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Someone's love story:Garnet 作者:幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)

▼1. 出逢い(1st contact)

巨大スタジアムでのライブ終盤―。

眼下頭上の観客に向かい手を振りながらRunwayを駆けぬける人気のアイドル5人組。

彼等の名は“Anytime Anywhere”。ファンは心からの愛を込めて彼等を「エニタイ」と呼ぶ。

ぼーっとした外見とは裏腹に、踊り・歌・芝居・アートの多岐に亘り抜群の才能を示すリーダー、大月紗夢おおつきさむ

最高偏差値をマークする有名私大を母校としてこよなく愛し、そこはかとなくセレブ感を漂わせつつニュースキャスターも務める大卒アイドルの先駆け、佐崎祥悟さざきしょうご

その名の通りどんな時でも愛くるしい笑顔を絶やさず、その笑顔で周りに温かい空気をもたらす『笑顔の達人』、愛本理生あいもとまさお

ハリウッドからのオファーをも呼び込む、『天賦の才』…と言える演技力を持ちながら、「本業はアイドル。」と迷いなく言い放ち、自分がエニタイのメンバーであることをどんな賞賛よりも誇りに思っている稀代の名優、仁藤計にとうけい

どんなに疲れた時でも彫刻のように美しい、エニタイを今のポジションまで押し上げた立役者、松野慈朗まつのじろう
エニタイの『末っ子』の彼が主演した、エニタイ人気押し上げの原動力となった学園恋愛ドラマは、3度のTVシリーズを経て映画化されてから数年が経つというのに、未だなお多くのファンに愛されて続けている―。


スタジアムではそんな彼等を愛するたくさんの『6人目のエニタイ』が熱きエネルギーを放っている。

―うちわを持ち歓声をあげるファン。

インカムをつけステージ付近をせわしなく動くスタッフ。

観客席から手を振るメンバーの大切な家族たち―。

そんな『6人目のエニタイ』に支えられつつライブは最高潮を迎え、放射状にのびたRunwayの端からセンターステージにし込む大きな光に向かって歩き出す笑顔の5人…。

+++++

メンバー全員で始めた出来上がったばかりのライブDVDには、
千秋楽ではなかったこの日も感極まり泣いている愛本理生の姿が映っている。本人は汗だくの顔で涙をうまく誤魔化せているとばかり思っていたのに…。

(こうやってDVDで観るとバレバレじゃないか…。)

映像に映り込むぐちゃぐちゃな顔をした自分と、そんな自分を応援してくれるたくさんのファンの姿を見ながら、理生は胸の奥に思いをはせた。

(僕たちはたくさんの人たちに支えられている。

いつも応援してくれるファン、
苦楽をともにするスタッフ、
ずっと変わらず僕たちを支えてくれている家族や友達…。

僕たちはみんなを『6人目のエニタイ』と呼んでいる。
そんな『6人目のエニタイ』の中で、いつも僕たち5人の心の片隅にいて僕らを励ましてくれる大切な人がいる。

それはミカさん…。
ごぉくん(=祥悟)のかけがえのない人であり、そして僕らの愛すべき6人目の仲間。

この時ミカさんはどこでライブを観てくれていたのかな?僕らや事務所のスタッフがいっくら苦労してVIPな席を確保キープしても、もうそこにミカさんが座る日が来ないことを思うとどうしようもなく胸が熱くなる。…まあ、あのミカさんのことだからもし今ライブに来ることが出来たとしてもVIP席だと知ったら固辞して絶対に座らないんだろうけど…。

ミカさんはほんの数年の短い間に僕らの前を過ぎ去った『優しい嵐』だった。『優しい嵐』は嬉しいこと、楽しいこと、ハラハラすること、そして挙句の果てには悲しいことまで連れて来たけど、どの出来事も今では僕らのハートの血と肉になっている。そう、ミカさんは僕らが強くなるための嵐だったんだと思う。

