「智くんになって、世界を違う角度で見てみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

Beautiful World

NO.8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親が再婚して、弟が出来た。

その弟は、幼稚園から私立の学校に通っていて

頭もいいし、顔も可愛いし、色々な習い事をしていた。

なんでも、こなしている彼が

家の庭に、遊びに来ていた野良猫を見ながら、

いらないチラシの裏に、落書きをしていた俺を見て

心底羨ましそうな瞳で、呟いた。

 

 

「なんで?同じもん見てるよ。翔くんも」

 

 

野良猫が一匹増えて、2匹はじゃれ合う。

和む景色に、笑いながら鉛筆でデッサンしていたら

 

 

「俺だったら、猫追い払う」

「あ・・いいよ。描き終ったから」

 

 

どうせ暇つぶしの落書きだったので、鉛筆を置いて

チラシをゴミ箱に捨てようとすると

 

 

「捨てちゃだめだよ!もったいない」

「え?」

「智くんには落書きでも、父さんにとっては自慢の絵になるんだから」

 

 

俺の手から、チラシを奪い取って

壁に張った。

翔くんのお父さんは、俺の絵をいつも褒めてくれる。

家の壁一面に張って、壁には画鋲の後が増えて行く一方だった。

せっかくの新築の家が穴だらけ。

それは、とても嬉しい事だったけど

逆に、息苦しくもあった。

 

 

 

俺は、そんな大層な人間じゃない。

 

 

 

好きなことを、ずっと続けていたら

いつの間にか絵が上達して、運よく周りに認められただけだ。

 

 

 

コンクールに絵を出せば、金のトロフィを取って当たり前。

当たり前なわけないのに。

 

 

 

 

教室には、俺の絵が飾られ

「これって、すごいの?よくわかんないけど」

絵に興味がない同級生からの陰口を、言われることもあった。

 

 

 

 

「お前は天才だから、俺の苦しみなんて分からない」

推薦で決まった芸術大学。

今まで一緒に頑張って来た友人は、誰一人受からなかった。

泣きながら言われた一言に、俺は何も言い返せずに

友人を失ってしまった。

 

 

 

 

母ちゃんが、毎日埃を拭き取っていたトロフィを

翔くんが落として壊した時は、少し心が軽くなった。

同時に、可愛い弟は

今までどんな気持ちで、壁を埋めている俺の絵を見ながら

ご飯を食べていたのだろうと思うと

謝りたくなった。

 

 

 

 

「芸術大学出ても、将来は不安定だ。

 大野さんは、金持ちに好かれる絵を描いてて安泰ですね」

スランプに陥っていた後輩が、真っ白なキャンバスの前に座り

やつれた顔で笑いながら、俺に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

景色が歪んで、薄暗い。

水の中に黒い絵の具を、落としたみたい。

綺麗だった水が、

黒く、黒くうねるように

水を汚していく。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、努力と思ってやってきたつもりはないけど

なにもしないで、ここまで来たわけじゃない。

いつも いつも

俺は、みんなと分かち合いたいのに

みんなが俺に壁を作る気がする。

俺という存在を「天才」という2文字で片付けて

嫌うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「智―・・・」

潤の声が聞こえて、トウモロコシの葉を手で避けて顔を出すと

潤は安心した顔をする。

「なに、迷子?」

笑うと、潤は少しムッとした。

「はは、ごめん」

毎朝、潤は俺と一緒に早起きをして

近所の畑に野菜を収穫に行く。

俺が作った野菜じゃないけど、この町の人達はみんな笑顔で

「勝手に持ってって」と言ってくれる。

お金なんかなくても、自給自足で生活していけるかも。

そんなことを考えるほど、周りには良い人と美味しい食物があった。

 

トオモロコシを、5本。

きゅうりと茄子も、もらって行く。

 

