変わらない気持ち、常に直線だ。

終わらない想い、すでに極限だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

a Day in Our Life

― 自分取り戻すために 新しい何かを見つけるね ―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピ・・ピピピピ・・・・

 

 

携帯のアラームが耳元で鳴った。

すでに起きていた俺は、ゆっくりとベッドから起き上がって

携帯の電源ボタンを、乱暴に押してアラームの音を消した。

カーテンの隙間から差し込む、光に溜息を付く。

 

 

 

なにも変わらないまま、また朝を迎えてしまった。

 

 

あと、何回。

こんな気持ちで、目覚めなければいけないんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「櫻井先生、おはようございます」

病院の廊下を、白衣を羽織って歩いていると

患者さんに挨拶された。

「おはようございます。昨日は、眠れましたか?」

「えぇ、起きたら秋晴れで、気持ちいいですね。先生」

70歳のおばあさんが、俺に笑顔を向けた。

「そうですね。今日は夏みたいに、暑くなるらしいですよ」

俺も釣られて口元を上げる。

共感なんて出来なくても、もう条件反射で笑顔を作れるようになってしまった。

10代の頃は、そんなこと出来なかったのに

器用になっていく自分に、悲しくなった。

 

 

いつもの日常が始める。

 

 

「今日は、このまま帰れそうですね」

俺の隣を歩く看護師が、嬉しそうに言った。

「なんかあんの?」

「彼氏と久々に、会うんですよ〜!

 櫻井先生は、なにかご予定ないんですか?」

「ないね。家帰って、酒飲むくらい」

「え〜!先生モテるのに、もったいないですね」

「はは。どうも」

腕時計を見ると、午後4時半だった。

あと30分もすれば、今日の仕事が終わる。

「櫻井先生」

後ろを振り返ると、智くんが立っていた。

看護師は、俺達にお辞儀をして先を歩く。

「なに?大野先生」

友人だが、他の人がいる場所ではお互い「先生」と呼び合う。

「ちょっと、付き合って」

そう言われて、俺に背中を向けた智くんの後を

付いて歩く。

「どこ行くの?」

「煙草吸いに」

喫煙室を通りすぎて、彼は階段を上りはじめた。

着いた先は、病院の屋上。

白いシーツが風で靡いている様が、俺の目の前に広がる。

智くんは、そのシーツの波を器用に避けながら

進んでいく。

「智くん・・」

俺は、見失わないようにシーツを手で掻きわけて後に付いて行った。

シーツの海を越えると、屋上の一番端に来る。

フェンスを背に、智くんが振り返って白衣のポケットに手を突っ込んだ。

「あ、煙草忘れた。翔くん持ってる?」

「・・持ってないよ。勤務中だったんだから」

「そか、残念」

「煙草吸わないなら、俺行くよ」

入口に向かおうとする俺の背中に、智くんが

「潤くん。記憶戻ったってね」

「・・・あぁ。ね・・」

「昨日の夜、ニノから電話もらって。

 潤くんは、記憶無くしてたこと覚えてないみたいで、まだちょっと混乱してるって」

期待はしてなかった。

松本が、記憶を無くして昔のように俺と映画を見たことなんて

きっと、覚えてないだろうと思った。

「ニノは、なんで智くんの電話番号知ってんの?」

「潤くんのお見舞い来てたときに、会って。

 そんとき、オイラの名刺渡したんだよ」

「へぇ・・」

「見てられなくて」

顔だけ智くんのほうに振り返ると、智くんは眉を下げて

困ったように、口元を上げた。

「ニノの顔見て、あぁ、苦しいんだろうなぁって心配になっちゃったから」

「智くんて、ほんと・・お人好しっていうか・・」

ふ、と俺が笑うと

 

 

「翔くん、笑ってるつもりなの?全然だめだよ。そんなんじゃ」

 

 

俺は顔を前に向ける。

「翔くんも、見てられないよ」

「俺が、なんだよ・・いつも通りだろ?」

白衣のポケットに両手を入れる。

ポケットの中で拳を作って心を、どうにか落ち着かせようとする。

でも、精神科医の前では無駄な努力なのかもしれない。

 

 

「心に引っ掛かってるもん取んないと、どんどんデカくなんだよ?翔くん」

「別に、ないよ。そんなの」

「吐き出せば、いいじゃん」

 

 

俺は、ポケットに手を突っ込んだまま

智くんと向かい合う。

 

 

「今更、言ったところで何が変わるんだよ。

 なにも・・変わらねーだろ?」

 

 

 

松本を追いかけなかった、あの日から。

もう松本は、ニノのもんになっちゃったんだよ。

今更、俺が松本に想いを伝えた所で

惨めになるだけなんだよ。

 

 

これ以上、暗い気持ちで朝を迎えたくない。

 

 

「変わることは、きっとたくさんあんだよ」

 

 

 

 

パンッ!!

