Beautiful World
NO.13
「オークションは、ホテルの会場でやんだって。
オイラは、その間久しぶりに実家に帰るよ」
東京駅で、人混みを避けながら歩き
大野さんが、「カズは?」と俺に問いかけた。
「俺も・・・自分のアパートに帰ります」
「そか。じゃぁ、お金用意出来たら電話する」
俺の携帯番号を書いた紙を、大野さんに渡す。
「あの・・大野さん、色々とありがとうございます」
足を止めて、お辞儀する。
いきなり立ち止まった俺に、通行人の肩が当たって
舌打ちされた。
大野さんは、俺の前に立ち
「約束守ってね。カズ」
顔を上げると、大野さんは
すでに人ごみに紛れて、去って行ってしまった。
俺は、携帯を耳に当て
ギターケースに仕舞っていた名刺を手に取る。
書かれた番号に、電話した。
「あ・・すみません。二宮という者ですが・・覚えてますでしょうか」
「じゃぁ、二宮さん。好きな曲、歌ってください」
以前、街で俺に声を掛けてくれたスーツの男性は
音楽事務所のスカウトマンだった。
彼に電話をし、次の日事務所に呼ばれ
会議室に通される。
白い壁に覆われ、パイプイスに座った5人のおじさんの視線を
俺は、一気に集めていた。
俺の痣だらけの顔を見て、何人か小声で話している。
ギターを肩に掛けて、弦の調整をする。
息をゆっくり吸って、吐き出した。
俺が、
今、歌う理由は
歌手になる夢を叶えたいから。
潤くんを、喜ばせたいから。
そして、大野さんと交わした約束を意地でも守らないと
カッコが付かないから。
大野さんは、俺に条件を出した。
「有名な歌手になって、この町で歌ってくれ。
観客いっぱい呼んで、カズがこの町を盛り上げてよ」
「それが・・条件ですか?」
「うん」
絶対、守らなければいけない。
そうじゃなかったら、彼より潤くんを幸せにする資格なんてない。
「よろしくお願いします」
頭を軽く下げたあと、指で弦を弾く。
殴られて薄くなった口元の皮が、破けてもいい。
歌うんだ。
僕は未来を、いつも想像できなかった。
笑い方も、朝の匂いも、季節の変わり目も
全部全部、忘れてしまっていた。
誰も助けてくれない。
そう諦めてた日々に、君が現れた。
君に名前を呼ばれる度に、胸が鳴る。
笑うと薄くなる唇が、愛しい。
生き生きと歌う君が、輝いて
僕の未来を、明るくさせてくれた。
手を繋いで、素晴らしい世界に連れ出してくれた。
君が隣にいる。
僕の未来は、それだけで明るく幸せなんだ。
僕は、君に出会えて知った。
愛しい気持ちと、守りたいと思う気持ち。
それだけで、強くなれる気がした。
君の手を掴み、飛び出した世界で
僕は君を、誰よりも幸せにしたい。
太陽を浴びて、白い肌が染まっても
君が笑うなら、僕も一緒に
その色に染まる。
キラキラと、太陽の下で笑う君が
僕の隣にいてくれるように、今日も歌う。
この素晴らしい世界で、君に愛を歌うよ。
震えるギターの弦を抑えて、音を止める。
「ありがとうございました」
そう言うと、拍手が返って来た。
大野さんから、電話が来たのは
彼と駅で別れた4日後だった。
待ち合わせの場所に、大きいボストンバックを手に持って
重たそうに、それを俺に渡す。
「絵・・売ったんですね」
俺が申し訳なく呟くと
「気に入らない絵、売って来た」
そう言って笑う。
嘘だろうな。
大野さんは気に入らない絵は、きっと捨てるはずだ。
彼の仕事を近くで手伝った日々は、とても貴重なことだった。
「大野さんも、一緒に来ますか?」
「オイラ、実家で夕飯食う約束しちゃった。
潤を取り戻せたら、連絡ちょうだい」
「・・わかりました」
「あ、千四百万だっけ?不安だから、余分に100万くらい入れておいた。
余ったら持って帰って来て。あと、これ」
大金を、あっけらかんと言われて俺は苦笑いをする。
「じゃぁ、頑張ってね」
そう言って、大野さんは俺に軽く手を振って去って行った。
「おー?二宮くんじゃねぇか」
事務所は、相変わらず電話の音がうるさい。
俺が現れて、島崎の顔は引き攣った。
まさか、こんなに早く現れるとは思わなかったのだろう。
「まぁ、入れよ。あいつらひどいなぁ?
