「潤?いる?」
第10話
家の裏にある古い木の物置小屋は
日が当らず、幽霊が出るんじゃないかと
昔からみんなが噂していた。
悪い事をすると、この物置小屋に閉じ込められ
反省するまで出してもらえないことが日常で
それが嫌で、俺は小さい頃から
親の前では、良い子のふりをし続けていた。
潤は、5歳の頃から
本家の俺の家に、茶道を習いに来ていて
厳しい練習に、よく愚図ったり泣いたりしていた。
その度に、物置小屋に入れられるから
俺は心配で、いつも親の目を盗んで
潤を助けに行く。
「しょぉくん・・」
物置小屋の扉は、開かないように
つっかえ棒が挟まれていた。
扉の向こうから、潤の泣き声が聞こえる。
「またここに、入れられたの?」
「うっ・・うっ・・」
「今度は、なにしたの?」
「うぅ・・くらい・・しょぉくん。こわい」
俺は、迷うことなく棒を外し
扉を開けた。
涙でぐしゃぐしゃになった潤が、俺に両手を広げるから
いつも抱きしめて、頭を撫でる。
「しょぉくん・・怒られない?」
「平気だよ。一緒に謝ってやるから。行こう」
そう言うと、潤は
さっきまで泣いていたのが、嘘みたいに笑顔になる。
その笑顔が見れるなら、一緒に怒られても構わないと思っていた。
あの頃から、俺は潤を守りたくて
俺がいなくなったら、こいつは駄目になるとさえ過信していた。
「松本さんちの潤さん、すごく整ったお顔立ちね」
「昔から、可愛い顔していたからねぇ」
俺は高校1年になり、潤は中学3年になった。
潤が、本家に来るたびに
生徒さん達が、色めき立つ。
「潤、学校どう?」
「カズと、違うクラスになっちゃった」
潤は、学校でも浮いている様子だった。
放課後と土日は稽古が入り、昔から潤のことを独占したい気持ちが
強いカズが、同じ学年にいると
自然に2人だけでしか話さなくなり、カズの他に
潤は友達と言える人間は、居ないじゃないかと思う。
カズに注意して、潤に新しい友人を作らせることだって出来たが
俺も智くんも、カズには何も言わなかった。
幼く可愛い潤が、背も伸び
少し声が変わってきても
俺の気持ちは、変わらなかった。
いつしか、可愛いと思って大切にしていた弟のような潤を
性の対象として見てしまうことになり
俺は、自分が周りとは違うのだと思い始めた。
カズと智くんも、同じ気持ちだろうか。
確認したくても、潤を厭らしい目で見てしまう自分を
曝け出すことは、したくなかった。
そして、茶道の家元に長男として生まれた自分は
決して、この恋は許されないという自覚もしていた。
「櫻井くん、好きです。付き合って下さい」
同じ学校の女子から、告白された
毎朝下駄箱に、何通か手紙が入っていたが
直接行ってくる女子は、この子が初めてで
顔を見て、「いいよ」と言った。
「大野さん、知ってる?翔くんに彼女出来たの」
昔は下の名前で呼んでいたが、ふざけてあだ名のように
「大野さん」と呼び始めてから、それが定着してしまった。
「あ〜・・見た事あるよ。潤は、知ってんの?」
「うん。俺が言ったから」
「・・・やめなよ。そういうの」
「なんで?大野さんも、潤くん好きなんでしょ?
