「ダブルベッドは、やだ」
a Day in Our Life
― 僕の猫背は、きみのためにある ―
大学を卒業した後、俺と潤くんは同棲することに決めた。
お互いの職場に近い場所に、3LDKのアパートを借りた。
本当は2人暮らしだし、2LDKでいいんじゃないかと思ったが
洋服が多い潤くんの荷物が、入らないかもしれないと言われて
3LDKにした。
家具屋で、ベッドを選ぶ際に潤くんが腕を組みながら呟いた。
「なんで?どうせ一緒に寝るでしょ」
「ケンカしたときとか、一緒に寝るの気まずいじゃん」
「ケンカ・・・する?俺達」
高校卒業してから付き合い始めて、もう4年目。
今まで些細な言い合いは、したことはあっても
一言も喋らなくなる程のケンカなんて、したことはなかった。
「これから長く暮らすんだから、するだろ。ケンカ」
「そう?まぁ、潤くんがそうしたいなら俺はいいけど」
「あれ?潤くん、こっちで寝んの?」
風呂から上がって、寝室に行くと
2つ並んでいるベッドの片方に
潤くんが寝転がっていた。
「今日は、こっちの気分だから」
そう言って、難しい本を読んでいる潤くんに
俺は笑いを堪えて、彼の隣に寝転がった。
「見して」
そう言うと、潤くんはうつ伏せに体制を変えて
読んでいた本を、俺にも見せてくれた。
俺もうつ伏せに寝て、潤くんに寄りそう。
潤くんの肩が触れ合って、彼の睫毛の影が見えるほど
近くにいられる今が、一番幸せを感じられる。
結局、買った2つのベッドは
ほとんど俺の方だけ使って
潤くんのベッドは、いつも綺麗にシーツが整ったままだった。
たまに、潤くんの服が散乱したり
俺の漫画が置いてあったりもした。
「俺、禁煙する」
「えっ!なんで」
大学時代から同じ銘柄を吸っていた潤くんが、いきなり夕飯の最中に
宣言した。
「将来のためだよ」
「・・・俺もしなきゃ、だめ?」
小首を傾げると、潤くんは
「・・・しなくてもいいけど、俺より早く死んだら許さない」
「ふふ」
禁煙をすると宣言した潤くんのために、煙草を家で吸うときは
どんなに寒い日でも、ベランダで吸う事にした。
すると、潤くんが毛布に包まりながら隣にやってくるから
俺はいつも一本を途中で消して、潤くんの毛布に一緒に包まって
下らない話をするのだ。
おかげで、煙草を吸う量が前より減った。
「猫背」
ゲームを夢中でやっていると、潤くんに背中を軽く叩かれる。
「もう、治んないもん」
そう言うと
「治そうとしてないじゃん」
潤くんが、俺の首に腕を回して背中に覆いかぶさったから
「んふふ、潤くんのために猫背なんです。俺は」
いい言い訳を思いついたように、得意げに言うと
「なんだよ、それ」
と潤くんは嬉しそうに笑った。
「・・・」
部屋に、一人。
昨日、記憶のない潤くんを無理やり抱いて
なにか思い出してくれるかと期待した自分は、とても浅はかだった。
朝、起きると
眩しい日差しを浴びても、心は暗いまま。
「今日・・なにしよう」
土曜の朝。
潤くんに会いにも行けないし、一人この思い出がたくさんある部屋で
過ごさなくては、ならないなんて。
机の上に、放り投げておいた名刺が目に入る。
俺は携帯を取り出して、名刺に書かれた番号に電話を掛けた。
『・・はい。大野です』
「あ・・」
『ん?』
「あ・・二宮です。覚えてますか?」
潤くんが、退院したと知らせてくれた精神科医の大野智に
俺は、助けを求めた。
『うん。覚えてるよ。ニノ』
「え?」
『潤くんが、ニノって呼んでたから』
彼の声は、電話越しでも優しい表情をしているのだと、想像出来た。
「俺・・どうしたら、いいんでしょうか」
『どうしたら?』
「俺・・潤くんが欲しくて、高校のとき、ひどいことをしたんです。
友人を騙して、彼も騙して・・・本当に最低なことをして・・・」
大野智の心地いい相槌は、俺の口を軽くする。
「そんなことまでしたのに・・潤くんは、記憶なくしちゃうし・・。
こんな俺を、今の潤くんが、もう一度好きになってくれるわけがない」
声が震える。
『そんなことは、ないよ』
「え?」
『潤くんは、とても素直で優しい子でしょ?
泣いてすがりつけば、彼はきっとニノのことを、好きになってくれるよ』
「そんな・・・」
そんなこと。
『18歳の潤くんと、28歳のニノ。
簡単だよ。今の彼を騙して、手に入れるのなんて』
大野智の言葉に、頭が混乱する。
あんな優しそうな奴が、こんなことを言うのか。
「そんなこと・・出来ないに、決まってるじゃないですかッ」
声を張り上げると、少しの沈黙のあと
『なんで?』
「だって・・そんなことしたら」
『なんで?』
畳みかける様に、大野智は俺に問いかける。
「翔くんのことを好きな潤くんが、可哀そうだ・・・」
『大丈夫だよ。この10年、潤くんは笑ってたでしょう?』
「でも翔くんがっ・・翔くんと潤くんは相思相愛なのに・・・ッ」
『いいんだよ。他人なんて。だって潤くんが欲しいでしょ?』
「翔くんは、親友なんだよ!!」
『・・・』
苦しくなった胸を、服の上から抑える。
『ニノ。そんなに後悔しているなら、二度と同じことをしちゃいけねぇよ』
荒くなった呼吸は、大野智の落ち着いた声によって
徐々に元のリズムに戻る。
『10年前の子供だったニノと、今とじゃ違うんだから』
「・・・」
ピンポーン。
チャイムが鳴る音に、ハッとする。
「・・ありがとうございました」
そう言って、大野智の返事を聞かないまま
電話を切った。
溜息をついて、玄関を開けると
「えっ・・・」
「・・おはよ」
ドアの前には、潤くんが立っていた。
「ど・・うしたんですか?」
もしかして、記憶が戻ったのかと期待する。
「ニノ、昨日言ってたでしょ?俺らが付き合ってるって」
「・・はい」
「じゃぁ、ニノといるのが、一番記憶が戻ると思ったから」
まだ18歳の潤くんは、少し怯えたように話す。
そうさせてしまったのは、自分だ。
「ありがとう・・・」
「・・・もうあんなこと、しない?」
そう言われて、俺は頷いた。
「・・おじゃまします」
潤くんは、遠慮気味に自分の家に入った。
大野智の言葉が、頭の片隅に残る。
『そんなに後悔しているなら、二度と同じことをしちゃいけねぇよ』
胸に突き刺さって、痛くて
俺は、また自分の胸を手で抑えた。
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