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「俺、ここに住んでるの?」
俺達の家に上がった、18歳の潤くんは
興味深々に、部屋を歩き回る。
「そうですよ。家具は、潤くんがほとんど選んだんだよ」
だから、センスいいでしょ?
そう言うと、潤くんはテレビの前に散乱していた
俺のゲーム機とソフトに、目を輝かせる。
「なにこれっ!すげー!」
「俺らが18の時は、こんなのなかったもんね。
今やゲームも3Dだよ」
「なにそれ」
土曜日の予定が決まった。
18歳の潤くんと、ゲーム三昧になりそうだ。
「・・・気持ち悪い」
「ふふ」
3D画面に酔った潤くんが、両手で自分の目を覆った。
時計を見るとお昼の時間を、過ぎていて
「なんか食べますか?」
そう言ってキッチンに立つと、潤くんも後ろから付いてきた。
高校時代。
ゆっくり歩く潤くんを、待ってやるのが照れくさくて
俺はいつも、彼の前を歩いていたのを思い出す。
「ニノ、なんか作れるの?」
「炒飯くらいなら」
「自炊しないの?」
「料理は全部、潤くんが作ってくれてたから」
苦笑いすると、潤くんは驚いた顔をする。
「俺が?へぇ〜・・そんなことも出来るようになるんだ」
実家に住んでいた頃の学生時代は、自分が料理を作るなんて
想像もしないだろう。
「料理上手だよ、潤くんは。
同棲始めて、俺ちょっと太って怒られたもん」
「へぇ〜」
潤くんの顔が、来た時よりリラックスしているように見えて安心する。
冷蔵庫から野菜を取り出して、水ですすぐ俺に
「俺、なにすればいい?」
「いいよ。怪我してんだから」
「指先は、全然痛くないもん」
「じゃぁ、切った野菜放り込むから、炒めてくれる?」
「わかった」
「そこのエプロン、潤くんがいつもしてるやつ」
ダイニングテーブルの上に置かれた黒いエプロンを指差すと
潤くんは、大人しくそれを着た。
同棲を始めた頃、エプロンをせずに料理していた潤くんが
俺が誕生日にあげたシャツを、飛び散った醤油で台無しにしてしまった頃から
潤くんはエプロンを付けるようになった。
「これくらい?」
フライパンに油をひいた潤くんが、ニンジンを慎重に切っている俺に尋ねる。
俺が「うん」と頷くと、潤くんは不思議な顔をして
「ニノ左利きでしょ?なんで右で切ってんの?」
「うちにある包丁、全部右利き用しかないから」
俺は、慣れない右手で包丁を持って緊張する。
ゆっくりながらも、小さく切ったニンジンを
更に細かく切り刻んでいる俺に、
「ニノって、今でも野菜嫌いなんだね」
潤くんが笑った。
それだけで、俺は涙が出た。
潤くんは、笑うのをやめて
「ニノって、こんなに泣き虫だったっけ?」
そう言って、自分の着ているエプロンの裾を手に取って
俺の涙を優しく拭いてくれた。
俺は、潤くんがとてつもなく愛おしくなって
抱きしめたくなったが、大野智の言葉が頭の中で警報のように鳴り響く。
「潤くんの知らないところで、いっぱい泣いてたよ?俺」
その頃の自分を思い出して、照れくさくなって笑うと
「なんで?」
「潤くんが、翔くんのとこばかり行くから」
「・・・泣いてたの?」
「泣いてた」
「ごめんね・・」
「潤くんは、悪くないよ。俺が、子供だったんだよ」
正々堂々と、君に好きだと言えば良かった。
翔くんを裏切ってまで、手に入れた幸せは
今、俺に罰を与えるようになってるなんて
神様は上からちゃんと見てんのかもしれないな、なんて考えた。
炒飯が出来あがり、皿に盛り付ける潤くんの後ろ姿に
「ねぇ、潤くん」
「ん?」
言うのか?
言えるのか?
言ってしまったら、潤くんはもう俺の腕の中から逃げて行くのに。
『そんなに後悔しているなら、二度と同じことをしちゃいけねぇよ』
息をゆっくり吐いた後
「もし、このまま記憶が戻らなかったら
潤くんは、今好きな人の元へ行くといい。俺なんかに気を使わずに」
潤くんは、振り向いて俺の顔を見る。
俺はきっと、また泣いてしまいそうになるから
キッチンから見えるリビングのテーブルに向かって
歩きながら話す。
「ニノは、それでいいの・・・?」
少し離れた所から、潤くんの声が聞こえる。
俺は床に胡坐をかいて座った。
「それでも俺は、潤くんが好きだから。
今度は、卑怯な手なんて使わずに、潤くんを振り向かせるよ」
かっこいい言葉を言っている俺は
胸が悲しくて、苦しくて
どんどん背中が丸くなっていく。
潤くんの歩く音が近付いて、俺の背中の後ろに立つ気配がした。
「・・すごい猫背だよ?ニノ」
その台詞は、何度も言われた。
18歳の潤くんにも、同じことを言われるなんて
俺は、ふっと笑った後小さな声で
「潤くんのために、猫背なんです。俺は」
あぁ。終わった。
きっと潤くんは炒飯を食べたら、用がなくなって
この家から出て行くのだろう。
翔くんの男らしい腕の中に、飛び込むのだろう。
振り返ると、潤くんは顔を硬直させて立っていた。
「潤くん?」
起ちあがって、潤くんの顔を見つめると
「あれ・・俺、今何してたんだっけ?」
「・・・炒飯・・」
「炒飯?カズが、作ってくれたの?」
俺は、大きく息を吸った。
丸まった背中が、上にグンッと引っ張られるように伸びる。
息を吐いた瞬間、一気に涙が溢れだす。
「ほんとに・・?潤くん」
あははっ、と笑いながら泣く俺に
潤くんが困った顔をする。
「えっ、なに?どうしたの?カズ」
「うそでしょ?このタイミングで?あははっ!」
本当に神様っていんの?
潤くんを抱きしめると、彼は俺の背中に手を回して
「カズって、よく泣くよね」
「だって・・」
「まぁ、そんなお前が好きだよ」
よしよし、と優しく俺の背中を撫でた潤くんの
肩口に、顔を埋めながら
柄にもなく、神様って奴に「ありがとう」と何度も
頭の中でお礼を言った。
a Day in Our Life
― きみは、僕の元へ ―