「すげー、綺麗じゃない?」
Beautiful World
NO.6
潤くんの仕事が終わったのは、深夜2時。
「一緒に食べよう」と言われて、買ったコンビニ弁当を
潤くんの部屋で、東京の夜景を見ながら食べた。
食べ終えると、床に積まれた本の中から
潤くんが無理やり真ん中の一冊を引き抜くと
高く積まれた本が、派手な音を立てて崩れた。
「あ〜あ〜」
俺は、笑いながらその本を積み直す。
「いいよ、そのままで。ね、見て」
潤くんは、俺の肩を叩いて本を広げた。
彼が嬉しそうに開いたページは、「アートの町」を特集したものだった。
「なに、潤くんアートに興味あんの?」
自分は、そういうものに触れたことがなかったため
よく分からなかった。
「全然詳しくないし、美術館も行ったことないけど
綺麗なものを見るって、なんかいいじゃん」
「見せて」
潤くんに雑誌を見せてもらって、町がどこに存在するのか見る。
「うわっ、遠いね」
「そうなの?ま、別に思ったところで行けないし」
潤くんは、会話の流れを乱さずに
普通の声のトーンで言った。
立ち上がり、洗面台に向かう潤くんの背中を見つめて
彼は本当に、自分の人生を諦めてしまっていると感じた。
話していたら、いつの間にか白い絨毯の上で眠ってしまった潤くんに
毛布を掛けようと、初めて寝室に入る。
真ん中には、大きいべッドだけ。
そして壁一面に、雑誌から破いた綺麗なアート作品や景色の写真が
額に入れて、飾られてあった。
俺は、毛布を持って潤くんの元へ戻り
彼の身体を包むように、静かに毛布を掛ける。
潤くんが寝ているそばに座り、綺麗な形をした頭を撫でながら
朝日がビルから出て来たのを
じっと、眺めた。
自分には、なにが出来るのか。
それを考えながら、朝の光を浴びる。
「なんか、最近の歌詞、前と違うね」
「ほんとですか?」
潤くんを迎えに行くまでの時間、だいたい決まった場所で歌っていると
毎回足を止めて、聞いてくれる人が増えて来た。
「前より生々しいというか、すごく響く歌詞だよね」
俺より年上の男性が褒めてくれて、照れくさくなる。
「二宮くん、切ない恋愛でもしてんの?」
「え・・」
そう聞かれて、潤くんの顔が浮かんだ。
気付けば、一ヶ月で辞めようとしていた送迎のバイトは
すでに二カ月を超えようとしている。
仕事が終わると、潤くんの部屋で下らない話をしたり
ゲームをして、一緒に朝日が昇るのを見る日がほとんど習慣になっていた。
潤くんのために、なんでもしてあげたいとは思う。
だけど、彼の借金をすぐに俺が返せるわけでもないし
これは、同情なのか。
偽善なのか。
それとも、純粋に彼に恋をしているのか。
18歳のガキの俺には、自分の気持ちにも区別がつかない。
今日の潤くんの仕事が終わる時間は、11時なのに
ホテルのロビーで待っていても、一向に来る気配がない。
30分が過ぎたので、事前に潤くんから渡されていた
部屋の鍵を使って、ドアを開けた。
「・・・失礼します」
まだ部屋の中に、客がいるかもしれないと思い
声を掛けてから、部屋に入る。
廊下は真っ暗。
奥の方で、オレンジ色の明かりが見える。
ベッドは、シーツが乱れているだけで誰もいない。
「・・・カズ?」
どこかから、潤くんのか細い声が聞こえた。
「潤くん?」
バスルームのドアを開けると、タイルの上に
潤くんが、全裸で座っていた。
「お客さんは・・」
質問しようとした瞬間に、潤くんの両手に手錠が嵌められていることに気付く。
猫足のバスタブに、チェーンが通されていて
身動きが出来ない状態だった。
「だ、いじょうぶ?」
すぐに駆け寄って、バスタブを動かそうとしたが
重たくてビクともしない。
バスタブの中には、お湯が溜まっていて
