射命丸文が護廷十三隊入り (スターリン)
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第弐章 「九番隊」

瀞霊艇のとある土地……九番隊隊舎。
そこでは今、ざわざわとした雰囲気が流れていた。
理由は。

「おい、聞いたかよ」
「ああ。アレだろアレ」
「うちの隊の新しい隊長が決定したって話……」

そう。
彼ら……九番隊隊士たちが対処の中心に集まって話をしているのは他でもない、新しく就任した自分達の隊長について話をしていたのだ。

「しかも女らしいぜ」
「名前は……『射命丸文』だっけ?」
「聞いたことねぇな」
「噂によれば、真央霊術院の卒業生じゃないって話だ」
「じゃあなんで死神になれたのよ」
「それが解らないらしい」
「一番隊にいきなり現れたとも聞くぜ」
「なにそれ。ならその射命丸ってやつ、危険人物じゃん」

隊長である「射命丸文」について。
様々な声が上がる中、1人難しそうに顎に手を当てる男がいた。

「檜佐木副隊長、いいんですか?」

男……九番隊副隊長、檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)は考えていた。
つい最近まで、天貝(あまがい)繍助(しゅうすけ)という新しい三番隊隊長がいた。
彼は優れた人物であったが、正体は自分の父親の敵を討ちに来た敵だった。最終的には自分の敵が総隊長でないことを知り自害した。
そんな彼を思い出して、檜佐木は今回の新隊長を心地よく迎えることはできないでいたのだ。もし、また天貝のようなやつが来たらと考えると、背筋が凍る。
檜佐木は話し掛けてきた隊士に言う。

「……正直、俺もなにも伝えられてない。新隊長がどんな人物なのかは全然分からないんだ。良いも悪いもない。この目で見て判断するしかないんだ」

結局百聞は一見にしかず、実際に会ってみなければわからない。
ただの噂などで新隊長のイメージを固めてしまうには危険すぎる。檜佐木はそう考えたのだ。こういう風に、しっかりと物事と見つめ合おうとする姿勢は流石副隊長と言ったところか。

「あっ、あれ……」

1人の隊士が九番隊隊舎の入口に人差し指を向けると、檜佐木を含めた他の隊士たちもその方向を見る。
そこには黒髪と白髪の、2人の少女が立っていた。
白髪の少女は背が少し低く、赤い山伏風のような帽子が乗っている頭からはまるで犬のような獣耳とふさふさした尻尾が生えていて、もう1人の黒髪の少女の一歩後ろにいる。
そして……その黒髪の少女。
白髪の少女と同じような帽子を被り、背は一般女子高生の平均程度。赤褐色の瞳を持ち、踵の長い赤い下駄を履いた少女。首からは黒いカメラを掛け、袖のない隊長羽織を着ている。その羽織を見て、隊士たちは全員確信した。
あれが、自分達の新しい隊長だということを。

「お、揃っていますねー」

活発そうな声を隊舎内に響かせどんどん自分達の方に向かってくる新隊長に、隊士たちは全員意外そうな顔になった。
自分たちがイメージしていたのは『正体不明の不気味な隊長』であって、こんな明るそうな少女ではなかったのだから。
そして同時に信じられなくなった。
まさか、自分たちの上に立とうとしているのが、見た目自分たちよりも幼い女だということが解ったのだから。しかし彼らは知らない。この一見どこにでもいそうな女子高生くらいにしか見えない少女が、1000年以上の時を経た大天狗だということを。最も、今は天狗ではなく死神なのだが。
新隊長と獣耳の少女は、自分たちの前まで移動。

「さてと……副隊長は誰ですか?」
「お、俺です」

すぐに手を挙げ、檜佐木は新隊長たちの元へ駆け寄った。

「九番隊副隊長、檜佐木修兵。よろしくお願いします」
「こんにちは。私が新隊長、射命丸文。よろしくお願いしますね」

竹を切ったようにさっぱりした新隊長、射命丸文は檜佐木に右手を差し出し、握手を求める。檜佐木はそれに答え、自ら右手を出してその手を握った。

「後ろにいるのは犬走椛。彼女も今日から九番隊の仲間になる……人狼です」
「じ、人狼って、文様! 私は白ろ――」
「あー、はいはい。いい子いい子」

『人狼』と呼ばれた椛は抗議をするが、話をややこしくしたくない文は台詞の途中で椛の獣耳を執拗に撫で始める。

「ふ、ふぁ……あ、文様、耳は……ひゃう……」

くすぐったいらしい椛は尻尾をふりふりしながら身体をプルプルと振るわせ、顔を赤らめさせる。
『人狼』と説明されたとはいえ、小動物のように愛らしい外見の美少女である椛が顔を赤らめながら喘ぎ声を上げるのだから、男性隊士は当然として女性隊士までなんだか変な気分になってしまう。おかげでさっきまでの文と椛に対する警戒が少しばかり解けてしまった。
そのことを狙っていたのか、周囲の様子を見た文は椛の耳を弄るのをやめ、他の隊士と同じように目のやり場に困っていた檜佐木に向き合う。

「ま、このように害はありませんのでご安心を。彼女はこれでも優秀な部下ですし、マスコットとしても可愛いですので仲良くしてやってください。三席になってもらいますよ」
「犬走椛です。どうぞ、文様共どもよろしくお願いします」

