「なんか、二宮とよく目が合う」
騒がしい教室の片隅で、松本が肩をすくめて呟いた。
「二宮?」
松本の視線の方向を見つめると、同じクラスの二宮和也と目が合った。
俺と目が合った二宮は、何事もなかったかのように
自然に目線を逸らして、持っていた漫画を捲る。
「なんで?」
「わかんない。でも、話したことないし」
「お前が、うるさいからじゃねーの?」
「翔くん、ひどい」
「ふはは。ごめんごめん」
高校一年、春。
男しかいないクラスで、学校生活が始まって
まだ間もない。
俺は中学の友達も違う高校だし、一から仲いい奴出来るか
少し不安だったけど、帰りの電車で一緒になった松本潤とは
意気投合し、いつも一緒にいることが多くなった。
「ねぇねぇ、親睦会やんない!?」
突然、俺達の前に相葉雅紀というクラスメイトが話しかけてきた。
「親睦会?」
そういえば、彼はさっきまで二宮の隣にいた気がする。
「俺ね、ボーリングの割引券持ってんの!今日行かない?」
「マジで?松本どうする?」
「いいよ、行きたい。ボーリング超久しぶりだし」
「ほんと!?あ!二宮も来るけどいい!?」
やっぱりな。
さっきの話の流れ的に、二宮がくることに松本は大丈夫なのだろうかと
心配したが、目が合った松本は、俺の代わりに
「いいよ」
そう返事をしたので、安心した。
「じゃぁ、放課後ね!」
相葉は、嬉しそうに二宮の元に戻って行った。
「大丈夫なの?お前」
少し声を小さく出して、松本に尋ねる。
「翔くんがいるから、平気」
そんなことを嬉しそうに言ったので、こっちが恥ずかしくなる。
「なんだよ、それ」
松本は、同い年だけど
俺のことを、いつも頼って来てくれる。
時には、うっとおしいと思って冗談で冷たくすると
松本は、大きい目を潤ませて
本気で落ち込むもんだから
それが、可愛いというか、面白くて
毎回構ってしまう。
「うわ!お前、パワー出し過ぎだよ!馬鹿じゃないの」
「ピン割れるよ!」
「ふははは!!やばい、超楽しい」
「ははは!」
ボーリングは、思った以上に盛り上がった。
二宮も、最初はどんな奴か心配だったが
相葉との掛け合いは、見ているこっちが面白くて
話すと、幼い顔の割に言う事は、どこか冷めていて
周りをよく見てる奴なんだな、と感心する。
松本を見ていたというのも、俺達と仲良くなりたかったとか?
そんな自意識過剰だけど、今日の盛り上がりを見て
一緒に放課後遊んで、よかったと思った。
「今日も、ボーリング行っちゃう!?」
「3日連続じゃん!お前、どんだけ割引券持ってんだよ」
「うち中華料理屋やってて、店に置いてあんだもん」
「俺、超筋肉痛なんだけど」
「いいじゃん!松潤!俺とペアになろ!?勝たせてあげるから!」
「相葉ちゃんパワーボウリングすぎて、怖い」
「え〜!」
「翔くん、俺とペア組も!」
「なに、結局今日もボウリング行くの?」
毎日遊んで、馬鹿笑いして
大人になっても、こうやって
4人で馬鹿なこと、やってんだろうなぁって未来を想像したら
本当に楽しかった。
「あの・・櫻井さん。これ・・・」
松本と、帰りの電車を待っているホームで
知らない他校の女子に声を掛けられた。
「え?」
恥ずかしそうに、手紙を渡されて
「よかったら・・あの、メールください」
それだけ言って、走り去ってしまった。
「・・・翔くん、モテモテだね」
茫然としている俺の隣で、松本が呟く。
「は!?お前だって、この前知らない女子に声掛けられてたじゃねーかよ」
「メール・・すんの?」
「え?」
「翔くん、好みっぽい子だったじゃん」
電車が到着して、松本が先に乗った。
手紙を鞄にしまって、追いかけて俺も電車に乗る。
