眠りにつけば
君のことを思い出さなくて済む。
そう思っても
たまに夢に出てきては、僕を悩ませる。
君が夢に出てきて目覚めた朝は
カーテンを開けて、眩しい日差しを浴びても
僕の気持ちは、雨が降っているかのように
いつも薄暗い闇に沈んでいる。
a Day in Our Life
― きっとまた廻り合う ―
「翔くん、今日飲み行かね?」
大学の頃からの付き合いで、職場も同じ友人が
更衣室で白衣を脱ぎながら、俺に言った。
「あれ?智くん、夜勤明けなんじゃないの?」
「そう。でも、明日休みだし」
「本当、酒好きだね」
大学の頃から変わっていない彼に、口元が上げる。
「あー、行きたいんだけどさ・・今日、ちょっと予定あんだよね」
白衣をハンガーに掛けて、ジャケットを羽織った。
「なに?」
「高校の頃の同窓会。主催する奴に絶対来いって、言われちゃった」
昨日から、憂鬱だ。
「へぇ〜すげー!高校のなんて、何年ぶりに会うの?」
「主催する奴とは、しょっちゅう会ってるんだけど
他の人とは、えーと・・10年ぶり?」
「うわぁ、そっか。俺ら28だもんね」
「まぁ、ちょっと顔出して抜けられそうなら、智くんに連絡するよ。
どうせいつものとこで、飲んでるんでしょ?」
そう言うと、智くんは当然!というように笑顔になった。
「櫻井先生、お疲れ様です」
スタッフ専用通路を通ると、行き交う看護師達にお辞儀をしながら
外に出た。
振り返ると、ほぼ毎日通っている自分の職場が嫌でも目に入る。
俺が働いてる病院は、ここらじゃ一番でかい。
俺の通っていた高校は、大学までエスカレーター式だったが
俺は、その大学へは進まなかった。
今の自分に、なりたいがために
あいつらとは、違う大学を選んだんだ。
別に、あいつから逃げたかったわけじゃない。
そう自分に、いつも言い聞かせながら毎日をやり過ごす。
「翔ちゃーん!」
指定された店の前で、タクシーを降りると
今日の会の主催者が、俺を待っていた。
「相葉ちゃん、もう飲んでんの?」
いつも以上にハイテンションな友人に、苦笑いすると
「まだ飲んでないよ!いや〜久々に会う奴とかいると、テンション上がっちゃうじゃん!」
「まぁ、俺らみたいにしょっちゅう会ってる奴らもいないかもね」
高校を卒業して、今まで
頻繁に会っているのは、目の前にいる相葉雅紀という友人一人だけだった。
「ほら、急ごう?乾杯始まっちゃうよ!」
相葉ちゃんに急かされて、2階にある居酒屋に入る。
「あ!翔ちゃん、今日はニノと松潤も来てるよ。
久々でしょ?話してみたら?」
その2人の名前が出て、やはり来なければよかった。
そう思った。
だけど、もう引き返せないから俺は深呼吸をしたあと
相葉ちゃんの後ろについて行く。
高校の同級生、総勢50人近くが集まった。
全員を呼んだわけではなかったらしく、
相葉ちゃんが声を掛けられる範囲の人が、今日来たそうだ。
「集まったじゃん。すげーな」
広い個室に、がやがやと座っている同級生達を見て
相葉ちゃんの人脈の広さに驚く。
「いや〜メールで、みんなに回してもらっただけだよ。
でも、よかった〜。けっこう来てくれて」
「おー!櫻井じゃん!」
「おー!久しぶり!」
さっそく懐かしい顔ぶれに会い、俺はその輪に入って乾杯のビールを飲んだ。
「櫻井、医者になったんだろ?マジすげーな!」
「何科!?」
「俺は、外科だよ」
「すげー!手術とかすんの!?血とか平気?」
「最初はビビッたけど、もう慣れちゃったよ」
「櫻井先生に乾杯!!」
酒が回って、はしゃぐ同級生を尻目に
