人を好きになるって、幸せなことのはずなのに。
どうして、死にたくなるくらい辛いんだろう。
僕を好きだと言って。
第8話
「潤くん?」
襖を叩いても、反応なし。
夕飯でも一緒に食べに行こうと思ったのに
携帯にも出ない。
さっき大野さんに、電話を掛けたときには
潤くんの居場所を、知らないと言っていたから
もしかしたら、翔くんと2人でどこかに・・・
そんな不安が頭を過ると
「カズ、来てたんだ」
後ろを振り返ると、洋服を着た潤くんが立っていた。
「あ・・ご飯食べました?」
「うん、食べて来ちゃった。ごめん、電話さっき気付いた」
潤くんは、自分の部屋に入ると
テーブルに、財布と携帯を置いた。
潤くんの部屋の中は、洋服が散らばっていて
足の踏み場がなかった。
「どうしたの?これ」
「あ〜・・なに着て行くか、ちょっと悩んで」
「どこ行って来たの?」
潤くんは、俺に背中を向けて洋服を脱ぎ
浴衣を羽織った。
「相葉くんと、動物園行って来た」
心なしか、声が弾んでいるように聞こえた。
「へぇ・・」
浴衣の帯を締めながら、潤くんは俺の方を向いて立つ。
潤くんのいつも白い肌が、赤みを帯びているのに気付き
俺は、無性に腹が立った。
「日焼けしてんじゃん」
彼の頬を、親指で撫でると
痛いのか片目を瞑った。
「平気だよ。日焼けくらい。男なんだし」
俺が大げさなことを言っていると
笑うように、潤くんは顔を背けて
畳みの上に散らばった洋服を、箪笥に仕舞い始めた。
「今日みたいな暑い日に、動物園て・・・
あの和菓子屋、なに考えてんの?馬鹿なの?」
「まぁ、暑かったけど楽しかったよ」
潤くんの言葉が、更に俺の胸を締め付ける。
なんで、俺より
あいつを庇うようなこと言うの?
俺は、潤くんの背中に抱きついて
赤くなったうなじに、唇を付けた。
「カズ・・」
潤くんが、前を向き俺の胸に手を当てる。
「悪い・・もう、やめない?こういうの」
「え?」
潤くんの眉が、困ったように下がる。
「一応俺、付き合ってる人出来たし。
こういうことやっちゃうと、浮気みたいになるじゃん」
「・・・浮気?」
「高校のとき、興味本位で
カズ達とこういうことするのが、当たり前になっちゃったけど
もうそろそろ、止めたほうがいいと思うから」
「は・・ははっ」
俺は、どうしようもない気持ちが爆発して
乾いた笑いが口から出る。
「はは・・あ〜・・潤くん?
ごめんね。俺、腹減っちゃったから、なんか食べてくるよ」
「うん」
「顔、冷やしてね」
「わかった」
パタン、と静かに襖を締める。
バンッ!!!!!
自分ちの中にある作業場で、想像を膨らませるために
花を生けていたら、いきなりドアが荒い音を立てて開く。
驚いて、手を止めると
カズが、恐い顔をして入って来た。
「なに?」
さっき電話で、潤の居場所を知らないか聞かれた時は
普通の声だったから
その後、なにかあったのだろうか。
「・・・これ、潤くんにあげんの?」
テーブルの上にある
小さい花束を、カズは手に持った。
「うん。練習用の花、余ったから」
そんな言い訳を付くが、カズや翔くんには
俺が余分に花を発注していることなんか、お見通しのはずだ。
「あんたも俺も、本当馬鹿だよね」
カズが、鼻で笑った。
「馬鹿?」
カズの苛立ちが、身体から溢れだ出してるように
部屋の空気を悪くしていく。
「セックスしてもさ、こんな花束あげてもさ
潤くんは、俺達のことなんて
一生好きになってくんないのに!」
カズは、手を振り上げて
床に花束を叩きつけた。
花びらが、宙に舞って
無残な姿に変わってしまった。
「カズ・・なんかあった?」
別に花束のことは、どうでもいい。
彼が俺の作った花束に対して
ここまでする理由が、なにかあるはずだ。
「潤くん・・・和菓子屋の息子と付き合ってんだよ」
「え・・・」
一度、廊下で会った。
身長が潤より少し高くて、ニコニコしていた青年としか
思い出せない。
「翔くんと兄弟になって、あの家を翔くんが出るって聞いたとき・・
やっと・・・俺の番が来るって思ってたのに」
カズの喋る唇と、肩が震えている。
「あんな・・出会って間もない奴に、横から取られるなんて」
カズは震える唇を隠すように、下唇を噛みしめる。
下を俯いた目から、涙が床にポタポタ落ちていく。
「恋人が出来たから、もう俺達とは寝ないって」
はは、とカズは泣きながら笑った。
「なんだよ。なんなんだよ・・・
なんで、俺じゃないの?」
俺の気持ちと、全く一緒だった。
だけど、カズが代弁してくれてると思うと
俺は、花を床に叩きつけるような
熱い怒りは湧いて来ずに
ただただ、喪失感が心に広がる。
潤を、自分のものに出来ると思っていなかったけど
誰かのものになるという想像も、していなかった。
きっと、彼は一生翔くん以外の人を好きになることは
ないと思っていたから。
「カズ」
「・・・」
カズの肩に手を置く。
唇を噛みしめて、真っ赤な目を向けるカズを見て
潤が、翔くんとセックスをしたと分かったときの
カズを思い出した。
そのときも、彼は激怒し
俺は茫然としていた。
「オイラ達さ、潤を抱いてはいたけど
『好き』とは伝えてなかったよね」
「・・・言えるわけ、ないじゃないですか。
潤くんの好きな人は、翔くんなんだから」
「それが、いけなかったのかも」
「今更・・ですよ」
カズの肩を優しく数回、叩く。
彼は、腕で涙を拭った後に
小さい声で「ごめんなさい」と謝って
床に散らばった花を拾い上げた。
俺もカズも、馬鹿だ。
だけど、一番馬鹿なのは
翔くんだ。