俺の家の隣にある、加藤さんちに入ると

柴犬が、足元にじゃれついて来た。

「大野先生、おはようございます」

70歳のおじいちゃん、加藤さんが犬の声に気付いて

窓から顔を出した。

「おはようございます。卵もらってって、いいですか?」

「あっ、どうぞどうぞー。いっぱい取って」

「ありがとうございます」

家の裏に回ると、小さい鶏小屋がある。

「潤、取って来て」

「えっ!マジ?」

「大丈夫。怖くないよ」

網のドアを開けて、鶏小屋に入った潤を

トオモロコシを持ちながら見ていると

頭を横に振って、すぐ小屋から出て来た。

「早いよ。潤」

「本当無理。目が恐い」

鶏に怯える潤が、可愛くて

トオモロコシを渡して、卵を取りに行く。

心配そうに、外から見守る潤の顔を見て

心が和む。

「ほら、取れた」

小屋を出て、生み立ての卵を一つ

潤に渡すと

 

 

「あったかい」

 

 

そう言って、感動する彼を見て

きっと今

俺より綺麗な世界を見ているんだろうな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐野さん。僕、手伝いますよ」

「あぁ、潤ちゃん。ありがとね」

夕方。

縁側で、背中を丸めながら

佐野さんが、庭に水をまいているのを見ていたら

潤が、代わりにホースを受け取った。

いつの間にか、うちで働く佐野さんとも打ち解けていて安心する。

「これ、なんて花ですか?」

「ネコノヒゲだよ」

「猫の髭?え、それが名前なの?」

「そう。オシベとメシベが髭みたいに飛び出てるから、そう呼ばれてるんだよ」

佐野さんは、少し前まで自分で花を栽培していた。

跡取りがいなく、体力もなくなったことから

ビニールハウスを空にして、俺の家にある作品を

監視する仕事をしている。

この庭に咲いている花は、全部佐野さんが植えて

育ててくれているのだ。

「へぇ、変わってますね。これは?」

「モモイロタンポポ」

「タンポポ?黄色じゃないの?」

「これは、夏に咲くタンポポだよ。可愛いだろ?」

「夏の花なんて、ひまわりと朝顔しか知らない・・」

「潤ちゃんは、まだ若いしなぁ。花なんてどれも似たようなものだよね」

 

 

少し離れた所から、潤と佐野さんの会話を聞いて

自分の家に咲いていた花の名前を、初めて知る。

 

 

「智くん、何してんの?」

翔くんが、麦茶を持って隣に座った。

「飲む?」

「ん」

一口飲んで、コップを返すと、それを受け取りながら

翔くんは、気まずそうに俺の顔を見て

「智くんは、全部知ってんの?潤が逃げて来た理由」

「・・聞いたの?翔くんも」

「昨日、潤が話してくれて・・・詳しいことも、二宮から聞いた」

「そか」

「相談しても駄目なのかな?警察とか・・弁護士とかにさ」

「出来ることなら、もうしてるよ。きっと」

俺が黙ると、翔くんも口を閉じた。

2人で、縁側から花に水を撒く

潤の後ろ姿を見ていると

 

 

「潤くん」

「ん?」

カズが潤の名前を呼んで、近寄ると

潤は水の出たホースを持ったまま、振り返った。

見事に水は、カズの顔をビショビショに濡らした。

「うわっ、ごめん!」

潤が慌ててホースを地面に落とす。

カズは目を瞑って、笑いを堪えている。

それを見ていた佐野さんは、可笑しそうに大きい声で笑った。

「カズ、ふふ。ごめんね」

潤も笑いを堪えながら、カズの濡れた前髪を手で横に流す。

「ちょっと、なんか七三になってない?」

「いや、八二くらい?」

「えっ」

笑い合う2人を見て、隣に座る翔くんも微笑ましそうに笑った。

だけど俺は、2人を見て

あの時、俺を羨ましそうに見ていた翔くんの目を

今自分がしているのだと、気付く。

 

