Beautiful World
NO.5
「潤くん、もう寝るの?」
夜の9時を、少し過ぎた頃。
潤くんが早々と布団に入った。
俺に背中を向けて
「ちょっと、頭痛い・・」
「平気?雨に打たれたの?」
潤くんの背中の近くに腰掛けて、腕を伸ばし
おでこを触る。
「熱は、ないかな」
「・・・」
「今日、翔さんとアート巡りしたんでしょ?
楽しかった?」
「・・うん」
「翔さん、いい人?」
「うん・・アートも綺麗だった」
「じゃぁ、今度は俺と見に行きましょうね」
そう言って、頭を撫でると
また小さく「うん」と潤くんは、呟いた。
部屋の電気を消して、部屋を出る。
まだ眠くないので、夜の海でも眺めに行くことにした。
「二宮」
「あ、はい?」
後ろを振り返ると、翔さんが立っていた。
「どこ行くの?」
「あ、ちょっと海見に行こうと思いまして」
「俺も行っていい?」
「え?あぁ・・ええ。いいですけど」
珍しい。
最初よりは、警戒心が薄れて相葉さんの下らない行動で
一緒に笑ったりもしたが、2人きりで話すのは初めてだ。
「夜の海って、好き嫌い分かれますよね」
海に着いて、浜辺に座ろうかと思ったが
寝る前に砂が付くのが嫌で、立ったまま海を眺める。
「俺は苦手。暗いし、音も昼間とは違う気がする」
「俺は、海自体苦手です」
「なんで、見に来たんだよ」
翔さんが、困ったように笑う。
「なんででしょうね」
俺も笑って返すと、月明かりで少し見える翔さんの顔が
真剣なものになった。
「潤の借金て・・いくら残ってんの?」
「・・・」
俺も笑うのを、やめる。
「潤くん、話したんだ」
「俺が、なんか・・しつこかったんだよ。
潤は、話したそうじゃなかったのに」
海の近くは、やはり風が強く
夜は、少し肌寒い。
ズボンのポケットに手を突っ込んで、砂を足で蹴りながら
俺は下を俯いた。
「二宮、専門やめんの?」
高校を卒業し、音楽の専門学校に入ったはいいが
「そんなん勉強してなんの役に立つんだよ」という日々が続いて
せっかく都会で一人暮らしをして、親に仕送りまでもらっていたのに
勝手に退学届を提出した。
勝手に学校を辞めたことに、当分怒りが収まりそうにない両親からは
仕送りをもらえなくなり、家賃と生活費、ライブハウスを借りる金を
どうしていこうかと、悩んでいた。
それを稼ぐアルバイトは、夜、路上で歌う暇がない程
働かなくてはいけない内容ばかりで
楽に短時間で稼げる仕事は、ないかと探していた。
そんなとき、同じ学校のギター専攻だった友人から声を掛けられた。
「どうするも・・まぁ、頑張るしかないでしょ」
「俺さ、すげーいいバイト知ってるんだけど、やってみない?」
「どんなやつ?」
「キャバ嬢の送迎みたいな仕事。
車運転して、指定された時間に送迎するだけ。
待機の時間は、好きなことしてても日給制だから金もらえるよ」
半信半疑で、面接に行くことにした。
「二宮和也さん・・18か。若いな」
「あ・・はい」
友人に指定された働き口は、
高層マンションの一室を、事務所にしたような場所だった。
部屋の中に入ると、スーツを着た男性が10人ほど
パソコンに向かって作業している。
そして、何台もある電話は鳴り止まない。
その10人の中で一番権力がありそうな男性と
黒い皮の高そうなソファに合い向かいに座りながら、面接をする。
「二宮さんは、この仕事の内容わかってる?」
彼は、自分のことを「島崎」と名乗った。
30半ばくらいのやせ型の島崎さんは、なんだか威圧感というものを纏っていた。
「あ・・友人から、キャバ嬢の送迎だと聞きました」
「あ〜ははっ。まぁ、見たようなもんか」
「実際どんな仕事なんですか?」
「デリヘルって、わかるか?」
「はい。一応・・」
客が指定した場所に、女性が訪れるというのは、知っている。
「それの男バージョン」
「え!?」
俺が声を上げると、周りにいた男性達が「あはは」と笑った。
「うちの社長さんは色々やっててね、男の子も扱ってるんだよ」
「お客さんって・・・」
「そっちも男」
ますます自分の知らない世界だ。
「ここは、事務所で予約の管理をしてる。
今も見て分かる通り、需要はかなりある」
またうるさく電話が鳴る。
「二宮くんには、男の子の送迎と監視をしてもらいたい」
「監視・・?」
「逃げ出さないように、心のケアと面倒を見て欲しいってことだ。
まぁ、簡単な仕事のわりには、給料はもらえるよ」
「あの・失礼ですが、その・・あぶなくないのでしょうか?」
「大丈夫。ルールさえ、守ってくれれば」
「ルール?」
「男の子に手を出したら、罰金10万。
その子が逃げたら、罰金50万」
「えぇ!?」
「正し、慣れるまで様子を見てもいいだろう。
1ヶ月やって、無理だと思ったらやめていいよ」
「・・・」
考える。本当だろうか。
「その1ヶ月の間に、君がなにかヘマをしても責任を問わないよ。
車で送迎して、待ってる時間は君の自由にしてていい」
最後の言葉に、俺は1ヶ月間だけやろうと心に決めた。
