きだとって。

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シャワーを浴びると、日焼けした部分が

ヒリヒリと痛み出す。

髪は、半乾きのまま

台所へ行き、小さいビニールの袋に

氷と水を入れて、頬に当てる。

ひんやりする感覚に、目を閉じて

昼間、雅紀と行った動物園を思い出す。

 

 

 

「潤、なにしてんの」

 

勝手口から入って来た翔くんに、驚く。

 

「ちょっと日焼けして・・翔くんは?」

「住所変更の手続きで、判子が必要でさ。

 取りに来た」

用件を聞いて、肩を落とす俺はなんなんだろう。

翔くんが、俺に会いに来るわけではないのに。

「あら、翔。どうしたの」

台所を通った翔くんの母親が、彼の声に反応して

顔を出した。

翔くんの顔は、母親似だ。

いつも何時でも、上品な着物を着ている彼女は

常に姿勢がピンとしていて、少し恐い。

「母さん。判子って、どこにあるかな」

「すぐに必要なの?」

「はい」

「こちらに、いらっしゃい」

母親の後を、付いて行く翔くんに

「あ、じゃぁ翔くん。俺、部屋戻るね」

おやすみと、言おうとしたら

母親が、怪訝な顔で俺を見つめた。

その瞳に、俺はなにか失言してしまったのかと

身体を固める。

「潤さん・・・、あなたはもう櫻井家の人間になったでしょ?

 翔がこの家を出ても、あなたがこの家の当主になったとしても

 翔は、あなたの兄なのよ」

「はい・・」

「母さん」

翔くんが、俺を庇うように制止しようとすると

「いいえ、こういうのはちゃんとケジメを付けないと。

 親しき仲にも、礼儀あり。ですよ。

 これからは、翔のことを兄として敬ってもらわないと」

「はい。すみませんでした」

俺が頭を下げると、母親は納得したのか頷いて

廊下を歩いて行く。

俺が頭を上げると、翔くんの困った顔と目が合い

「気にしなくていいから。お前がこの家で一番偉くなるんだからさ」

そう言って、母親の後を追った。

一人残された俺は、この暗くて荒んだ気持ちを

誰かに聞いて欲しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし?潤?』

「雅紀・・」

『潤から、電話くれるの初だね〜』

「うん・・・」

『今日は、楽しかったね!疲れたんじゃない?大丈夫?』

「大丈夫・・ねぇ」

『ん?』

「会いたい・・今から来てよ」

 

 

電気も点けていない自分の部屋は

窓からの月明かりしか、入って来ない。

 

 

『今から?』

「・・・なんでもない」

さっき会って別れたばかりなのに、俺は何を言ってるんだろう。

『俺ね、今から明日の下準備しなくちゃいけないんだ』

彼だって暇じゃない。

『だから、深夜になっちゃうけど、会いに行っていい?』

その言葉に、俺は俯いた顔を上げる。

「うん」

『じゃぁ、部屋の窓叩くね。あ、でも何時になるか分かんないから

 寝ててもいいよ』

「待ってる」

『ふふ、じゃぁね』

「うん」

電話を切って、まだ畳みの上に散らばっている服を片づけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『翔くん、今どこいんの?』

母親から判子を受け取り、自分の部屋に行って

荷物を少し運ぼうと考えていたら

智くんから、珍しく電話が掛かって来た。

「今、実家にいるよ。なんで?」

『すぐ行くから、待ってて』

「え?」

そう言われて、一方的に電話を切られた。

智くんの家から、この実家まで

車で5分と掛からない所にあるため、俺は大人しく待つことに決めた。

言葉通り、智くんはすぐにやってきて

手に持っていたウイスキーを、俺に見せた。

「一緒に飲もう」

「強そうなの持って来たね〜智くん」

グラスを2つ持ってきて、俺の部屋で飲むことになった。

潤とカズは、あまり酒に強くないから

よく智くんと2人で、飲む機会が多い。

「暑い?エアコンつけようか?」

そう尋ねると

「さっきまで、花生けてたから

 逆に寒い」

冷房が利いている部屋に、長時間いたのか

智くんは腕を摩った。

「じゃぁ、窓開ける?」

部屋の大きい窓を開けると

気持ちのいい風が、入って来た。

夏でも、今日の夜は風が出ていて過ごしやすい。

窓枠に座って、満月を見ながら

ウイスキーを飲む。

 

