携帯のバイブ音に気が付いた。
ベッドに寝たままナイトテーブルに置いた携帯を確認すると理生からメールが入っていた。
『ごぉくん、その後どうしましたか?うまくいったのか玉砕したのか知らないけど、やっぱ今晩は一緒に飲もう!ごぉくんはもう飲めないかも知れないけど、俺は飲むぞ。
パンツ持ってくから今日は泊めてね。明日はやっぱり一緒に仕事に行こう!』
(そんな気分じゃないんだけどな…)
せめて顔だけでも洗おうと祥悟は洗面所へ立った。
ちょうどシャワーを浴び終わった頃、エントランスからインターホンが鳴った。
ロックをあけ玄関で理生を待っていると、一人の客人にしては何やら騒がしい声が…。聞き覚えのある複数の声を不審に思いドアを開けると、メンバー全員が理生とともに立っていた。そして、1時間前別れたミカも…。
理生は申し訳なさそうに祥悟に言った。
「ごめんね、誰にも言わないって言ったけどメンバーには言っちゃった。だって俺ひとりじゃごぉくんの応援できそうもなかったから…。
…ミカさんには嘘ついたみたいで悪いけど、やっぱりメンバー全員で(ミカさんを)説得してみないことにはあきらめきれなくて…。 いずれにしても二人の事は今日中に決着をつけて明日はここからみんな一緒に仕事に行くからね。ケリーさんにも明日は大きい車回してくれるように頼んであるし。」
理生が言い終わるやいなや、
「お邪魔します。俺、ドラマ上がりだからパンツないよ。ごぉくん、あとでパンツ貸して。」
と、連ドラ収録が佳境に入っていた紗夢が ずかずかと最初に家に入ってきた。
続いて赤ワインを持った慈朗と、映画撮影先から洗濯物を入れた黒い『てれんてれん』の布製バッグを持ってきた計が入ってきた。
「ちぃーっす。」
…と、自分の靴を揃えるついでに紗夢が脱ぎ散らかした靴を揃える慈朗と、
「ごぉくん、洗濯機貸して!」
…と、その横を抜け入ってくる計。
そして最後に部屋へ入ったのは、所在無げに佇むミカの手を引く理生だった。
5人とミカが祥悟宅で顔を合わせるのは初めてのことだった。
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「さてさて、どっから聞きますか?」
ワインの栓を開けようとワインオープナーの在りかを祥悟に確認したあと、慈朗が切り出した。
計はそんな慈朗に、問いかけた。
「そういうジロくんはどうなの?『彼女』と順調?」
「いつもどおりだね、オレらは。『奥さん』も国際結婚したり、恋人の心臓移植頼みに行ったりして忙しいし。(←女優をしている彼女の映画の話)」
『奥さん』という慈朗の言葉に異常なまでに反応した理生が声を上げた。
「今『奥さん』て言ったよね! もう(結婚)するって決めてんの?」
不敵な笑みを浮かべ余裕の慈朗は答えた。
「なんか、『他にいない』って感じなんだよな、お互い。会える時間の長い短いに関係なくしっくりくるから。―ごぉくんたちもそうなんじゃないの?」
慈朗が話を祥悟とミカに向けなおしたことをきっかけに、ダイニングとリビングの間に集まる6人。
理生はダイニングテーブルの椅子を二つ並べるとミカと祥悟を手招きで呼び寄せた。
「んじゃあ、ごぉくんとミカさんはダイニングテーブルのところにすわって。
被告人だよ。今日おれらをここに集結させた罪の。まずは説明してもらおう、ごぉくんの口から。」
理生の指示に従ってダイニングテーブルに並んで座った二人に、計が質問した。
「ごぉくんの説明の前に確認したいんだけど、ミカさんと俺らって出会ってからどれくらい経った?2年くらい?」
ミカは頷きながら答えた。
「そう、出会ってから2年。―料理本出したのが事務所からフードスタイリストとしてデビューさせてもらってから1年半で、それから半年も経ったから…。
あの時はみんな一緒で楽しかった。その事で私も安心できたし…。
楽しい時間っていつも『あっと言う間』だね。」
淡々と答えるミカに、リビングのサイドボードでワインオープナーを探していた慈朗がさらに尋ねた。
「ごぉくんとはいつから?その前?あと?」
いつの間にかダイニングから慈朗の側に来て一緒にワインオープナーを探していた祥悟が慈朗の真横に並んで照れながら答えた。
