Beautiful World
NO.4
朝目が覚めて、階段を下りると
玄関で、智くんと二宮が靴を履いていた。
「あ、翔くんおはよ」
「おはようございます」
「はよ。なに、どっか行くの?」
「銭湯の壁に、絵描き行くの。カズは手伝ってくれんだって」
「へぇ」
「朝飯、置いてあっから。あ、昼は適当に食べて」
「相葉ちゃんは?」
「めっちゃ嬉しそうに、ボード抱えて海行ったよ」
じゃぁね、そう言って2人は家を出て行く。
あくびをしながら、居間に入ると
畳みの上に寝ている松本潤がいて、驚いて声が出そうになった。
音を立てないように歩いて、冷蔵庫から朝飯を出して
居間のテーブルの上に並べた。
テレビを付けると、起きてしまうかもしれないから
開いた窓の外から聞こえる蝉の声と、波の音だけで
朝飯を食べる。
ミーンミーン・・・
初めて会ったときは、寒そうな色をした唇だったが
今は血が通った赤い唇になった松本潤を、見つめる。
ザァ・・・ザァ・・・
白い半袖ワイシャツを着ている彼の首元に
よく見ると薄い痣がついていることに気付いた。
第一ボタンが開いた部分から、赤い痕も見える。
「なんだ?」
もう少し近くで見ようと、座ったまま身を乗り出すと
彼が目を覚ました。
俺は急いで身体を元の位置に戻して、麦茶を飲む。
「・・・」
暑そうに額の汗を手の甲で拭いながら、起き上がった松本潤に
「お、はよ」
「・・おはよう」
誰かを探すように、頭を動かしたので
「二宮は、智くんと出掛けたよ」
「そうなんだ」
自分の心臓を落ち着かせるために、言葉を続ける。
「俺さ、これから町のアート巡りしようと思うんだけど・・・さ。
松本・・くんも、一緒に来る?」
断るだろうと思って誘ってみると、眠そうな目のまま
「行く」
即答されて、俺が驚いた。
「あっ、あ〜ほんと?じゃぁ、用意するわ」
まだ食べてる途中だった朝飯を片づけて
顔を洗いに洗面台に向かう。
なんか、妙な展開になったな・・・。
服を着替え、カメラを持って玄関に向かうと
松本潤が、玄関に座っていた。
「おまたせ」
声を掛けると嬉しそうに立ち上がる。
最初会ったときと、印象が違い俺は少し戸惑う。
トートバッグを肩に掛けた彼に
俺はサンダルを履きながら
「なに入ってんの?」
「水。暑いから。あと、朝残ったご飯おにぎりにした」
「マジで」
なんかピクニック気分だなぁ。
予想以上に、楽しみにしてくれているのだろうか。
俺にそんな楽しい会話が出来るだろうか。
「翔くんの分もあるよ」
「あっ、ほんと・・」
いきなり名前を呼ばれて、ドキッとする。
智くんが俺をそう呼ぶから、移ったのだろうか。
じゃぁ、俺は彼のことをなんて呼べばいいんだろう。
歩いても歩いても、一面には田んぼが続く。
風に揺れる緑の稲が、暑い夏を少しだけ涼しく見せた。
「どこ行くの?」
松本潤にそう聞かれて、足を止めて
ズボンのポケットに入れておいた地図を広げると、松本潤は
俺の隣に立ち、それを覗きこんだ。
「この地図、町の案内所でもらえるらしくて。
智くんが手書きで描いた地図だって。
印ついてるとこに、アートが置いてあるらしいんだよ」
「へぇ〜、けっこういっぱいあるじゃん」
「一日で回れないかな?けっこう歩くと距離ありそう。
どこ見たい?」
「このトンネル。気になる」
「じゃぁ、こう回って行くか」
「うんっ」
少し歩くと、地図に印がついている平屋に着いた。
「こんにちは、観覧ですか?」
家の中から、おじいさんが笑顔で出てくる。
「あの、大野智の弟なんですが」
「あぁ!聞いてますよ、町の宣伝してくれるんだって?
