夏が終わる。

 

 

秋がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きだとって。

第14話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雅紀くん、最近お茶しに来ないわね〜」

「すみません!大会の最終審査まで残れたんで

 頑張っちゃおうかな〜って、思って」

「すごいじゃない!応援してるからね!」

「ありがとうございますっ」

台所から、雅紀の明るい声が聞こえて

俺は思わず、足を止める。

音を立てないように、台所を覗くと

お手伝いさん達と、いつものように談笑する雅紀がいた。

毎日、電話をしているが

顔を見るのは半月ぶりだ。

俺も茶会の準備で忙しかったのと

雅紀も休みの日を返上して、大会の準備をしている。

俺は、雅紀に声を掛けようか迷って

そのまま、来た道を戻ることにした。

 

 

 

 

 

「潤」

 

 

 

 

 

その声に、身体が固まる。

 

 

 

「雅紀」

 

 

 

振り返ると、いつもの明るい笑顔。

嬉しそうに、俺に近付く雅紀に

俺は、ぎこちなく笑顔を作る。

 

 

 

「ふふ」

「・・・なに?」

「いや、久しぶりに会うから嬉しくて」

「・・・」

 

 

雅紀は、いつも思った事を

すぐ口に出す。

それは、俺には真似出来ないことで

とても好きな部分だ。

 

 

雅紀は、辺りを見渡して

「ちょっとだけ・・いい?」

小さい声で、囁く。

「・・・」

ゆっくりと、俺の身体を包むように抱きしめてた。

俺は、雅紀の胸に顔を埋めて目を瞑る。

 

 

 

 

「こんな薄い浴衣着て・・風邪引いちゃうよ?」

「・・・お前、体温高いよね」

薄い生地を通して、雅紀の胸の鼓動も体温も

俺に伝わってくる。

「冬でも温かいよ?俺。

 寒い日は、抱きしめてあげるからね」

 

 

ぎゅぅっと、強く抱きしめられたら

鼻の奥がツンとなる。

 

 

「口説き文句?」

「ふふふ。似合わないよね」

「寒い日じゃないと、抱きしめてくんないわけ?」

「あっ。そっか。

 じゃぁ、いつだって抱きしめてあげるね」

 

 

恥ずかしそうに、笑う雅紀が愛しい。

 

 

 

「もう・・行かなきゃ」

 

 

 

俺がそう言うと、雅紀は名残り惜しそうに身体を離し

少し乱れた浴衣の襟を、整えてくれた。

「俺も頑張るから、潤も頑張ってね」

「うん」

雅紀は、手を振って

靴が置いてある台所へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁ、またお願いしまーす」

勝手口から出て、門の前で停めてある配達車に乗り込もうとすると

潤の幼馴染みの二宮さんと大野さんが、向こうから歩いて来るのが見える。

「あっ、こんにちは!」

開いた車のドアを一旦閉めて、挨拶する。

大野さんは、また綺麗な花束を持っていた。

「こんちは」

「はい。どうも」

大野さんは、俺の前で立ち止まったが

二宮さんは、横を通り過ぎて行く。

俺は、どうやら彼に好かれていないらしい。

「じゃぁ・・」

大野さんに、頭を下げて車のドアを開けると

「あんたさぁ」

二宮さんが振り返る。

「はい?」

「あんた、潤くんに「好きだ」って言われたことあんの?」

「カズ」

二宮さんの顔が恐い。

大野さんが、溜息をついて二宮さんの名前を呼んだ。

「え?」

「だって、潤くんの好みと全然違うんだもん」

「好み?」

「カズ、やめな」

大野さんに腕を引かれ、二宮さんは

櫻井家の敷地に入って行った。

一人、残された俺は

今まで気にしていなかった「好き」という言葉を

頭の中で辿る。

 

 

 

 

 

思い出そうとしても、潤が「好きだ」と言っている姿が

想像出来なかった。

 

 

 

それは、言われた事がないからだと気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

緑の葉が、だんだん黄色くなっている。

さっきまで、幸せだったはずなのに

急に不安と寂しさで、胸がズキズキ痛み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに見てんの?」

自分の部屋の窓際に、立って外を眺めていたら

翔くんの手が、俺の腰に回る。

「紅葉・・」

まだ赤く染まる前。

緑から赤に変わって行く瞬間を、見た事がないと思った。

「それ、楽しい?」

「ううん・・」

頬にキスされて、俺は下を俯くしか出来ない。

「潤・・・こっち向きたくない?」

翔くんの切なそうな声に、俺の意志は弱くて

翔くんの瞳を見つめる。

唇が重なって、

 

 

「ん・・」

 

 

