「台風、近付いてるんだっけ?」

 

 

 

 

 

 

Beautiful World

No.01

 

 

 

 

 

激しい雨のせいで、ハンドルが持っていかれないか心配になる。

そうでなくても今は深夜で、外は暗くて見通しが悪い。

ハンドルを両手でしっかり握って運転する俺に

助手席に座る友人が、心配そうな声で呟いた。

 

「明日の夕方くらいに、直撃とか言ってたよな」

「マジで?あ、翔ちゃん運転変わろうか?」

「いいよ。あと、もう少しで着くから」

「智くん、元気かな〜」

「そういえば、正月に会って以来だもんなぁ」

「智くんが、こっちに引っ越しちゃったからね〜。中々会えないよね」

「車で8時間だもんな」

 

 

 

俺と、助手席に座る相葉雅紀は、小学校からの友人だ。

俺は、都内の大学に通って、2年目の夏休み。

相葉ちゃんも、俺とは別の都内の大学に通っていたため

自由気ままな長い夏休みを、どう過ごそうか2人で考えていた。

ちょうどその時。

実家を離れて一人で暮らしている、俺の兄・智くんが

引っ越し先に、遊びに来いと言ってくれた。

彼は、高校を卒業した後、実家を出て都内で一人暮らしをしていたが

仕事の関係で、1年前に海の近くのド田舎に暮らし始めたのだ。

夏休みに入ってすぐ、俺の車で相葉ちゃんと運転を交代しながら今に至る。

 

 

「あれ?こっちで合ってるっけ?」

「え〜ちょっと、待って。地図見る」

雨のせいで、目印の看板が見えなくて俺は不安になった。

車を道路の端に、一時停止させる。

「てか、翔ちゃんカーナビ付けないの?今時」

「親父に、男は地図を見て進めって言われてさ」

「お父さん、かっこいいー!」

 

 

バンッ!!!

 

 

「うわっ!?」

いきなり、外から窓を叩かれて俺達は声を上げる。

 

 

 

 

バンバンッ!!!

 

 

 

 

誰かの手が窓ガラスを、また叩いた。

俺と相葉ちゃんは、顔を見合わせる。

こんな深夜の車も通らない場所に、なぜ人が?

怖くなって黙っていると

 

 

「すみませんっ!助けてください」

 

 

雨の音に消されそうな声で、微かに「助けて」と聞こえた。

 

 

「え・・翔ちゃん、どうする?」

「いや・・どうするって・・・」

今は、通り魔なんかも普通にいる時代だ。

窓を開けて包丁でも出されたら、どうするんだ。

 

 

「お願いしますッ・・・連れが、動けないんです!」

 

 

「・・・翔ちゃん、俺、様子見てくるよ」

「えぇ・・大丈夫かよ」

「だって、本当に困ってたら可哀そうじゃん」

そう言って、後ろの席から傘を取りだして相葉ちゃんは車を降りた。

「ちょっ、おい!」

小さい頃から、正義感があった彼を、俺は改めて感心する。

 

 

不安に駆られながら、相葉ちゃんの帰りを待っていると

なぜか、後部座席のドアが開く。

「えっ!」

俺の後ろの席に、見知らぬ男2人が相葉ちゃんに背中を押されて乗った。

「おまたせ〜、翔ちゃん」

雨に濡れた髪を後ろに掻きわけながら、相葉ちゃんは助手席に戻って来た。

「なんかね、こっちの人が熱出して動けないんだって。

 智くんの家まで、連れて行こうよ」

「いや・・そんな、見ず知らずの人を、か?」

バックミラーに映る男2人は、俺達と同じくらいの年齢に見えた。

「すみません。電車から降りて宿を探したんですけど、見つからなくて」

先程、俺達に助けを求めて来たであろう男が、顔を上げる。

傘を持っていなかったのか、頭から水をぶっかけられたような顔は

捨てられた子犬のように、寂しそうに眉を下げていた。

「今の時間、バスもないし・・タクシーも通らないので」

「そう・・ですよね」

こんな田舎じゃ、バスだって夕方くらいでなくなっているだろう。

その隣で、震えているもう一人の人物の顔は

前髪に隠れて見えない。

「大丈夫ですか・・・?」

後ろを振り返って、震えている人に声を掛けると

その人は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「・・・ッ」

 

 

