「もし、変な奴来たら、俺の携帯にメールかワンコして。

すぐに助けに行くから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Beautiful World

NO.7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会社に渡された携帯に、カズの連絡先を入れて

仕事中もベッド付近に、隠し持つようになった。

今日の仕事は、7時から9時の間と

10時から、1時の間。

指定されたホテルの部屋に、7時ぴったりに入ると

すでに客が、俺を待っていた。

 

「初めまして、潤です」

 

この客は、新客だ。

ソファに座っていた男は、立ち上がって俺に右手を差し出す。

 

「よろしく。潤くん」

 

握手を交わされるのなんて、珍しい。

見た目は50代くらいの清潔感のあるおじさんだった。

腕時計は、高級品。

金、持ってそうだな・・・と自然にそういう所に目が行ってしまう。

 

 

「なにか、飲むかい?」

そう言われて

「あ・・じゃぁ、水を・・・」

「うん。持ってくるよ」

ニコニコと爽やかな笑顔で言って、そのおじさんは冷蔵庫を開く。

その間に、携帯を開いて

通話ボタンを押せば、カズにつながる様に設定し

一つしかないベッドの枕下に隠した。

「はい」

「あ、ありがとうございます」

ペットボトルから、わざわざグラスに入れてくれた水を一口飲むと

そのおじさんは、俺の顔をじっと見つめる。

気まずくて目を逸らすと、顎を掴まれて上を向かされた。

「潤くんは、綺麗な顔をしているね」

「・・・そんなことないです」

 

 

 

パンッ!!

 

 

 

持っていたグラスを手から離してしまい、絨毯の上に落ちた。

なにが起こったのか一瞬分からなかったが、すぐに右頬に痛みを感じて

手で覆う。

「僕ねぇ、綺麗な子を殴るのが好きなんだよねぇ」

笑いながら言う男に、ぞっと背筋が凍る。

「綺麗な顔が歪んだ瞬間て、人間的でいいだろ?」

「こ・・まります。そういうの・・・」

「島崎って人に、倍のお金払ったら了承してくれたよ?

 まぁ、ほら、僕もちゃんと限度はわきまえてるから。心配しないで」

 

 

逃げられない。

 

 

そう思った瞬間に、もう一度頬に平手で殴られる。

 

 

「・・・綺麗な子ってさ、プライド高いだろうね?

 でも殴られて踏み握られてるときの顔が、最高だよ」

じりじりと、距離を詰めて近づいてくるそいつから逃げるように

ベッドに乗る。

気付かれないように、枕に背を向け後ろ手で携帯の通話ボタンを押した。

カズが気付いて助けに来てくれるのを、願いながら

ベッドから降りて、トイレに逃げ込もうとすると

腕を掴まれて、勢いよく引っ張られる。

そのまま床に押し倒されて、お腹に靴を履いたままの足が乗せられる。

ぐっ、と体重が乗って

「うっ」

顔を歪めると

「そうそう!そういう顔!」

足から逃げようと、仰向けの体制を横向きに変えると

革靴の先端で、鎖骨の近くを思い切り蹴られた。

「あっ!!」

電流が走ったかのような痛みに、うずくまると

何度も蹴られる。

「・・・ッ!!・・・ッ!!」

声を出すとそいつが喜ぶと思って、我慢すると

仰向けの体制に戻されて、今度はそいつが俺の上に乗っかった。

「我慢してるの?健気だねぇ」

そいつの大きい手が、俺の首に絡みつく。

やばい、そう感じ、そいつの両手首を掴んで

引き剥がそうとしたが、全然力で勝てない。

「うっ・・あっ・・」

どんどん圧迫が激しくなり、息が出来なくなってきた。

前に水の中に顔を沈められた恐怖が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

俺の人生、誰も助けてくれない。

 

 

 

 

 

 

俺は、なにも悪い事してないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カズと出会って、一緒に見る朝日が

素晴らしく綺麗だということに、気付けたのが

俺にとって、最高のひと時だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

もしかして、それで終わり?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潤くんッ!!!」

カズの声と共に、そいつの手から力が抜けた。

「おい!なんだよ、急に!」

「どけよ!お前!!」

カズの言葉通りに、そいつは俺の身体から退いた。

「ゲホッ!!」

俺は身体を起こして、呼吸をする。

目から涙が止まらない。

「こっちは、金払ってんだぞ!!」

「警察呼ばれたくなかったら、失せろよッ」

カズの荒々しい叫び声に、男は鞄を持って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「潤くん・・潤くん」

俺は、たくさん酸素を吸おうとして話せない。

カズに手を伸ばすと

「行こう」

そう言って、手を引かれホテルを出る。

駐車場に向かわずに、カズは近くのコンビニに入った。

ATMでお金を下ろした後、少しの食糧を買って

駅に向かう。

俺は、呼吸が落ち着いてきて

手で涙を拭いながら

「カ、カズッ・・どこ行くの?」

「遠くですよ」

そう言われて、俺は足を止めた。

振り向いたカズは、それでもまた俺の腕を引っ張って歩こうとしたので

 

 

 

 

「だめだよ!なに言ってんだよ!」

 

 

「俺は、真剣ですよ。2人で逃げましょう」

 

 

「お前を巻き込みたくない!」

 

 

「俺は潤くんを、幸せにしたいッ!!」

 

 

 

通りすがりの人が、カズの大声に振り返る。

それにカズも気付いて、俺の目を見ながら

俺にしか聞こえない声で言った。

 

 