どうぞ、どうぞ」
玄関で靴を脱ぐと、床にクレヨンで落書きがしてある。
ビデオカメラの音声設定を無音にした。
せっかくアートを撮るのに、俺の感動した声なんて入ってたら台無しだ。
「ここは、なに?」
松本潤が、家の中を見渡すと
おじいさんが
「ここはね、大野先生が子供時代に過ごした家の中を再現したんですよ」
「へぇ」
カメラのレンズ越しに見る展示物。
この家の中全体が、作品なのか。
子供時代って、何歳くらいかな。
俺が7歳で智くんが12歳のときに、親が再婚したから
それよりもっと幼いときの家を、表現したのだろうか。
智くんが小さい頃に描いた絵が、壁一面に飾られている。
部屋の壁だけじゃ足りなかったのか、天井まで張られていた。
ペン一本で描いたような精密な絵から
アニメのキャラのような落書きもある。
「すごいね」
その数と画力に、松本潤は呟く。
「・・・あぁ」
「翔くんは、絵描かないの?」
「あ、知らない?俺、智くんと血が繋がってないんだよ。
智くんの母親も書道の先生だし、なんかアーティスティックだよね。
まぁ、俺は凡人だけど」
裸電球の周りに、折り紙で折った動物が連になって
ライトカバーのようにぶら下がっていた。
カメラで、それを収めてから一人その家から出ると
松本潤も、急いで後を付いてきた。
竹林の中を歩くと、学校で使う勉強机と椅子が
5つセットで乱雑に置かれている。
3つの席には、人間の形をした鉄の塊がみんな上を向いていた。
机には、智くんの字で落書きが。
「海の底にいるみたい」
カメラを上に向けると、竹の葉の隙間から光が差し込む。
ゆらゆらと揺れる光に目を細めながら、泣きたくなった。
竹林を抜けると、トンネルが見える。
「あれだ」
真っ暗なトンネルに足を踏み入れると
一斉に色鮮やかな電灯がついた。
「うわ。すごいな」
クリスマスに使うイルミネーションのような電球が
色々な模様に、早変わりする。
まるで、万華鏡の中に自分が入ったような感覚だ。
トンネルは、車一台が通れる横幅と
向こう側の景色が見えるほど、短いトンネルだった。
トンネルを出て、次の場所に向かおうとした時。
雨が降って来た。
風も強くなってきたので、一旦トンネルに戻り雨宿りすることにした。
再度入ったトンネルは
今度は青一色。
水族館を思い出す。
「濡れたけど、寒くない?」
外の景色を見つめながら、隣に立つ彼に尋ねる。
「うん。平気」
「・・・通り雨かな」
「翔くんは」
「ん?」
「翔くんは、将来なりたいものとか、ある?」
一番聞かれたくなかった質問だった。
「なんも・・ないよ」
小さい頃から「お兄さんは芸術家になるんでしょ?弟さんは?」
この質問をよくされた。
「二宮は、歌手とか目指してんの?昨日の曲、自分で作るなんてすごいよな」
「そうだね。よく路上で歌ってたみたい」
「いいよな。才能があるってさ」
「すごい」
「尊敬する」
そんな綺麗事。
なりたいものがない自分が、情けなくて
才能がない自分が、悔しい。
「翔くんだって、すごいんじゃないの?」
「俺?」
「智が自慢してたよ。翔くんは頭が良くて、首席で学校入ったって」
「・・・勉強すれば、誰でもなれるよ。
テストで100点取っても、部屋に飾ってもらえないけど
智くんが、コンテストで優勝した絵やトロフィーは
家の一番目立つとこに、飾ってあった」
毎日、それを見ながら父さんが嬉しそうにしてた。
実の息子に、褒めるところがないから。
俺が黙ると、松本潤は
