「こんな仕事しかないけど、いいのか?」
昔からの知り合いに、頼んで紹介してもらった仕事は
高級ホテルの清掃員だった。
刑務所に入る前は、それなりに恰好がつく仕事をしてきたが
俺も、ここまで落ちたかと思った。
「息子に急かされてよ。
金がもらえるなら、なんでもいいのさ」
十五年ぶりに会った息子は
昔と変わらず、俺のことを汚い物を見る目で見つめる。
小さい頃から、俺に懐かず可愛くなかった。
愛した女の子供なら
俺でも愛着が湧くのかと思ったが、駄目だった。
結局、母親も俺のせいで失って
俺への憎しみは凄まじいだろう。
でも、あいつは俺と同じになりたくないから
どんなに憎くても、俺を殺すなんて馬鹿な真似はしないはずだ。
だから安心して今の家に居座れる。
金曜の夜。
外は騒がしい程に雨が降っていた。
「二宮さん!至急、ロビーの清掃お願いします」
「はい?つい三十分前に、終わったけど」
「お客様が雨の中いらしてるので、床がびしょ濡れなんです。
もうすぐ、お得意様が来るのでお願いします」
この伊藤という男は、俺より十以上も年下だったが
清掃員の中で一番偉い役職らしく、俺にいちいち命令してきた。
「はぁ」
めんどくせーな、この雨の中来る客も客だ。
この高級ホテルは最上階に料理屋も入っているため、客の出入りが激しかった。
モップとバケツを持って入口付近を磨いていると、黒い高級車が入口に横付けされた。
「二宮さん、もういいですよっ」
さっき俺に命令して来た伊藤が、急いで俺の肩を叩いた。
「早く隅の方へ」
上客が入ってくる前に、俺達のような庶民は目に入っちゃいけねーなんて
嫌な場所だな、ここは。
俺とは違い、スーツを来た受付係がドアを開ける。
俺は上級階級の奴らが、どんな顔しているのか気になって
柱に隠れ、少し顔を出した。
「お待ちしておりました」
従業員十人くらいが、総出でその客にお辞儀をする。
最初に入ってきたのは、俺と同じ年くらいの男だった。
近くに行こうとするものを、威圧するような顔と白髪交じりだが
高級感ある空気を、醸し出していた。
その後ろを同じ年ほどの女と、もっと若い女が付いて歩く。
妻と娘といった感じだろうか。
そして最後に入ってきた青年の顔を見て、俺はハッとする。
あの青年と俺は会ったことがある。
息子の友人の松本潤という青年だった。
「松本様、こちらです」
潤くんは俺に気付かず、家族とエレベーターに乗って行ってしまった。
「二宮さん、再開して大丈夫ですよ?」
茫然と立っていた俺に、伊藤が声を掛けてきた。
「さっきの松本っていう客は、どっかのお偉いさんかい?」
そう尋ねると伊藤は、人差し指を自分の口に当てて
「松本様を呼び捨てにするなんて、クビにされますよ!?」
「へぇ、そんなに偉いの?」
「有名な資産家ですよ、このホテルだって松本様が投資されているんですから」
それを聞いて、俺は無意識に口元が上がった。
「どうりで、潤くんは品がいいわけだ」
この愛は永遠に
16
土曜の昼。
あいつが、居間で横になって新聞を読んでいるのを見て
廊下に立ったまま、後ろから声を掛けた。
「・・・そろそろ荷造りしたほうが、いいんじゃないの?」
約束では、明日の日曜までに
この家を出て行かないと、警察を呼ぶと言ってあった。
あいつは顔だけ俺の方を向いて、にっと笑った。
その笑顔に、俺は眉間にシワを寄せる。
「俺は、この家が気に入ってんだ。出てかねーよ?」
「はぁ?なに言ってんだよ。この家は俺が買って、お前のものじゃないんだよ。
本気で警察呼ぶよ?」
あいつは、けだるそうに立ちあがって
俺の目の前に、自信に満ち溢れた笑顔で立った。
「なんだよ?」
子供の頃、こいつに殴られていたことを思い出すが
今じゃ俺の方が、力もある。
怖くはなかった。
「お前、たまには役に立つなぁ」
「は?」
「可愛い可愛い潤くんとは、いつから付き合ってんだ?」
一瞬にして、額に汗がじわりと出てきた。
やはり、この前の潤くんとの逢引を聞かれていたかと
心の中で舌打ちをした。
俺は心臓の音を掻き消すように、いつもより大きい声を出した。
「なに言ってんの?」
「この間、お盛んだったじゃねーか。ここで」
畳みを指差されて、思わず目線を下に落とす。
「お前の幻聴だろ?証拠でもあんの?」
こいつが、カメラを持っているなんてありえない。
「残念ながら・・ないんだよな〜」
「はっ!やっぱり、お前の妄想じゃないか」
馬鹿らしいと言って鼻で笑い、その場を逃れようとすると
「潤くんは、松本財閥の長男なんだろ?」
ピタッと足を止めて、奴の顔を見る。
「まぁ、証拠はねーけど?
週刊誌なんかに情報提供すりゃ、面白く書いてくれんじゃないか?
金持ちの息子が、男遊びにハマってる!とかなぁ」
手を叩くこいつの顔を見て
心は冷静だった。
静かな殺意が俺の耳元で、囁く。
やっぱりこいつを殺すしかない。