a Day in Our Life
― 友情の期限 ―
松本を家に残して、4時間が経った。
腕時計を見ると夜の11時を過ぎている。
エレベーターを降りて、廊下を進むと
家のドアの前に、誰かがうずくまっていた。
カツカツカツ・・・
自分の革靴の足音が、廊下に響いた。
彼の前で立ち止まっても、顔を上げてくれない。
「ニノ・・・」
高校時代、呼んでいたあだ名で呼ぶと
彼は、ゆっくりと顔を上げる。
「・・・おかえりなさい」
彼の目は、真っ赤に充血していた。
「もう11時過ぎてるけど・・いつから、ここにいた?」
相葉と一緒に帰ったと思っていたので、俺は驚く。
「翔くん・・・」
「ん?」
「翔くんは、あの日のこと覚えてる?」
「あの日?」
「俺が翔くんに、潤くんを抱きたいかって聞いたのを覚えていますか?」
今でも、あの光景が頭に浮かぶ。
あの時、俺があんな言葉を言わなければ
俺と松本の関係は、違ったものになっていたんじゃないかって、思う。
「あのとき、潤くんが廊下にいたことを、翔くんは気付いたよね?」
俺の心にもない言葉を聞いて、逃げて行く足音と背中を思い出す。
「あれは、偶然じゃないよ。俺が呼んだんです」
「え?」
思わず、ニノを睨んでしまう。
ニノは俺から目線を逸らさずに、言葉を続ける。
「潤くんが、クラスの奴らに翔くんとの関係をからかわれて
気にしてたんです・・・だから俺」
「松本」
「あ、ニノ。早いね」
高校3年。
4人が集まる中庭の木の下で、一人待っていた松本。
翔くんと相葉さんが来るのを、2人で待つことになった。
「ね、ニノ」
「なんだよ」
俺は、松本のことが好きなのに
どうしても、その本人に優しくすることが出来なかった。
いつも照れ隠しのために、わざと冷たい顔を作って
こいつに向き合っていた。
「俺と翔くんてさ・・周りから見て、変?」
「は?」
「や、なんか・・クラスの奴にからかわれるから。うち男子校だしさ」
「・・・嫌なの?からかわれるの」
「俺は、いいけど・・翔くんが嫌なんじゃないかと思って」
「ふぅん」
「・・・俺、ね・・・ニノに、だから言うけどさ・・・。
翔くんが、好きなんだ」
蝉の声がする。
8月は、松本の誕生日があるから
なにをあげようか迷っていた自分が、馬鹿らしい。
そうだとは、わかってた。
だけど、松本の口から聞かされるのは初めてで
覚悟はしていたのに、こんなにショックだとは思わなかった。
「翔くんは、迷惑じゃないかな・・・俺の気持ち」
「確かめてみます?」
「え?」
「俺がさ、翔くんに真相を聞いてみるから、そばで聞いてたらいいんじゃない?
きっと、翔くんもお前の前だと照れて本音なんか、言わないだろうし。
翔くんも、お前のこと好きだよ」
「ほんと?」
純粋な松本を、言葉巧みに騙すのは簡単だった。
そして
「抱きたいって思ってるんでしょ?松本のこと」
「な、に言ってんだよ・・・気持ち悪ぃなぁ」
「松本も、冗談で俺のこと好きとか、たまに言うけどさ〜・・
冗談じゃなかったら、本当にきついっつの。笑えねぇよ」
世間が自分をどう思うかを、一番気にしている彼が
たとえ親友の俺にも、本音を言わずに強がることを
予想するのは、簡単だった。
俺の想像通り、それを聞いた松本は翔くんから離れ
強がりな翔くんは、自分から松本の元へ
すがりに行くことは、しなかった。
俺は、傷ついた松本を
翔くんがあんなこと言うなんて、信じられない。
とでも言うように、優しく慰め
翔くんの代わりに、ずっと松本のそばにいた。
俺が、4人の関係を壊したのだ。
「翔くんと友達になれて、本当に楽しかった。
俺は、翔くんのこと大好きでした」
ニノは、俯いて腕に顔を隠した。
「でも、どうしても・・・潤くんが欲しかったんです」
俺は、拳を握る。
「卑怯な真似して・・・ごめんなさい」
俺は、拳を広げて深呼吸をした。
ニノは、立ちあがって俺に背中を向けて去って行った。
俺は、家のドアを開いて中に入る。
「ただいま」
リビングに入ると、松本がソファの上に横たわっていた。
俺の声に、起き上がる。
寝ていたのか、気だるげにソファに座り
俺の顔を見つめた。
「おかえりなさい・・」
「ただいま。飯食った?」
頭を横に振る松本に、首を傾げる。
「え、ピザ頼んだろ?食べなかったの?」
机の上を見ると、俺が置いたお金がそのままの状態だった。
「・・・どうした?」
下を俯く松本。
俺は床に膝をついて、彼の顔を下から覗きこんだ。
ポロポロ、大きい瞳から涙を流す松本に
「なんか、あった?」
きっと、ニノとなにかあったのだろう。
抱きしめるか、頭を撫でるかで悩んだ。
松本は、ニノと付き合っているけど
ニノだって、卑怯な真似をして俺を陥れたんだ。
俺だって、今の状況を得していいだろう。
「早く・・・色々、思い出さなくちゃ」
「そんなに焦るなよ。怪我もしてるんだし、ゆっくりいこうよ」
「でも、悲しむ人もいるから。俺が忘れちゃってることに」
きっと、ニノのことだ。
俺は、両手を広げようとして下唇を噛んだ。
右手だけを出して、松本の頭を優しく撫でる。
「翔くんと友達になれて、本当に楽しかった。
俺は、翔くんのこと大好きでした」
ニノの言葉が、俺を悪役にしてくれない。
会わなかった10年。
友情なんてものに、期限はないのだろうか。
今、松本を抱きしめられない俺は
今でも、ニノのことを親友だと思っている証拠だ。
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