Beautiful World

NO.11

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズと潤、戻ってこないね」

居間のテーブルには、夕飯が並べられている。

カズが、潤を探しに行くと言ってから

もう一時間以上が、経っていた。

相葉ちゃんが、ポツリと不安そうな顔で呟いて

俺と智くんも、顔を見合わせる。

「俺、ちょっと探してこようかな」

そう言って立ち上がる相葉ちゃんに、俺は

2人で、散歩してるんじゃね?先、食っちゃおうよ」

恋人なんだから、手でも繋いで田舎道を歩いているのだろうと

想像し、彼を引き止める。

「そうかなぁ」

ガタンッ。

玄関の方から、何かが落ちた音が鳴った。

「あ、来た?」

その後、こちらに来る気配がなく

俺達は、全員で顔を見合わせた後

みんなで玄関に向かった。

 

 

「カズ!?」

 

 

玄関には、うつ伏せで倒れているカズがいた。

服も泥塗れで、白いポロシャツは誰かの足跡が残っていた。

「ちょっ、どうしたの!?」

相葉ちゃんがカズに駆け寄り、彼の身体を仰向けに返す。

 

 

「うわ・・」

 

 

俺は思わず、顔を背けた。

カズの顔は、血だらけで

目の周りが、赤く腫れあがっていた。

 

 

「カズ、潤は?」

智くんが、カズの前にしゃがみ尋ねると

「・・・う・・」

カズは、顔をくしゃっと歪めた後

目からボロボロと涙を流した。

「カズッ」

智くんが、なにも答えない彼の肩を揺さぶる。

「智くん・・」

怪我人を、強く揺さぶる智くんに焦って

俺は、制止しようと

彼の肩を掴んだ。

 

 

「じゅ、くん・・あいつらと、帰っちゃっ、た」

 

 

途切れ途切れに、カズが話す。

 

 

「あいつら?」

 

 

事情を知らない相葉ちゃんが、カズの身体を支えながら

不思議そうな顔で俺を見つめた。

「・・借金取り。潤の」

智くんが黙ったままだったから、俺が口を開く。

「借金取り!?」

「親の借金で・・その借金取りが理不尽だったから、カズと逃げて来たらしい」

細かいことは、俺の口からは言えなかった。

 

 

 

 

「理不尽」という言葉に、

カズと潤の逃避行の結末も、なんて理不尽なのだろう。と思った。

 

 

 

 

手を置いていた智くんの肩に、力が入ったのを感じる。

彼の横顔は、目を大きく開いて

呼吸もしていないのか、肩の力がいつまでも抜けない。

「智くんっ」

名前を呼ぶと、ビクッと身体を震わせ

肩の力が、やっと抜けた。

「とりあえず・・・カズを、部屋で寝かせよう」

「そうだね」

相葉ちゃんが、カズの腕を肩に掛けたので

俺も駆け寄って、空いているカズの腕を自分の肩に乗せた。

腰を持って、相葉ちゃんと一緒にカズの身体を引きずりながら

彼が使っている一階の部屋に、布団を敷いて

ゆっくりと寝かせた。

傷が痛いのか、「う」と呻き声を上げる。

痛々しい。

救急箱を持ってきた智くんが

「相葉ちゃん、冷蔵庫に入ってる氷で冷やしてあげて。頼むね」

いつもの智くんからじゃ、想像出来ないほどの

淡々とした口調に、俺は驚く。

「翔くん、来て」

そう言われて、智くんと一緒に部屋を出た。

智くんは、廊下を黙ったまま進み

一番奥にある自分の部屋に入って、ドアを閉めた。

 

 

 

 

「翔くんさ、潤の借金額分かる?」

「え・・あ、この前カズに聞いたときは、千二百万とか言ってたかな・・」

「そう」

机の上に置かれた携帯を開き、どこかに電話を掛ける智くん。

「あ、お世話になってます。大野ですが・・」

智くんは、俺に背中を向け誰かと会話する。

「はい・・はい。そうですね、やっぱり売りたいと思いまして。

 出来れば、すぐに」

智くんは、何度も頷き

「よろしくお願いします」そう言って、電話を切った。

ふぅ・・と、溜息をついた智くんに

やっと声を掛ける。

 

 

 

「誰と電話してたの?」

「ん?あぁ・・オークション会社の人」

「え?」

「ちょっと、この家買う時にお金使っちゃって

 足りない分、絵売ることにした」

「は!?なに言ってんの?智くん!」

「なんかね、前から商品として売らないかって話あって

 断ってたんだけど・・・ちょうどいいや」

「そんなことして、いいの!?」

 

 

 

俺は知っている。

兄は、本当に絵を描くのが好きで

自分の絵に愛情を注いでいることを。

広告の裏に描いた猫だって、愛が溢れている。

彼が、お金目的で

自分の絵を手放すなんて、良い訳がない。

 

 

 

 

「あ、担当者に電話しないと」そう言って、

また耳に当てる智くんの携帯を、取り上げた。

 

 

 

「なんで、智くんが金出すんだよ!?」

 

 

 

俺が大声を上げると

智くんは、困ったような顔で俺を見た。

 

 

 

「だって、カズも潤も困ってんじゃん」

「少し前まで、他人だったんだよ!? 