「さっきさ〜、母さんが潤に

 俺を兄として敬え!なんて言ってさ〜」

「翔くんの母ちゃん、恐いよね」

「ふっ、まぁね。この家の妻は強くないとやっていけないから

 仕方がないんだけどさ・・・。

潤に「翔くん」以外の名前で、呼ばれるの

 想像つかねぇな・・・」

「でも、翔くんがそれを選んだんじゃん」

 

 

そっけない智くんの言葉に、俺は少し驚く。

 

 

「・・智くんの親は、早く結婚して跡継ぎ作れって言わない?」

話題を変えることにした。

「うちの親は、そういうの厳しくないからね。

 言われたことない」

「・・・いいね」

「父ちゃんの跡継ぐって言った時も、爆笑された」

「えぇ?」

「『就職すんの面倒臭くなったんだろ』って」

「いいじゃん。いい両親じゃん」

「カズんちも、そうじゃん?」

「あ〜、カズのお母さん。あっけらかんとしてるもんね」

伝統とかに縛られてないのが、羨ましい。

「翔くんさ」

智くんが何か言おうとした時、俺の目線の先に

黒い影が映った。

俺の部屋の相向かいにある潤の部屋に

誰かが、やってきた。

離れているせいで、目を細めても

誰だか分からない。

 

 

「智くん・・潤の部屋の前に、誰か居るんだけど・・・」

 

 

泥棒だろうか。

俺が立ち上がり、裸足で外に出て

潤の部屋に向かおうとすると

彼の部屋の窓が開き、両手が出て来た。

 

 

 

 

「あれ、和菓子屋の息子だよ。きっと」

 

 

後ろで智くんの声が、耳に入る。

 

 

 

窓から出て来た潤の手は、黒い影の人物を

誘うように、背中に手を回し

傾れ込むように、2つの影が

部屋に入って行った。

 

 

 

 

 

俺は、両手の拳を握りしめる。

 

 

 

 

 

「なんで?」

 

 

なんで、和菓子屋の息子があいつの部屋に?

しかも深夜に、隠れるようにして窓から入るんだよ。

 

 

「付き合ってんだって。潤と」

 

 

智くんは、冷静に呟く。

俺は、口を開いても言葉が出て来なかった。

今の気持ちを悟られないように

口を閉じて、智くんの隣に座り直す。

「へぇ・・いつの間に」

「翔くん」

「ん?」

「そんな悔しそうな顔すんなら、なんで潤と付き合わなかったの?」

 

 

 

 

智くんの言葉が、重く肩に圧し掛かる。

 

 

 

 

「は?」

「昔から、潤は翔くんしか見てなかったから

 いつでも覚悟は出来てたのに・・・。

 翔くん以外の奴に、取られるなんて

 オイラもカズも、思ってなかった」

 

 

アルコールのせいなのか

気持ちのせいなのか

智くんの瞳は、ゆらゆらと燃えているように見える。

 

 

 

「・・・そんな、簡単に言わないでよ」

 

 

 

 

 

俺だって、「好きだ」と言おうとしたんだ。

 

 

 

 

だけど、そんなに簡単なことではないと

潤を抱いてしまった後に、我に返ったのだ。

 

 

 

 

「きっと潤は今、オイラ達以外の男とキスしてんだよ」

 

 

 

 

智くんの言葉を聞きながら

俺は暗いままの潤の部屋を、見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・ふ・・んっ」

靴を脱いで、窓から忍び込み

潤と抱き合うようにして、部屋の布団の上に倒れ込んだ。

『会いたい』と電話で言われたら

浮かれないわけがない。

「はぁ・・」

お互い噛みつき合うようにキスをして

唇を離すと、銀色の糸が

キラキラと月明かりで照らされる。

潤の熱を帯びた瞳に、俺の心臓が爆発しそう。

もう一度キスをしようと、唇を近付けると

潤は静かに目を瞑る。

俺は、寸前で近付くのを止めて

潤の頭を撫でた。

目を開けた潤は

「ん?」

と、不思議そうな声を出す。

「いや・・このままキスしちゃったら、止まらなくなりそう」

そう言って笑うと

潤は、俺の頬を両手で挟んで

「俺は、そのつもりで待ってたんだけど」

今度は潤から、俺にキスをする。

 

 

 

ヤバイ。

潤とのキスは、甘くてとろけるように

病みつきになる。

 

 

 