ミカさんと同じく僕らを応援してくれる『6人目のエニタイ』のみんなに僕らとミカさんに起こったことを話したい。
今では『消えない虹』になって僕らの胸の中にいるミカさんのことを。


+++++

一緒にDVDを見ていた他のメンバーが思い思いの格好で眠りこんでしまった中、モニターに映る自分の姿をひとり続ける理生。

モニターには自分よりひと足先にセンターステージへ着いたメンバーにせかされ、4人が待つ大きな光のもとへ走りだす自分が映っている。
その背中を照らす青・赤・緑・黄・紫のスポットライトは重なりあって、さながら5色の虹のようだ。

…思い起こせばこの日も開演直前のロッカールームには白い華奢なフォトフレームを手にミカの写真を見つめる祥悟の姿があった。ステージ衣装をまといオープニングまであとわずかだ。

そんな祥悟の様子をロッカールームの入口からしばらく見つめていた理生は壁に掛かった時計を見やると祥悟に声をかけた。

「ごぉくん、そろそろ円陣組むからミカさんと一緒に来てくれる?…何だかさ、『ミカさんと一緒の円陣』って時代劇で奥さんが出掛けるご亭主にやるアレみたい。ほら、石みたいの、カチカチ鳴らすやつ…。」

理生の声に振り向いて祥悟は言った。

「ああ、火打石のこと?確かにそうかもね。ミカを真ん中にしての円陣も数回目にしてある種オレたちの『御守り』的な儀式になってきたね。
…いいんじゃない?ミカは、ことビビりなオレたちのことになるといつも尋常じゃないくらい『心配しぃ』だったし、一緒にバックステージに入って力づけできるなんて本望に違いないよ。」

祥悟は理生の前で口にこそしなかったけれど、もしミカが今ここにいたならば自分が一緒に過ごした年月としつきで見てきた以上の、最上さいじょうの笑顔を見せたに違いないと思った。
そしてそう思った途端、祥悟は少し切なくなっていた。

(あぁ…ライブ前にまずいぞ、このテンション…。)

そんな祥悟の気持ちを察してか理生は突然大きな声で言った。

「さあー、それじゃあオレらエニタイの『火打石の儀式 by ミカ~』行きますかっ!よーし、メンバーもスタッフも、みんなが待ってるバックステージにReady… go!」

駆け出す理生を慌てて追いかける祥悟。二人はゴール直前の通路でなかなか戻らない理生を呼びに来ていた慈朗とぶつかりそうになった。

「(あ)ぶねっ。…ったく、らーくん(=理生)たらミイラ捕りがミイラになったらダメじゃんか。ごぉくんは自己管理できる人だからわざわざ呼びに行かなくたって平気だって言ったじゃん。」


我が子にダメ出しする母親のような慈朗と叱られてしょんぼりする理生を見ていた祥悟は、なんだかほっこりと温かい気持ちになった。

(…そっか。ミカがいなくても俺にはメンバーがいるんだった。4人と一緒に今日も楽しくやろう、ミカの分まで。)

祥悟は理生と慈朗に声をかけた。
「さあさ(あ)、さっくん(=紗夢)とケイ(=計)が待ってるよ。急ご(う)?」

叱られていたはずの理生は慈朗の隙をついてお尻に『かんちょ(う)』をするとひと足先に走り出した。そんな理生にすぐさま追いついた慈朗と祥悟は理生を捕まえると、3人で組んず解れずもつれあいながらバックステージへたどり着いた。待ちくたびれ、ライブ前にもかかわらず眠りそうになっていた紗夢は3人の様子に爆笑し、そんな紗をみた計はこの上なく幸せそうな笑顔を浮かべた。