俺はたくさんいる同級生の中に、彼らを探す。
見つけたら、近寄らないようにしよう。
トイレを済ませて、元いた席に戻ろうとする俺の背中に
「久しぶりだね、翔くん」
懐かしい声に、振り返る。
「ニノ・・久しぶり」
あの頃のあだ名で呼ぶ。
彼は、同い年と思えないほどあの頃のままだった。
童顔で、少し柴犬のような瞑らな目をして
あぁ、そういえば
顎にほくろがあったな。なんて思い出した。
「俺達のとこ、来なよ。一緒に飲みましょう」
「あぁ・・そうだな」
ニノの後ろをついて、歩く。
きっと、あいつもいるはずだ。
「翔くん、連れて来たよ」
ニノの背中から顔を出すと
「久しぶり」
一番会いたくなかった
でも、一番会いたかった人物が、座っていた。
「久しぶり・・松本」
あの頃と同じ肌の白さと、黒髪は変わらずに
だけど幼かった丸顔は、大人に変わってシュッと細くなっていた。
松本潤。
昨日も、学ランを着て俺の夢に出てきた。
そして独特な声で、「翔くん」と俺を呼ぶんだ。
想像していた以上に、綺麗に成長した彼に俺は・・・
「翔くん、座れば?」
ニノに隣を叩かれて、俺はそこに腰を下ろした。
「あっ、翔ちゃん、ここにいたの?」
相葉ちゃんが、少し驚いた顔をして
俺にお酒を渡す。
「ありがと」
10年ぶりに、4人で顔を合わせた。
俺達は、高校1年のときにクラスが一緒になってからは
本当に、青春の毎日を一番長く、一緒に過ごした
親友だった。
「翔くん、医者なんでしょ?相葉さんから聞いた」
ニノが感心したように、俺に言う。
「ニノは、今なにやってんの?」
「俺は、地元の銀行で働いてますよ」
「ニノ、お金大好きだもんね」
相葉ちゃんが口を挟むと
「まぁね。って別に、安定した仕事に就きたかっただけですから」
「・・・松本は?なにやってんの」
俺は、わざと明るい声を出した。
少し、わざとらしかっただろうか。
「俺は、映画の配給会社に勤めてるよ」
「松潤は、すごいんだよ〜!ハリウッドスターとか、おもてなししてんの!」
「ちょっと違う」
松本が笑った。
あぁ、あの頃と同じ笑顔だな。
「日本で試写会とかやるときに、会場の場所決めとか、そんなんだよ」
「でも、すごいじゃん。映画好きだったもんな」
俺がそう言うと、松本は「そうだね」と小さく頷いて酒を飲んだ。
俺達は、週末になるとお互いの家に泊まって
映画を見ていた。
好きな映画も、好きな音楽も、食べ物も、俺達はよく似ていた。
いや、俺が好きなものを松本が知って、好きになってくれることが多かった。
俺は、それが嬉しかった。
「俺の仕事は聞かないの?翔ちゃん」
相葉ちゃんに肩を叩かれて我に返る。
「知ってるし。毎月聞かされてんだけど」
「俺達も知ってますから。相葉さんの話は今別に・・・」
「なんだよー!!」
「てか、相葉さん。なんで、実家の中華屋継がなかったんですか?」
「俺に、料理出来ると思う?」
「無理・・ですね。あんた大雑把だもんね」
相葉ちゃんは、今服屋で働いている。
なんでも、店長になったそうだ。
「あんた、部下叱れるの?」
「今の時代叱るとか、しないよっ」
「じゃぁ、どうすんの?」
「褒める!褒め続ける!」
「やめなさいよ。あんたみたいな奴が、増えるだけだよ」
「あははっ」
相変わらず、ニノと相葉ちゃんの掛け合いは面白い。
「あ、潤くん。なんか頼む?」
ニノが、松本を「潤くん」と呼んだのを初めて聞いた。
「ビールでいいかな。カズは?」
高校時代。
松本は、ニノのことを
俺と同じように、「ニノ」と呼んでいたはずだったのに。
「相変わらず、2人は仲いいよね〜」