身体は濡れていないのに、頭がビショ濡れになっている潤くんを見て
彼が、なにをされたか想像できて、手が震えた。
ひどく疲れた声で潤くんは
「鍵・・あるよ」
「手錠の!?どこ!?」
潤くんは、目を伏せる。
「どこ?」
「抜いて」
「え?」
潤くんが、目配せをする。
俺は、ハッと理解して
「・・じゃぁ・・いくよ?」
そう言って、潤くんの後ろに手を伸ばして指を入れた。
自分の指がズプ・・と入って行く感覚に
頭を冷静にしようと、深呼吸をする。
指に何かが当たって、ゆっくり引き抜くと
「んっ・・」
潤くんは眉を切なげに下げた。
潤くんの中から出て来たものは、コンドームに包まれた手錠の鍵だった。
ゴムを破って、手錠を外す。
ぐったりと、俺に凭れかかる潤くんの背中を摩ると
「・・・ふ・・あぁ・・」
潤くんは、初めて俺の前で泣いた。
「苦し・・かった。死ぬ、かと思った・・・」
そう言って泣く潤くんを、強く抱きしめることしか出来ない
自分は、なんなんだろう。
「お願いします!」
潤くんをマンションの部屋まで送り、ベッドに寝かせたあと
下の階の事務所に寄って、島崎さんに頭を下げた。
「松本さんに変な客入れるの、やめてください」
「変な客ぅ?」
島崎は、俺の話を適当に聞き流しながらキッチンに向かう。
俺はその背中を追いかけて
「今日、松本さん手錠嵌められて、水に顔入れられたんですよ!?
死んだら、どうすんですか!?」
「お前、声がでかいよ」
嫌そうな顔をしながら、島崎はヤカンに水を入れて火を付ける。
「そういうプレイだろぉ?んな、荒立てることはねぇよ」
「今日の客、ブラックリストに載せてくださいよ!お願いします」
「駄目だって。変態だけど、普通の3倍出してくれる上客なんだから」
お湯が湧いた音が、けたたましく俺の頭の中に響く。
「島崎さん・・」
「二宮、コーヒー飲むか?」
俺は、フローリングの上に手をついて、頭を下げた。
「お願いしますッ」
人生で、初めての土下座だった。
今までで一番感情を込めて、言葉を発した。
だけど
「明日も、よろしくな」
ポンッと、肩を叩かれて
島崎の足が俺の視界から消えた。
「・・・・」
泣きたくなるのを抑えて、俺は事務所を出た。
感情を、紙に書き殴る毎日が続く。
いくら書いても、歌っても
このモヤモヤは、一向に消えない。
それでも俺は、自分の生活費を稼ぐために
「頭が痛い」という潤くんを、指定されたホテルの部屋の前まで送る。
「じゃぁ、今日は1時にロビーで・・」
そう言って、潤くんから鍵を受け取り、去ろうとすると
部屋の中から、客が顔を出した。
「お前、潤の新しい世話係?ちょっと、中入れよ」
そう言われて、無理やり潤くんと共に部屋の中に入れられる。
「俺、いつも潤を指名するんだけどさ」
ベッドに腰掛けて話す客は、40代半ばくらいのスーツ姿の男だった。
ワイシャツの第一ボタンを開けて、首には趣味の悪い金のネックレスをしている。
「島崎さんから聞いたんだけどさぁ、お前、潤のこと好きらしいじゃん?」
その言葉に、俺は冷や汗をかく。
潤くんと目が合って、瞬間逸らしてしまった。
「・・・そんな言ったことないです。島崎さんに」
動揺して声が震える。
この客は、なにが知りたいのか。
「あ、じゃぁ好きじゃねーの?」
どう答えればいいのか。
島崎に最初に言われた「男の子に手を出すと罰金十万」という言葉を思い出して
「・・・好き、じゃ・・ない・・です」
潤くんのことを、見ずに答えた。
「あ〜そっかそっか。じゃぁ、終わるまでそこで待ってて」
「えっ!?」
「島崎さんにも了解取ってっから、その分のお金も払ってるし。
観客がいると、盛り上がるだろ?」
ニヤニヤ笑うそいつの顔を、ブン殴りたい。