 確かに、いい奴らだけどさ!智くんは、無関係じゃん!」

「・・・」

「お金のために、絵をオークションに出すなんて

 世間から、どう見られるか分かってんの!?」

 

 

 

 

 

智くんのアーティストとしての価値が下がる気がして、嫌だ。

理由を知らずに、それを聞いた奴らが

「やっぱ金のためか」「プライドはないのか」

そんなことを言う気がして、嫌だ。

 

 

 

 

 

 

「そんな大金払って、智くんになにが残るんだよ!!」

 

 

「なんも残んないよ・・・」

 

 

「じゃぁ・・」

 

 

「わかってるよッ!」

 

 

 

俺より大きい声を上げた智くんに、唖然とする。

 

 

 

「わかってるけど・・・無関係なんて、嫌なんだよ。

 潤の世界に、オイラも関わりたい」

 

 

 

 

俺の手から携帯を取って、智くんは電話を掛けた。

 

 

 

 

初めて、兄が感情を露わにしたことに

俺は、なにも言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あ!」

みんなカズが寝ている部屋で、彼が目を覚ますのを待っていたら

いきなり声を上げて、カズは上体を起こした。

「いっ!!」

すぐに、お腹を抑えてうずくまるカズの背中を

相葉ちゃんが、落ち着かせるように撫でた。

「カズ、平気?」

「あ・・今、何時ですか?」

「夜の11時」

「そう・・ですか」

もう、潤がいないのだと再確認したようにカズは

悔しそうに目を閉じる。

 

 

「カズ」

 

 

智くんが、カズの横に立った。

「潤を連れてった奴らの居場所、分かるの?」

「え・・はい」

「俺が、払うよ。そのお金」

智くんがそう告げると、カズは口を開いたまま

顔を逸らした。

「そしたら、潤。戻ってくんだろ?」

「智くん・・そんなお金あるの?」

相葉ちゃんが、不安そうに尋ねると

智くんは、簡単に「うん」と頷いた。

カズが、もう一度顔を上げると

目を細めて、智くんを睨みつける。

 

 

 

 

 

「さすが・・才能も金もある人は、すごいですね」

 

 

 

 

 

智くんが、代わりにお金を払ってくれることに

喜ぶと思ったカズの反応は、真逆のものだった。

 

 

 

 

「智くんはっ」

後ろから、智くんが簡単にお金を用意出来たわけじゃないと

説明しようとすると、智くんに手で制止される。

 

 

「オイラが払うの嫌なの?カズ」

カズは、眉間に皺を寄せて

「だって・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、あんた。潤くんのこと好きなんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の空気が、変わる。

 

 

 

 

「あんたが、助けてくれたって聞いたら

 きっと潤くんは、俺なんてどうでもよくなる。

 それだけは・・・嫌なんですよ」

 

 

「潤が、オイラのことを好きになるっていうの?」

 

 

頷くカズに、智くんはズボンのポケットから一枚の紙を出した。

小さく折り畳まれている紙を、丁寧に広げて

それをカズに渡す。

 

 

 

 

 

「それ・・潤が書いた歌詞。カズのことだよ」

 

 

 

 

 

カズは、少し皺くちゃになった紙を見つめる。

 

 

 

 

 

 

「もちろん、お金は何年掛かってもいいから

 オイラに返して。

 そんで、条件がある」

 

 

 

 

 

智くんは、その条件を口にした。

 

 

 

 

「・・・それが、条件ですか?」

 

 

 

カズが智くんに、もう一度問いかけると

「うん。じゃぁ、新幹線のチケット取りたいから

 東京で、いいんでしょ?」

カズは、小さく頷く。

「翔くん。チケットの取り方教えて」

「え・・あ、うん」

パソコンがある部屋に行くため、智くんと一緒に

部屋を出た。

襖を閉める瞬間、カズを見ると

彼は、智くんから受け取った紙を見つめて

静かに涙を流していた。

その紙に何が、書かれているのだろう。

明日出発の新幹線のチケットを2枚予約した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「智くん、潤が書いた歌詞はどうだったの?」

 

 

そう尋ねると、智くんは

 

 

 

 

 

 

 

「ラブレターみたいだったよ」

 

 

 

 

 

 

 

こんな情けない笑顔の兄を見たのは、初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は、それぞれ自分の部屋に戻り、眠る。

下の階から、ギターの微かな音が聞こえて

カズが、起きているのだと感じた。

 

 

俺の夏休みは、いつもと違ったものになった。

 

 

才能も羨望も与えられた、完璧な兄が

一番欲しいものは、手に入らないということに

彼も、俺と同じ人間だったのだと

初めて実感することが出来た。

 

 

俺は、なにが出来るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system