色気を漂わせた翔くんの表情に、見とれてしまう。

翔くんの手が、襟から侵入し

俺の右肩が露わになる。

「・・襖、閉めるか」

まだ外は明るい。

翔くんにそう言われて、俺は小さく頷き

窓の方に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雅紀・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外に、雅紀が立っていた。

一瞬、時が止まったように

俺も、雅紀も動かない。

「和菓子屋の・・」

翔くんの声に、我に返り

今、窓の外にいる雅紀は現実なんだと分かる。

「雅紀っ」

俺の声が届いたのか、雅紀は今まで見たことがない

引き攣った笑顔をして、俺に背中を向けて走り出す。

「待って・・」

「潤!」

翔くんに、腕を掴まれる。

「いい機会だろ?このままでいいじゃん」

「翔くん・・」

「俺じゃ、駄目なの?」

「翔く・・・」

「家のことや、世間体を無視して

 お前を好きだって、言えるようになったのに・・・」

翔くんは、眉を下げて唇を噛みしめた。

 

 

 

 

 

「翔くん・・ごめんなさい」

 

 

 

 

 

俺は、小さい子が怒られた時のように

泣きじゃくりながら、「ごめんなさい」を繰り返す。

 

 

「潤・・・」

 

 

俺の手首を掴んだ翔くんの手に、力が入った後に

ゆっくりと離された。

俺は、裸足のまま

窓から出て、雅紀を追いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雅紀!!」

石畳を蹴って、先を走る雅紀の背中に

大声で呼びかける。

門を出る前に、雅紀はその場に立ち止まった。

 

 

「雅紀・・」

 

 

息切れしながら、俺は彼の服を握る。

 

 

「雅紀・・・俺」

 

 

呼吸がうまく出来なくて

言葉が続かない。

涙も溢れて、苦しい。

 

 

 

 

「潤、いいよ。もう」

 

 

 

 

振り返った雅紀の顔は、涙は流れていないのに

泣いてる時の表情と似ている。

 

 

 

 

「いいって・・?」

「わかったよ。最初から俺は、翔さんの代わりだったんだよね?」

 

 

 

 

最初は、そうだ。

そうだった。

俺は、雅紀を利用して

翔くんに嫉妬して欲しいって

浅はかな期待をしていたんだ。

 

 

 

 

「でもさ、翔さんと良い感じだったじゃん。

 俺なんて、もういらないよね?」

 

 

 

 

俺は頭を横に振る。

雅紀の上着を握りしめて。

 

 

 

 

 

「だって、俺。潤に一度だって「好き」って言われたことないもん」

 

 

「雅紀ッ」

 

 

 

 

 

 

 

そんな悲しい顔するな。

 

 

俺は、本当に馬鹿だった。

 

 

こんなに、お前のことを大切に想っているのに

 

 

 

 

こんなに、俺を大切にしてくれていたのに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと・・あなたたち、何をしているの?」

門の入り口に、翔くんのお母さんが立っていた。

綺麗な着物を着て、俺達を信じられないという目つきで見る。

「潤さん!?どうして、そんな恰好・・・」

言われて自分の姿を見ると

裸足に、肩を出したままの乱れた浴衣姿。

涙を流している俺と、引き止められている雅紀。

 

 

「まさか、この人になにかされたの?」

 

 

軽蔑の眼差しで、雅紀を見る彼女に背筋が凍る。

俺は、震える唇のまま

 

 

「ちが・・うんです。俺が・・・」

 

 

雅紀の服を掴んでいた手を離す。

 

 

 

「俺が・・無理やり迫ったんです」

「なにを言っているの!?」

「じゅ・・」

 

 

 

俺を制止しようとした雅紀を見つめて、小さく頭を

横に振る。

 

 

 

 

 

「俺が、彼のことを一方的に好きなだけで

 彼は、なにもしてません」

 

 

 

雅紀は、口を開いた後

何かに気付いて、悔しそうに口を閉じた。

 

 

 

そうだ。

俺達が付き合ってたことを言っちゃ駄目だ。

彼女にそんなことが知れたら、雅紀の和菓子屋には

一生世話にならないだろう。

 

 

 

 

 

これでいい。

何も言うな。雅紀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潤さん・・・出て行きなさい。

 あなたは、櫻井家の当主として務まりません」

 

 

 

 

 

 

怒りで、お母さんの声が震えている。

軽蔑の眼差しが痛いほど、俺を突き刺して

俺は乱れた浴衣を直して、深く頭を下げた。

 

 

 

雅紀の横を通り過ぎる瞬間。

彼の顔が視界に入る。

 

 

 

 

こんな形で

君に「好き」というなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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