夜が来るのが、恐かった。
Beautiful World
NO.12
「潤!今日、俺ンチでゲームやんない?」
同級生の友人が、両親を亡くし落ち込んでいる俺を励まそうと
毎日のように声を掛けてくれた。
「あ・・ごめん。4時までに帰って来いって、言われてるから」
「そうなんだ・・・。じゃぁ、また明日な!」
「うん。またね」
走り去って行く友人の姿を見て
もう俺は、彼とは違うんだな。そう思った。
ランドセルを背負って、校門を出ようとすると
「じゅーん!」
黒い車に乗った島崎さんが、俺に手を振った。
彼は、俺が逃げないように毎日学校まで、送り迎えをする。
「学校、楽しかったか?」
一緒に後部座席に乗って、頭を撫でられた。
「普通・・」
「だよなぁ?学校なんて、楽しいとこじゃねーよなぁ?」
「僕・・お腹痛い」
嘘だった。
だけど、嘘でも付かないと
今日もどこかへ連れて行かれると、思った。
「昨日、中出しでもされちゃったか?」
笑いながら聞かれても、意味がよく理解できない。
「大丈夫だよ。お前はなにもしないで、ベッドに寝っ転がってりゃいいんだから」
島崎さんの言葉に、今日もあんなことをしなければいけないのかと落ち込む。
でも島崎さんが恐いし、なにも言えないまま
寝不足で学校に通う日々が続いた。
「背、伸びて来たな」
学ランを着て隣に立つ俺を見て、島崎が言った。
「そう?」
「声変わりもしたけど、低い声にならなくてよかった。
せっかく顔が可愛いのに、台無しになっちゃうもんな」
14歳。
もう俺は、自分の状況を理解する年齢になった。
両親は、事故で死んだわけではないという事。
事業に失敗して、借金がたくさんある事。
葬式の日に、俺を引き取りに来た男性は、借金取りだったという事。
夜、知らないおじさんに抱かれるのは借金返済するためだった事。
俺と同じ歳の奴らは、未だセックスに夢を持っているという事。
あんなもの、一時の快感だけで
名前も知らない奴とすれば、不快感で夜も眠れなくなるという事。
「じゃぁ、学校頑張ってな」
朝、校門の前で車から下ろされる。
中学生になっても、島崎は俺の世話係で
毎日、校門の前で俺が出てくるのを待っていた。
「・・・」
島崎の車が去って行くのを見て、俺は校舎に入らず
警察署に向かった。
近くの交番じゃ、当てにならなそうだ。
偉い人がいそうな大きな警察署に行けば、島崎や俺を相手にしている親父達は
捕まるはずだ!
警察署の自動ドアが開き、受付に進むと
後ろから肩を掴まれる。
「・・ッ!」
振り返ると、笑顔の島崎が居た。
「潤〜、学校さぼっちゃ駄目だろぉ?」
俺は額から大量の汗を流し、島崎に肩を組まれたまま
車に乗せられた。
「警察で、なに言おうとした?」
後部座席で、島崎が隣に座り近距離で俺の顔を見つめる。
「・・・」
「お前の携帯に、GPS付いてるの知らなかったっけ?」
初めて聞いた。
「お前の他にも、たくさん同じことしてるガキがいるけどなぁ
今まで、警察に逃げ込んだり脱走する奴もいたよ?」
「・・・どう・・なったの?」
「うちの上客に警察のお偉いさんがいるから、なーんでも、もみ消してくれる。
お前の初めての客なんて、政治家だぞ?」
あの日の夜のことを思い出して、気持ちが悪くなる。
「逃げる奴は〜・・ん〜・・・生きて帰ってこれたら、死ぬまで働くんじゃねーかな?」
車が、マンションの前に付き
身体を引っ張られ、住んでいる部屋に帰される。
「お前が逃げたらさぁ、世話係の俺が殴られるわけ。わかる?」
目を伏せると、床の上に押し倒された。
「だからな、おしおきな」
「潤、今日からお前の世話係、こいつになっから」
18歳。
島崎は出世をしたらしく、もう俺の世話係はやらないのか
俺と同じ歳くらいの男が、目の前に現れた。
「飯塚です!よろしくお願いします」
高校に行っていない俺は、昼はダラダラ寝て過ごし
夜は、客と寝る日々が
ゴールも見えないまま、続いていた。
飯塚という男は、専門学生らしく
昼は学校で勉強し、夜は俺の送迎をして小遣い稼ぎをしているらしい。
「潤さんて、男の俺でも緊張するくらい整った顔してますよね!」
彼はいつも運転中、話しかけて来た。
俺は毎日寝不足による頭痛で、顔が青ざめてるっていうのに
こいつは、元気だな。と思った。
「潤さんて、社員の誰かの相手もしてるんですか?」
好奇心で聞いてくるのだろう。
馬鹿馬鹿しい質問だと、思った。
マンションに付き、玄関まで送られる。
「じゃぁ」
そう言って、寝室に向かおうとする俺に
「俺、潤さんのこと本当に好きなんですよ」
「・・ありがとう」
靴のまま部屋に上がった飯塚は、その勢いのまま俺を強く抱きしめる。
「ちょっ・・やめてくんない」
「金なら払いますからっ」
だから、と続ける飯塚の脛を蹴って
裸足のまま、事務所に向かった。
俺の後を追いかけて、事務所に来た飯塚を見て
島崎は、なにがあったのか察知したようで
「お前、クビな」
「え!?なんでですか!?なにもしてないですよ!」
「手を出したら、罰金取るって言ったよな?
