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Someone's love story:Garnet 作者:幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)

▼7. 穏やかな日々(EverGreen)

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『将来』へふたをした二人だったけれど、共に過ごす穏やかな時間はどんどん増えていった。

祥悟は仕事が終わるとすぐ家に帰り、隣りのミカのスタジオへ行くようになった。

キッチンスタジオのドアをそっと開けると祥悟は、ガーデンテラスに向かって置かれた大きなアンティークの机でiPodを聴きながら仕事をしているミカの側に抜き足差し足で近づき、ミカの片耳のイヤホンを外すと自分の耳につけた。
仕事に集中するあまり祥悟の気配に気づいていなかったミカは驚きながらも顔を上げると、優しい笑顔で祥悟に言った。

「おかえりなさい。」

ミカのその一言で祥悟は心にあかりがともるような気持ちになった。

実家いえに帰ってきたみたいだな…。)


ミカの仕事が一段落すると二人は祥悟の部屋へ行きピアノの前に座った。

祥悟はいつもミカの好きな曲を弾き、ミカは連弾用のピアノ椅子に祥悟と並んで座って祥悟の奏でるメロディに耳を傾けた。

…会えない日が続くこともある相も変わらず多忙な二人だったけれど、少しでも家に戻る時間ができる日は家に帰り、穏やかな二人だけの『日常』を作っていった。


二人の日常で欠かすことができないものはやはり『音楽』だった。

ミカはゆったりしたバラードが好きだった。

そしてミカは祥悟が好きな音楽も知りたくて祥悟にねだった。

「ごぉくんのお薦めCDもここ(キッチンスタジオ)に持ってきてね。
私ね、ごぉくんが好きなブラックミュージックとかHiphopとか前から聴きたいなぁ…って思ってたんだけど、身近に取っ掛かりがなくて聴けないままだったの。…良かった。ご本人様から教えてもらえることになって。」

―これは数少ないミカから祥悟への『おねだり』の一つだった。


祥悟にしてみれば、音楽に関する知識を買われてデビューした頃から長年続けてきたラジオ番組が諸般の事情で終了して以来、誰かのためにCDを選ぶことなんてあまりなかった。
(強いて言えば、ライブの楽屋に持ち込むCDを選ぶ時にメンバーの好みを少し考えるくらいだった。)

祥悟は水曜日の夜、レギュラー番組の収録と反省会を終えると一足先に収録現場からマンションの(キッチン)スタジオへ戻って仕事をしているミカのところへ寄り、

「おみやげ。」

…と言ってはミカに『お薦めCD』を渡すようになった。

CDをミカに渡すために祥悟は時間を見繕ってはCDショップに足を運んでみたり、実家に立ち寄り十代の頃に聞いていたCDを実家に今も残る自室に広げてみたりした。

水曜日の夜が終わると月曜日の朝までは互いの仕事で会えないことが多かった。
ミカは仕事先に祥悟から渡されたCDを持っていき、(フード)スタイリング中にもそれを聴いた。
…そして月曜の朝、二人で食事をとる時に、祥悟が薦めたCDの中からミカの『Most Favorite』を発表することが恒例になった。

「じゃじゃーん。」

…そう言いながらミカは祥悟宅のCDプレーヤーで自分の『Most Favorite』をかけて聴かせた。そして、たいていの場合、自分の好きな曲とそれが一致していることが祥悟には嬉しかった。


(やっぱり『つながってる』んだよなぁ、この人とは…。)

ミカの「じゃじゃーん。」の結果を聴くたびに祥悟はそう思った。

+++++

この頃からおおよそ1年後、祥悟が初めてミカとのことを実家の母に告げた時、母は真顔まがおで祥悟に尋ねた。

「ねぇ祥(悟)さん、ミカさんとは何が『決め手』だったの?」

祥悟はこの『好きな音楽』のやり取りをそのひとつに挙げて話した。

祥悟とミカが互いの好きな音楽を分かち合う様子を聞いた母は当時教鞭をっていた大学で研究していた『みやびな時代』の恋人たちになぞらえてうらやましそうに言った。

「祥(悟)さんの想いがこもったCDが贈る歌で、ミカさんの『じゃじゃーん』が返歌ね。…なんだか悔しいくらい素敵だわ。」

+++++

こんな風に穏やかな日々が続いていたある日、祥悟が思いついたように言った。
レギュラー番組収録前日の月曜日、祥悟宅の玄関からミカがスーツ姿の祥悟を送り出す時のことだった。

