▼11. 嵐の前の静けさ(Silence before the storm)
水曜の収録日。
1本撮り終わりメンバーが楽屋に戻り始めた。
この日は収録合間に取材が入っていたため、メンバーは5人揃ってではなく三々五々楽屋に戻って食事をとっていた。
先に取材を終え、他の3人より早く弁当を食べ始めた計と紗夢が祥悟の話をしていた。
紗夢が計に言った。
「ねぇ、なんかごぉくんやけに好調だと思わない?」
計は今日もミカが入れてくれた大好きなハンバーグ(この日は豆腐ハンバーグ)を頬張りながらのんびりと答えた。
「そうだねぇ。競技の調子良さに加えて満面に浮かぶあの美しい笑顔!…何か思い出さない?デビューしたての頃。」
「ああー。」
紗夢は何かを思い出したのか声を上げた。
計は続けた。
「お互いをまだよく知らなくて、でもごぉくんはデビュー前から超かっこよくて美形でさ。エニタイになる前はただかっこいいだけの嫌な奴かと思ってたけど、いざ一緒にやってみるとクールな見かけと違ってすごく気持ちの優しい子でね。」
(うんうん)とうなずき計に同意する紗夢に向かいさらに続ける計。
「オレ、ごぉくんが笑ってくれるとすごく嬉しくなっちゃって、とにかくごぉくんが笑ってくれるように笑ってくれるようにって頑張っちゃってたなぁ、くっだらないこといっぱい言ってさ…。ごぉくんって笑いの沸点が低くてホントにいっぱい笑ってくれちゃうんで、こっちも張り合いあるっていうかなんていうか…。おかげで丁々発止でオシャベリな俺のキャラが出来上がったような気がするね。」
紗夢が言った。
「…なんかさ、今日も嬉しいよね。だってごぉくん、あの頃と同じ心から安心した笑顔してるんだもん。
計は知ってた?あの頃ごぉくんは学校へ行けば同級生やその親たちにピリピリして、仕事に来れば来たでデビュー前の子の中にはごぉくんが試験前に仕事を休むことを「中途半端だ」って批判するヤツもいたから、あの頃ごぉくんが心から笑えたのってオレらの前だけだったんだよ。
その頃オレらの前だけで見せてた安心の笑顔が全開だなんて、なんか相当イイことがあったとしか思えないよな。…まあ、オレは今でもごぉくんにめろめろだから、今日はサイコーに幸せなんだけど。」
計は呆れた様子で答えた。
「…まぁったく妬けるなぁ。リーダーは昔からごぉくんが大好きなんだから。もう、正直いろんな番組で両想いオーラ出しまくりって言われてんの知ってる?」
「あ、そうなの?それはそれでうれしいなぁ。オレって相手が男だろうと女だろうと大好きな気持ちがまっすぐ表に出ちゃうからさー。(笑)」
紗夢は『のろけ』にも似たことを平然と言った。
紗夢のその様子に、(もう笑うしかない)といったリアクションで計は言った。
「まあ、オレもごぉくんの笑顔大好きだから、リーダーと同じで今とってもハッピーな気持ちなんだよね、実は…。なんか悪くないよね、誰かの幸せそうな様子で こーいうあったかい気持ちになれるって。」
こんな二人のやりとりをコーヒーをサーブして回ろうと楽屋の中を歩いていたミカが聞いていた。
祥悟の活躍を嬉しく思う一方で今晩祥悟に伝えなければならない事を思うと心が重くなる…。
心に乗った重しを振り払うかのようにミカは笑顔を作り、コーヒーを注いで回る。
+++++
収録が終わり帰り支度をしている祥悟のもとへ理生がやって来た。
「ごぉくん今日すごかったね!良かったらみんなで少し祝杯あげて(い)かない?ごぉくんは明日オフでしょ。俺らは明日も仕事あるし、そんなに長くならないから。ね?」
祥悟はその日番組史上未曾有の絶好調で、いたるところで大活躍だった。どちらかというと運動系では活躍が稀な祥悟の頑張りに、メンバーは誰彼ともなく『祝杯あげてこ』ムードになっていた。
(どうしようか。みんなと飲みたい気持ちはオレも同じ。だってミラクルって言えちゃうくらい絶好調だったんだもん…。これもミカさんが日々充填してくれてる愛のパワーのおかげかななんて密かに思っているんだけどね…。でも、今日はそのミカさんを待たせてる…。どうしよう…?)