そうなる前にやめろってことだよ」
「でも、ここのバイトなくなるとキツイんですよ!俺っ」
島崎は偉くなって、ルールを変えたらしい。
自分が俺に手を出したときは、そんなルールなかったはずだ。
「飯塚ぁ。お前友達にバイトしたい奴いねぇの?
ちょっと人手不足なんだよ。
いい人材連れて来たら、クビにしねーよ」
「・・・探してきます」
「あっ、二宮和也です。よろしくお願いします」
島崎が新しく連れて来た俺の世話係は
幼い顔をしてた。
車の免許持ってんの?と心配になるくらい幼い。
また同じ夜の繰り返し。
変わったのは、運転する奴の背中だけ。
「具合・・悪いんですか?」
後部座席に座り、窓からの景色を見ていたら
声を掛けられた。
「なんで?」
「いや・・顔が青白いので」
「頭痛い」
「えっ、大丈夫ですか?」
バックミラー越しに、目線が合った。
島崎の俺を見る目は、いつも脅迫じみていて苦手だ。
飯塚や他の社員の男達の目は、俺を見定めてるようで嫌いだ。
客の親父達の目は、厭らしくて汚らわしい。
でも、この二宮の目は嫌いじゃない。
ホテルのカードキーを渡して、近距離で二宮に流れを話すと
二宮は、緊張した声で
「わ、かりました」
と答えた。
その新鮮な反応が可愛くて
「ふ、よろしく」
つい笑ってしまった。
あ、口元が上がったの久しぶりだ。
顔の筋肉を使っていないから、俺の表情はいつも乏しい気がする。
「カズ」
「潤くん」
同い年の彼に、「くん」付けで呼ばれるのは、なんだかくすぐったい。
誰かの名前を、あだ名で呼ぶのは久しぶりだ。
中学を卒業してから、友人達は当たり前のように高校に進学して
当たり前のように新しい環境に慣れて行き
俺の存在を忘れたようだった。
俺も、彼らと連絡を取ろうと思えば取れたのだが
「学校がめんどくさい」「親がウザイ」「金がない」「セックスしたい」
そんな愚痴を聞かされるのは、うんざりだった。
俺の世界は、暗くて気持ち悪い。
少しでも明るい話を聞きたくて
「カズは、いつも何してんの?」
「俺は、ギター弾いてたり、ゲームしたり」
「ギター弾けんの?」
「・・・曲とかも作ってみたり」
「曲作れんの?すごいね」
「そんなことないです」
「今度聞かせて」
そうお願いすると、彼は少し恥ずかしそうに「はい」と頷いた。
カズの少し高い声が。
ギターを弾く指が。
歌い終わった後に、照れくさそうに目を伏せて口元を上げる顔が
いつも閉じ込められているこの部屋の
「希望」のように思えた。
壁一面に張った綺麗な写真より
目の前にいる同い年の青年が、一番キラキラ輝いていた。
それは、彼が夢を持って前を向いて歩いているからだ。
俺なんて
俺なんて
「俺は、もう無理だから
カズの夢を応援してるよ」
嫌味ではなく、素直に思った。
笑う俺とは対照的に、カズは眉間にシワを寄せて
クリッとした瞳から、涙を流す。
「カズは、感受性が強いの?」
ティッシュを渡して、彼の顔を覗き込む。
そういえば、最近泣いていない。
昔は、仕事が終わって部屋に戻り
物に八つ当たりした後に、よく泣いた。
でも、いつからだろ。
泣くのが馬鹿らしくなったから。
泣いたって夜は来るし
朝が来ても、逃げられないって分かったからかな。
カズの涙は、綺麗だな。
舐めたら、やっぱり・・しょっぱいんだろうか。
馬鹿な妄想を抱きながら、彼が涙を拭くのを
ずっと見つめていた。
仕事が終わると、俺の部屋でカズと夜食を食べながら
喋る夜が、日課になっていた。
「潤くんの誕生日って、いつ?」
「8月30日」
「へぇ。夏なんだね」
「夏休み中っていうのが、昔は嫌だったけど」
今は、夏休みとか関係ないけど。
「なんか、夏って感じしないね。潤くん」
「なんで?」
「だって、白くて綺麗だから」
「・・・口説いてんの?」
「えっ、あっ・・え?」
焦って目を泳がせるカズを見て、笑う。
「カズは?」
「俺、6月17日」
「梅雨っぽい」
「梅雨っぽいとかあんの?俺」
「ふふ。雨、似合うよ」
カズが俺のために泣いた涙が、綺麗だったから。
俺が眠ったら、カズはすぐに自分の家に帰ってしまうのかな。
そう思って、寝たふりをしてみた。
絨毯の上で横になり、目を瞑る。
ギターを弾いていたカズは、俺が寝ていると思ったのか
音を止めた。
床を歩く音がして、帰ってしまうのかと思ったら