 

 

 

智くんは勢いよく、両手を叩いた。

 

 

 

 

 

 

「新しい何かを、見つけておいで」

 

 

 

 

智くんの後ろから、綺麗な夕日が出ていた。

オレンジ色の温かい光に、俺は

高校時代の放課後、親友と呼べる奴らと

下らない話で大笑いしていた教室を思い出した。

 

 

 

俺は、息を飲んで

シーツの海に飛び込んだ。

 

 

 

「翔くん、走れっ」

 

 

 

智くんの声に振り返る余裕もなく

俺は階段を駆け下りて、正面玄関から外へ飛び出した。

足は、勝手に前に進む。

次第に速くなって、車を乗る様になってから

全速力で走るなんてしなかった俺は

地面を思い切り蹴って前に進む、気持ちよさに感動する。

 

 

 

あぁ、なんで俺、走ってんだろ。

車で行ったほうが、早いのに。

だけど、もう戻れない。

 

 

このまま走って、会いに行こう。

 

 

白衣を着たままだったことに、気付いて

走りながら白衣を脱ぐ。

無造作に折りたたんで、右手に持ったまま走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン。

 

 

「誰か来た。カズ出て」

ベランダで、洗濯物を取り込んでいる潤くんが、

窓の縁に座って、ただそれを眺めていた俺に言った。

「はいはい」

よいしょ、と立ちあがってドアの覗き穴を見ると

意外な人物が立っていて、心臓の鼓動が騒ぎだす。

何をしに、来たんだろう。

一瞬ドアを開けるのを、躊躇ったが

深呼吸をしてから、ドアを開けた。

「翔くん・・どうしたんですか?」

秋だと言うのに、額から汗が流れていた。

肩で息をする翔くんに、益々俺は、なにを言われるのかと怯える。

「ごめん、急に来て・・ニノ」

「はい・・?」

「松本に話したいことがある。いい?」

「・・・」

 

 

 

 

きっと、翔くんが話したいこととは

あの時、言いたくても言えなかったこと、なんだろう。

この人は、一生言わないと思ってたのに。

 

 

 

 

俺は、

「ちょっと、待って」

そう言って、一度ドアを閉めた。

ゆっくりと歩いて、ベランダにいる潤くんに声を掛ける。

「潤くん」

「ん?あ、誰だった?」

「翔くんだった」

「え?」

同窓会で翔くんと、再会してからの記憶がない潤くんは

不思議な顔をする。

「話したいことが・・あるんだって。行っておいでよ」

「・・カズも来る?」

潤くんは、ベランダから部屋の中に戻り

俺の顔色を伺った。

「一人で行っておいで。俺はここで、待ってますから」

そう言うと、潤くんは頷いて玄関に向かう。

 

 

「・・・潤くん」

「ん?」

 

 

足を止めて、振り返る潤くんに

「俺ね、分かってたんだ。

 翔くんが、照れ隠しで潤くんを好きなことを認めないって」

「え・・」

「わざと、翔くんにひどい事言わせて

 潤くんを、俺のものにしようって思った」

「・・・」

「そのおかげで、俺は今、潤くんと一緒にいられる・・・」

俺の懺悔を聞いて、潤くんは

「・・・行ってきます」

ただ、それだけ言って玄関のドアを開けて

家を出て行った。

俺は、テーブルに置いてあった煙草を持って

ベランダに出る。

綺麗な夕日を見ながら、煙草に火を付けると

ライターを持つ手が、震えていることに気付いてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、同窓会のときに階段から落ちたんでしょ?」

まだ右腕に包帯を巻いている松本が、隣を歩く俺に言った。

「そう。驚いた」

「ごめんね、なんか翔くんの病院でお世話になったって聞いて」

2人の住むアパートの近くに、小さな公園があった。

もう5時を過ぎて、遊んでいる子供は誰ひとり居なかった。

イチョウの木がある公園は、黄色い葉が地面に落ちていて綺麗だ。

「松本」

 

 

ベンチにでも座って、思い出話をしようか。

いや、回りくどいことは、やめよう。

だって、もう長い事言えなかったんだ。

 

 

立ったまま、松本と向かい合う。

 

 

 

 

「松本・・・」

目の前にいる。

手を伸ばせば、届く距離にいる。

 

 

 

 

「俺、お前のことが好きだ」

 

 

 

 

 

時が経てば、色褪せると思っていた想いは

今も鮮明に、いつまでも俺の心の中に残って消えないんだ。

 

 

 

 

 

「好きだ。松本」

 

 

 

 

 

 

お前の心に、少しでも響いて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あ、りがとう」

松本は、予想していなかった俺の告白に

動揺を隠せないのか、目線が落ち着かない。

「ビックリ・・した」

ふふ、と小さく笑った松本は、大きく呼吸をして

吐いた後、俺を真っすぐ見据えた。

 

 

 

 

「翔くんは・・本当にカッコよくて。俺、構って欲しくて

 いつも後ろくっ付いてたよね」

 

「・・あぁ、そうだな」

 

 

あの頃の松本を思い出して、口元が綻ぶ。

 

 

 