「いつものパンケーキ、収録前の腹ごしらえに追加したらダメかなぁ? 俺的にはあれを食べたらテンション上がること請け合いだし、みんなも好きだと思うんだよねー、あの味…。」

祥悟の提案を受けミカは、いつものメニューに加え雑穀パンケーキを収録現場に持って行くことにした。


翌日の楽屋には、腹ごしらえ定番のおにぎりやドーナツに混じって雑穀パンケーキが置かれていた。パンケーキの横にはミカが雑誌のフードスタイリングで使った色とりどりのジャムの小瓶(ストロベリー・アプリコット・ブルーベリー・オレンジマーマレード・はちみつの5種)とメープルシロップが置かれていた。
メープルシロップはミカと出会う直前に祥悟が取材で訪れたカナダで買ってきていたものだった。


…あの夜から何度目の収録だろう? 誰も祥悟とミカの関係を知らないままだった。

ケリーさんや紗夢そして慈朗など祥悟の気持ちがミカに向いていることにそれとなく気がついていても、あくまでもそれは祥悟の一時的な片思いであって、まさか二人がステディな関係になっているとは夢にも思っていなかった。


「あっミカさん、それ新作?」

最初はじめに気がつくのはいつも理生だった。

「うん、そう。緑は青汁パウダー。パンケーキだけど、フルーツグラノーラを入れてあるから自然の滋養満載なの。パンケーキ自体の味はあっさりしてるから、そこにあるジャムをお好みでどうぞ。
…らーくん、舞台でお疲れ気味なら甘くした方がいいと思うよ。」

うなずき、ジャム選びに夢中になる理生。そして、その脇から迷うことなく雑穀パンケーキとブラックコーヒーを選んだ祥悟はうっかり言ってしまった…。


「やっぱうめぇーな、コレ…。テンションあがるわ。」。

その言葉を聞きつけるやいなや、慈朗は怪訝な顔で祥悟に迫った。

「…『やっぱ』って何よ?
ごぉくんどっかでミカさんに新作、先に食べさせてもらってんじゃないの?…怪しいなぁ。二人とも隣同士だし、どうかなっちゃってんじゃないの?」

困った表情で空を仰ぐ祥悟。

(やべぇ…。)という祥悟の心の声がミカには聞こえてくるようだった。…そんなミカも、エプロンのポケットに隠した手の汗が尋常ではなかった。

(こんなに早くバレちゃうの?どうしよう……。)

憎からず思っているメンバーへ隠し事をしていることはとても心苦しかった。
でも、祥悟と親子くらい年齢としが離れた自分が祥悟と一緒にいることを若いみんなはどう思うんだろう…?4人に背を向けられることがミカはとても怖かった。

…しかしながら、ミカが覚悟しようとしたその時、一気にパンケーキを口の中へ押し込んだ紗夢が慈朗に向かって叫んだ。

「ジロ!俺らの苦手なゲームのコーナー、もう一度練習しに行くぞ!…ほら早く!!ギャラリー入っちゃうと練習できなくなっちまうぞ!」


(えっ…俺の疑問のくだりは?)

…と不満気な表情を見せつつも、いつもと違う紗夢の気迫に押された慈朗は、

「……わかった、すぐ行くよ。…ちぇっ、オレ今ごぉくんに聞きたいことがあったのに…。」

…とぼやきながらも、急いで収録スタジオへ向かった。

紗夢と慈朗の間に漂う『ヘンな空気』に戸惑いながら、理生と計も後に続いた。

「…俺らも行こっか。」
「うん…。ごぉくんも食べたらすぐ来てね。」

理生と計それぞれ声をかけられた祥悟は、

「…わかった。」

と答え、早々にパンケーキを食べると慌てて楽屋を飛び出していった。

(…何か知らんけど助かった。)

皆より遅れて楽屋を出た祥悟は紗夢のおかげでピンチを脱したことに心からホッとしていた。

ミカはこの時の慈朗と祥悟のやりとりに心臓が爆発しそうだったが、2戦目の収録から戻ってきた慈朗はすっかり『雑穀パンケーキ疑惑』を忘れてしまったのか、そのことには一切触れなかった。ミカは心から胸をで下ろした。

疑惑を呼んでしまった『雑穀パンケーキ』ではあったが、祥悟の言ったとおりその味自体はメンバーに大いに好まれたので、ミカは収録日の定番に加えることにした。そして、収録現場に『雑穀パンケーキ』を持ち込むたびにミカが祈ったこと―。
それは慈朗が再び『疑惑』を思い出し、祥悟と自分の関係を追求することがないように…ということだった。


