「何してんの?お前」
僕を好きだと言って。
第11話
廊下を歩いていると、襖の向こうから
雅紀の笑い声が聞こえて、襖を開ける。
その部屋は、お手伝いの人達が休憩する場所だった。
「あ!潤」
俺の母親くらいの年齢の女性達に、囲まれた雅紀は
呑気にお茶を飲んでいる。
「潤さんっ」
俺が初めてこの部屋を訪れたことに、お手伝いの人達は
焦って、崩していた足を正した。
「あ、すみません。休んでてください」
「潤も、一緒にお茶飲もうよ〜!木村さんが温泉行って来て
みんなでお土産食べてるんだよ」
木村さんて、誰?
たくさんいるお手伝いさんの名前を、把握してなかった自分は
とことん他人と関わる努力を、していないのだと思った。
「俺の分ないでしょ?」
そう言うと、木村さんであろう年配の女性が立ち上がって
「あります!潤さん、ぜひ食べてください!!」
「ここに座ってください!ね?」
俺のために、みんな立ち上がって雅紀の隣を空けてくれた。
「じゃぁ・・お言葉に甘えて」
雅紀の隣に座ると、奴は嬉しそうにニコニコしながら
俺の顔を覗きこんだ。
番茶と、おまんじゅうを目の前に出され
「頂きます」と言って、一口飲む。
俺が来る前の空気とは一変して、女性たちは
黙って真剣に、俺の言葉を待った。
やっぱ俺、場違いなんじゃないかな・・・。
「あ・・美味しい」
夏だけど、温かい番茶に心が落ち着く。
俺が、そう呟くと
張りつめた女性たちの空気が、溶けて行く気がした。
「潤さん!この前のお茶会のときに着てたお着物。
素敵でした!」
一人のお手伝いさんが、口火を切ると
みんな口々に、「素敵」を連発してくれる。
「ありがとうございます」
頭を下げて、口元を上げると
また空気が変わったような気がして、居づらくなる。
机の下で、雅紀の服を引っ張ると
「あ!じゃぁ、俺。お店戻らないと」
「あら〜・・また来てね!雅紀くん」
「はい!ごちそーさまでした!潤、行こ」
「うん。失礼します」
部屋を出て、廊下を少し歩いた後。
「みんな潤が来て、喜んでたね〜」
「そう?なんか、俺が居るせいで変な感じじゃなかった?」
「みんな潤のファンだから!緊張してるんだよ」
「ファンって・・」
なんだよ。それ。
「またああやって、みんなとお茶飲めば?
すごく喜ぶよ?」
「お前は、毎回ここに来る度に、あそこでお茶飲んでるの?」
「うん!みんないつもお菓子くれるよ〜」
雅紀の笑顔を見て、俺もお菓子をあげたくなる。
それくらい、彼の笑顔はその場を
俺の心も、和ませてくれるのだ。
「店・・戻るの?」
「戻って欲しい?」
「・・・」
「潤の部屋、行きたい」
「いいよ」
お前が配達でここに来るって、分かってたから
部屋で待ってたのに。
中々、姿を現さないから
家の中を探していたなんて、恥ずかしくて言えない。
「今度の日曜・・・なにしてる?」
布団の上に横になっていると、雅紀が後ろから抱きしめてくれる。
お互いの素肌が触れ合って、熱いはずなのに
心地いいと感じるのは
彼の心臓の音を、身近で感じられるからなのか。
「・・・草野球の練習するよ」
眠そうな雅紀の声に、口元を上げる。
「野球やってんの?」
「小さい頃からやってて、今は商店街の野球チームに入ってる」
「へぇ。でも日曜って、店あるんじゃないの?」
「店終わった後、夜に小学校のグラウンド借りて練習すんの」
「そっか」
雅紀の和菓子屋が、いつも夜7時に閉店するから
それから2人で、ご飯でも行こうかと思ったのだが
予定が入ってるなら、仕方ない。
「潤も来る?」
「え?」
「練習終わったら、毎回みんなで飲みに行くんだけど。
おいでよ」
「俺、部外者じゃん」
「俺の恋人でしょ?」
「恋人って、紹介するつもりかよ」
驚いて、顔だけ振り返ると
「え?駄目?」
「・・・一般的に?」
「潤の気持ちとしては?」
