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Someone's love story:Garnet 作者:幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)

▼4. 深まる思い(The unknown affection)

ミカは、エニタイ専属のフードスタイリストとなり『プロ』として活動するようになって程無くして、マネージャー(ミカのマネージャーはケリーさん)と相談の上、エニタイと関わらない仕事のオファーも受けるようになった。
元々人気ブロガーだったミカのスタイリングセンスは女性ライフスタイル誌を中心に評判が高く、プロとしてデビューしてから半年の時点で、既にミカは複数の人気雑誌に連載を持つようになっていた。

エニタイ以外の仕事の目まぐるしい展開ですっかり忙しくなってしまったミカと、元から人気者で忙しい祥悟ではあったけれど、ミカが祥悟の生活圏内に仕事場を持ったことが思いもよらずに功を奏し、そんな忙しさの中でも『二人きりの料理教室』は続けることができていた。
それぞれの忙しい時間をやりくりする中、ミカは昼夜を問わず祥悟の家に出向いてはレッスンをつけた。

「俺がいないときは先に入って準備してていいから。」

ある日のレッスン後、祥悟はミカに自宅の合鍵を渡した。


この頃ミカは週の大半をキッチンスタジオで過ごしていた。そして、月曜日は火・水と続く番組収録の準備の日と決めて絶対に他の仕事を入れなかった。

ミカはスタジオの白い壁に掛けたノーマン・ロックウェルのカレンダーの月曜日に

『O・A・D(Only AnytimeAnywhere Day)』…と書き込み、ミカに仕事を頼もうとスタジオを訪れる誰もが、『月曜日は予定あり』…とわかるようにしておいた。


―月曜日と言えば祥悟がニュースキャスターを務める日…。

ある日、ミカのスタジオでエニタイとミカ個人のスケジュールを確認している時に、ケリーさんはミカに言った。

「ミカに余力があればでいいんだけど、月曜日ごぉくんがTV局に行く前に何か心と身体に優しいものを食べさせてもらうことはできるかな? 本番を見てもらうとよくわかるんだけど、ごぉくんは自分のコーナーが終わるまで緊張して険しい顔してるよね…。出来うる限りの準備をしても不安なんだよ、ごぉくんは。だから、本番前にできるだけリラックスさせてあげてほしいんだ。」

自分で役に立てるなら…とミカは快諾した。


それまで月曜日はスタジオにこもりきりだったミカは、エニタイの収録準備の合間をみて、仕事に向かう祥悟の食事を作るようになった。

紗夢と同じように早いうちから祥悟がミカを思う気持ちに気づいていたケリーさんは、ミカが作る優しい食事もさることながらミカと過ごす穏やかな時間を増やすことで祥悟の緊張を少しでもほぐすことができれば…と考えていた。
ケリーさんもまさか祥悟とミカが先々互いにかけがえのない存在になるとは夢にも思わず、ただミカといるだけで祥悟がよりよい状態で仕事に臨めるなら…と、二人でいる時間が持てるよう配慮を重ねた。忙しい二人が料理教室を続けてくることができたのもこういったケリーさんのマネジメントによるところが大きかった。


こうして二人は毎週月曜日、祥悟がTV局に出かけるまでの時間を一緒に過ごすようになった。

祥悟に余裕がある時は他愛ない話で二人笑い合いながら、祥悟に余裕がなく準備に時間をいて本番に臨みたいと思う日は新聞や資料を見ながらの食事になった。そんな時ミカはただ黙って祥悟の向かい側に座って祥悟を見守った。

いつだったかその頃のことを思い出して祥悟は計に言った。

「二人で声をたてて楽しく食事をするのはもちろん良かったけど、それより俺的には、俺が仕事をしている側に黙ってミカがいたってことが良かったんだよね。―ほら、俺たちエニタイってみんな気ぃ遣いだから計もわかると思うけど、誰かが食事につきあってくれてる中でわがままに仕事するなんてできないよね…。でもミカは不思議なことに仕事に集中させてくれたんだよね。思い返しても『仕事してていい?』なんてミカに聞いたことって1回もなくて自然とそうなっちゃったんだけど…。

ミカは黙って側にいてくれるだけだったけど、何か応援してくれてるのが伝わってきた。本音のところ準備でキリキリしてた時でさえ、『頑張ろう』って気持ちが沸いてきたくらいだったから。」

そして、こうも言った。

「黙ってても『あー、もう一杯濃いコーヒー飲みてぇ』とか思ってると、絶妙なタイミングで出してくれる『あ・うんの呼吸』ってやつ? もうなんでこんなにわかってくれちゃうんだろう?って感じだったなぁ…。
計もそういう感覚を覚える人がいたら大切にした方がいい。それって絶対、将来一緒になれる人からの合図サインだから。」


そんな風に二人きりの時間が増えていくうちに、いつの間にかミカの料理教室のカリキュラムが終了する時期になった。もうすぐ祥悟とミカが出逢ってから1年になろうとしていた。
ミカは忙しい祥悟が料理教室のカリキュラムを終えた後ひとりでキッチンに立つようになってからも難なく生活の中に『カラダに優しい食事』を取り入れられるように、スケジュールのパターンに合わせてメニューの組み方や料理の段取りを教えるようになっていた。
遅くに帰宅し翌朝早い時は下ごしらえさえ終えればあとは時間が美味しく調理してくれるリゾットやホイル蒸しを作ることを教えた。

生米がリゾットになるまでの間、そして白身魚や鶏肉が季節の野菜と一緒にアルミホイルの中で蒸される間―。シャワーを浴びたり台本を覚えたり英語を勉強したりする事ができるとミカが言うと、祥悟はタイムラインを家事と仕事の2本に分けて両方をこなせることにいたく感心して言った。

「どこでこんなテクニックおぼえたの?主婦の人ってみんなこんな風に工夫してるの?」

男子故ゆえか、早くから仕事をするようになり母が台所に立つ姿を見ることに疎遠だったためか、主婦だった自分にしてみれば『いたって普通』の時間のやり繰りへ、驚きを隠さない祥悟を新鮮に感じつつミカは答えた。

「そうだね、工夫してると思う。ごぉくんのお母様だってお仕事してるんだからたくさんの工夫してると思うよ。…ごぉくんもすっかりこの『工夫』が板についてきたね。カリキュラム終了の日も近いし、先生としては安心です。」

微笑みながら答えるミカに対してひと呼吸 間を置いてから祥悟はおずおずと切り出した。

「…ところで…あのさ。料理教室が終わってもうちにきてもらうことはできる?月曜日に来てもらってるみたいに他の日も。」

ミカは即答した。

「…ごぉくんが必要と言うのなら。何といっても私は『エニタイ専属のフードスタイリスト』ですからね。身体が空いている限りは真っ先に行けるから、いつでもケリーさんに言ってスケジュール調整してね。」

ミカのその答えに祥悟は戸惑った。そして、何故自分が戸惑うのか、さっぱりわからなかった。

(あれ…。なんでこんなに動揺するんだろう?俺は『仕事』でミカさんに来てもらってる感覚じゃなかったんだけどな。… ミカさんにとって俺と一緒にいることは『仕事』でしかないのかな…。)

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