浴衣の胸元から、遠慮気味に手を入れると

潤の身体が、ピクッと反応した。

胸を撫でると、素肌がすべすべしていて

いつまでも触っていられると思った。

「んっ、ん・・・」

顔の角度を変えながら、キスを続け

舌を絡ませる。

潤の舌を咥えながら

胸の突起を指で摘むと、一際潤の身体が跳ねた。

唇を離して、潤の首にキスをする。

痕が付かない程度に、軽く吸って

皮膚を弱く噛む。

「はっ・・ッあ!ま、さき」

「敏感なんだね。潤」

クスクス笑うと

「なんかムカつく」

そう言って、頬を摘まれた。

「なんで!?褒めてんのに」

「嬉しくねぇもん」

「俺は嬉しいよ。俺がすることに対して

 潤が、喜んでくれてるみたいで」

「・・・」

「なに?」

摘まれた頬を、慰めるように

潤は優しく撫でながら

「なんか、お前ってストレートだね」

「思ったこと我慢出来ないの。あっ、ムカつく?駄目?」

「ううん。なんか・・なんか、くすぐったいよね」

こういうの。と照れくさそうに潤が呟く。

 

 

 

あ〜・・可愛い。

 

 

 

「ふっ、んん!ぅあ・・」

「あっ、痛い?大丈夫?」

「・・ッたくない。あっ」

「じゃぁ・・気持ちいい?」

「んっ、んっ」

仰向けで、潤の顔を近距離で見つめる。

男と初めて寝ることに、緊張していたが

潤のきつく瞑った目と、甘い声に

うまくやれているのかと、少し安心した。

布団を握り締める潤の手に

自分の手を重ねて、抑えつける。

 

 

 

「あっ!あ、ん・・んっ」

「潤・・・」

腰の速度を速めると、潤が俺の手を強く握り返した。

 

 

「好きだよ」

 

 

耳元で囁きながら、強く打ちつけると

潤の熱い中が、痙攣しているようにビクビクと反応した。

「ふ・・ッあっあっ、も・・」

「限界?」

「んっ!あっ・・ま、さきッ」

名前を呼ばれて、俺は潤から手を離し

彼の身体を包むように抱きしめた。

潤も、俺の背中に両手を回して

お互いの胸が擦れるほど密着して

同時に、欲望を吐き出す。

 

 

肩で息をしながら、潤を見つめると

前髪の隙間から見える瞳が、なんとも色っぽくて

もう一回頑張れちゃうんじゃないかな、と思った。

でも明日の仕込みの時間を考えると

そんな余裕はないと、気付く。

 

 

潤に軽くキスをして、ぎゅっと身体を抱きしめた後

名残惜しいけど、起き上がって

脱ぎ捨てた自分の服を、着直した。

「寝てけば?」

裸のまま布団を被る潤に

「そうしたいけど、あと2時間経ったら

 朝の仕込み、入らなきゃいけないんだよね」

「さっきまで、やってたんじゃないの?」

「ちょっと、忙しくて。

 朝だけじゃ間に合わないから」

「そっか・・なんか、ごめん」

「え!?なに言ってんの?超嬉しかったよ」

「・・・」

布団の上から、潤の身体を摩る。

「今度の休みに、水族館行かない?」

潤は、布団から顔を出して頷いた。

「決まり。また電話するね」

「ん」

「おやすみ」

「・・おやすみ」

 

 

窓から静かに抜け出して、外に転がっていた

サンダルを履いて、自分の家へと戻った。

 

 

 

帰り道、満天の星空を見上げながら

さっきまでの潤の体温を思い出しては

口元を緩めてしまう自分がいて

恥ずかしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウイスキーのボトルを2人で飲み干すと

智くんは、床に寝転がって寝てしまった。

俺は、ずっと窓の縁に座って

グラスを手に持ったままの体制で

じっと、潤の部屋を見続ける。

 

 

 

一時間が経ったくらいか、

黒い影が、潤の部屋の窓から出て来た。

辺りを見渡して、静かに門の方へ走って行った。

開いた窓から、潤が顔を出す。

奴が走って行った方向を、見つめた後

顔を引っ込めた。

 

 

 

 

 

今まで頼んでいた店を変えて

新しい和菓子を、取り入れようなんて提案をした自分に

腹が立つ。

 

 

 

 

どうせ、潤の退屈凌ぎや気分だとしても

この苛立ちを抑えることは、容易ではない。

 

 

 

 

なぜ、俺は

あの日あの時

あいつに、「好きだ」と言ってやらなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

後悔する頃には、なんでも手遅れだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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