でもそんなこと出来ないから、俺は部屋の隅に立って拳を握る。
ただ、目の前で潤くんが押し倒されるのを
平静を保つふりをして、見るしか出来ない。
「あっ!ん・・ッあ!」
「どうだ?気持ちいいか?」
ギシギシとベッドがしなる音が、うるさい。
「んんっんっ、き、もちいいで、す」
「はは!」
泣くな。
泣くな。
泣いたって、俺にはどうしようも出来ない。
「お前、こっち来いよ」
客の男に手招きされて、2人の傍に寄ると
「ズボン下ろせよ。特別に潤に、咥えさせてやるよ」
「いい、です」
「客の言う事、聞けないのかよ」
低いその声に、潤くんが俺のズボンのファスナーに手を掛ける。
「潤くんっ」
思わず名前を呼ぶと
「ごめん・・」
そう言って、潤くんは俺のモノを咥えた。
「・・・ごめん」
無言で、運転席に乗った俺のあとに
潤くんが後部座席に座る。
「ごめんね。気持ち悪いことして」
俺は、自分の太ももに爪を立てて
「・・・気持ち悪くない」
「・・・」
「だって」
「・・・」
俺は、唇を思い切り噛む。
それでも人は泣くと、声が洩れてしまう。
「だって、俺・・・潤くんのことが好きだッ」
なんて、情けない告白だ。
バタンッ、とドアの閉まる音が鳴ると
隣のドアが開いて、潤くんが助手席に乗った。
「・・・抱きしめていい?」
そう聞かれて、頷くと
ぎゅっと、首に腕を回して潤くんは俺を優しく抱きしめた。
「潤くん・・・」
「ん?」
「キスしていい?」
そう言うと、潤くんは顔を上げて
自分から俺にキスをした。
「俺も好きだよ。カズ」
「潤くん・・・やめよう。もうこんなこと」
「そうはいかないでしょ」
「俺と一緒に、逃げましょう」
「出来ないよ。逃げられないよ」
「でも・・」
「俺は、大丈夫。だってもう何年もやってるし
今更、逃げても追いかけられるもん。
頑張って返済して、そしたら一緒にどこかへ行こう」
「・・・」
「ね、カズ。待てなかったら俺のこと置いて行っていいんだよ?」
また優しく抱きしめられた。
好きだ。
どうしようもなく、好きなのに。
両想いになっても、日常は変わらなかった。
島崎は、日に日に俺が痩せていくのを楽しんでいるように見えた。
いつの間にか、季節は夏になっていた。
潤くんが客に抱かれてる間、俺は歌って
自分の気持ちを、誤魔化して叫ぶ。
一時間ぶっ続けで、歌い終わると人だかりが出来ていた。
みんなから拍手をされて、差し入れなんかを持ってきてくれる女の子達に
お礼を言っていると
「ちょっと、お話いいですか?」
スーツ姿のメガネの男性が、声を掛けて来た。
そういえば最近、よく後ろの方で見ているな。
声を掛けられたのは、初めてだったけど。
「はい?」
「あのですね、わたくしこういう者でして」
名刺を渡されて見ると、芸能プロダクションの会社名が書いてあった。
「ずっと、聞かせてもらってたんですが
すごくいい曲で・・ご自分で作ってるんですか?」
「あ、はい・・・」
久しぶりに心が躍るようだった。
「CDとかは、ご自分で制作してないですよね?
よろしかったら、上の者に聞かせたいので
近日中に、うちの会社に来て頂くことは可能でしょうか?」
「はいっ、ぜひ!」
「では、いつ頃が・・・」
ズボンのポケットに入れて置いた携帯が鳴る。
「あっ、すみません。ちょっと・・・」
少し離れた場所で、携帯を開くと
潤くんからの着信だった。
胸騒ぎがする。
俺はすぐに、ギターをケースに仕舞う。
「どうしました?」
「あっ、すみません!あの・・急用で・・」
「そうですか、では予定が分かりましたら
名刺に書いてある私の携帯に連絡頂けますか?」
「はい!ありがとうございます!」
俺は、ギターを背負って
潤くんのいるホテルに向かって走った。