一つのメニューを、見ていた松本とニノに向かって
相葉ちゃんが、笑いながら言った。
俺が、みんなとは違う大学に進学してから
松本とニノが、付き合い始めたということも
大学を卒業すると共に
2人が、同棲を始めたということも
全部、相葉ちゃんから聞いていた。
無邪気に近況を話して「今度4人で遊ぼうよ」という相葉ちゃんの言葉を
俺は、いつだって誤魔化して話を切り換えていた。
「二宮って、銀行で働いてんの?俺、相談したいことがあるんだけど」
同窓会の一次会が終わり、帰る奴と2次会に行く奴に別れる中
ニノが、同級生の一人に声を掛けられた。
「カズ、俺タクシー拾ってくる」
「あっ、ありがと」
松本が、ニノにそう告げて
俺の目の前を通り過ぎた。
一瞬目が合った。
だけど、松本は何もなかったように
目線を逸らせて、歩いて行った。
10年間。
やり過ごしてきたんだ。
この気持ちと。
携帯番号を、高校の時から今まで変えていないのは
また君が、俺の迷惑なんか考えずに夜中に電話をしてきて
俺を頼ってくれるって
そう、期待していたんだ。
ニノと付き合ってるって
同棲してるって聞いても
俺は、どこかでまた俺の所に戻って来てくれると思ってたんだ。
でも、今。
俺から目線を逸らせた君を見て
確信してしまった。
そんな期待して待っていても
君の方からは、俺のところに来ないと。
居酒屋の扉を開けて、外に出た松本をすぐに追いかける。
「松本っ」
切羽詰まった声で、名前を呼んだら
振り返ってくれた。
「まつ・・」
もう一度、名前を呼ぶと
松本は階段に足を踏み外して、俺の目の前から消えた。
「松本・・・?」
急な階段の一番下まで降りると、松本はコンクリートの上に横たわっていた。
「どうしたの!?」
松本が落ちた音が、店内に響いたのか
相葉ちゃんの声が上から聞こえた。
「相葉ちゃんっ、救急車呼んで!」
俺はそう叫んで、松本の首に手を当てる。
どうやら、首は折れてない。
でも頭を強く打ったかもしれない。
「潤くん!?」
階段を駆け降りる音に、振り返ると
松本の横たわる姿に、アルコールで赤く染まっていたニノの顔が真っ青になる。
「潤くんっ」
「ニノッ!頭打ってるかもしんないから、揺らさないで」
俺がニノの身体の前に、制止するように腕を伸ばすと
「潤くん、どうしたんですか!?転んだの?」
「俺・・が、後ろから声掛けたら、踏み外して・・・」
そう言うと、ニノは目を細くして俺を睨んだ。
「潤くん・・酔ってたから。別に翔くんが声掛けなくても
転んでたかも。翔くんのせいでは、ないから」
「・・・あぁ」
彼の言葉は、傍から見たら
俺を責めようとしない優しい言葉に思える。
だけど、彼の目はそうは言っていない。
10年も経つのに、自惚れるな。
そう思っているはずだ。
「下敷きになった右腕が骨折。あと背中も強く打っていて
頭も、脳振とうを起こしてる。
多分目が覚めたら、吐き気や眩暈がすると思う」
救急車で、俺の勤めている病院に運んでもらい
俺は、夕方脱いだはずの白衣をまた羽織った。
ちょうど空きがあった一人部屋のベッドに、松本を寝かせ
レントゲンを見た結果を、一緒に付いてきた
ニノと相葉ちゃんに報告した。
「今日は入院して、明日、脳の検査をするから」
「ニノ・・・大丈夫だよ」
ずっと黙って松本の左手を、握っていたニノの背中を
相葉ちゃんが、優しく撫でた。
俺は、それを少し離れた所から傍観していた。
きっとニノがいなかったら、俺が松本の手を握って
彼が目を覚ますのを、じっと待っていたと思う。
「ニノ・・俺が、松本のご両親に連絡しとこうか?」