「料理本の半年前から…。
実はみんなには言ってなかったけど、ミカさんと初めて会ってから1年間うちで料理を教えてもらってて、その間にだんだんと……そんな感じ。」
紗夢は祥悟の答えにも動じることなくいつもと変わらない様子で言った。
「ミカさんに料理習ってたのは知らなかったけど、俺はごぉくんがミカさんを好きな事はすぐわかったよ。つきあい長いのもあるけど、ごぉくんが誰かを好きになるとホントにわかりやすいから。」
紗夢の言葉に慈朗は悔しそうに言った。
「オレは『怪しいな』と思うことはあっても、まさかって感じだったなー。だから ごぉくんはまだ らーくんにHビデオ借りてるとばっかり思ってた。」
「なんでそこ?俺は基本、ごぉくんからリクエストがあったときしか貸してないはずだから!いつもオレが発端じゃあないからね!」
理生は慈朗の余計な一言に異を唱えたあと、空気を変えようと(こほん)と軽く咳払いして、それから祥悟とミカに尋ねた。
「ごぉくん、きっかけは何?」
やっと見つけたワインオープナーを慈朗に渡してダイニングテーブルに戻ってきた祥悟は答えた。
「何…ってこともないんだけど一緒に料理してメシ食って…。
食事が終わって時間があればオレがピアノを弾いてミカさんがそれを聴いて、あとは二人で連弾したりして…。
そんな風に一緒にいるうちに自分でも気がつかないくらい自然にミカさんが側にいることが当たり前になってたんだよね…。
あっという間に料理教室の一年間のカリキュラムが終わる日が来そうになって、オレが
『先生をしてくれた御礼がしたい』
って言ったら、ミカさんから
『ずっと昔から将来を共にする男性と一緒に唄いたいって思ってきた曲を一緒にデュエットしてほしい』
って言われて…。」
「ふーん…、いったい何の曲?」
計が祥悟に質問した。
「Atlantic Starrの♪Always♪」
祥悟が曲名を答えると、紗夢が間髪いれずに言った。
「あー、そりゃ名曲だわ。ロック好きのうちの母ちゃんでさえよく聴いてたバラードだ。」
慈朗もこの曲を知っているのだろう。納得顔でつぶやいた。
「…なるほど。」
祥悟は続けた。
「その時ミカさんが唄ってる顔がとっても良かったのと、唄い終わった後に『ありがとう。夢を叶えてくれて。今日のことずっと忘れないからね。』…なんて言われたらなんだか ぐっときちゃって、思わず唇を…。」
理生は呆れて言った。
「なんだそりゃ。段階を踏んでいくごぉくんらしくないことしちゃって…。ミカさん、びっくりしたでしょ?」
ミカはその時を思い出し微笑みながら言った。
「そりゃあもう…。なんと言っても『天下の佐崎祥悟』が、ですから(笑)。…っていうか年齢差があったし、しかもタレントとスタッフの関係だったから、そんな対象にされるはずないと思っていたし…。
…その次の月曜日にごぉくんの部屋へニュース収録前の食事を作りに行った時もいつもどおりで、例えば『好きだ』とか『つきあおう』とか特別な言葉は何一つなくて…。でもね、ごぉくんが言ったように淡々と日々を重ねていって、また一緒にご飯を食べたり、ピアノの前に座って唄ったり連弾したりしているうちに何も確かめなくて良くなって…。
ただ一緒にいるだけでわかったから。ごぉくんが私にキスした理由も、出会った頃から二人でいると心地良かった理由も、そして互いを想う気持ちがいつも側にあったことも…。
だから言葉も約束もなくても、ただ一緒にいられればよかったの。それに私にしてみたら所謂『浮気』をしているわけで、すごく勝手な言い分だけれど言葉にされたら困ることでもあったので…。」
計が不思議そうに尋ねた。
「…ねえ、そんなで何も言わずにきたのに、なんでまたごぉくんはミカさんにプロポーズしたの?」
祥悟は答えた。
「…この間 ミカさんの旦那さんがスペインから一時帰国してた時、ミカさんが一本目の収録だけ見て自宅へ帰っちゃったことがあったでしょ。その時に、
『この人が本当に帰る場所は自分とは別のところにあるんだ』
って思い知らされて…。
ずっと一緒にいられるわけじゃなかったんだって思ったら、胸が痛いっていうか、今まで感じたことがないような気持ちになってる自分に気がついたんだ。