 

 

カズは、潤がとても大切で。

潤は、カズを心から信頼している。

 

 

2人の笑い合う姿は、キラキラしてて

美しいのに

 

 

代わりに、俺の心が汚れて行く気がして目を逸らした。

 

 

 

芸術大学に受からなかった友人と

将来を不安がる後輩の、俺に対する気持ちが

今、ちゃんと理解できた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「智くん?」

翔くんの声に、反応して顔を上げる。

「ん?」

「そんな心配ならさ、無理に2人を置いておくことないんじゃない?」

どうやら俺は、とても難しい顔をしていたらしい。

「いや、2人が居たいなら、オイラは別に・・・。

 翔くんは、やだ?」

「・・・あの2人は、なにも悪い事してないからね。

 追い出さなくてもいいと思う」

最初は、2人と同じ家で過ごすことに

不満だった翔くんの気持ちが変わって、嬉しくなる。

思わず、翔くんの頭を撫でると

「なに?恥ずかしい・・」

照れくさそうに笑ったけど、俺の手を振り払うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズ、なに書いてんの?」

ギターケースの上に紙を置いて、真剣になにかを書いているカズの

丸い背中を後ろから抱きしめると

カズは、振り返って俺の顔を優しい笑顔で見つめた。

この顔、好きだな。

「大野さんに、この町のイメージソング作ってって頼まれてたから

 歌詞、考えてるとこ」

「見せて」

「イマイチだから、もうちょっと待って」

恥ずかしそうに、紙を裏返しにしたカズ。

「まだ掛かる?」

「そうだね。あ、潤くん寝たい?」

電気消す?と尋ねられて、頭を横に振る。

「暇なの?」

頷くと

「じゃぁ、潤くんも一緒に歌詞考える?」

「でも、俺歌詞なんて作ったことないよ」

「誰でも作れちゃうよ」

カズが、誰かからもらったのか、ルーズリーフとシャーペンを

俺にくれる。

「難しそう・・・」

「歌詞書いてくれたら、曲つけるよ。俺が」

「ほんと?ふざけた歌詞でもいい?」

「いいよいいよ。町のイメージソングじゃなくてもいいですよ。

 好きなこと書いて」

そう言われて、自分の考えた歌詞が曲になることに

少しワクワクした。

「あっちで、考えてくる!」

畳みの上で書けないので、リビングに行くことにした。

「楽しみにしてますよ」

襖を閉める瞬間、カズも楽しそうに俺に言った。

 

 

 

 

 

 

真っ暗だった居間の電気を付けて

テーブルの上に、紙を置いて床に座った。

「なにがいいかな・・・」

独り言を呟きながら、白いルーズリーフを見つめていると

「窓、開ければ?」

智が、閉めっぱなしだった窓を開けてくれた。

波のおだやかな音と、少しの風が家の中に入ってくる。

「なに書いてんの?」

「まだなにも書いてないよ」

ソファに、胡坐を掻いて座る智に

「歌詞考えたら、カズが曲付けてくれるっていうから」

「へぇ、いいね。それ」

「でも、なんにも思い浮かばない・・俺、想像力ないし」

「自分の思ってること、書けばいいんじゃない?」

「思ってること?」

更に困ってシャーペンの芯を出したり、仕舞ったりしていたら

「・・カズに対する想いとか、いいじゃん」

「ちょっと、恥ずかしいなぁ・・」

智は、前後にふらふら揺れてその反動で

勢いよく立ち上がった。

 

「明日、また卵取り行こう」

 

ポンッと、軽く頭に手を置かれる。

「鶏・・苦手だな。俺」

下から智の顔を見上げると

智は、ふっ、と笑って

「おやすみ」

と言って、居間を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

カズのことか・・・。

 

 

 

 

波の音を聞きながら、カズとの思い出を振り返り

白い紙に、少しずつ言葉を並べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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