+++++


くだんのアイドル5人組とミカが出会ったのは所属事務所社長が日々いそしんでいたネットサーフィンがきっかけだった。

業界名打ての初老の敏腕社長は当時「飛ぶ鳥も落とす勢い」だった5人のグループ名でのネット検索に時間を費やしていた。
アイドル志望の若者が日々その門をたたきに来る有名芸能事務所の所属タレントにしては珍しく、揃いも揃って前に出ることが苦手…、そのくせ歌・踊り・演技・ルックスのポテンシャルは高く事務所としては放っておけないやから…それがAnytime Anywhere (エニタイ)の5人だった。

芸能界で生きていくには押しが弱すぎる5人が細く長く育んできた、

「自分たちを支えてくれる人達のために絶対トップになる。」

…という思いが10年間の時を経て実を結び一躍『時の人』となってしまった彼らのスキャンダルでも警戒して社長はネットサーフィンに時間を割いていたんだろうか。


そんなネットサーフィンの最中さなか、社長のアンテナにひっかかった唯一のブログがミカの料理サイトだった。世の中に『ごまん』といるエニタイファンが立ち上げた膨大な数に及ぶブログがある中、まさに『ただひとつ』の選ばれし出会いになった。

+++++

5人とミカが初めて会った日から遡ること数日前、紗夢は突然社長に呼び出された。

5人での雑誌取材が入っていたその日、呼び出された理由わけもわからぬまま、取材前にひとり紗夢は事務所へ立ち寄った。それがまさか、ただ単に社長がミカのブログを紗夢に見せたかっただけだなんて思いもしないで…。


「おはようございま~す…。」

事務社員が仕事をしている居室きょしつのドアが開き紗夢がやって来た。マネージャーに、

「社長、待ってるよ」

…と声をかけられ紗夢は急ぎ社長室へ向かった。


(一体何だろう?最近釣りにも行けてないから日焼けもしてないし怒られるネタはないんだけどなぁ? やだなぁオレだけ呼び出されるなんて。またプレッシャーがかかる連ドラの話だったりして…。)

ドアをノックし社長室へ入ると大きな窓の前に置かれた重厚なデスクでPCを操作する社長の姿が目に入った。検索ワード欄へ

「えにたい」

…と入力してはカタカナへ変換、Enterキーを押す作業をひたすら繰り返している


紗夢に気づき社長は言った。

「ああサミー、来たんだね。おはよう。…ところでMy Dear,ちょっと面白いブログがあるから見てみなよ。」

言われるがまま紗夢は社長の背後からPCを覗き込んだ。社長は画面を指差しながら続けた。

「これはね、君たちエニタイのための料理レシピが載ったブログなんだよ。全員でレギュラー番組を収録する日、ごぉくんがキャスターをやる日、らーくんが舞台にたつ日、ケイが映画撮影に臨む日、ジロ(=慈朗)がドラマの記者会見に出る日、サミーのドラマ撮影の日…。エニタイGuysのいろいろな仕事をイメージしてメニューが作ってある。何とまあ、これがまたよく出来ててねぇ…。
実はこのブロガーのメニューをエニタイの食事に取り入れてみようかと思ってるんだ。
来週からレギュラー番組の収録現場に弁当を届けてもらえることになったから、みんなでとりあえず食べてみて。ね?」

(確かにここのところ急に忙しくなった事もあって、普段はリーダーらしからぬ俺もさすがにメンバーの健康は気がかりだ。―特にアイドルとキャスターの掛け持ちで海外取材でさえ「日帰りかっ?」…と錯覚するような日程で強行しているごぉくん(この人は学生の頃から忙しすぎるよ)や、実のところあんまり身体が丈夫じゃない気ぃ遣いのらーくん(結構たびたびファーマシージロウから薬をもらっている)は忙しくなると口数も少なくなって食が細くなりがちだ。せめて週2~3回の全員収録の日に『身体にいい食事』ができればそんな心配も減るかもしれない。

…それにしても社長がここまで誉めるなんて珍しいなあ…。そんなに『面白い』ブログなのかな?)