二人で温めてきた気持ちを言葉にしてしまえば、保ってきたバランスが崩れることはわかってたけど、俺もジロが彼女に思うのと同じように『他にはいない』って思ったから、そして今ここにいるみんなにも、家族にもちゃんと伝えて祝福されたいと思ったから、だからプロポーズしたんだ。」
メンバー四人は黙って聞いていた。
しばらくの沈黙の後、計が深い溜息と共にやっと口を開いた。
「…まったくごぉくんときたら、本当にお坊ちゃんで色恋沙汰に免疫ないんだから…。何でも正当派で行くんだなぁ。まあ、俺としてはそこがごぉくんの美徳だと思ってんだけど。」
ここで紗夢が口を開いた。
「で、まあ、どうすんの 二人とも。ミカさんがOKしてない話はらーくんから聞いてるけど、それしかないの?」
慈朗が言った。
「ミカさんの言ってることも俺はわかるな。ごぉくんは常識的な環境でアイドルやる人なんていないような家で育ってきたじゃん。超年上の人と結婚して子どももつくらないっていう選択肢ってどうなのかな。」
計が珍しく声を荒げた。
「おいジロくん、一体だれの味方なんだよ?」
熱くなった計をよそに、慈朗は冷静に答えた。
「そりゃあもちろんごぉくんだよ。だけど、中途半端に応援してやっぱり後でごぉくんが後悔するんじゃ二人が不幸だもの。」
…と、ここで理生が突拍子もないことをミカに切り出した。
「…ねえミカさん。どうしてごぉくんの子どもがつくれないの?何か病気?それとももうアガっちゃった?」
「おい、何言ってんだよ!失礼だろ、女性に。」
不適切ともいえる理生の発言に常識人の計はまたしても熱くなった。けれど、そんな計の傍らで理生の発言に耳を傾けていた紗夢は理生に同調するかのように真顔でつぶやいた。
「…でも、らーくんの言うことがポイントかも。」
いつものボンヤリしている紗夢とは違って何かを考えてのつぶやきだった。
「どういうこと?」
要領を得ない様子で慈朗が紗夢に尋ねると、紗夢の代わりに理生が答えた。
「つまり、肉体的にOKなら…アガっちゃったとか病気で産めないとか、そういう事実がないんなら『産んじゃえば?』ってことだよ。確かにいわゆる高齢出産になるわけだし、もしかしてミカさんに『怖い』とかって気持ちもあるかもしれないけど、医学だって進歩してるし医療に不自由してるところで暮らしてるわけじゃなく天下の東京にいるんだから大丈夫、更年期だって来てなければ間に合うよ。ミカさんはごぉくんに恋して心だけじなく身体だって若返ってるに決まってんだから。
…それにさぁ、ミカさんの居る前で言いにくいんだけど、ごぉくん事務所の言いつけ守って着けてるんでしょ、する時は。」
理生の問いかけに祥悟は素直にうなずいた。すると、理生は祥悟とミカに向かって言った。
「…ってことはさ、二人は子作りに関しては実質まだ何もしてない訳じゃん。だからもう悩まないでチャレンジしてみたら?
同じように『悩む』んだったら、現実的に悩まなきゃいけないことは他にもいっぱいあるじゃん。ミカさんの旦那さんのことや、ごぉくんの家のことや、事務所のこととか…。まあ、オレ的には早く解決してもらって二人の子どもが一日でも早く見てみたいもんだけど。」
誰もが思いもしなかったことを提案した挙句、先を急ぎ過ぎる発言をするひとりよがりな理生に呆れながらも慈朗はどこか納得して言った。
「二人の子どもが見たいって、ずいぶん気が早いな。でも、らーくんが言うような『解』ならごぉくんもミカさんもずっと一緒にいられるわけだよね。今までどおり。」
計も言った。
「そうだよね。ごぉくんを『お父さん』にしたいっていうミカさんの気持ちも、ミカさんと結婚してずっと一緒にいたいっていうごぉくんの願いも叶うわけだから言うこと無しじゃん。」
紗夢が改めて祥悟とミカに確認した。
「…それで、肝心の二人はどうなの?…何か問題ある?」
…本当にこの人はいつもフラットで、計や慈朗が熱くなったり呆れたりする中でも動じないでいるように見えた。しかしながら実を言えばこの時紗夢は、
(どうしたらごぉくんとミカさんが一緒に幸せになれるんだろう?)
