最終話
「8番の方、作品の説明をお願い致します」
ゆっくりと、手に持っていた黒く四角いお皿を
3人の審査員の目の前に、一つずつ置いた。
「えっと・・白い花は朝顔を作りました。
こちらの紫の花は紫陽花です」
黒いお皿の上。
2つの花が咲く。
右下に、ぽつんと置いてある白い朝顔の和菓子。
左上には、紫の紫陽花。
2つの間には、金粉を川のように流してある。
「なぜ、紫陽花は散ってるの?」
そう尋ねられて
「繊細な感じを、イメージして・・」
紫陽花は、一つの和菓子として完成させた後
花びらを少し削って、散ばせた。
一人の女性審査員のおばちゃんが
「紫陽花の花言葉って、「移り気」でしょ?
朝顔は「片思い」。
失恋でもしたの?」
おばちゃんのストレートな質問に、俺が苦笑いしながら
「はい」
と頷くと、他の審査員のおじちゃん達も笑った。
「この金粉は、見栄えがいいから?」
「世界が違うって、意味で・・」
「失恋したから!?」
あははっ、と審査員達は興味津々に俺の顔を見る。
「いいねぇ、和菓子にメッセージ性があるねぇ」
褒められているのだろうか。
「失恋したから、この作品が出来たんだもの。
相手を恨んじゃだめよ?」
「恨んでません・・まだ好きなんで」
俺がそう言うと、いい歳した審査員全員が
喜んで拍手した。
「翔くん。潤くんとは話した?」
潤くんの部屋は、もう空っぽだった。
丸い窓から外を眺めて立ち尽くす翔くんに、俺は声を掛ける。
「話したよ」
「引き止められなかった?」
翔くんは、振り返って俺を見る。
「母さんに、真実を話そうとしたら
潤に、『やめて』って言われた」
「・・なんで?」
「俺が、櫻井家を継がないって決めた時
母さんはすごく傷ついたから
息子が、男と寝てたなんて知ったら可哀そうだからだろ」
「・・・」
潤くんを軽蔑したのに、息子がその潤くんに恋してると知ったら
ショックで、死んでしまうかもしれないもんな。
「・・・翔くんは、悪くないよ」
俺がそう言うと、翔くんは力なく口元を上げるだけだった。
廊下を歩いていると、着物姿の潤くんの父親が歩いてくる。
「和也、久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです」
頭を下げると、白い綺麗な手で頭を撫でられる。
シミ、一つない手。
黒髪はいつまでも艶があり、顔の皺さえも
綺麗に歳を重ねているのが分かる。
「元気か?」
「・・あんまり」
「潤のことは、気にするな」
「・・・俺、これからも潤くんの着付けしたいです」
「親父さんに、怒られるぞ。
櫻井家に逆らうことになるだろ」
「関係ありません。潤くんは俺の親友だから・・・」
恋人にはなれなかったけど、この想いは消えたわけじゃない。
「ありがとう」
そう言って、彼は優しく微笑んだ。
小さい頃から、彼に微笑まれると
とても嬉しくなる。
潤くんが歳を取ったら、こういう人になるんだろうなと思う。
俺と擦れ違い、彼は廊下を進む。
気付かれないように、後を追うと
翔くんの父親がいる茶室に入って行った。
俺は、襖を少し開けて
中の様子を伺う。
潤くんの父親は、俺に背中を向けて正座し
翔くんの父親は、横顔を向け
お茶を点てていた。
「私の息子が迷惑を掛けて、申し訳ない」
頭を下げる潤くんの父親。
「お前の息子を、自分の息子にしようとしたのが
そもそも間違いだったのかもしれん」
「・・・」
「翔が跡を継がないと分かって、弟子の中から跡継ぎを選ぶことも出来たのに
私は、お前の息子をそばに置いておきたかったんだ」
この2人は、俺達と同じ幼馴染みと聞いたことがある。
でもこうやって、2人きりでいる姿を
小さい頃から見たことがない。
「私達の息子は、家に縛られることなく
自分の人生を歩む決意が出来た。
それは、素晴らしいことだ」
翔くんの父親が、潤くんの父親の目の前に座り
お茶を差し出す。
「私達は、そこまでの勇気がなかったのだから」
潤くんの父親が、俯いた。