真っ白な顔に、唇は寒そうな青色になっていた。

隙間から見える大きい瞳は、熱のせいか気だるげに潤んでいる。

前髪から下垂れ落ちる水滴が、浮き出る鎖骨の溝に

水たまりを作っていた。

薄いVネックの黒いTシャツは、雨のせいで肌にピッタリと張り付いている。

 

 

 

刺すような視線とぶつかって、俺は思わず目線を逸らせた。

 

 

 

2人の足元には、一つの鞄とギターケースしかなかった。

その鞄も旅行鞄のような大きさではなく、俺が大学に持って行くような

サイズの鞄だった。

 

 

 

宿を探している割に、荷物なんかねーじゃねーか・・・

 

 

 

ますます、怪しく思ったけど

「翔ちゃん、早く行こうよ」

能天気な相葉ちゃんは、先を急かす。

仕方なく車を発進させて、俺は目的地を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。遅かったね」

初めて来る智くんの家は、庭が小さい公園くらいあるような

大きい家だった。

なんでも、古民家を買い取ったそうだ。

兄の智くんは、

身内として鼻が高くなるほどの芸術家として、活躍している。

俺は芸術的なことは、よくわからないけど

彼は学生時代から、なんとかの賞を取ったと言って

部屋に金色のでかいトロフィーを、いくつも飾っていた。

 

「ちょっと、道に迷って・・・それより、智くん」

車から一人下りて、智くんに見知らぬ男を連れて来てしまったと伝えた。

「警察呼ぶべきかな・・?」

俺が小さい声で、そう聞くと

「え?大丈夫じゃない?部屋余ってっし」

「いや、そういうことじゃなくて」

この人も、昔からおっとりしてるというか・・平和というか・・・。

「相葉ちゃんが、乗せたんでしょ?じゃぁ、大丈夫だよ」

そう言って、安心したように笑う智くんの顔に

俺の緊張が、少し溶ける。

「わかった・・連れてくる」

まぁ、智くん入れて俺達3人と

あっちは熱も出して弱っている奴含めて2人だもんな。

なにかあっても、太刀打ちできるだろう。

俺は、車に戻って智くんの了解が出たと伝えた。

 

 

 

「ビショ濡れじゃん。風呂入れば?」

見知らぬ2人の男を見て、智くんが言った。

「すみません・・ありがとうございます。

 潤くん、一人で入れる?」

子犬のような顔の男が、震えている男を支えながら尋ねた。

「潤くん」と呼ばれた彼は、小さく頷く。

それを見た智くんは、「風呂はあっち。タオルも置いてあるから」

そう言って廊下の先を指差すと

「潤くん」という男は、重い足取りで風呂場に向かった。

 

「はい、タオル」

玄関に立ったままのもう一人の男に、智くんがバスタオルを渡す。

「すみません・・・」

そう言ってタオルを頭に被った男は、ひどく疲れた声を出した。

「泊まるとこねーの?」

「はい・・」

「じゃぁ、今日はここ泊まっていいよ。

 なんもねぇ家だけど」

「ほんとですか!?あ・・でも、あの。俺達、着替えも持ってなくて」

「オイラので良かったら、貸すけど」

着替えも持ってないのかよ。

俺は、ますます彼らを疑う。

「本当に助かります・・・ありがとうございます」

深く頭を下げた彼を見て

「名前とか・・えっと、免許証ないんですか?」

「あっ、はい」

ズボンのポケットから財布を出して、彼は俺に免許証を渡してくれた。

 

 

 

二宮和也。

年齢は、俺達の一個下か。

 

 

 

「ありがとうございます。もう一人の方は?」

免許証を返して、尋ねると

「彼は、松本潤と言って、俺と同じ年です」

「なんで2人で、あんな何もない所にいたんですか?」

小さい鞄に、ギターケース。

放浪してんのか?

「それは・・・」

二宮という男は、目線を泳がせた。

「まぁまぁ、いいじゃん!それより、俺腹減ったよ〜」

相葉ちゃんが俺の背中を叩いた。

智くんは笑って

「なんか食う?カップラーメンしかねぇけど」

「いいね〜!みんなで食べよう!」

 

 

 

 

 