ということしか考えられなくなってしまって、顔から表情が消えてしまっただけだったのだけれども…。
祥悟は(異論はない)と、黙って首を横に振った。奥歯を噛み締め黙って口をきゅっと結んで、本当に真剣な時の素のままの祥悟だった。TVやライブでの祥悟はMCという役割上、5人の中で最も口数が多かったが、プライベートでは周りの人間の話を聞くことを好む穏やかで、どちらかと言えば物静かな青年だった。
…もしかしたらMCの役割を担っていなかったらメディアに登場する祥悟は紗夢より寡黙な存在だったかもしれない。
そんな祥悟の気持ちを汲んだ紗夢は、いつになく強い調子で今度はミカに聞いた。
「ミカさんは?これでもまだ何かごぉくんと一緒にいられない理由ある?」
するとミカは、なぜか皆に謝った。
「…ごめんなさい。ごぉくんを『お父さん』にしてあげられないから…って言ってきたことは真っ先に私がプロポーズを受けられないと思った理由に違いはなかったのだけれど、他にもらーくんが言ったような『(出産が)怖い』とか『死んじゃうかも』とかいう自分本意な臆病な気持ちもあったの。 それとごぉくんと同じ年代の人たちが…特にエニタイのみんなが、私とごぉくんが一緒に歩いていくことをどう思うのかを知ることが怖かったの。
だから、そんな自分の心の奥底に潜む本音を無きものにして、ただ年齢差だけのせいにしてごぉくんの家族を作る勇気を持たずにいた自分が恥ずかしい…。正直、この年齢でもう一度出産する事の世間体も考えてしまったし…。
…でも、みんながごぉくんをこんなにも大切に思っていて、私とごぉくんが一緒になることを応援してくれていることもわかったし、もう一度自分の本当の気持ちに戻っていいかな?『ごぉくんとずうっと一緒にいたい』っていう気持ちに…。…そして、らーくんが気づかせてくれた方法で私の願いが叶って赤ちゃんが出来たその時に、私はごぉくんのプロポーズを受けることにしたいのだけれど…。―もちろんこれはごぉくんが『Yes』と言ってくれればの話だけれど…。」
暫く黙っていた理生が叫ぶようにミカに言った。
「あのねっ、ミカさん!
この人はねっ、ミカさんに『フラれた』と思うだけであんなにぐちゃぐちゃになるくらいなんだから前向きに考えていいに決まってんだよ! ごぉくん、早くミカさんに『Yes』って言ってあげなよ!」
祥悟は理生の言葉にうなずくとミカに向かって話し出した。
「ミカさん、ありがとう。俺の答えは『Yes』以外ないよ…。子どもを作るとなったら大変なのは女の人で、男は寄り添うしかできないことが殆どだけど…よろしくお願いします。
らーくんが気づかせてくれたこの方法が唯一、俺ら二人の願いが叶えられる臨み方だから…。頑張って幸せになろうね。…大変なことも起こると思うけど、その時は俺が絶対なんとかしてみせるから。」
ダイニングテーブルに並んで座る祥悟とミカは、もはやメンバー達は眼中に入らないくらい二人だけのテンションになっていた。そんな二人のやりとりに
(オレらはもういらねぇな。)
…と投げやりな感じで計が仕切り直す。
「…てなことで、らーくんのびっくり発言が打開策ってことで…。ちくしょう、『愛本理生のお手柄』だなんて意外な展開になっちまったな。
…ところでジロくん、ワインは?乾杯しない?エニタイ初の恋バナ対策会議も意外に早く終わったみたいだし…。」
皆で話しているうちにすっかりその存在を忘れられていた赤ワインを再び手に持ち慈朗は言った。
「おう、なんやかんやしてるうちに人肌くらいになっていい塩梅になってるぜ。リーダー、乾杯の音頭とってよ、こないだみたいに。」
ついこの間始まったばかりの看板番組初回の鏡割りのように、ぎこちなく乾杯の音頭をとる紗夢。
「…じゃあいくぜい。二人の前途を祝して…かんぱいっ!」
+++++
次の収録日、1本目の収録に向かう前の楽屋で、祥悟とミカは改めてメンバーに宣言した。
「俺ら、『出来たから婚』目指して頑張ることにしました。よろしくお願いします。」
今更ながら宣言する二人に苦笑しながら計は言った。
「『頑張る』ってもう…。何かエロいな。」