社長の絶賛ぶりに驚きながらも紗夢は、

「わかりました。」

…と答えるとメンバーが待つ次の仕事場へ向かった。

奇しくもその日は5人全員で、『食にまつわる思い出』をテーマに取材を受けることになっていた。

紗夢は思った。

(今日は朝から『食』に縁がある日だな。あのブログにあった玄米とか蒸し野菜とか美味そうだったな…。オレが釣る魚にも合いそうなメニューだったし…。う~ん、やっぱ社長が言うように『面白い』のかも…。)

気がつくと、いつか祥悟と一緒に理生の舞台を観に行ったときのようにお腹が『みゅ~ん…』と可愛らしい音を立てていた。

(…なんか腹へってきちゃった?コンビニのおにぎり食べたばっかなのになぁ…。現場着いたらまず腹ごしらえさせてもらおっと。)

紗夢はマネージャーの運転する車に乗り込むと、取材現場へ向かった。


+++++

紗夢が社長室に呼ばれたその日から数日後、ミカは5人分の弁当を持ってレギュラー番組収録を行う人工海岸そばにあるスタジオに現れた。

ミカはチーフマネージャーのケリーさんこと吉田さんに連れられて左右にメイク用のミラーがある楽屋に入り、5人の食事をセットし始めた。

各々のイメージカラーのランチョンマット(=青・赤・緑・黄・紫のギンガムチェック柄のコットン製)と黒塗りのシックな弁当箱はケリーさんに確認してメンバーのいつもの席順にセットした。

そして弁当箱の傍らには白いカップに入れた野菜たっぷりのミネストローネスープとデュラレックスのグラスに注いだミント水。(=ミネラルウォーターにミントの生葉と隠し味程度にオリゴ糖を入れたもの)を並べた。

もうすぐ5人が戻ってくるから楽屋にいるようにとケリーさんに言われたミカだったが、つい昨日まで一介のファンでしかなかった自分にはいきなり5人全員に会う勇気も、ましてや自分の料理に対する彼等の反応を目の当たりにする度胸もなかった。

これまで数回打ち合わせをした時のしっかりした様子とあまりに違うミカのテンパりぶりに苦笑しながらもケリーさんは、ミカが一旦楽屋から出ることを許してくれた。

「収録が全部終わったところでメンバーと顔合わせをするからね。それまで2時間あげるからクールダウンしておいで。」

ケリーさんの言葉にうなずくとミカは楽屋を後にした。

エニタイのようなスターが醸し出すオーラのせいなのか、番組スタッフの良きものを作ろうとする熱意のせいなのか、この場所に不慣れな自分は知恵熱を出した子どものようだった。

(…なんかクラクラする…。)

仮の通行証しか持っていない自分でも一旦スタジオの外に出ていいものなら、隣の博物館へ行って気分を変えてこようと、ミカは数時間前ケリーさんと自分を通してくれた初老の守衛のところへ行き外へ出られるかどうかを確認した。

―自分の父親くらいの年齢としのおじさんは言った。

「…仮パスの人が外に出て再入場するのはルール違反なんだけどねえ…。でも2時間以内ならあたしの勤務時間内だからいいよ、出ても。その代わりその緑のエプロンを目印にするからつけたまま帰ってきてね。…あと合言葉もよろしくね。
あんた、あたしが『○○』って言ったらそのあと何て言えばいいかわかるよね?今日その為にここに来てんだもんね。」

おじさんは、収録真っ最中の番組名の一部を口にしてミカに合言葉を確認した。

ミカは小さく頷きながらそっと、(エ・ニ・タ・イ)…と囁いた。

(まずは、博物館のカフェでお茶しよう。あそこの木の椅子とっても硬いけど、デザインが好きなんだ。 好きなもの見て和んでこよう。)

息子が小さい頃、習い事の関係で頻繁にきていた博物館だった。子どもが手を離れた今、大人の自分だけで、しかも仕事絡みで再び訪れることになろうとは1週間前社長からのメールを受け取る前のミカには考えつきもしないことだった。