文の一通りの説明が終わるのを見計らって、椛は丁寧にお辞儀。

「さてはて」

檜佐木に挨拶を終えた文は、今度は檜佐木の後ろで散り散りに立っている九番隊隊員たちの方に向き合い、苦笑。

「まぁ、納得できない人たちもいますよね。見ず知らずの、しかもこんな女がやってきて、『私が隊長ですよ!』なんて言われたら『は?』となって当然だと思います。私も同じようなコミュニティの中で長い間生活していましたから気持ちはよく解りますよ」

文と椛が過ごしてきた『天狗社会』は、大体のところこの『護廷十三隊』と同じ実力階級社会だ。突然入ってきた新入りの天狗が高い階級につけば、それはそれは冷たい目で見られる。文だって、天狗社会に入りたての時もこんな視線を浴びせられたからもう慣れっこだったし、逆の経験をして少しむかついたこともあったから、今の九番隊隊士たちの気持ちはよく理解出来た。だからこそ、しっかりとその対策まで用意している。

「と、いうわけでですね……」

文は右手を死覇装の中に突っ込むと……1つの瓢箪を取り出して笑顔で言った。


「呑みましょう!」


『は、は?』

いきなり腕を広げてそんなことを言い始めた文に、今度は別の意味で戸惑いを見せる隊士たち。しかし、文の方はそんなこと無視だ。

「だ、か、ら! 呑みましょう、親睦会がてら! 嫌なことなんてすぱーっと忘れて、仲良く杯を交わそうではありませんか!」

今、文が持っている瓢箪は幻想郷のつるぺた幼じ……訂正、鬼の四天王、伊吹萃香に無理言って拝借してきたものだ。この瓢箪には酒が永遠と出るように細工が施されていて、いくら呑んでも空っぽにならない便利な代物だ。剣呑で緊張した雰囲気を一気に変えるためにはお酒の力が1番だという理論は、なんとも幻想郷の妖怪らしい。

「え、え? こ、こんな真昼間から宴会ですか?」

戸惑う隊士たちを代表して檜佐木が問う。
それを聞いた文は瓢箪を持った右腕を檜佐木の肩を回してにっこり笑顔。

「いやですねぇ、お酒は真昼間から呑むから美味しいんですよ? ほら、一口どうぞ」

いつの間にか左手に持っていたお猪口に瓢箪から酒を注ぎ、「はい」っと文は檜佐木に渡す。ほぼ強引にお猪口を渡された檜佐木だが、今日から新隊長になる人物であり、しかも美少女である文から貰った酒を無下にすることなんてできず、覚悟を決めたように目を瞑り一気に飲み干す。その光景を見ていた文たちは「おおっ」「良い呑みっぷりですねぇ」と呟く。

「! う、うめぇ……っ!」

酒を呑んだ檜佐木は余りの美味しさに驚き、率直に感想を述べた。
その感想は当然であろう。酒に五月蠅い鬼である萃香が好き好んで常に携帯しているほどの酒だ。美味しくない筈がない。

「結構結構。ささっ、他の方々も」

幻想郷最速のスピードをそのままにした瞬歩と、はるか昔に鬼達にしていた酌の技術をフル活用してこの場にいた隊士全員の手に酒の入ったお猪口を持たせ「さぁ、どぞどぞ」と勧める。
勧められた隊士達は、檜佐木が「美味い」と言った文の酒に対する好奇心と、酒を呑まないとという使命感から一斉に口を付ける。

「う、美味い……」
「な、なんだこの酒は……!」
「こんな美味しいお酒初めて……」

と、呑んだ者達は目を見開いて驚き、口を揃えて美味しいと言った。『鬼の酒』、恐るべし。

「椛」
「はい、文様」

文の言わんとしていることが解っているらしく、椛は首に巻きつけていた風呂敷袋をほどき、中身を見せる。

「!」
「な、な、なっ!」

その中身を見た隊士達は驚く。
なにせ、中に入っていたのはスルメイカ、枝豆、揚げ出汁豆腐、ビーフジャーキー、紅ショウガ、ソーセージ……といった、どれもこれも酒に合った肴が入った瓶でいっぱいだったのだから。てっきり、なにか秘密兵器みたいなものを持っていると思っていた者達からしたら、意外も意外な内容だった。

「おつまみは見ての通り沢山ありますから、好きなだけやっちゃってください。ちなみに、私も椛も相当な酒豪ですのであしからず」

文も椛も手に持った人間の顔の大きさ程度の盃一杯に酒を入れ、左手を腰に当てながら平気そうにぐびっと一気に行く。天狗は鬼に次いで酒に強い種族だ。このくらいはあって当たり前のスキルである。

「っかぁーッ!」
「あーっ、美味しい!」
『おおおっ!』

しかし、そんな当然のスキルは隊士達を感激させ、そして、その姿を見て魅了させた。
酒というのは、どこの世界共通で親しまれる意思疎通手段の1つであり、互いに腹を割りきって話し合うことが出来る楽しい時間を作るための手段。それは死神の世界でも同じ。
最初は疑っていたものの明るく裏表のない、しかも美少女である文と椛がこんな豪快に酒を呑めるというのは隊士達にとっては大きなプラス点であった。

「さぁ、目一杯騒ぎましょう! 呑みましょう! 今日は無礼講ですよ!」
『お、おぉー!』

昼間にも拘らず九番隊隊舎は完全お祭り騒ぎになり、いつの間にか乱入していた京楽や十番隊副隊長の松本乱菊と明日の朝までドンチャンしていた。
こうして、文と椛は計画通り(・・・・)いざこざを回避して速攻で九番隊に馴染むことに成功した。




     ――To be continued…

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