 

「潤くん、お願い。俺と一緒に来て」

 

 

 

 

 

俺の人生で、手を差し伸べてくれるのは

目の前にいるカズだけだ。

 

 

 

 

 

そう思うと死ぬほど嬉しくて、深く考える前に頷いてしまった。

カズは、口元を上げて前を向いて歩きだす。

俺も腕を引っ張られながら、彼の背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

ギターケースと、コンビニの袋。

貴重品しか入っていない鞄を持ったカズと

手ぶらな俺は、電車をいくつも乗り継いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら、まだ外は暗かった。

隣にカズの姿もない。

うなされていたのか、額に汗をかいているのに気付く。

「水・・・」

独り言を呟いて、部屋を出る。

台所でコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。

顔から落ちる汗が気持ち悪くて

そのまま水道の蛇口をひねって、顔を洗った。

洗ったあとに、タオルがないことに気付く。

 

「また、うなされた?」

 

顔を上げると、

智がタオルを差し出しながら、隣に立っていた。

「・・ありがと」

タオルを受け取り、顔を拭く。

「智は、寝ないの?」

「だって、まだ11時だもん」

「あ、そうなんだ」

9時に寝たのに、2時間しか経っていなかった。

ここに来てから・・・

いや、ずっと前から熟睡なんてしていない。

 

「ちょっと来て」

そう言われて、智が手招きする。

タオルをテーブルの上に置いて、後ろをついていくと

2階へ繋がる階段を上って行った。

木の軋む音が2人分鳴る。

廊下の一番奥の窓を開けた智は

窓の縁に手を付いてジャンプし、いきなり窓から外へ出た。

「え、なにすんの?」

「潤も、ほら」

手を差し伸べられて、遠慮気味にその手を掴むと

引っ張られて、俺も窓から外へ出た。

瓦の屋根を歩いて、智は「ここがいいや」と言って座りこんだ。

俺も、隣に座る。

屋根の上に座るなんて、落ちたらどうするんだろう・・・

そんなことを考えていると

智は空へ向かって、指をさした。

空一面に、たくさんの星が出ている。

思わず口を開いて見ていると、流れ星も見れた。

「なんか、今日流星群がすごいって、町のおっちゃん達が騒いでたから」

「うわぁ・・俺、流れ星初めて見た」

「ほんとに?願い事しなよ」

3回唱えなきゃ、いけないんでしょ?けっこう難しくない?」

思ったより、流れ星はあっという間に消えてしまう。

「大丈夫。こんないっぱいあんだもん」

そう言って、楽しそうに空を見つめる智は

年上なのに、子供のようだ。

 

 

 

 

「智から見える世界って、綺麗なんだろうね」

 

 

 

 

俺がそう言うと、智は空を見るのをやめて

俺を見つめた。

 

 

 

 

「どうかな」

 

 

 

 

ガキの頃から、大人を相手にしていた俺は

相手の些細な表情の変化で、その言葉にどういう意味があるのか

敏感に分かるようになっていた。

少しでも自分を、惨めにしたくなかったから

怒鳴られないように、傷つけられないように

言葉の真意を理解して

うまく立ち回ろうとしていたのが、癖になっていた。

 

 

 

 

智の言葉は、どこか孤独を背負っている。

 

 

 

 

 

 

「俺・・・ここに来る前に雑誌とかで、大野智っていう

 アーティスト知ってたよ」

「え、マジで」

「難しいことは分かんなかったけどさ、雑誌を捲って

 いつも「綺麗だな」って思う人の作品は

 大野智って書いてあったから」

「ほんと?嬉しい」

「これ描いてる人って、感覚が違うんだろうなって思ってたけど」

 

 

圧倒的な画力と、想像力に

俺みたいな凡人とは、世界が違うと思っていた。

上にいる人間なんだと。

 

 

「けどさ、すごいんだけどさ・・・

 トウモロコシ食べて、うまいって言って

 こうやって、隣で一緒に空見てるとさ

 俺と同じ気持ちなんだろうなって思うと、安心する」

 

 

うまく言葉が、見つからない。

多分、意味は伝わってないだろう。

 

 

 

 

天才だと思っていた大野智というアーティストは

いつもTシャツに、七分丈のズボン。

ビーチサンダルを、ペタペタ音をさせて歩いて

いつも縁側で、ぼーっとしてて

「なにか考えてるのかな」と思うと

急に「腹減った」とか言い出すから

同じ人間なんだなって、安心する。

 

 

 

 

 

俺の人生は普通の人より、荒んでいるけど

星空を見て「綺麗」だと思える感覚は

大野智と、同じだと思うと

前向きになれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、自分で言っててわかんないや・・・ごめん」

笑って、智に謝ると

彼は、眉を下げた後に

嬉しそうに口元を上げた。

 

「ありがと」

 

なぜかお礼を言われて、彼は

晴れ晴れとした表情で、空を見上げる。

俺も、一緒に空を見て

流れ星を目で追った。

2人共、なにしてんの〜?」

廊下の窓から、相葉くんが顔を出す。

「流れ星見てる」

智がそう言うと、相葉くんは嬉しそうに俺達の隣にやってきた。

「願い事した!?」

「まだ」

「しようよ!」

流れ星が流れた瞬間、「今!」そう相葉くんが叫び目を瞑った。

俺と智も釣られて目を瞑り

頭の中で、願い事を唱える。

 

 

 

俺は

 

 

 

この夏が、終わりませんように。

 

 

 

 

そう唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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