+++++


ミカがスタジオを出て間もなく、1本目の収録を終えた5人が楽屋に戻って来た。

楽屋に入るやいなや、いつもとは異なる装いの弁当に気づいた理生が興奮まじりに言った。

「あれっ。今日の弁当なんか雰囲気違うじゃん!」

理生の声に続いて楽屋に入った慈朗も反応した。

「ホントだ。なんかおっされ~(=お洒落)。最近ねーちゃんが甥っ子の幼稚園弁当に煮詰まってたから写メしとこ。」

普段からメンバーに送るメールが何気なく可愛らしいことから、クールな風貌とは打って変わって『可愛いもの好き』であることをメンバーに気づかれている慈朗は、身内に送るメールも可愛らしいのだろうか?
自分のイメージカラーのすみれ色のランチョンマットが置かれた場所にさっさと座ると、携帯で写真を撮り始めた。

ここで思い出したように紗夢が言った。

「…そういや社長が先週『面白いブロガーにオレらの弁当頼んだ』って言ってたな。今日からだったんだ。」

そんな紗夢のつぶやきにはノーリアクションのまま、我慢しきれない様子で理生は言った。

「ねえ ごぉくん、食べていい?」

理生の問いかけを受けケリーさんに視線を送る祥梧。ケリーさんは5人に向かって両手を広げると、

Pleaseどうぞ

…というジェスチャーをした。まるで優雅な執事のようだ。

「おーしっ、食おうぜ。腹減った~。」


雑誌の取材で自分の口癖を問われた際、マネージャー談として祥梧自身が「口癖かもしれない。」と語っていた「腹減った~」の言葉を合図に弁当箱のふたを開け食べ始めるメンバーたち…。慈朗以外のメンバーもいつの間にか自分のイメージカラーの席に座っていた。

…1本目の収録で心折れることに遭遇しずっと黙っていた計。
いつになく暗かったその表情が弁当箱を開けた途端、ぱぁーっと明るくなった。そして収録後、初めて発した言葉がこれだった。

「うわ~、トリプルハンバーグ!」

『食』に関しては全くもって関心がない計をして「大好物!」と各所で言わせしめるハンバーグ…。食が細い計のためにミカが作った、デミグラスソース・おろしポン酢・、とろけるチーズがかかった3種類のミニハンバーグが弁当箱に入っていた。


「デミ、いっただっきまーす。…超うめ~!!!」

デミグラスソースのハンバーグを一口で頬張った計はあまりの美味うまさに天を仰いだ。形の良い鼻と鼻の穴が、真正面に座るメンバーからよく見えた。

1本目の収録中にガチで心が折れてしまった計を心配して収録中からフォローに徹していた理生は、あまりの計の豹変ぶりにドン引きで言った。

「すげーケイったら、そんなにテンションあがっちゃって…。収録中の『やらかし』忘れちゃうほどの美味うまさなの??」

計はそんな理生の戸惑いに頓着することなく2品目ふたしなめのとろけるチーズのハンバーグに早くも箸を付けていた。

理生は気を取り直し自分の弁当箱に視線を戻すとハンバーグ以外のおかずを確認して言った。

「…さあ気を取り直して…と。俺かっら揚げー。
…んー、うまっ♪なんだこれ、パンチあるぞ!にんにく醤油味?」

カリカリに揚がった焦げ色が濃い目の鶏の唐揚げは、理生が言ったとおりミカが日頃から作り置きしている『にんにく醤油』で下味をつけたものだった。普通の唐揚げとは一味違うそれは得も言われぬ食欲をそそる香りを楽屋中に漂わせていた。