+++++

それから間もなく、ミカは社長から料理本の出版を打診された。

「Lady、相変わらずブログも好評だし、そろそろ本にしてみなよ。いきなり一人じゃ心配だろうから一冊目はエニタイとのコラボはどう?5人もしばらく写真集とか本のたぐいはうちの事務所から出してないからちょうどいいし…。ミカちゃんも初めての本には思い入れがあるだろうから明日までに企画書持ってきてくれる?」

ミカは二つ返事でOKした。

(レシピはブログから持ってくればいいし、撮影は収録先と私のスタジオでいいと社長は言ってくれた…。これなら忙しい5人の負担にはならないな。何より5人と一緒なら写真が苦手な私もリラックスできそう…。)

社長と話した後キッチンスタジオに戻り、PCで企画書を書きながらミカは思った。
これまでで一番大きな仕事のはずなのに、不安よりワクワクする気持ちが強い自分がおかしかった。

翌日社長に提出した企画書は無事通り、「善は急げ」の言葉どおり次の収録日から撮影が始まることになった。そして本に載せるメニューの選定は、どこの誰よりも『フードスタイリスト ミカ』の料理をしょくしているエニタイに任せることにした。

撮影開始日まで間がなかったので、ミカは5人揃ってメニューを選定できるように、ガーデンテラスでエニタイのためのディナーパーティーを開くことにした。

―もっとも、ディナーといってもカジュアルなもの…。

イベント大好きオトコの慈朗は、ガーデンテラスへ夏に使いそびれた花火を持ちこんだ。

「姉ちゃんに残ってたやつ、いっぱいもらってきた!」

お嫁にいったお姉さんには男の子が二人いる。
松野家の初孫がいるその家を訪れる親戚という親戚のほとんどが、この夏も花火を持ってきたそうだ。

「セットでスイカをもってくる親戚もたくさんいて、『カブトムシみたいな夏だった』って、ねーちゃんが言ってたよ。 さすがにもうスイカはなかったけど(笑)。」

夏は終わり、空には十三夜の少し欠けた月がでていた。
暑くも無く寒くもないガーデンテラスで、5人とミカは花火をした。

皆の期待どおりネズミ花火にビビる祥悟。そして、そんな祥悟を面白がって次から次へと祥悟に向かって花火を放り投げる4人…。そのうち夜も深まってきたので音の出る花火はあきらめ、かわりに次から次へと手持ち花火に火をつけては子どものように楽しんだ。二十代後半の『大人男子おとなだんし』とは思えない無邪気さだった。

(こういう素直なところがメディアを通してしかエニタイを知らない人たちにも伝わるんだよね。本当にみてるだけで幸せになれるもの。)

ミカは、自分のささやかなブログに入ったたった一通の社長のメールが縁を結んで、5人のごくごく近くで過ごせるようになった自分の幸せを今更ながら噛みしめた。


手持ち花火も残すところ昔ながらの線香花火の束だけになったところで理生が言った。

「ね、ね、最後は線香花火サバイバルレースね!」

その提案に祥悟が何かを思い出すかのように言った。

「なんかさ、これって計のCMになかったっけ、携帯の…?」

慈朗が首をかしげながら答えた。

「あったっけー?あれって夏祭りの金魚すくいじゃなかった?」

ここで紗夢も何かを思い出して言った。

「俺らのPVでも花火あったよね、ごぉくんの映画の歌。懐かしいなぁ…。オレあん時 自分がどんな役だったか全然思い出せないけど…。」

計が言った。

「ごぉくんは ひねくれた、つれないオトコだった。ジロくんがややキューピッドのいいやつキャラで。」

次から次へと湧き出すようにいろいろな話をしながら、5人各々 最後の線香花火を持った。

理生は気合を入れて言った。

「よしっ!一番になったヤツの願いをかなえるべく、負けた4人は奔走するのら!!みんな一斉にバケツのローソクで(火を)点けるよ!ミカさんは審判してね。接戦が予想されるから責任重大だよ!」

