第5話
「こんにちは〜、今日も蒸しますね!」
「あっ、雅紀くん。御苦労さま」
水曜日。
櫻井家に、注文通りの和菓子を届けに来る。
厨房の勝手口から入ると、使用人のいつもいるおばちゃん2人が
俺を笑顔で迎えてくれた。
「お茶でも、飲んで行きなさいよ」
「え〜?毎回いいのかなぁ」
「いいのよ!私達、雅紀くんが来るの待ってたんだから」
じゃぁ、お言葉に甘えて・・と靴を脱ごうとした時。
「どうも」
おばちゃん達が、息を止めた気がした。
厨房の入り口に、潤さんが浴衣を着て立っている。
「あっ、こんにちは!お世話になってます」
俺がお辞儀をすると
「相葉くんさ、今暇?」
「え?あ、はいっ」
「ちょっと、こっち来て」
そう言って、潤さんは俺の返事を待たないまま
背中を向けた。
潤さんが居なくなった瞬間、静かだったおばちゃん達が
「今日も、綺麗ねぇ」
「ホント・・・うちの息子とは、大違いだわぁ」
うっとりするように、呟いた。
俺は、靴を脱いで厨房を通り
廊下に出て、潤さんの背中を追いかける。
「あの・・」
「この前、葛餅食べたよ。
美味しかった」
「そうですか!よかった」
「なんか、タダでくれたらしいね。
ありがとう」
「いえ、本当安物で申し訳ないです」
「でも、俺は嬉しかったよ」
くるっと、後ろを振り返り
赤い唇を、綺麗に吊り上げた潤さんに心臓が跳ねる。
麻の素材の涼しげな白い浴衣を
少しだらしなく着ている潤さんは
今日も、普通の人とは違う
特別な空気を、纏っているように見えた。
綺麗な庭が一望できる縁側に、着くと
「これ、履いて」
そう言われて、用意されていたサンダルを履き
縁側から庭へ出る。
広い屋敷の裏に回ると、どこかへ導くように平らな石が
足元に置かれていた。
先を進むと、紅葉の木に囲まれた
小さい孤立した家が見える。
「あ、もしかして・・」
茶室?
漫画で見たことがある。
大昔、偉い人たちが密会をする場所が茶室だったため
狭く、孤立させた部屋にしたらしい。
潤さんは、茶室の前で立ち止まり
乱れた浴衣を、整えた。
先程まで、甘ったるいような空気を漂わせていたのに
今は別人のように、ピリッと張りつめた空気に変わる。
「今日は、相葉くんにお茶をご馳走したいんだよね」
「えっ。でも俺、全っ然お茶のこと分かんないですよ!?」
茶碗回して飲むんだっけ!?
飲んだ後、なんかお決まりの台詞言うんだよね!?
「いいよ。好きに飲んで大丈夫。
俺と2人きりなんだし」
そう言われると、更に緊張してしまう。
「さ、どうぞ」
潤さんは下駄を脱いで、身体の半分くらいしかない
狭い入口から、茶室に入った。
俺も続いて入る。
「うわぁ」
茶室は、4畳ほどしかなかった。
明かりも付いておらず、一つだけある小さい窓から
差し込む光しか入って来ない。
薄暗い個室に、潤さんと2人きり。
用意されていた道具の前に、正座した潤さんを見て
俺も、正座する。
潤さんの横顔と手元を、交互に見ると
浴衣の袖から出る白い手が
滑らかに、かつ丁寧に動いた。
長い睫毛が、影を落とす。
それが、目に入ってしまったら
ざぞかし痛いんだろう、と
俺は下らないことを、ずっと考えてしまう。
お湯を掻き混ぜる音だけが、部屋に響いた。
潤さんは、畳みに揃えた指を付いて
身体の向きを変えた。
俺と正面から向き合うように、座り直し
静かに、俺の前に茶碗を置く。
「い、ただきます」
「相葉くんちのお菓子も、どうぞ」
今日、俺が届けた
うぐいす色した菓子も、隣に出された。
潤さんが作ってくれたお茶を、一口飲む。
「あ」
美味しい。
もっと苦いかと思ったが、まろやかな味で
和菓子の甘さと、よく合いそうだ。
「苦い?」
「いや、美味しいです」
「ほんと?良かった」
全部飲み干して
「ご馳走様でした」
そう言うと、潤さんは綺麗にお辞儀をして
「お粗末様でした」
立ちあがろうとして、身体の異変に気付く。
俺の異変に気付いたのか、潤さんは「ふふ」と笑って
「足、痺れた?」
「う・・はい。今立ったらやばそう・・」
ゆっくりと、足を崩す。
ピリピリとむず痒い感じが、辛い。
「触るよ?」
いつの間にか、潤さんが俺の隣に座っていた。
近距離で、顔が近づいて
驚いて後ず去ろうとしたら、また足が悲鳴を上げる。
潤さんの手が、俺のふくらはぎを優しく摩った。
「血が溜まってるから、触ったほうが
痛みが和らぐよ」
先ほどよりも、小さい声で潤さんは話す。
本当に、これから密談でも始まるような雰囲気に
俺は息を飲んだ。
「痛い?」
「だ、いじょうぶになってきた・・」
「相葉くんて、恋人とかいるの?」
「えっ!いませんよ。全然っ」
なぜ、そんなことを聞くのだろうか。
俺のふくらはぎを、ゆっくりと
撫でるように触りながら
潤さんは、俺の目を見つめた。
「俺ね、相葉くんのこと気になるんだけど。
なんだと思う?」
囁くように、聞かれた。
彼の声より、俺の心臓の音の方が大きい気がする。
「わ・・かんない・・です」
「キス出来る?俺と」
頭が混乱する。
「男相手だと、無理?」
口元を上げて話す潤さんに、俺は試されているのかと思う。
俺は、彼の肩に両手を置いて
キスをした。
触れるだけのキス。
赤い唇は、見た目以上に柔らかく
触れるだけなんて、生殺しだ。
そう思った矢先
潤さんから、顔を前に出して
キスを続けた。
狭い茶室に、唇がぶつかる音が響く。
「んっ・・ん・・」
キスの合間に零れる彼の甘い声に、
いつの間にか、足の痺れなんて
どうでも良くなってきた。
唇を離して、額をくっつけ合わせながら
息を整えていると
「俺の部屋・・来る?」
潤さんの言葉に
全身が、身震いする。
知らない世界に飛び込む前の
ワクワク感と、不安感。
どっちが、勝つかと思ったら
「うん・・」
俺は、すぐに
その世界に飛び込んだ。
僕を好きだと言って。