「・・お腹減らない?おにぎり食べようよ」
そう言って、トンネルの端に座る。
俺も頷いて、彼の隣に座った。
ラップに包まれたオニギリを、渡されて食べる。
雨の音に触発されたのか
なんだか、誰かに想いを聞いて欲しくなった。
「俺が、中2の時。どんなに勉強しても一番取れなくなった時期があって
智くんのトロフィを、わざと床に落として壊したことがある」
「いけないことしたって、後悔した瞬間に
後ろに智くんが、学校から帰ってきてたのに気付いて
顔が青ざめた」
「言い訳たくさん考えてたら、智くんが壊れたトロフィをゴミ箱に捨てて
『あと、これも割って』って2つトロフィ渡してきた。
『この部分が嫌いだったから』って言ってトロフィのデザインに文句言ってた」
「芸大に受かって、家からでも通えるのに
わざわざ一人暮らしするって言って
家にあったトロフィ全部段ボールに入れて、智くんは家を出て行った。
後から聞いたら、置くとこなかったから全部捨てたって・・・。
全部、俺に気を使ってくれたんだよ。あの人」
ザァァァァァ・・・・
雨が激しさを増す。
「過去は、いらないんじゃない?」
松本潤が、呟く。
「過去の栄光より、今の翔くんの気持ちを大事にしたかったんだよ」
会って間もない年下の彼の言葉が、心に響く。
そうだ。
血が繋がっていなくても
本当の兄貴だと思えるのは
俺を優しく見守ってくれているからだ。
「松本くんは・・」
「潤でいいよ」
「・・潤も過去は、いらない人?」
「・・・」
俺の顔を見たまま黙る潤に、俺は今までの疑問を解決したかった。
どこから来たのか。
なにをしてる人なのか。
なぜ、ここに来たのか。
二宮との関係は、なんなのか。
首の痣は、誰につけられたのか。
全部知れば、二宮のことも「カズ」と呼べる気がした。
潤と下らない話で、盛り上がりながら
「また来年の夏、会おう」と約束できると思った。
「なんだよ。どうした?」
「俺の過去なんて聞いても、つまらないと思うよ」
「そんなことないって。潤も二宮も謎すぎるよ。
夏中一緒に過ごすんだから、2人のこと知りたいじゃん」
「・・・」
「智くんは、知ってるんでしょ?2人のこと」
雨が止む気配はない。
智くんも知っているのに、俺には話せないのかという
遠回しな俺の脅迫に、観念したのか
彼は、重たい口を開いた。
そして、俺は
自分の悩みなんて、とてもちっぽけで
幸せなことだという事に、気付く。
潤の話が終わると、俺は冷や汗をかいていた。
話し終えて、ただただ悲しそうな表情をする潤に
俺は掛ける言葉が見つからない。
ブルルッ・・・
ズボンのポケットに入っている携帯が、震える。
急いで画面を見ると、相葉ちゃんからの着信だった。
「も、しもし?相葉ちゃん?」
俺が携帯を耳に当てると、潤は開いていたペットボトルの蓋を閉めて
バッグの中に戻した。
俺はその動きを見ながら、額の汗を手で拭い
相葉ちゃんの声を聞く。
『あっ、翔ちゃんどこいんの?雨すごくない?』
「あ・・うん。今、潤とトンネルで雨宿りしてる」
『そうなの?じゃぁ俺、傘持って迎え行くよ』
「ほんと?ありがと。待ってるわ」
ブチッ・・・・
携帯をポケットにしまう。
隣に座っていた潤は、立ち上がり
トンネルの出口付近に立ち、雨が降る外を眺めていた。
俺は、その隣に立って
少しでも彼に、なにか言葉を掛けてやればいいのに
俺は、その場に座ったまま
早く相葉ちゃんが来てくれないかと、祈るだけだった。