彼の肩に、手を置いた後
翔くんの父親は、名残惜しそうに
元の場所へ戻った。
俺は、襖を閉めてその場を静かに離れた。
七年後。
「破門された時、どういう気持ちだったのですか」
「自分は今まで、家の名前と周りにいる人達に
大切に守られて来たんだと思います」
当たり前のように、用意された将来。
優しい幼馴染み達。
「破門されて、決められた道から外れた時
初めて自分の足で歩かなくちゃと思いました」
「歩いてみて、どうでした?」
「自分を出して行こうと決めてから
世界が、広がった気がします」
正統派のお茶の世界を、出て
自分に合ったお茶を、点てようと思った。
上品な世界だけではなくて
若い人たちにも興味を持ってもらえるような。
「今回、松本さんが披くお茶会は
夜の現代アート美術館で行われるものですが
いつもと違った工夫など、あるのですか?」
「僕はいつも通りにお茶を点てるだけですが・・・
一緒に出す和菓子を、こだわりました」
「あぁ!相葉雅紀さんの和菓子に決めたんですよね」
「はい」
七年前。
夏が終わろうとしていた、あの日を最後に
俺は雅紀に、会っていない。
毎日鳴っていた電話も、掛かって来ない。
当たり前だ。
新聞の小さい記事に、「日本和菓子大会」の優勝者の写真が載っていた。
文章の最後に、「銀賞」「銅賞」をもらった職人の名前が書いてある中。
「審査員特別賞」に、相葉雅紀の名前を見つけた。
作品が、ホームページに掲載されてると知り
雅紀の作品を、画面越しに見る。
紫の紫陽花と白い朝顔。
作品名は
「違う世界」というものだった。
その言葉に、俺は色々な感情が押し寄せて来て
雅紀の笑顔が、恋しくなる。
ネットで、相葉雅紀の名前を検索すると
実家の和菓子屋を出て、京都の有名な和菓子屋で修業をしていると
どこかの本で、インタビューを受けた記事を見つけた。
あれから数年が経ち
先日、話しを頂いた現代アート美術館での茶会の和菓子を
どの職人に任せるか悩んだ時
俺は、主催者に「相葉雅紀さんにお願いしたい」と言った。
主催者が、間に入り連絡したところ
すぐに了承されたと聞き
俺の心は、騒ぎ出す。
「相葉さんも独立して忙しいみたいなんですが、
松本さんの名前を出したら、すぐに了承してくれましたよ」
郵送で送られて来た、和菓子の数々は
どれも繊細で、色合いが華やかだった。
その中に、紫の和菓子が混じっていて
俺は、真っ先に
その紫の和菓子にして欲しいと、主催者を通して
雅紀に伝えた。
今日は、お茶会の前夜祭。
本番前に、この企画に協力してくれた人達や
知り合いに招待状を送った。
雅紀にも送ったが、来てくれるだろうか。
「緊張してる?」
控室で、カズが俺に着物を着付けながら質問する。
「・・うん」
カズは、俺が櫻井家を出た後も
どんなに忙しくても、着付けに来てくれる。
「大丈夫ですよ。いつも通り綺麗だから。潤くん」
「なに言ってんだよ」
そう言って笑うと、カズも笑った。
「あの人、来てくれるといいですね」
「うん」
来てくれたら、なんて声を掛けよう。
また彼は俺に、あの明るい笑顔を向けてくれるのだろうか。
もしかしたら、
「今となっては、いい思い出だね」
そう言って、あっけらかんとしているのだろうか。
思い出に出来ずに、引き摺ってる俺は
その言葉に笑顔で「そうだね」という演技が、出来るだろうか。
「翔くん、久しぶり」
「あっ、智くん!」
招待状を入口で渡している翔くんに、声を掛ける。
「綺麗だね」
俺が手に持っている花束を、翔くんは指差す。
「うん。綺麗に出来た」
潤に渡す花束だ。
「翔くん、よく来れたね」
翔くんは、大学院を卒業した後
大学病院の研究室に入り、ほとんど休みがない状態で
研究に没頭している。
「うん。潤の茶会だし」
「そうだね」
潤が、櫻井家を破門されて
一人で色々なことに挑戦しているのを見て
俺達も、自分の将来を真剣に歩き出した気がする。
俺も、海外に行って花を生ける場所を増やして行ったり