「なに怒ってんだよ〜」
電車を降りた後、泊まりに行く約束をしていたので
松本の家に向かう。
一人で先を歩く松本の背中に向かって、声を掛ける。
「俺がお前より、モテんのが嫌なの?」
冗談でそう言って、松本の隣に並ぶと
松本は唇を尖らせた。
「俺が翔くんより、モテるわけないじゃん・・・。
翔くんの方が、かっこいいんだから」
「なに言ってんだよ。お前」
よく恥ずかしくないね、そう言って笑うと
「翔くんに彼女が出来たら・・・俺、嫌だな」
寂しそうに、下を向いて歩く松本に
俺の心臓は、大きく跳ねる。
「なんで・・?」
「・・・」
「なぁ・・」
「だって、彼女出来たら、翔くん遊んでくれなくなるもん」
松本の言葉に、なぜか俺は落胆した。
「そんなことかよ・・」
「え?」
「いや・・馬鹿じゃん!そんなん彼女出来ても、遊べるっつの」
「ほんと?」
「うん」
俺は、松本にどんな言葉を期待していたんだろう。
「櫻井と松本って、仲良すぎねぇ?」
クラスの連中が、冗談でそんなことを言った。
ニノと相葉ちゃんもいて、4人で昼食を食べていたときだ。
「仲いいよ〜、翔くんは俺のものだもん」
「うおっ!告白だぁー!」
松本の冗談に、クラスの奴らが勝手に盛り上がる。
「どっちが、抱かれるほう!?」
「お前、そういうの下品だから」
俺が呆れたように、そいつらに言うと
「そうだよ!ご飯食べてるんだけど!」
相葉ちゃんが笑いながら参加する。
俺の前に座っていたニノは、つまらなそうにパンをかじっている。
「いや〜、松本が抱かれる方っしょ!可愛いもん。お前」
「可愛くないし、俺」
「いや、可愛い!俺も抱ける!松本のこと」
そう言ったクラスの奴に、俺は舌打ちしそうになって
慌てて笑顔を作る。
お前みたいな奴に、松本が触られると思うと
吐き気がする。
そう思った自分に、驚く。
俺って、もしかして
松本のこと、そういう対象として見てしまってるんじゃないか?
それから、俺の夢に松本が出てくることが多くなった。
「翔くん」
甘い声で俺を呼んで、キスをする。
夢なのに、その感触はリアルで
時には、嫌がって泣く松本を押し倒す自分が
夢に出て来ては、親友を自ら汚してしまったようで
起きてから自己嫌悪に陥る。
「翔くん、おやすみ」
自分が変だ。
そう認識してからは、
俺の家に泊まりに来た松本に、緊張する自分がいて恥ずかしくなる。
「松本・・・寝た?」
俺のベッドの隣に、布団を敷いて眠っている松本に声を掛ける。
返事は返って来ない。
俺は、起き上がって松本を見下ろした。
俺に背中を向けて眠っている松本の顔が見たくなる。
ベッドから出て、布団の上に膝をついて
松本の顔を覗き込んだ。
窓から入る月の明かりで、少しだけ松本の顔が見える。
長い睫毛を見て
なんで、こいつは男なんだろう。
もし女だったら・・・
そんなことを頭がぐるぐると廻る。
人差し指と中指で、松本の頬を撫でると
「ん・・」
一瞬起きたかと思って、息が止まる。
俺は、我に返って自分のベッドに戻り
布団を頭まで被って、違うことを考えようと必死になった。
もし、もうどうでもいいや。
そう開き直ってしまったら、
俺は、松本の服を剥いで
夢と同じことをしてしまいそうで、怖い。
そんなことをしたら、一生松本は俺と目を合わせてくれないし
もし、ニノや相葉ちゃんにそんなことが知れたら
友情なんてものは、ぶっ壊れて
白い目で見られるはずだ。
「翔くん」
明日から夏休み。
高校最後の夏休みだ。
大学はエスカレーター式に上がれるから、受験勉強をする必要もない。
HRが終わり、用があって職員室から教室に戻ったら