「でもいいよね。『出来たから婚』って響き。『出来ちゃった』だと”想定外”って感じだけど、そうじゃなくて、欲しくて欲しくてやっと『出来たから』結婚するって言う感じがさ。」
まったりと理生がつぶやいた。しかし、そのつぶやきに釘を刺すかのように慈朗が言った。
「俺らはコトの顛末を知ってるからね。でも、うまくいって会見とかになったらちゃんとフォローしないと、『出来ちゃった婚』と同じに思われちゃうな。」
全員に(確かに…)という空気が漂ったところで紗夢が『妙案!』とばかりに叫んだ。
「よし!その暁にはメンバー全員で記者会見にでるぞ。」
「えっ!?!?!?!?!?」
メンバーのみならず祥悟とミカ、そして祥悟達の宣言を一緒に聞いていたケリーさんまでが、揃いもそろって耳を疑った。
そんな6人に向かって、紗夢はいたって真剣に続けた。
「だってフォローしないと…。こういうのは当事者が言うと言い訳っぽくなるじゃねえか。天下の佐崎祥悟にそんなことさせらんねえよ。…ケリーさん、その時がきたら、ここの収録スタジオで会見お願いします。だって、ここがごぉくんとミカさんがミッション開始宣言した記念の場所なんだもの。」
ケリーさんは呆れながらも笑みが漏れ紗夢に向かって頷いた。
そんな様子を見て理生は、
「早くその日がくるといいな。」
…と夢見るように言った。
そして計はシニカルに冗談めかして祥悟とミカに、
「視聴率が下がって番組が終わらないうちにね(笑)。俺らの人気、いつピークがきてもおかしくないんだからさ。」
…と何故かウインクしながら言った。
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その日の収録が終わり、各々思い思いに時を過ごす中、祥悟が理生のもとへやってきた。
「らーくん、本当にいろいろありがとう。すごく感謝してる。」
理生はこの上ない『ドヤ顔』で答えた。
「いいって、いいって…。それよりさぁ、ごぉくん。何だかんだであれから1週間近く経つねぇ…。ぶっちゃけ毎日してんでしょ?…いいなぁ。」
祥悟は顔を赤らめ恥ずかしそうに言った。
「『…いいなぁ』って言われても…。
ところであのさ…。ちょっと聞いていい?」
ふと何かを思いついたように尋ねる祥悟を理生は不思議そうに見つめた。
「何?」
祥悟は、もじもじしながら理生に質問した。
「…らーくんはさ、着けるのと着けないのどっちがいい?」
「そりゃ着けない方に決まってるでしょ、許されるものなら…。でも、俺らアイドルは装着はMUSTじゃんか。…あ、そっか。ごぉくん今いいんだ…イケイケなんだね今…。いーなぁ。」
軽く受け流そうとする理生に祥悟は続けてこう言った。
「…それがさ、俺っておかしいのかな…。着けてないと不安なんだよね。おかしいかな、これって…?」
あまりにもしょうもない祥悟の発言に切れかかった理生だった。
「ハア!?…おっかしいに決まってんじゃん! 身体の芯までアイドル気質になっちゃってんの?どーかしてるよ、どんだけ仕事好きなんだよ?…で、ミカさんは何て言ってるの?」またしても、もじもじと答える祥悟…。
「何も言わないけど、時間がすごく長くなっちゃって戸惑ってると思う。…でも、着けちゃうと俺ら『出来たから婚』できないし。」
「…何うらやましい話してんの!!!!! こっちの股間が元気になっちゃうよ、もー…。 あのね、ごぉくんは今、子づくりしてんだよ!!わかってんの?」
理生に叱られてしょんぼりする祥悟。
「うん…。」
理生は鼻息も荒く言い放った。
「着けてる方がいいなんておかしいよ。錯覚だよ。これはもう計に催眠術かけてもらわなくちゃ。」
計の催眠術…と聞き及び腰になる祥悟。
「えっ…、計にも話すのこれ?俺情けないし、計だって自分が照れちゃうからこういう話好きじゃないじゃん。」
「あー、だいじょぶ。計はね、リアクションがむっつりなだけで実は好物だから、そういう話…。ほら、呼ぶよ。」
答えるやいなや理生は、大声で計に向かって叫んだ。
「計~。あのねぇ、聞いてよごぉくんたらね~………。」
楽屋の隅で 紗夢と慈朗と一緒に話していた計が理生を見る。理生の大声は紗夢と慈朗にも聞こえるようにと意図的だった。