チャンスじゃん」
翔くんは、決して幼馴染みの俺達にさえ
自分の心中は語らなかった。
だけど、聞かなくても分かる。
彼は潤くんを、好きだと言う事も。
潤くんは気付いてないし、翔くんも告白しないなら
俺と大野さんにとっては、今が好都合だ。
「翔くんの彼女って、どんな感じなんですか?」
「・・・」
大野さんは、ちょっと口ごもった後
「潤に、そっくし」
そう言って、苦笑いをした。
「へぇ、どんなとこが?」
「綺麗な黒髪で、色白。目もでかくて
なんか雰囲気ある感じ」
「無意識に、選んじゃうんですねぇ。そういうの」
まぁ、それで落ち着いて
潤くんを諦めてくれるなら、いいけど。
俺は、いつ潤くんに「好き」と言おうか
考えていた。
「うわっ、ビビッたぁ」
学校から帰り、自分の部屋で
制服から着物に着替えていると
少し開いた襖から、潤が見えて驚く。
「なんで突っ立ってんの?入れば?」
そう言うと、すでに着物姿の潤が
俺の部屋に入り、襖を閉めた。
「翔くん・・・」
「ん?なに」
帯を結びながら、潤の声に耳を傾ける。
「彼女出来たって、本当?」
「・・・誰から聞いたんだよ」
「カズ」
「・・・まぁ、付き合い始めたばっかだけど」
「・・・」
「今度・・・紹介する。潤にもそういう人出来たらさ、紹介してよ」
笑顔を作って、振り返ると
俺は、振り返らなければ良かったと後悔する。
「潤・・」
潤は、大きい瞳を真っ赤にして
声を押し殺して泣いていた。
胸が締め付けられる。
同時に、潤は俺の事が好きなのだと確信し
俺は無意識に、その身体を抱きしめた。
その後は、自分が自分ではないみたいに
彼を畳みに押し倒して
綺麗に着ていた着物を、乱暴に剥いだ。
「しょっ・・くん」
潤は、少し怯えた声で俺を呼ぶ。
時計を見ると、稽古が始まるまで30分しか残されていない。
俺は、噛みつくように
潤にキスをしながら
自分の固くなったモノを、潤の後ろに宛がう。
「・・・ッ、なに・・するの?」
多分、なんの知識もない潤は
ただ恐怖だけが募って行く表情を、俺に向けた。
「すぐ・・済むから」
今、思えば最低な言葉だった。
背は伸びたが、心はまだ幼かった潤を
うつ伏せに倒し、彼の固く閉ざされた場所に
無理やりに自分のモノを捻じ込んだ。
「うっ・・アッ!ふぅ・・う」
潤の指が、畳みを這う。
潤の着物の裾を持ち、腰まで捲り
俺は、身体を揺さぶった。
「あっ、・・痛いよ・・しょ、くん」
あんなに守りたいと思っていたのに
傷つけてどうするんだ。
だけど、熱い潤の中に
俺の頭の中は、真っ白になって
自分勝手に、精を吐き出して
潤の中から抜け出した。
「はぁ・・はっ・・」
うつ伏せに倒れている潤を、見下ろす。
白い精液が付いた着物が、なにか濡れているのに気付く。
紺の着物を着ていたから、よく凝視しないと分からなかったが
潤の後ろから、血が出ていた。
「しょぉくん・・」
舌っ足らずな声で、呼ばれて
俺は冷や汗をかく。
こんなつもりじゃなかった。
こんな無理やりに、君を抱くつもりはなかった。
昔から兄貴ぶっていたくせに、こんな余裕のない自分は
初めてだった。
「潤・・・ごめん・・俺」
「ううん」
額から汗を流して、顔を青ざめる俺に
潤は、顔だけ俺の方に振り返り
口元を上げた。
「嬉しい」
15歳とは思えない笑顔で、俺を見た。
俺は、このまま「好き」と伝えようとしたが
拳を握り、唇を噛みしめた。
その後も、俺は潤に「好き」と伝えないまま
自分の好き勝手に、彼を抱いた。
それでも、潤は嬉しそうだった。
「翔くんて、まだ彼女と続いてるのかな・・・」
智の家に遊びに行って、花を生けている彼の後ろ姿に
声を掛ける。
「別れたけど、新しい人いるみたい」
智は興味なさそうに、手を動かし続ける。
翔くんと寝る関係になって一年が経ったのに
翔くんは、他の女とも寝ているのだと思うと
悲しくて、悔しかった。
「潤。今日、稽古じゃないの?」
「・・・いいよ。今日はサボるから」
「だいじょぶなの?」
「智も、サボろうよ。俺と一緒に」
智の背中に、抱きつくと
彼の手が止まった。
「智・・・こっち向かないの?」
ゆっくりと、後ろを振り返った智の唇にキスをする。
「んっ・・」
一度唇が離れて、智と目が合う。
智は身体ごと、俺に向き直し
腰に手を回した。
服の中に入って来た智の手は、花を生けていたせいで
凍えるほど冷たくなっていたが
事が終わる頃には、汗をかくほど温かくなっていた。
「潤・・翔くんとも、してんの?こういうこと」
布団に寝転がりながら、俺を抱きしめる智に聞かれて
「うん」
「いつから?」
「一年前。翔くんから、キスしてくれた」
そう言うと、智は起き上がって
「なんか言われた?」
俺が頭を横に振ると
「翔くんて、最低だね」
その言葉に、俺が眉間に皺を寄せると
智は気まずそうに、また横になった。
「潤くん」
数日後、カズが俺の家にやってきて
恐い顔で言った。
「翔くんと大野さんと寝てるって、本当?」
智が、言ったのだろうか。
俺が素直に頷くと、カズは目を大きくして
俯いた。
幼馴染み3人が、そういう関係になったことに
嫌悪感を抱くのは仕方のないことだ。
そう思ったが
「じゃぁ、俺とも寝れる?」
カズは、真剣な顔で俺に言った。
「・・・いいよ。その代わりに、翔くんに言ってよ。
俺と寝たって」
「言って欲しいの?」
「だって、翔くん。いつまで経っても
俺以外の人と、遊ぶんだもん」
「・・わかった」
「ありがと」
俺が笑顔でお礼を言うと、カズは悲しそうな顔をする。
分かってるよ。
俺の性格が悪いっていうのは。
だからカズ以外に、同じ歳の友達が出来ないんだ。
カズの柔らかい頬に、手を置いて
俺からキスをした。
「翔くん。俺と大野さん、
潤くんと寝てるよ」
カズから言われて、身体が固まる。
「は・・?」
「翔くんは、一年前から潤くんと寝てるんでしょ?