俺に毛布を掛けてくれた。
俺の頭に手を乗せて、優しく撫でる。
なんだろ。
泣きたくなる。
カズは、結局隣で寝てしまい
寝たふりをしていた俺は、起き上がり
カズに毛布を掛けた。
久々に嫌な客に当たった。
手錠を嵌められて、時間のほとんどを
水の中に顔を埋めては、もがく俺を見て楽しむ客だった。
「二宮が、俺に土下座してきたぜ?」
部屋に来て、俺の様子を見に来た島崎が
笑いながら言った。
「土下座・・?」
「お前に変な客、入れないでくれってさ。
なに?お前らデキてんの?」
「そんなんじゃ・・ないし」
「本当か?」
「うん」
「わかったよ。じゃ、今日も頑張ってな」
島崎が部屋を出て行ったあと、大きく息を吐いた。
カズ。
いい奴だから、俺に同情してるのかもしれない。
それでもいい。
こんなに胸が高鳴る感覚は、初めてだ。
「島崎さんから聞いたんだけどさぁ、お前、潤のこと好きらしいじゃん?」
常連の客が、カズをホテルの部屋に無理やり入れて
馬鹿な質問をした。
「・・・そんな言ったことないです。島崎さんに」
「あ、じゃぁ好きじゃねーの?」
「・・・好き、じゃ・・ない・・です」
下を俯いたカズに、
同情だと分かっていたけど
とても傷ついている自分がいることに、気付いた。
今まで数え切れないほど、傷ついてきたと思ったが
こんなに辛いことが、まだあったのかと思った。
帰りの車の中で、カズは泣いた。
「だって、俺・・・潤くんのことが好きだッ」
後ろから見た彼の肩が、小刻みに震えているのを見て
俺は、後部座席を出て助手席に座った。
愛しくて、
抱きしめた。
「俺と一緒に、逃げましょう」
初めて、俺に手を差し伸べてくれた人がカズで嬉しい。
運命だと思ってしまう俺は、本の読みすぎだろうか。
「出来ないよ。逃げられないよ」
「でも・・」
手を差し伸べてくれただけで、嬉しい。
「俺は、大丈夫。だってもう何年もやってるし
今更、逃げても追いかけられるもん。
頑張って返済して、そしたら一緒にどこかへ行こう」
初めて、今の自分の人生に希望が持てた。
島崎は、明るくなった俺を不思議そうに見ていた。
そして、わざと変な客を付けたに違いない。
島崎の読み通り、俺とカズは
その場から逃げだして、本で何度も見た
アートの町で夏を過ごすことになる。
穏やかな波の音と、
頑張って生きてると、主張するような蝉の声。
自分で採った新鮮な野菜。
庭に咲く花。
綺麗な絵。
優しい智に
真面目な翔くん。
元気な相葉くん。
俺の隣で、手を繋ぐカズ。
全部、夢なんじゃないかって思うくらい
幸せで満たされた夏。
「潤、水買って来たぞ」
島崎の声に目を開ける。
東京に向かう新幹線の中、一気に現実に戻された。
「いつまでも拗ねてんなよ。帰ったら、俺が美味い寿司でも食わしてやるよ」
「・・・」
無視して窓の外を眺める。
「あんな田舎じゃぁ、ろくなもん食ってねーだろ?」
「全部美味しかった」
小さい声で呟くと、島崎が俺の頭に手を置いて
乱暴に髪を撫でる。
「触んなよ」
その手を振り払って睨みつけると、島崎が鼻で笑った。
本当に楽しい夏だった。
本当に。
本当に。
「カズ、準備出来た?」
一睡もしないまま、朝を迎える。
ギターをケースに仕舞って、頷いた俺を見て
大野さんが、「行こうか」と言った。
「翔くん、相葉ちゃん。留守の間、頼むね」
翔さんの車で駅まで送ってもらう。
車に乗ったまま、不安そうな顔で俺達を見つめる
翔さんと相葉さんを安心させるように
大野さんは、いつもの柔らかい笑顔で
2人に言った。
「翔さん・・相葉さん、色々ありがとうございました・・」
腫れあがった顔のまま、2人にお辞儀すると
「俺ら、なんもしてないよ。また遊ぼうな」
「潤を取り返して来てね!智くんの家で待ってるから!」
もう一度、お辞儀をして
大野さんと新幹線に乗った。
「大野さん・・あの」
席に座り、昨日彼に生意気な態度を取った事を謝ろうとしたら
それを遮る様に
「昨日、なんか曲作ってたの?」
「え?」
「ギターの音、したから」
「あ・・はい。
潤くんの書いた歌詞に、曲付けてました」
「いつか、聞かせてくれんの?」
真剣な目で聞かれて
俺も、まっすぐ彼を見据える。
「必ず聞かせます」
そう答えると、満足したように
いつもの笑顔に戻った。
早く、この歌を潤くんにも届けたい。