「熱あんだって?なんか食える?」

松本潤が、智くんの洋服を着て風呂から出てきた。

ふらつく彼を、智くんが一階にある畳みの部屋に案内する。

俺がカップラーメンを食べている間に、智くんが用意したのか

布団が2組敷いてあった。

智くんの問いかけに、松本潤は頭を横に振る。

「でもちょっとは、食べないと薬飲めないよ!」

相葉ちゃんが、智くんの後ろから声を掛けた。

「あ、ゼリーあるわ。オイラの。それちょっと食えば」

智くんが冷蔵庫からゼリーを取って来て、二宮に風邪薬と共に渡した。

「すみません・・本当に」

二宮は、またお辞儀をした。

「二宮くんも風呂入れば?超濡れてるじゃん」

「はい。ありがとうございます」

襖が静かに締まって、部屋の声は聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潤くん、起きれる?」

俺がそう言うと、潤くんはゆっくりと上体を起こす。

俺は左膝を立てて、背もたれを作った。

スプーンで掬ったゼリーを、その口に入れると

潤くんは、目を瞑ったまま喉に通した。

「はい。薬」

カプセルの薬2錠と、コップに入った水を渡すと

潤くんは大人しく飲んだ。

俺は少し安心して、潤くんの背中を支えながら

布団の上にゆっくりと寝かせた。

熱のせいでほのかに赤くなった頬を、指で撫でると

 

 

潤くんは、俺を見つめる。

 

とても心配そうな顔で、俺を見つめる。

 

 

俺は、精いっぱいの笑顔を作って

「大丈夫。潤くんは、なにも心配いらないよ。

 今は、ゆっくり休んで・・・ね?」

「カズ・・・」

「俺を信じて。潤くん」

 

 

外は、台風が近づいているのか

窓を叩くような風が吹いている。

早く、この不安が通り過ぎて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から出て、潤くんが寝ている部屋に戻ると

部屋の中に人影があって、驚く。

「あ・・」

「なんか苦しそうに唸ってたから、様子見に来た」

そう言って、潤くんの布団の前に胡坐をかいていたのは

この家の主だった。

「すみません・・えっと」

そういえば、こんなに世話になっているのに、名前を聞いていなかった。

初歩的なことさえ出来ていない自分が、テンパッているのだと気付く。

「大野智。あ、それは仕事用で、本当は櫻井智だけど・・。

呼び方は、なんでもいいや」

「あ・・大野さん。あの、本当にずうずうしいお願いしてもいいですか」

「ん?」

「俺達・・その・・手持ちの金が、ほとんどなくて・・・。

 住み込みのバイト見つかるまで、ここに置いてもらえないですか?

 俺、なんでもします」

初対面の人に、本当に無理なお願いをしたものだ。

でも、もうこの人にすがるしかないんだ。

「お願い・・・しますッ」

畳みの上で、土下座をする。

人生で土下座をするのは、これで2回目だ。

 

 

「そんなに一生懸命になるのってさ・・・」

大野さんの言葉に、顔を上げる。

「この跡が、なんか関係あんの?」

大野さんは、潤くんの首元に指を差した。

俺は、眉間にシワを寄せて

あぁ、この人には嘘をついて誤魔化すことは出来ない。

そう思った。

この事を言ったら、今すぐにでも追い出されるだろうか。

 

 

「実は・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「翔ちゃん、おはよー!」

「お前・・朝からうるせーよ・・・」

俺と相葉ちゃんは、2階の空いてる部屋を一つずつ貸してもらった。

相葉ちゃんは、ぐっすり眠れたようだが

俺は、見ず知らずの奴らが一つ屋根の下にいるということが気になって

中々寝つけなかった。

「今日は、海行く!?」

「台風近付いてんだから、危ねーだろ」

そんなことを話しながら、階段を下りて

居間に入ると、智くんと二宮が朝食の支度をしていた。

「もう一人の子は!?えっと・・」

「潤くんは、まだ熱が下がってないので寝てます」

昨日とは打って変わって、落ち着いた声で

二宮は答えた。

「あ、そうだ。翔くん、相葉ちゃん」

智くんが、コップにお茶を注ぎながら俺達を呼ぶ。

「今日から、カズと潤くんも、うちで暮らすことになったから

 よろしく」

「はぁ!?」

俺達は、夏休みの間。

ずっと智くんの家で、お世話になるつもりだったのに

昨日会った奴らとも、共同生活しなくちゃいけないの!?

「マジで!?うわ〜なんか楽しそうだねっ」

 

 

俺とは正反対の相葉ちゃんが、呑気な笑顔で

そんなことを言った。

俺が、納得の行かない顔をしていたら

智くんが楽しそうに笑う。

 

 

 

「翔くん、楽しい夏休みになるといいね」

 

 

 

 

 

今年の夏休みは

いつもとは、違うものになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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