コトの顛末を理生から聞き終わると計は大真面目にこう言った。
「…承りました。最強の暗示、かけちゃいましょう!二人とまだ見ぬ祥悟ジュニアの未来のために。」
計のそばでニヤニヤしながら聞いていた紗夢と慈朗も、計と共に祥悟ににじり寄ってきた。
祥悟の側にいた理生も一緒に、結局メンバー4人で祥悟に催眠術をかけることになった。
計以外の3人に押さえつけられた祥悟はコトの顛末を知られたことに恥じらいながらも、どこか幸せそうだった。
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宣言の日から時はどんどん過ぎていった。メンバーは心の片隅で二人の動向を気にかけながら朗報を待った。
数ヶ月を経ても残念ながら何の兆しもないそんなある日、ミカは祥悟に言った。
「スペインへ行ってこようと思うの。ごぉくんと結婚できるかどうかまだわからないけれど、離婚はしようと思うの。
あの人、この間一時帰国したばかりだから当分日本には帰ってこれないと思う。かと言って、メールや電話で話せるようなことではないし、私も会ってちゃんと話したいの。
離婚の理由を話したら、ひどく驚くとは思うけれど、会って話せばきっと私たちのことわかってくれると思う。」
祥悟は答えた。
「わかった。気をつけて行って来てね。本当は俺も一緒に行ければいいんだけど…。ごめん、今は休みも取れないし無理だなぁ…。旦那さん、いい人だってケリーさんが言ってたよ。挨拶したかったな。こんなことになって謝りたい気持ちもあるし…。」
ミカは素直に旦那さんに謝りたいという祥悟に感動した様子で言った。
「…ごぉくんは本当にいい人だね。今度あの人が日本に帰ってきたら3人で会おう?夫婦関係を解消しても、うちの息子の『親』としての付き合いはずっと続いていくのだし、ごぉくんにもあの人のことは知っていてほしい。…ありがとう、気にかけてくれて。」
翌日からミカは少しの間休暇をとり、スペインへ出掛けていった。ミカが事務所に入ってから初めての長い休暇だった。
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祥悟は成田(空港)へ向かうミカを見送った後、事務所へ向かった。
(さて、俺も周りを固めておかなければ…。)
事務所に着くと祥悟はケリーさんと二人で会議室へ入り、これまで結婚してきた事務所の先輩たちがたどった経緯をケリーさんに確認した。
「先輩たちはどんな風に事務所へ報告したの?」
ケリーさんは答えた。
「マスコミを始め、世間から見れば場当たり的に見えた“出来ちゃった婚”した子達も、奥さんになった女性との噂が出てから然るべき時間を経て結婚した子達も、実は担当のマネージャーには割に早くから結婚の意思は伝えてくれていたよ。ただ仕事が仕事なだけに忙しい者同士のカップルの場合は計画どおりに事が運ばなくて結果、順番が狂ったりしたんだよね。マスコミには「結婚したいがために強行策をとった」なんて言われたカップルも実を言えば予定どおりなら“妊娠”がわかったころには夫婦になってるはずだったりね…。」
ケリーさんの言葉は意外だった。世間を賑わせた先輩たちは事務所をも慌てさせたのだとばかり思っていたから。
…自分の場合、それこそ事務所を慌てさせるタイミングでしか報告ができないではないか。結婚の意思があってもミカが望む条件が揃わなければ結婚はできないのだから。
押し黙る祥悟にケリーさんは優しく言った。
「ごぉくんは“ミカの妊娠”っていう結果が出てからしか動けないんだからタイミングとしては『…ちゃった婚』と同じになってしまうのは仕方がないね。」
「うん…。俺たち的には全然違うんだけど。」
祥悟は目を伏せつぶやくように言った。
そんな祥悟を諭すようにケリーさんは続けた。
「まあ、ごぉくんはごぉくんらしく納得のいく形で社長に話をしたらいいよ。君の場合は、幸いミカも同じ事務所の人間だし、腹を割って二人で社長に話をしに行ってもいいんじゃないかな?…ああ見えて社長はごぉくん同様ミカのことも憎からず思っているし、年齢的にも『娘』みたいなものだからね。きっとわかってくれるよ。…まあ、さすがのあの人も君たち二人のことを知ったら驚くと思うけど…。