「嫌じゃないけど、恥ずかしいから・・」
「わかった。じゃぁ、すっごい大事な友達っていう体で。ね?」
クスクス笑う雅紀に
もう俺が、飲み会に参加することが決定したことに焦る。
そういえば、俺はいつも初対面の人と会う時、
隣に、幼馴染みの誰かが居てくれた。
俺が話さなくても、会話を進めてくれて
俺は質問されれば頷くことしか、関わっていなかった。
だから、余計に俺は
周りから浮いてしまっているのだと思う。
「みんなに会わせたら、きっと潤。人気者になるよ」
なぜ、そんなに嬉しそうな声を出すのか。
雅紀は、俺を抱きしめがら静かに寝息を立てた。
「潤くん、どっか行くの?」
日曜の夜。
浴衣から洋服に着替えて、玄関に向かうと
カズと廊下で会う。
「うん。相葉くんの知り合いとの飲み会に、行ってくるよ」
「え?嘘でしょ?」
「ちょっと、気まずいけどね」
俺が苦笑いすると、
「無理することないよ。今から断れば?」
「大丈夫。・・・俺さ、今までカズ達に頼りすぎてて
外の世界・・っていうか、自分の知ってる人以外とは
仲良くならなくていいやって、思ってたんだけどさ」
この前、一緒にお茶を飲んだお手伝いさん達の顔を思い出す。
「世界を広げるのも、悪くないなって思ったんだ」
だから、今日は頑張ってみるよ。
そう言って、カズを安心させるように笑顔を見せると
カズは、何か言いたげに口を開いたが
それを飲み込んで、
「お酒、飲むんでしょ?送りますよ」
「ほんと?」
「帰りは、タクシーで帰って来てね。
どうせ和菓子屋も一緒に、帰ってくるんでしょうから」
「ありがと」
「・・いいんですよ」
「雅紀の友達!?」
「あ、初めまして。櫻井潤です」
「ちょっと、近いよ!潤が恐がってるでしょ!?」
商店街の中に、昔からある焼鳥屋さんで飲み会が始まる。
20人近くいる草野球チームのメンバーは
俺と同年代の人達から、父親世代までの人が集まっていた。
「雅紀に、こんな上品な友達が・・ッ!?」
「馬鹿なのに!?」
「おい!馬鹿関係ないだろ!」
「なんか、潤さんにオーラを感じる!」
「握手してください!」
手を差し出され、訳が分からず
雰囲気にのまれて、その手を握ろうとしたら
「潤!いいよ!放っておいて!」
雅紀に制止される。
ガヤガヤとした店内に、焼き鳥の香ばしい匂いと
煙草の匂い。
俺がいつもみんなと行ってるお店とは、違うな。
だけど、騒がしい割に居心地がいい。
「潤さん、歳いくつなんですか!?」
「23です」
「俺らより年下!?なに食えば、その顔になれるんすか?」
「なりてぇ!その顔になりてぇ!!」
酔っ払いの対処法がよく分からず、でも彼らのノリが
面白くて笑っていると、隣にいる雅紀と目が合う。
「楽し?」
「うん」
「ふふ、俺は嬉しい」
「なんで?」
「俺の世界に、潤が来てくれたみたい」
俺の世界と、雅紀の世界。
その世界に、表と裏とか
光と影。みたいなものがあるなら
きっと、雅紀の世界は表と光で
俺の世界は、裏と影なんだろうと思う。
雅紀の笑顔は、策略とか計算とかなくて
見ている人が、釣られて明るくなる。
俺は、翔くんを振り向かせるために
智やカズに手を出して
それでも振り向いてくれないから、雅紀を利用しようとした。
「雅紀・・来週の休みは水族館行こう」
「うん!行く。超楽しみ」
「俺も」
もう、やめよう。
策略とか計算とか
何年経っても、分からない翔くんの気持ちを
グルグル考えては、虚しくなるのは。
雅紀と向き合って
彼の世界に浸れるなら
俺も、彼のように笑えるだろうか。
そういえば、俺は雅紀に
まだ「好き」という言葉を言っていない。
急に、俺がそんなことを言い出したら
きっと彼は、すごく驚いた後に
恥ずかしそうに笑って、抱きしめてくれるだろう。
いつ言ってやろうかな。
ガヤガヤした店内に負けないくらい
俺の心臓もうるさくなった。