黙って考え込む祥悟をみて計が尋ねた。
「どうしたの、飲み好きのごぉくんが黙っちゃって…。それとも何か用事ある?」
その様子を見ていた慈朗は祥悟をからかうように言った。
「…誰か待たせてんのかな?最高級のスマイルくれたヒトとか?」
祥悟はまるでミカとの約束を知っているかのような慈朗の発言にひっくり返りそうになったが、平静を保ってこう言った。
「いやいや、エニタイの皆さんが一番です。みんな明日も仕事なのにオレのためにありがとう。さあ行こ行こ。」
(らーくんも遅くならないって言ってるし、少しならいいか…。)
祥悟は皆の先頭に立って楽屋を出た。
+++++
「…ところでごぉくん、線香花火のお願い決まったの?」
飲み始めてから小一時間が経ち席に二人だけになった時、思い出したように紗夢が問いかけてきた。
(オレの一番の願いは1日でも早く、ミカさんとずっと一緒にいられるようになることだな…それが叶ったらもう何もいらないや。)
メンバーと一緒にいる安心感と心地良さのあまり、祥悟はミカへプロポーズしたことやこれまでの経緯を洗いざらい話したくなってしまった。そして、ミカにプロポーズしようと決心したあの夜、自分を援護射撃してくれる4人の姿が不意に脳裏をかすめたことも。
自分らしいラップができず、エニタイになったことさえ後悔するくらい悩んでいた自分を庇うように、伸びやかにソロパートを唄い続けてくれた紗夢には殊更そうしたいと思う気持ちが強かった。
前に出ることをしないリーダー紗夢の代わりにエニタイのスポークスマンをしてきたことだけでは返しきれない感謝の気持ちがいつも祥悟の心の中にあった。
(でも今日は何も言わずにおこう。今晩ミカさんの返事をもらってから二人で報告した方がきっとみんなも喜んでくれると思うし…。)
祥悟は心の中でそう思ったあと、紗夢にこう答えた。
「…目下検討中。すごくびっくりさせることかもよ?どうする?」
紗夢はたじろぐことなく淡々と言った。
「別にどうもしないよ。ただひたすら ごぉくんの願いを叶えるのみ。…だいたい ごぉくんの言う『びっくり』って俺らに伝わる時にはもうそうじゃなくなってることが多いしさ。(笑)」
紗夢の意外な発言に戸惑いながら祥悟は紗夢に言った。
「えっ、そうなの?…まあいいや。いずれにしても、近いうちに頼めると思うから。」
すると、紗夢は納得顔で祥悟に言った。
「わかった。くれぐれも俺ら4人のパワーを有効活用するのだぞ。」
「ははーっ。…ってなんで時代劇キャラになってんの、俺たち?(笑)」
紗夢の、まるで代官のような言葉遣いに、祥悟はつい武士のように答えてしまった。 まるで計主演の時代劇映画に登場するようなキャラが出現したところで、主演男優の計がいる年下3人組の方に視線を移すと、『待ってました!』…とばかりに慈朗がやって来た。
「もう、あの二人を何とかしてよ。…もう呑まないって言ってんのに次から次へと強いカクテル頼んでくれちゃったり、タバスコでいたずらしてみたり…。
オレ早く逃れたかったのに二人がなんかしっぽり話しちゃってたから来るに来らんなかったんだぜ。一体何の話してたのさ?」
(話していいよね)と祥悟にアイコンタクトを取りながら紗夢は言った。
「ごぉくんの一世一代のお願いの話。もうすぐ何か頼んでくるらしいぜ。」
慈朗は興味深げな表情でこう言った。
「そうなの。なんなのー、天下の佐崎祥悟の願いってさー…。」
計と理生に酔わされた慈朗、今日は『ツンデレ』の『デレ』だ。年長二人組にベタベタしてくる姿が可愛い…と紗夢も祥悟も思った。
祥悟はわざともったいぶって言ってみた。
「…うーん、どうしよっかなぁ。……でもやっぱり、それは蓋を開けてからのお楽しみってことにしとこうか。」
慈朗は駄々をこねるかのように険しい顔をして祥悟に言った。
「えー、オレだけにでも教えてよ~。巷でオレがどんかだけ ごぉくんへのファン度が高いって言われてるか知らないの?すぐにでもこの俺様が願い叶えてやるって!」
「出た~っ、俺様!」
聞き覚えのある声に振り向くと、いつの間にか合流してきた計がいる。その傍らにいる理生は祥悟に言った。
「いいから、ごぉくん。ジロ何でだか酔っちゃってるからほっといて。」
「…ハイ!そぉです。私酔ってまーす………つーか、酔わせた張本人はおまえらだろが!!」
慈朗が呆れながらも乗りツッコミを決めたところで紗夢が言った。
「皆の衆、近い将来、佐崎祥悟の願いを叶えるための出陣があるようだぞ。体調を整え心して出番を待つように。」
4人は声をそろえて答えた。
「はは~っ!」
「…って、何でごぉくんまで俺らに混じってんのよ?おかしいっしょ。」
いつもの調子で体が勝手に反応してしまった祥悟が今度は計に突っ込まれる。
「すんまそん…。」
…と誰のだかわからない祥悟のギャグが飛び出し5人が爆笑したところでこの日はお開きにした。
1時間余りの、短くも楽しい時間だった。
帰り道、ほろ酔いレベルまで醒めた慈朗が祥悟に近づき言った。
「ホントにごぉくん、オレにしてあげられることがあったらいつでも言ってね。オレごぉくんのためなら全力投球だかんね。」
「ありがとう。」
十年以上一緒にて自分より年下だと感じることがめっきり少なくなった慈朗だったが、こういう可愛らしいところはやはりエニタイの『末っ子』だ。
いつもの祥悟の真っ直ぐな『ありがとう。』が聞けて満足した慈朗は、手を振りながらタクシーに乗り込み帰って行った。
明日も仕事が入っている4人を見送ってから祥悟は自分も家路についた。
マンションではミカが祥悟の帰りを待っている。
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