カズは、着物をもっと身近に感じて欲しいと
大学生達が自らデザインし、披露するショーを支援しているらしい。
「あ、潤」
着物姿の潤が、特別に作った茶室に入って行く。
「俺らも行こうか」
翔くんに、そう言われ
俺達も茶室に入った。
客人が入ってくるのを、畳みに座って待っていると
襖が開いて、続々と入って来た。
一度に8人入る、この茶室に
翔くん、智、カズも入って来てくれた。
俺と目が合うと、みんな口元を上げて
優しい表情をして、俺を応援してくれる。
4・・5・・7
最後の8人目。
「あ・・」
思わず、声を出した俺に
席についた翔くん達が、入口を見つめた。
俺は、咳込んでから
心を落ち着かせるように、目を瞑って
客人に向かって頭を下げた。
俺が点てたお茶と、紫色の和菓子が出され
みんな作法を守って、お茶を啜る。
お茶を飲んだ事がないと、言っていたあの時は、
茶碗を回すことも不器用だったし、正座に慣れずに
困っていたくせに
今日のお前は、ちゃんと綺麗な正座をして
作法に従ってお茶を飲んでいる。
飲み終わった客人から、俺に一言添えてから
順番に茶室を出て行った。
茶室を出て行く瞬間。
カズが、俺に目配せをして
片手で5を意味した。
「5分、他の奴を入れないから話せば?」
そう言っているように思えた。
「結構なお手前で」
お辞儀をした彼に、俺は
お決まりの返しを忘れて
「雅紀・・」
彼の名前を呼んだ。
カズが襖を閉めて、この茶室には
俺と雅紀だけになる。
雅紀は、辺りを見渡して
俺しかいないことに気付き、引き締まっていた顔を
思い切り緩めた。
一気に、茶室の空気が温かいものに変わった。
あぁ、その顔が見たかった。
「潤、久しぶりだね」
「うん」
声が震えるのを、必死で隠そうと
短い言葉しか返せない。
「俺の和菓子、選んでくれてありがとう!
松本潤の茶会に出してもらうなんて、すごいって親父に褒められた」
「お前だって・・すごいんじゃないの?」
「俺なんて全然だよ!」
「店・・出したんでしょ?」
「うん。葛餅も、あるよ」
「ほんと・・?買いに行こうかな」
俺が好きな和菓子を、覚えててくれていた。
「結婚・・・とか、した?」
「してないよ?潤は?」
首を横に振ると、雅紀は「そっか」と言った。
俺は、膝の上に乗せた両拳を握りしめる。
もう一度、お前と世界が交わったら
言おうって決めていた。
「お前が、好きだ。忘れられない」
自分の爪が、掌に食い込んで痛い。
俺を、好きだと言って欲しい。
もう一度、その声で
俺を好きだと言って?
雅紀の顔が見れなくて、ずっと自分の拳を見つめる。
「潤・・・俺、足痺れちゃった」
顔を上げると、雅紀が申し訳なさそうに足を摩る。
「立つの手伝ってくれる?」
はぐらかされた。
でも、それが雅紀の答えだと思って
俺は頷いて立ち上がる。
雅紀の目の前に立ち、彼が差しだした両手を掴んで
引っ張った。
「ありがと」
立ち上がった雅紀の両手を、離そうとしたら
今度は、俺が引っ張られて身体のバランスを崩す。
雅紀の胸の中に倒れると、大きい手が
俺の身体を包むように、背中に回った。
「先に言われちゃったね」
耳元で、雅紀が笑う。
「俺ね、潤と同じ世界に行くために頑張ったんだよ?
京都の修行、めちゃくちゃ厳しかった」
俺は、溢れる涙を堪えられない。
「お茶の飲み方も、様になってたでしょ?」
頷く俺の肩に手を置いて、雅紀は俺の
泣き顔を覗く。
「ふふふ、可愛い」
親指で、涙を拭う雅紀に
俺は泣きながら
「早く・・言えよっ」
「ん!?」
「俺のこと、好きって言って・・」
「あ!ははっ!」
雅紀は「ごめん、ごめん」なんて笑った後
俺の頬を両手で包みながら、顔を覗き込んで
「好き」
「・・・」
「大好き!!」
「声、でかい・・・」
「ふははっ」
「好き」
これからも
歳を重ねても
いつだって
笑顔で君に、好きだと言われたい。
僕を好きだと言って。
ご愛読、ありがとうございました!!