たまたま理生と眼があってしまい、なぜか「にんにんにく醤油味?」と確認を求められた慈朗は投げやりな調子で答えた。

「まだ食ってないからわかんねえよ…。よし、俺もなんか食うとするか…。」

自分もおかずを確認して何かを見つけると、慈朗も計と同じくぱぁーっと明るい顔になった

「…おおー、カツオの梅煮!久しぶりだなあ…。実家いえに帰らないと食べられないとばっかり思ってた。」

…そう言って嬉しそうに箸ではさんだ魚を覗き込む慈朗の隣には、3種類のハンバーグを完食し、ようやく我に返った計がいた。弁当の彩りのため2つ切りされていたコーンクリームコロッケの断面を紗夢に見せながら興奮冷めやらぬ様子で言った。

「リーダー。このクリームコロッケの切り口見てみなよ、つぶつぶコーンとうずらの卵が入ってる。
これってリーダーんのクリームシチューと同じじゃない?」

計に言われ、まだ食べていなかったコロッケの断面を確認した紗夢は感慨深げにこう言った。

「ほんとだ。こんな風にすれば弁当でも母ちゃんのシチューが食べられるんだなぁ。…んんめぇ。」

…あまりの美味おいしさに山羊のような声を出す紗夢。

そんな紗夢に突っ込みを入れつつ自分の口に大好物のあさりのバター炒めを運ぶ祥梧。

「さっくん、すっかりヤギになってるよ…。あっ、うまっ!このあさり、美味うますぎてヤバいよ…。」


その日の弁当にメンバーは感激の嵐だった。なぜなら皆の大好物が身体に優しい玄米や野菜とともに満載されていたからだ。

はばかることなく計が公言する大好物のハンバーグ、顔の濃い慈朗が好むあっさりしたカツオの梅煮、理生が愛してやまない鶏の唐揚げ、紗夢の『母ちゃん特製クリームシチュー』をイメージしたコーンとうずらの卵が入ったクリームコロッケ、兄妹そろっての貝好きが高じて海辺の露店のおじさんから「よっ、ラッコきょうだい!」と呼ばれた過去を持つ祥梧の好きなあさりのバター炒め…。

そのメニューのほとんどはエニタイのデビュー5周年に出版した、『Someday Somewhere』に書かれていたメンバーの大好物であり、5人全員が実家を出て一人暮らしをしている今となってはなかなか味わうことができない『オフクロの味』でもあった。

まるで遠足の日に家から持ってきた弁当を自慢しあって食べる小学生のように、その日の食事は大盛り上がりだった。

『Someday Somewhere』からさらに5年が経ち、芸能人になっていなかったら経験しなかったであろう様々な出来事を経て大人になった5人だけれど、何歳いくつになっても子どもの頃に刷り込まれた『美味しいもの』の記憶はそうそう変わるものじゃない。
ただただシンプルに、5人のために5人の好きなものを揃えたミカの料理は、エニタイに食事のみならず『安らげる時間』をもサーブしたのだった。

「エニタイの5人は私の救世主です。 5人の歌声とその存在で、ピンチに見舞われた私は元気を取り戻すことが出来ました。
ささやかな自己満足ながらも遠い世界にいる彼らを思い、滋味あふれる優しいご飯をつくることで彼らへ感謝の気持ちを捧げられたらと思います。
This is why my tiny blog is named “Tribute to A(nytime Anywhere) from MIKA”.」

ブログをはじめたきっかけをこう綴っていたミカの料理に初体験にしてがっちり胃袋をつかまれてしまった5人は、この日以来ミカと共に過ごした様々な場所で、ミカが作り出した『優しい食』と『『安らげる時間』に身を委ねることになった。


ミカと初めて出会ったその日、すべての収録が終わり、スイーツと温かい飲み物が可愛らしくセッティングされた楽屋でケリーさんとともにエニタイを待っていたミカと対面した5人は、初めて会う少し丸め(=太め)の年上のその女性ひとがあまりに童顔だったので、5人と挨拶を交わしたあとの「高校生の息子がいる」という本人からの自己紹介にメンバー全員が驚きを隠せなかった。

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