5人はバケツ缶を囲んで一斉に火をつけた。しゃがみこみ、皆だまって自分の線香花火を見つめていた。

―ぽとりぽとりと丸まった花火の火の玉が落ち始め、最後は祥悟と紗夢の対戦になった。

紗夢の花火の方がいくぶん元気で分があるように見えた。
…なのに、祥悟の火の玉が落ちようかというその時、何の前触れも無く突然紗夢の火玉が先に落ちた。

負けた紗夢は悔しそうに言った。

「…あー、もう腕がプルプルしちゃって限界!『エニタイのキン肉』にはかなわねーな、まったく…。
皆のもの、ごぉくんの願いを叶えてやるのだぞ! ごぉくんは自分の人生の中で一番の願い事、探しておけよ。」

祥悟は紗夢の言った、『人生の中で一番の願い事』…というフレーズに驚いて言った。

「…えっと、俺はなんかおごってもらうとかでいいんだけど、そんな大げさな?」

「まあいいじゃん。天下のエニタイが4人も関わってあげるんだからそんな安易なことじゃなくって一生もんでいったら?たとえばベタなところで嫁さん探しとかさ。」

計がいつものように紗夢をフォローした。

なんだか煙に巻かれたような祥悟だったが、4人にそういわれるとつい優しい笑顔でうなずいてしまう。

その後食事をしながら本にのせるメニューをきっちり決め、相変わらず仕事に手抜かりのない5人だった。理生は選定されたメニューの写真を見ながら言った。

「早く出来上がった本が見たいなー。オレ母ちゃんにプレゼントするって決めてんだ。…だって、どんなもの食べてんの?っていつも心配してるから写真とか見せて安心させようと思ってさ。」

ミカは、たとえその人が自分と同じく料理本の編集に関わる人であっても、自分の本を心待ちにしている人がいることがわかって嬉しかった。自分も早く出来上がった本が見たいと思った。

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次の収録日から予定通りミカ&エニタイの料理本の撮影が始まった。

いつもどおりの楽屋にいつもどおり仲の良いエニタイ―。違うことと言えば、写真映えするよういつもより明るい色使いでセッティングされた弁当とスイーツ、普段は楽屋にいないカメラマン、そして緊張しきったミカだった。

あまりにこわばるミカを気にかけ5人が代わる代わる軽口を叩きにやってきた。
まわりを気遣いつつ、いつも楽しく過ごすことを忘れない5人の様子を眺めながらミカは思った。

(エニタイ(みんな)と一緒で本当に良かった。こんなによくしてもらってるのに私は隠し事をしてる…。仕方がないけど苦しいな…。)

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撮影から数ヵ月後、ミカとエニタイの料理本『Tribute to "A"―from MIKA―』が出版された。

祥悟とミカの最後の料理教室、―つまり二人が互いにかけがえのない存在になったあの夜から半年後のことだった。

久しぶりのエニタイの本ということもあって、売り上げはうなぎのぼりだった。

はじめはエニタイ目当てで本を買った読者もシンプルで身体に優しく、しかも簡単で美味しいミカの料理のとりこになり、ミカが連載を持つ雑誌の売り上げもどんどん伸びていった。

ミカは初めてかたちになった自分の本がやはり嬉しくて、(キッチン)スタジオのレシピスタンドに本を飾った。レシピスタンドの横にはガーデンテラスに咲いた季節の花々やハーブを飾った。

飾られた本の表紙では思い思いのキッチングッズを持ったエニタイの5人とミカがとても楽しそうに笑っている。

(いつもの収録現場の空気そのまま…。)

ミカは居心地のいいあの空気をエニタイを愛するたくさんの人たちに伝えることができて本当に嬉しかった。

本を開くとメンバーそれぞれとのツーショットがコラージュされたページがあった。
料理教室でつけていたものとよく似た黒いエプロンをつけた祥悟との仲睦まじい写真もそこにあった。

ミカはその写真を見つめながら深い溜め息をついた。

(…そう言えばみんなと写真を撮ったのって、初めてだったな。ごぉくんと二人の写真もこれが最初で最後だろうなぁ…。)

そう思うと悲しい気持ちになったけれど、仕方がないことだとわかっていた。自分と祥悟は記念日や誕生日の記憶を写真に残せる普通の恋人たちとは違うのだから。

祥悟はレギュラー番組の恋愛コーナーで『最高の口説き文句』を問われた時、

「そろそろ付き合ってみる?友達じゃなくて恋人として…。」

と照れ臭さのあまり顔を赤くしながら答えていた。

でもミカには家族がいるし、その言葉を言わせてあげることはできない。

「仕方ないよね。」

ミカは声に出してつぶやくと、気持ちをふっ切るかのように続けて言った。

「さあ仕事、仕事。」


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