「よろしくお願い・・します」
「はい、よろしく」
島崎さんと握手をして、その日の夜から働くことになった。
「この高級マンションは、社長の持ち物でね。
住んでる奴らは、ほとんどうちの従業員だよ。
二宮くんが、世話する男の子もここに住んでる」
「住んだら、家賃いくらするんですか?」
エレベーターが最上階に着く。
広い廊下を歩きながら、島崎さんは内ポケットからカードキーを出した。
「最上階は、1ヶ月300万くれーじゃないか?」
「はぁ・・」
すごい世界だな。
一番奥の部屋まで来て、島崎さんはドアを開ける。
「潤―!起きてるかー」
大きな声で、玄関から部屋に向かって話す島崎さんの後ろで俺は
緊張しながら、待つ。
「・・・おはよ」
「あぁ、起きてたな。これ、今日から入ったお前の世話係だから」
気だるそうに現れたのは、綺麗な顔をした人だった。
確かに、手を出す人もいるだろうな、と感心する。
だけど、気分でも悪いのか顔は青白い。
「あっ、二宮和也です。よろしくお願いします」
挨拶しても、向こうから名前を名乗らない。
「こいつは、松本潤。お前、12月にそんな薄着で・・なんか着てこいよ」
「いいよ。どうせ車乗って、ホテル行くだけなんだから」
松本潤は、黒のニットにジーパンだけ。
しかも裸足のまま靴を履いた。
3人で、マンションの地下にある駐車場に着くと
島崎さんから、車のキーとホテルの名前を言われた。
「潤、今日の客も上客なんだから頑張れよ」
島崎さんの言葉に、彼はなにも返さず
後部座席に乗り込んだ。
「じゃぁ、頼んだぞ」
そう言って島崎さんは、去って行く。
機嫌が悪そうな松本さんと、2人きり。
しかも、送迎の車はベンツだった。
緊張しながら、エンジンを掛けて言われた通りのホテルへ向かう。
バックミラーで、彼を見るとミラー越しに目が合った。
「具合・・・悪いんですか?」
そう尋ねると
「なんで?」
「いや、顔が青白いので・・」
「頭痛い」
「えっ、大丈夫ですか」
「いつものことだから」
「・・・でも、すごいですね。あんな高級マンションに住めるなんて」
「閉じ込められてるだけだよ。逃げないように」
「え?」
「ここで働く奴らは、借金背負って売られたようなもんだから。
逃げたら返済できないだろ?」
『逃げる』というのは、そういうことだったのか、と気付く。
「あ、の・・じゃぁ、松本さんも?」
「俺は、親の借金。可哀そうだろ?」
鼻で笑った松本さんの顔は、全然笑顔じゃなかった。
着いたホテルは、またしても高級そうなところで
「島崎さんから、やり方聞いてる?」
頭を横に振ると、松本さんがホテルに入る。
部屋の番号を言うと、フロントから1枚のカードキーを渡される。
部屋の前について、松本さんがキーでドアを開けると
そのキーを今度は、俺に渡した。
そして俺の耳元で
「今日は10時までの予定だから。
もし、30分経ってもロビーに出て来なかったら
このキー使って、迎え来て」
同性なのに、心臓が高鳴る。
「わ、かりました」
「ふ、よろしく」
緊張してる俺に気付いたのか、松本さんは口端を上げて
俺の肩を軽く叩いた。
腕時計を見ると、7時。
3時間の間、彼がなにをするのかと想像すると
心が暗くなる気がして、頭を横に振り
車をホテルの駐車場に止めたまま
トランクに入れておいたギターを持ち、夜の街に出た。
「潤の両親はな〜あいつが、11歳のとき自殺したよ」
ただ決まった時間に、送迎をするだけの楽な仕事が4日続く。
松本さんは、相変わらず青白い顔をしたままホテルに入り
更に疲れた顔で、車に戻ってくる。
俺は、出来るだけ彼がなにをしているのか
彼がどんな気持ちで、車に乗っているのかを考えずに
淡々と送迎を続ける。
たったの4日で、1ヶ月必死にアルバイトする奴と同じ額の給料がもらえた。
今日も、松本さんを送迎するのだが
その時間まで余裕があったため、事務所で島崎さんと2人きりで
コーヒーを飲んで話す。
「自殺・・ですか」
「借金返せなくなってなぁ、保険金目的で。
だけどさぁ、下手に死んで、半額しか出なかったわけ。
それで残った息子を、うちが引き取ったわけよ」
「引き取る」その表現は、ずるいと思った。
「その残った借金て、いくらなんですか?」
「3千万あったけど、今は半分くらいになってるよ」
「えっ!?」
彼は、俺と同い年だと聞いた。
どうやったら、そんな額を10年以内に返せたというのか。
「まぁ、うちは元々金持ち相手が多いからな。
潤は、顔が可愛いから得したよ。
駄目な奴だったら、今頃ひどいとこで一生働いて捨てられるからな」
テレビ番組でも語る様に、島崎さんは楽しそうに笑う。
「潤の処女、いくらで売れたと思う?」
島崎さんの笑顔と、松本さんの青白い顔が交互に頭の中に出て来て
今まで考えないようにしてきた事が、一気に浮かんで気分が悪くなる。
「さぁ・・」
「380万!すげーだろ!」
「ほんと・・ですか」
「オークションに掛けたら、競り合いがすごかったぜ?