俺がそう言うと、ニノは松本から手を離し
「俺が、全部やります。翔くんは、もう10年も潤くんの両親にも会ってないでしょ?」
「・・そうだな」
「明日、土曜日で休みだし。俺、今日ここに一緒に残ります。
相葉さんは、明日仕事でしょ?帰っていいよ」
「じゃぁ、明日松潤の具合分かったらメールちょうだい」
「・・・翔くんも、もう帰って大丈夫ですよ。
本当は、仕事する時間じゃないんでしょ?」
ニノと俺は、仲が良かった。
下らないことで笑い合ったりした。
だけど高校時代から、そこに「松本」が絡むと
俺達の中に、微妙な空気が流れ
ニノは、いつも俺をどこか怒ったような瞳で見つめていた。
それを俺は感じながら、まるで
見せびらかすように、松本と話していた気がする。
それが、今じゃ逆転だ。
次の日、出勤すると看護師の一人が俺の元へ走って来た。
「櫻井先生!昨日運ばれた先生のご友人が、今目を覚ましました」
俺は、急いで松本の病室に向かう。
病室のドアを開けると、松本がベッドに座っていた。
ドアの方に背中を向けていたニノが、振り返る。
「・・松本、体調どうだ?吐き気とかしてない?」
ドアを閉めて、ベッドのそばに立つと
「大丈夫・・・てか、俺どうしたの?腕動かないんだけど」
右手を包帯で固定されているのを、松本は不思議そうに見つめる。
「昨日、階段から落ちて、骨折したんだよ」
「うっそ!階段て、学校の?」
「学校・・?」
「すぐ退院出来んの?俺さ〜、翔くんが言ってた映画のDVD借りたんだよ!
一緒に見ようよ」
ニノを見つめると
「・・・潤くん」
ニノが、震える声で松本を呼んだ。
「え?なに、ニノが俺のこと名前で呼ぶなんて、なんか珍しいね」
そう言って、松本は照れくさそうに笑う。
「記憶喪失?なんて、現実であるんだねぇ」
夕方、相葉ちゃんが仕事を終えて病院にやって来た。
「あるよ。頭を強く打ったり、精神的に極限まで追いつめられると
忘れたりするんだ。人の脳ってデリケートなんだよ」
午後にやった松本の脳の検査結果を見ながら、俺は休憩室でコーヒーを啜る。
「じゃぁ、松潤は高校を卒業した後の記憶が、全くないの?」
「会話の流れ聞いてると、そうだな」
「どうするの?治るの?」
「すぐに記憶が戻る場合もあれば、長い間戻らないときもある。
怪我もしてるし、当分入院して様子見るよ」
「本人に、言った方がいいかな?」
「なにを?頭を強く打って記憶が一部、喪失したことは話したよ」
「えっとさ・・ニノと付き合ってて、一緒に暮らしてるとか・・そういうこと」
相葉ちゃんが、休憩室から見える松本の病室を見つめる。
開いたドアから、ベッドに寝る松本と
それを立ったまま見つめるニノの背中が見えた。
「・・・まだ言わなくていいだろ。混乱するよ」
「そうだけどさ・・・ニノが、すごいショック受けてるから」
「今言っても、ニノと付き合っていた記憶はないんだから」
「早く元に戻るといいね」
「そうだな・・・」
「翔くんっ、どこ行ってたんだよ」
病室に戻ると、松本が嬉しそうに俺を呼ぶ。
ニノはそれを見て、病室から出て行った。
2人きりになった病室。
俺は、ベッドに腰掛けて、松本と向かい合う。
「お前に、翔くんて呼ばれるの懐かしい」
そう言って口元を上げると
「なんで?俺、今忘れちゃってるけど
翔くんとは高校卒業した後も、一緒にいたでしょ?」
松本は、首を傾げる。
「そうだな。な、俺の名前もう一度呼んで?」
「翔くん」
君は、あの時のままの笑顔で俺を呼ぶ。
きっと、またいつか
俺の元に戻って来てくれると思ってた。