クラスの奴らは誰一人残ってなくて、俺の鞄だけが机の上に置いてあった。
帰り支度をしていると、違うクラスのニノがやってきた。
「あ、ごめん。待たせた?2人は?」
「多分、中庭のいつものとこで待ってますよ」
「そっか。暑いから文句言われそう」
笑っていると、ニノが俺のそばに立った。
「ん?」
「翔くんて、男に興味あるんですか?」
「は?」
何を言い出すのかと思ったら、ニノの口からそんなことが出てくるとは
想像もしていなかった。
「クラスの奴が、松本とデキてるなんて言ってますけど」
「なんだよ・・それ」
昨日の夢でも松本が出てきたことが、俺を動揺させる。
「本当はどうなんですか?」
「なに」
「松本のこと、そういう意味で好きなんですか」
「どういう意味だよ?」
「抱きたいって、思ってるんでしょ?松本のこと」
頭の奥で、警報が鳴る。
例え、親友のニノでも本当のことを言ったら
おしまいだ。
将来4人で、大人になっても仲良くふざけ合うなんて出来なくなってしまう。
「な、に言ってんだよ・・・気持ち悪ぃなぁ」
乾いた笑いが出る。
気付かれないように、右手を強く握りしめた。
「松本も、冗談で俺のこと好きとか、たまに言うけどさ〜・・
冗談じゃなかったら、本当にきついっつの。笑えねぇよ」
静かな廊下で、階段を下りる足音が聞こえて
思わずその方向を見ると
見慣れた後ろ姿が、目に入った。
「そう。よかった」
ニノの声に、我に返る。
「俺は、松本のこと抱きたいですよ」
「・・・え?」
汗が頬を伝う。
「翔くんが、松本のことそういう意味で好きだったら
勝ち目ないと思ってたけど、よかったです」
ニノは、口端を上げて微笑んだ。
「俺、松本に告白するよ。翔くん」
いつも暗黙の了解のように、4人で集まっていた中庭の
桜の木の下には、誰の姿も見なくなった。
相葉ちゃんは、それをすごく悲しそうに心配して
俺に、何があったのかと聞いたけど
そんなときでも俺は、自分の本当の気持ちを隠して
「別に・・・。もう、一緒にいるの飽きたし」
「なにそれ・・・」
「俺さ、大学別のとこ行くことにしたわ。
まぁ、都内だから、卒業しても遊ぼうよ」
「2人で?」
「・・・ニノと松本が来るんだったら、俺は行かない」
あの日以来、ニノと松本と話すことはなくなった。
代わりに、松本と反対方向の電車に乗っていたニノが
松本と同じホームで、電車を待っているのを
遠くから、見つけたときの感情は
どれに分類するべきなのか、分からない。
あの日、言った俺の一言は
もう、どうやっても消えない。
松本は、俺のことが友達以上の気持ちで、好きだったのだろうか。
俺の一言に、ひどく傷ついたから
ニノの元に逃げているのか。
それとも、俺と一緒にいると
学校で変な噂が立つことを、恐れているのか。
どっちにしても、松本はもう俺の名前を呼ぶことはない。
俺は、ニノと一緒にいて笑う松本の姿を
見たくなくて、大学を別の場所に決めた。
「翔ちゃん、ニノと松潤さ・・・」
相葉ちゃんと、夕飯を食べた後
2軒目の店のカウンターで酒を飲みながら楽しく話していたのに
その名前が出て来た瞬間に、俺の心は
少し期待する。
「大学卒業するタイミングで、同棲するんだって。すごいよね」
あぁ、馬鹿だな。俺。
久しぶりに出た名前に、もしかしたら2人が別れたという話なんじゃないかって
期待するなんて、
自分が惨めだ。
「へぇー・・・そう、なんだ」
「うん」
「あ、相葉ちゃん。なんかおかわりする?」
「えっ、あ・・じゃぁ同じやつ」
「すみません。これおかわりと、ウイスキーロックでください」
何杯飲んだだろうか、記憶が飛んだのは久しぶりだ。