―僕やさっくんが社長との間に入ることも出来るよ。でも、ごぉくんは、これまで起こった事を全部自分の言葉で直接社長に話したいんだよね?」
祥悟は自分のことを本当によく見ていてくれているケリーさんに感服しながら言った。
「…それって吉と出るのかな、凶と出るのかな?」
「さあ…。とにかくミカが帰国してから二人で相談したらどうかな?まあ僕から言わせてもらうと、ミカが早く独身になってくれることが先決だと思うよ。スキャンダラスなリスクを回避するためにもね。
…それからごぉくん。ご家族に話すタイミングも考えておいた方がいいね。
…お母様なら現状をすぐ理解してくださると思うけど、ご両親となるとハードル高いんじゃないかな。とりあえずお母様とは早めにコンタクトしておいて。」
ケリーさんの言葉に祥悟は頷き、会議室を後にした。
今日はこのあとドラマの収録が残っているが、夜までには身体が空く予定だった。
実は事務所に来る前に祥悟は母にはメールを打っていた。
『話しておきたいことがあります。 今日は講義の空き時間等ありますか?』
さすがに勘のよい母だ。こう返信がきた。
『一度実家に帰ってらっしゃい。あなたの言う「話しておきたいこと」は、講義の合間に外で話すには不向きでしょうから。』
+++++
ドラマの撮影を終えると祥悟はすぐに車を飛ばして久しぶりの実家に帰った。
家族と居を別にしたのはミカと出会う少し前のことだった。ミカに料理を習うきっかけも、母まかせで炊事などしたことがない、不器用な自分を何とかしたかったからだ。
大学で教鞭を執る傍ら、時間が不規則なアイドルの長男とその妹弟の世話…。尋常じゃない忙しさだったに違いない―。家を出て初めて母の偉大さを知った。
慈朗が言ったように、およそアイドル稼業に手を染める人間などいない環境で育った自分を
「やりたいならやってみなさい」
…と、父が反対していたにもかかわらず今の仕事へ向かわせてくれた母は、これから自分が告げる将来設計をどう思うのだろうか?
祥悟が帰宅した時、母はリビングで本を読んでいた。
「ただいま。」
祥悟は母に声をかけた。
母は祥悟の声に顔をあげると、いつもの淡々とした様子で応えた。
「あら、おかえりなさい。今日は泊まっていけるのかしら?」
「うん、明日はこっちから仕事に行くよ。…ところで…。」
祥悟が続けようとする言葉を一旦遮って、母は言った。
「わかってる、『話しておきたいこと』でしょう。でも、ちょっと待って、お茶くらい淹れるから。何の話かわからないけど、びっくりして喉がカラカラになるかもしれないし。」
母の言葉に祥悟は思った。
(…そうなんだよな。普通なら腰を抜かすかもしれないような話をしにきたんだよな…。)
数分後、母の淹れてくれたお茶を飲みながら、ゆっくりと祥悟は話し出した。
「端的に言うと…結婚したい人がいます。でも、いろいろと複雑で今すぐって言うわけにも、…もしかしたら結婚自体が出来ないかもしれなくて…。」
祥悟は、ミカの年齢が自分よりむしろ母のそれに近いこと、今はまだ既婚者であること、ミカが祥悟や佐崎家のことを思い祥悟に子どもを持たせたがっていること、そして、ミカ自身が祥悟の子どもを身篭ることができたら祥悟と結婚するという意志を持っていることを話した。
母はしばらく黙っていたが、お茶を一口飲んだ後こう言った。
「…お茶をいれておいてよかった。驚いたし、自分と年がそう変わらない人が相手と聞いてしまうと、とても複雑な気持ちよ。でも、好きなら仕方がないわよね。
…ありがたいのは、年齢を考えたら命に関わってもおかしくないくらいリスクがあるのに、あなたの子どもを作ろうとしてくれていること。自分だったら考えられない。相手の方もよっぽどあなたのことを好きでいてくれてる証拠ね。祥(悟)さんを愛してやまない私としてはジェラシーすら感じるくらいよ。」
母は茶目っ気たっぷりに微笑みながらミカとのことに理解を示してくれた。
祥悟は安堵した。自分の大切な人からの祝福が何よりも嬉しかった。
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その夜は久しぶりに家族5人で夕食をとった。