でも、付き合ってるわけじゃないから、いいよね?」
カズの表情は、明らかに不機嫌だった。
確かに、俺と潤は付き合ってるわけではないが
承諾を求められても、素直に頷けなかった。
「翔くんが、世間体を気にする人で良かったよ」
カズはそう言って、俺の前から去って行った。
よほど、潤に手を出した俺が
頭に来てるのか
半年ほど、カズと口を聞かない日々が続く。
「翔。なんだこのお茶は」
当主に稽古を付けてもらっている最中。
俺の点てたお茶を飲んで、苦い顔をされた。
「最近のお前は、集中力が足りない」
そう言われて、俺は俯くしか出来ない。
俺が稽古をしてる最中。
潤は今、誰に抱かれているのかと思うと
気になって仕方がないのだ。
「お前は、あと1年経ったら大学を卒業し
この櫻井家を継ぐのだから、このままだといけない」
「・・・はい」
「翔。今お付き合いされてる方は、いらっしゃるの?」
母と顔を合わせれば、いつも同じ事を言われる。
「一応・・」
そう答えると、厳しい口調に変わり
「あなたは、この家を継ぐのだから
それ相応の相手を選ばなくては、駄目ですよ」
「分かってます」
「跡取りを作るのも、あなたの役目なのだから」
その言葉に、俺は小さく「はい」というしか出来なかった。
「翔くん?」
潤を抱きしめて、黙ったままの俺。
「どうしたの?」
「ん?なんでもないよ」
そう言って、潤の頬を親指で撫でると
彼は、目を細めて笑う。
あぁ。
こいつを独り占めしたい。
「父さん、お話があります」
父と2人きり。向かい合って俺は畳みに手を付いて
頭を下げた。
「僕は、この家を継ぐ覚悟ができません」
「・・・どうしてだ」
「・・大学で研究してる道に、進みたいです」
これも本音だった。
将来、家を継ぐことは決まっていたが
興味があるものを学びに、大学を選んで研究室に入った。
「この家を、捨ててまでか?」
低く重い声で、聞かれる。
俺は、顔を上げられないまま
「申し訳ありません」
そう答えると
「顔を上げなさい」
言われた通りに顔を上げると、いつも表情を変えない父が
初めて悲しい顔をした。
「お前の進みたい道に、行きなさい」
俺は、目頭が熱くなって
言葉が出なくなる。
父が、立ち上がり
俺の肩を叩いた後、部屋を出て行った。
この事を聞いた母は、泣き叫んで
俺を説得したが、父がなにも言わないことに諦めたのか
最後は、納得してくれた。
申し訳ない気持ちは消えないが、肩に乗っていた重しが消えたようで
俺の心は、清々しかった。
これで、家のことを考えずに
自分に素直になれる。
そう思い、潤に会いに行くと
「翔くん!跡を継がないって、本当?」
「あぁ、元々俺にお茶の才能はないし。
好きな研究をして、職につくよ」
「翔くん・・・」
「潤、あのさ」
「さっきね、当主からうちの両親に連絡が来て
俺が櫻井家を継がないかって、言われたんだけど」
「え?」
俺は、潤を抱きしめようとしていた手を引っ込める。
「俺が、あの家を継いだら
翔くんとずっとそばで、暮らせるね」
無邪気に笑う潤に、俺は何も言えなくなる。
「まぁ、潤さんなら、私も納得しますけど」
家に帰ると、俺の両親が話し合っていた。
「潤は、お茶の腕も確かだ。
弟子の中から選ぶことも出来たが・・・」
俺は、家にいることが出来なくなり
外の物置小屋に、逃げ出した。
真っ暗で、湿っぽい空気。
自分の間の悪さと、意地のなさに
涙が止まらない。
もう、これで
潤に「好きだ」という言葉を
一生使えなくなってしまったことに、俺は唇を噛みしめた。
「好きだ」
「好きだ」
「お前の顔も声も中身も、全部・・・ッ」
「好きだ・・」
俺の告白は
薄暗い物置小屋にしか響かない。
僕を好きだと言って。