顔、痛そうじゃねーか」
俺の殴られた顔を見て、島崎は笑いながらソファに座った。
俺は立ったまま、鞄のチャックを開けて
島崎に中身を見せた。
「・・・本当に、用意出来たのか?あぶない金じゃねーだろうな」
「潤くんを守るために、必死で用意してくれた金です」
「へぇ?誰が?」
「金は、約束通り用意出来ました。潤くんを返して下さい」
「・・・」
島崎は顔を歪める。
その表情は、とても悔しそうで
今すぐ俺を殴って来そうな空気を感じた。
舌打ちをして、金が入った鞄を
俺から取り上げようとしたので
「金の前に、契約書」
俺が凛として訴えると
「・・おい」
下の奴に合図を送る。
何枚もの、字が羅列した紙を渡される。
借金完済の契約書を読み
俺がサインをして、拇印を押した。
「あと、あんたにサインして欲しいのがあります」
「あ?」
大野さんがお金と一緒に、俺に渡したのは
潤くんと、この黒い会社の関係を断ち切るための
契約書だった。
一緒に入っていた手紙には、「必ず相手側にサインしてもらって」と
書いてあった。
きっとまたお金を払って、弁護士に書類を作ってもらったのだろう。
益々、あの人には頭が上がらない。
島崎は書類に目を通し、鼻で笑う。
「借金返済した後に、お前らにたからねぇよ」
「あんたは、潤くんに会いに来そうなんで」
島崎は、溜息をついて
インクが付いた親指を、紙に押し付けた。
「潤くんは?」
「・・・部屋に、いんだろ」
金を数えている島崎は、俺の顔を見ない。
事務所を立ち去ろうとした俺に、島崎が大きな声で
「潤が、広い世界見たら、お前なんか捨てられるかもな」
俺は立ち止まる。
「もしかしたら、お前も男より女って、なるかもしんねぇな」
振り返って、言ってやった。
「俺らの世界に、あんたは部外者だ。
つまんないこと口出さないでください」
島崎の悔しそうな表情を見ながら、ドアを閉めた。
「やっぱ、本物見ちゃうとな・・」
部屋の床一面に、綺麗なアート写真を並べる。
最近まで、本物を目の前にしていたから
もう写真では、満足できない自分がいた。
「カズの写真も、撮っておけばよかった・・・」
「なんで?実物がいるのに?」
勢いよく後ろを振り返ると
カズが顔を痣だらけにして、立っていた。
「カズ!」
「ほら、実物ですよ」
夢じゃないよ?そう言って俺に両手を広げる。
俺は立ちあがって、その胸に飛び込んだ。
「いてて」
「なんで?島崎に見つかったら・・」
「潤くん、あのね。もう自由だよ」
「え?」
「今、潤くんの借金完済してきた」
カズの言葉に耳を疑う。
「嘘・・無理だよ。そんなの」
いくらだと思ってんの?そう尋ねると
「大野さんがね、お金貸してくれた。
大切な絵を売ってまで、俺達を助けてくれたんだよ」
智の笑顔が頭に浮かんで、鼻の奥がツンと痛くなる。
「大野さんに、お礼言いに行きましょ?」
頷くと、カズは俺の手を握り握った。
「あ、潤くんの書いた歌詞に曲付けたよ」
「えっ!?あれ読んだの!?」
「2番の歌詞は、俺が考えました。
ふふ、嬉しかった」
「恥ずかしいな・・・」
「今度、聞かせるね」
俺のアパートに向かう駅のホームで
大野さんに、電話を掛けた。
『もしもし』
「あっ、大野さん。無事に潤くん戻ってきました」
『ほんと?あ〜・・よかった』
「あの、これから会えませんか?潤くんも会いたがってて・・」
電話の向こうから、騒がしい音が聞こえる。
『実は、今。新幹線乗ってる』
「は!?」
『やっぱ、東京苦手だわ〜。すぐ帰りたくなっちゃって』
「でも、潤くんに会ってからでも良かったじゃないですか!
あと余ったお金、どうすればいいんですか!?」
声を上げる俺に、隣の潤くんは不安な顔をする。
『あ、翔くんが東京に戻るから渡しといてよ』
「ちょっ、じゃぁ、潤くんと一言でも・・」
『あ!やばい。電池切れそう。また遊びおいでね』
ブチッと、一方的に電話を切られる。
本当、大野さんは
どこまで俺らのことを、考えてくれてるんだか。
あのまま、翔さんと相葉さんと離れて
東京で会うには、なにかキッカケがないと難しい。
そのキッカケを作って、帰るとは。
俺のヤキモチを察して、潤くんにも会わないなんて
どんだけお人好しなんだ。あの人は。
「カズ、智は?」
「新幹線乗ってるんだって」
「え、帰っちゃったの?」
「遠いけど、また一緒にあの町に会いに行こう」
そう言うと、潤くんは嬉しそうに頷いた。
「潤くん、これから一緒に住むとこは
隣のアパートの壁しか見えない2階建てなんだけど・・いいですか?」
「うん」
「・・・」
「ん?」
「いつか、最上階みたいなとこで住みましょう」
「どこでも俺は・・・。お前がいるなら、どこでもいいよ」
潤くんの言葉に、益々彼を
幸せにしたいと思った。
新幹線の窓の外は、あまりに早く景色が変わって
目が回りそうだ。
潤が、無事に戻れてよかった。
ちょっとキザだったかな?
会いたかったけど、今会ったら
潤の手を掴んで、一緒に新幹線に乗っちゃいそうで・・・
また、いつか。
あの家で、みんなで集まりたいな。