父・母・妹・弟そして自分―。ミカが自分に作らせようとしたのは、この何気なくも幸せな家族の風景だったことに改めて祥悟は気づいた。
父がいる場所に自分がいて、母がいる場所にミカがいて、そして自分たち兄妹がいる場所に自分とミカの愛する子どもがいる風景―。
ミカと二人で築いてきた何の変哲もない静かな日常に、もうひとり大切な家族が加わってこんな風景を描ける日が1日でも早く来ることを心から願った。
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食事のあと祥悟は父の書斎に行き、ミカのことを話した。
父は話し終えた祥悟に一言だけ言った。
「仕事の方は大丈夫なの?」
仕事人間の父らしい、祥悟への心配だった。
年齢のせいか祥悟が家を出て独立したせいか、すっかり穏やかになった父の気持ちを十二分に感じながらも、その時祥悟は頼りない答えしか返すことができなかった。それくらいミカとの結婚は未知なことだらけで、祥悟とミカが互いを思い合う気持ち以外 何一つ確実なものは無かった。
「…まだわからない…。」
母には言えない弱音だった。
弱々しく答える祥悟を前にして父は呆れたように笑った。
「しょうがないなぁ…。でも、芸能界でやってきた仕事だって十年間いい時も悪い時も信念持ち続けて納得のいく結果に結びつけてきた祥(悟)くんだから、きっと結婚も大丈夫だろ。今度も俺は祥(悟)くんを信じるよ。
ただこれだけは言っておくよ。
―くれぐれも男として恥ずかしくないようにだけはしなさい。
…それにしても五十代で『じいさん』になりそうとはね…。そういう人生はまったく想定してなかったなあ…(笑)。」
後半は苦笑しながらも、父は祥悟にエールを贈ってくれた。
祥悟は、初めて父に認めてもらえたように思えてとても誇らしかった。 事務所入りを反対されていた中学の頃がとても懐かしく思えた。あれから早十五年の時が流れ、物事を穏やかに受けとめるようになった父と、結婚を考えるほど成長した自分がいた。
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ひとしきり父との会話が終わると、弟が父の書斎にやって来た。
「お母さんが『家族写真の時間です』って言ってるよ。」
何の記念日でもない普通の日に家族全員の集合写真を撮ることは、祥悟のデビュー以来佐崎家の恒例行事になっていた。 エニタイとしてデビューしてからは、家族そろって出掛けることも、日々の食卓を囲むことも難しくなった。そして、『難しくなった』ことの代わりに母が思いついたことが家族写真を撮ることだった。
祥悟が帰ってきた時 母が本を読んでいたリビングのソファーで、久しぶりに家族5人の写真を撮った。
小さな赤ん坊だった弟は、セルフタイマーのカメラを慣れた手付きで三脚にセットしていた。そして、ソファーの背に手をかけ兄妹3人の真ん中に立つ妹は社会人2年生になり、すっかり『大人のおねえさん』になっていた。
年の離れた(はなれた)妹弟を守るように手をつなぎながら、母の言いつけ通りに車道に近い側の舗道を自分が歩いていた頃がはるか昔に思えた。
(そっか…。もうオレ自身が父親になることを考える年齢になってるんだもんな。二人(妹・弟)だって成長するはずだよな…。)
感慨深さが次々と心に渦巻く中、祥悟はとびきりの笑顔で家族写真に写りこんだ。仕事の撮影の時とは異なる穏やか笑顔は家族に囲まれた安心感によるものだった。祥悟はミカにもこの穏やか空気の中に入って欲しいと思った。
(5人での家族写真はこれが最後にしよう。次は絶対にミカさんを連れてこよう。)
そう心に決めて顔を上げると、母が三脚に付いているデジカメを覗きこみ、神妙に久しぶりの家族写真をチェックしていた。母は出来映えに満足したのか、すぐに悦に入った表情を見せると祥悟に言った。
「祥(悟)さん、すぐにプリントしたいからコンビニまで車出してくれる?」
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