まぁ、でも潤の年齢が一桁だったら、500万行ってただろうな」
「・・・そもそも、親の借金て子供は払わなくていい法律が、あったはずですよ」
「バーカ。11歳のガキが、そんなこと知ってるわけねーじゃん。
中学までは通わせたけど、高校行ってないあいつが知ってるわけがないだろ」
「じゃぁ、それを今知って、逃げても罪はないですよね?」
俺は、冷や汗をかき始めたことに気付く。
島崎さんは、笑って
「それじゃぁ、うちが困る。
潤はうちの看板だからなぁ。
携帯の契約書書かせるふりして、借金返済の書類に名前書いてもらった」
「ひどい・・ですね」
笑いたくないのに、引き攣った笑顔が出る。
「ひどくないだろ?こんな高級マンションに住ませて
いいもん食わせてやってんだよ。
逃げようとする奴が、馬鹿なんだよ」
「今日、元気ないね」
後部座席から、松本さんに初めて声を掛けられた。
「あっ・・そうですか?いや、別に・・・」
「ふーん」
彼の顔を見れない。
だって、あんまりだ。
彼の人生、狂わせられてる。
「下の名前なんだっけ?」
「え?あ、和也です」
「親に、なんて呼ばれてる?」
「カズ・・」
「俺も呼んでいい?」
「はい」
「俺のことも、潤でいいよ。同い年でしょ?」
「・・・はい」
「カズは、いつも何してんの?」
「俺は、ギター弾いてたり、ゲームしたり」
「ギター弾けんの?」
「・・・曲とかも作ってみたり」
「曲作れんの?すごいね」
「そんなことないです」
「今度聞かせて」
そう言われたら、俺は「はい」と言うしかない。
いつも「頭が痛い」という彼を、少しでも励ましてあげたいと思った。
今日の仕事が全部終わり、マンションの駐車場に車を止めると
「カズ、今から聞かせてよ」
シャンプーの匂いをさせた潤くんから、頼まれて
俺はトランクからギターを出す。
「どこで弾きます?」
「俺んちでいい?」
「あ、じゃぁ・・」
いつも玄関で待っている俺が、靴を脱いで彼の部屋に上がる。
広々としたリビングの窓からは、東京が一望できるほど
見事な夜景だった。
部屋の中には、大きい本棚がたくさんあって
その本棚にも置けない本が、床に積まれていた。
「本好きなの?」
「うん。本読んでると、それだけに集中できるから楽」
綺麗な白いソファに座らずに、床に腰かけた潤くんの前に
俺も胡坐をかいて座る。
ギターをケースから出し、目の前の彼に向けて
最高のものを伝えようと、集中した。
一曲歌い終わると、潤くんが拍手する。
「マジですごいね、カズ。俺、感動した」
潤くんが、大きい目を潤ませながら嬉しそうに笑う。
あぁ、よかった。
笑顔できるんだ。
「ありがとうございます」
「プロになんないの?」
「・・・一応、なりたい」
「なれるよ!」
自信が持てる曲を作ったら、色々な音楽事務所に
デモテープを送ろうと考えているところだった。
「いいね。夢があるって」
「潤くんは・・・」
あるの?そう聞こうとしたけど、言葉が続かない。
借金を返し終わったころの潤くんは、どうするのだろう。
何歳になっているのだろう。
その時俺は、もう彼のことを忘れて自分の人生を満喫しているのだろうか。
「俺は、もう無理だから
カズの夢を応援してるよ」
その言葉に。
その笑顔に。
彼の世界は
身勝手な大人達によって
汚されている。
「カズは、感受性が強いの?」
ふふ、と笑ってティッシュを渡す潤くんに
よく歌詞で見るような「諦めるな」「夢は叶う」という言葉は
彼の前では、なんて薄っぺらい言葉なのだろうと思った。
昨日まで自信を持って書いていた歌詞を
俺は、家に帰って破り捨てた。