「毎日楽しかった。ありがとう、翔くん」

 

 

 

俺は肩の力を抜いた。

こうなる結果は、わかっていた。

智くんの言う新しいなにかは、あるのだろうか。

 

 

 

 

「翔くん」

 

 

 

顔を、上げると

松本は、笑った。

 

 

 

 

「翔くんは、俺の青春時代のすべてだ。

 あのときの想い出は、俺の宝物だよ」

 

 

 

 

 

 

 

あぁ。

なんだよ。

綺麗な笑顔で、笑うお前に

悔しいとか悲しいとか

そんなもの通り越して

 

 

 

 

 

 

どうか、幸せでいてくれって思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャン。

 

 

玄関のドアが開いた音に、胸が苦しくなる。

煙草の煙を、深く吸って

緊張と共に口から、吐き出そうとしても落ち着かない。

裸足のままベランダに出て、立ったまま煙草を吸っていた俺の隣に

潤くんが、立った。

「・・・おかえり」

「うん。ただいま」

「・・・早かったね。戻ってくるの」

ずっと隠してきた、あの日の懺悔を聞いて

潤くんは、もう少し怒った顔か呆れた顔で戻ってくるのかと思った。

最悪、戻らずに・・・。

そんなことを考えたら、自分の足元には

吸殻が、何本も落ちていた。

「ずっと後悔してんの?高校のときのこと」

潤くんは、はぁと溜息をついて

俺は、唇を噛んで頷く。

「あの時は、確かに翔くんが好きだった。

 翔くんも、そうだったのかもしれない」

「・・・」

「だけど、翔くんの代わりだと思って

 カズと付き合ったわけじゃないよ。俺」

煙草の灰が、地面に落ちる。

「ちゃんと、カズを好きになったから付き合ったんだ」

俺は、煙草を持っていない右手で自分の顔を覆った。

 

 

「カズ、俺はお前が大好きだよ。信じてくれる?」

 

 

俺の肩を抱いて、自分の方に引き寄せた潤くんに

いつも、君を守りたいと思っているのに

こんなとき、俺はいつも泣いて女みたいで悔しい。

「・・・潤くん。俺、煙草やめる」

「ん?なんだよ、急に」

「長生きしたいもん。潤くんと一緒に」

「ふふ。そうだよ。長生きしろよ」

夕日が沈んで、夜になる。

また一緒のベッドに寝て、朝を迎えるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫻井先生、おはようございます」

「おはようございます。いい天気ですね」

病院の廊下を歩く。

「あ、大野先生知りませんか?」

精神科のナースセンターで聞くと

看護師は、笑いながら

「多分、天気がいいから中庭か屋上にいると思いますよ」

 

 

俺は、屋上に足を運ぶ。

今日も天気がいいから、白いシーツの海が出来ていた。

シーツを掻きわけると

「智くん、サボっちゃだめじゃん」

「あ、翔くん。おはよ」

智くんが、煙草を吸っていた。

智くんの隣に立つと、彼はポケットから煙草を取り出して

俺に勧める。

「今はいいや」

そう言うと、智くんは優しく笑って

「シコリ、取れた?」

俺は、口元を上げて

「智くんさぁ、俺に催眠術かけたでしょ?

 智くんが両手叩いた瞬間に、俺走り出しちゃったじゃん」

あははっと笑うと

「ふふ、掛けてないよ。ただ手叩いただけ」

「そっか。ありがとう、智くん」

両手を上げて伸びをした後に、手を下ろす。

「よし!ちょっと俺さ、今からまた勇気出すから。

 もし、失敗したら慰めて」

「へ?なにすんの?」

俺はズボンのポケットから、携帯を取り出して

電話帳を開く。

「友人」と作られたフォルダの中に入っている一人に、メールを打った。

「メルアド・・変わってたら、相葉ちゃんにでも伝言すっかなぁ」

小声で独り言をいいながら、メールを打つ。

 

 

 

色々あったけど、今度2人で飲みに行こう。

 

 

 

「誰に送ったの?」

「ニノ」

携帯が震える。あまりの早さに

やっぱりアドレスが変わっていて、戻って来たのかと思って

受信メールを開くと

 

 

 

行きましょう。

とは言っても、俺、酒強くないですけど。

途中からコーラで許してね。

 

 

 

 

「ふはっ」

「いいね、その笑顔。いい顔してる」

智くんが嬉しそうに言ったので、俺は少し照れくさくなった。

 

 

 

 

 

 

 

30歳になったら、同窓会をしよう。

あの頃の馬鹿な俺達に戻って、体力なんか気にせずに

ボーリングなんかやって

多分、きっと楽しいだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

これを、書き始めた当初は、翔ちゃんが記憶を失くした

潤ちゃんを、自分のものにしようと暴走してもらうつもりでしたが

私のイメージする翔ちゃんは、きっとニノを裏切れないだろうな、と。

パラレルですが、私の想像するリアル翔ちゃんを壊したくなかったので

このようなお話になりました。

ご愛読ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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