「翔くん」
夢の中で、名前を呼ばれて勢いよく起き上がると
外は朝日で眩しかった。
この気持ちが、いつか楽になるときが来るのだろうか。
「翔くん、おはよ」
「・・おはよ。松本」
カーテンが開けられた病室の窓から、朝日が差し込んで
松本の表情を明るく照らす。
「なぁ、松本。大野先生から聞いた?」
「うん。背中の傷が良くなってきたから、そろそろ
退院して、自宅療養してもいいんじゃないかって、昨日言われたよ」
「どうする?ここのベッドも空いてるし、俺の知り合いってことで
入院費も、普通よりは掛からなくはなってるけど」
怪我も完治してないし、そう付け加える前に松本が口を開く。
「俺、退院したい。やっぱ早く記憶戻したいし」
「焦らなくても、いいんじゃねぇの?」
「でも、仕事も休ませてもらってるみたいだし。
このまま記憶戻らなかったら、俺無職になっちゃうよ」
やだ!そんなの、と困ったように笑う松本。
「ねぇ、俺。翔くんち泊りに行きたい!」
「え?」
「今、翔くんて一人暮らし?」
「あぁ」
「じゃぁ、その家に俺泊まりに行ったりしてたんでしょ?
なんか、思い出すかもしんないじゃん」
松本は、俺の家の場所すらも知らない。
「・・・かもな。泊まりくる?一緒にDVDでも見るか?」
「ほんと!?うんっ、行く」
「わかった。じゃぁ、退院手続きしとくわ」
「ありがとう、翔くん」
お礼を言われても、素直に頷けない。
「あれ?潤くんの・・だよね?」
病院食が、美味しくないと言っていた潤くんのために
仕事帰り、コンビニで買ったお菓子を持って、病室に向かう途中
白衣を着た男に、声を掛けられた。
「え?はい」
そうですけど・・と返すと
「あ。僕ね、潤くんのカウンセラーの大野です。
いつも潤くんのお見舞い来てるよね?」
胸ポケットから出された名刺を受け取る。
「あ、そうなんですか。お世話になってます」
「潤くん、退院したよ?聞いてねぇの?」
「えっ?」
俺の驚いた顔を見て、大野という先生も驚く。
「腕はまだ骨折してっけど、背中の傷はよくなったから
自宅療養しながら、カウンセリングすることになったんだけど・・・」
「本当・・ですか」
「名前なに?」
「え?あ・・二宮和也です」
「そっか。連絡してみれば?」
「・・はい。どうも」
俺は、お辞儀をすることも忘れて
病院を出る。
夕日が地面に、俺の影を作る。
携帯を取り出して、潤くんの携帯に電話を掛けた。
「あっ、潤くん?」
3コール目で、電話に出た。
『ニノ?』
「潤くん、退院したの?今、実家?」
『ううん。翔くんちにいるよ』
「なん・・なんで?」
『え?だって、早く記憶取り戻したいじゃん。
多分、翔くんちに泊まりに来てたと思うから・・・
ニノんちも、俺行ったことある?
今度、行ってもいい?』
電話の向こうで、テレビの騒がしい音が聞こえる。
その音に混じって「誰?」という声が聞こえた。
「・・翔くん、いるの?」
『今、一緒にDVD見てる。ニノも来る?』
「・・・行かない」
『ニノ?』
「ごめんね、また」
一方的にそう言って、電話を切った。
携帯を握りしめた右手の甲で、自分の目を抑える。
罰が当たったのだろうか。
「だって、そうでもしなきゃ・・・」
潤くんが、俺を見てくれることなんて
一生なかったはずだ。
夕日が、顔に当たって温かい。
だけど、切なくなるのは
いつまでも俺を苦しめる
思い出のせいだ。
a Day in Our Life
― あの日の僕は、間違った選択をした ―
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