射命丸文が護廷十三隊入り (スターリン)
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第壱章 「事情」

はいはーい、皆さんこんにちは!
『伝統の幻想ブン屋』ことみんなの人気者、射命丸文ですよー!
そして現在、『尸魂界(ソウル・ソサエティ)』と呼ばれる世界に来ておりますよー! さてはて、なんで私が尸魂界(ソウル・ソサエティ)という、聞くまで知りもしなかった世界に来ているのかといいますとですね、なんと! ここの組織の1つである『護廷十三隊』に密着レポートするためなんです!……というのは半分冗談でして。
……まぁ、順を追ってお話しましょう。
まずは私が暮らしている『幻想郷』という土地のことからですね。
『幻想郷』とは、妖怪・魔法使い・神・伝説の生物といった外の世界の現代科学の進歩によって存在しないと定義された生き物たちが住む土地のことなのです。外の世界……つまり、普通の人間達が暮らす現実世界と幻想郷は『幻と実体の結界』『博麗大結界』の2つの結界によって完全に遮断されていて、外の世界から幻想郷に来ることは勿論、幻想郷から外の世界に出ることも出来ないのです。まぁ、悪い言い方をしますとただの『箱庭』ですね。
それでですね、そんな幻想郷に突如、謎の生命体が大量に侵入するという奇妙な『異変』が発生したのですよ。
その『異変』には、解決人である『博麗(はくれい)の巫女』、その相方である『普通の魔法使い』、妖怪の山の『守矢(もりや)の巫女』といういつもの面子に加えて、『冥界の管理人』や『紅魔館(こうまかん)』といった、たまに解決に動き出す実力者たちが動きました。
別に『異変』自体はそんなに珍しいものではありません。この幻想郷に新しい住人が住みつく際の歓迎会のようなもので、日常茶飯事と言えば日常茶飯事ですね。変な言い方になっちゃいますけど。
しかしですね、今回の『異変』はいつもとちょっと違ったのですよ。
なんといつもは静観している『八雲一家』や、『花畑の大妖怪』、地獄の閻魔率いる『彼岸の死神』たちまでも出動し、異変解決に動き出したのですよ! 凄くないですか!?
これは一体どうしたものか。
気になった私が空を飛びながら状況を見ると、身体のどこかしらに孔が開いた生命体が人間・妖怪問わず襲撃していて村中は大混乱。しかもルールである『弾幕ごっこ』のガン無視の本気の殺し合いが行われていたんですから、これはもう酷い酷い。
『妖怪の山』は相変わらずの静観態勢だったけど、放っておけなかった私は久々に参戦。カメラのシャッターを切りながら敵を葬っていました。こんなのは昔レミリアさんが攻め込んできたときの大戦争、『吸血鬼異変』以来ですね。腕が鳴るってものです!
と、そんな健気に戦っているところにスキマができ、その中から幻想郷の賢者こと八雲(やくも)(ゆかり)が現れました。

「普段は私を毛嫌いしている筈の妖怪の賢者様が、なんで自主的に私の元に?」

どうしてか解らなかった私は少し皮肉を込めて言うけど、八雲紫は少し切羽詰まった顔でスルーしてしまった。

「射命丸文、要件を言うわ。――『尸魂界(ソウル・ソサエティ)』に行ってちょうだい」
「……そうるそさえてぃ?」

なんですかその地名はと疑問に思っていると、1から八雲紫は説明してくれた。
なんでも、最近起こっている事件は『(ホロウ)』と呼ばれる悪霊が起こしていて、それに殺された者の魂は完全に消滅してしまって、彼岸……つまり閻魔たちの元に行かないらしい……って、だ、大問題じゃありませんか!
本来彼岸に行くはずの死者の魂の消滅。それはつまり、その魂の『輪廻転生』が出来ないということ。『魂』とは原則としてですが、ある一定の量しかなく、一度死んでも長い年月を経て再び肉体を手にし、再び『生』を受けるモノなのです。それを繰り返し行うことでこの世界の均衡は成立していて、バランスが保たれている。
だけどそれは、『魂』が死後もきちんと残っていなかれば成立しません。
今回の事件を引き起こしているその『(ホロウ)』という悪霊は、『輪廻転生』の前提条件である魂を消滅させてしまいます。つまりそれは、今は小さなことでも進行すれば世界均衡を覆すとてつもない大問題に発展してしまうことなのです! な、なるほど。あの飄々とした亡霊姫様だけでなく、八雲一家や閻魔、死神たちが総動員して出動しているのはそれが原因でしたか。
それで今、八雲紫が私の元に来ているのは、その問題を解決するためだと言います。

「いいですね、乗りますよ」

久々の主人公! やるっきゃないでしょう! 次に発行する『文々。新聞』のいいネタになりますしね! それに『異変』が解決した暁にはたっぷりと、この八雲紫や他の関係者ともお話が出来ると思いますしね!
うひひっと心の中で黒い笑顔を浮かべていると、八雲紫は安心したような顔になる。

「感謝いたしますわ。貴女に前払いとして、これから特別な力を与えます。新しい力の使い方や術も全て教えます」
「新しい力、ですか……どんな代物をいただけるのでしょうかね?」
「きっと気に入ると思いますし、良い記事になるとも思いますわ。ただし、少しだけ貴女の身体の境界線を弄らせていただきますが」

……え?

「それって大丈夫なんですか?」

モノや空間の境界を操るのはそんなに害はありませんけど……人体の、しかも私の体の境界線を弄られるのはちょっと……。
渋る私に八雲紫は苦笑した。

「大丈夫ですわ、実験は既に成功しております」

言うと、八雲紫は彼女の背後にスキマを発生させ、そこからなんだか小柄な白い物体が落ちて来た……って!

「あ、文様ぁ……」
「椛!?」

その正体は私の部下の白狼天狗、犬走(いぬばしり)(もみじ)だった。なんだかいつもの紅白の袴じゃなくて、黒い『死覇装(しはくしょう)』のようなものを着ていて、剣も日本刀のようなものを腰に差している。
スキマから落とされ、どこか変なところを打って痛かったのだろうか、涙目の椛は私の元まで駆け寄って抱きついてくる。あ、あれ!?

「も、椛……あんた妖気はどうしたの!?」

椛から少しも……いや、全然妖気を感じない! その代わりになんだか変な『気』を纏っている! こ、これは一体……!?……まさか!
ギロッと八雲紫を睨みつけると、彼女はなんでもないように答えた。

「大丈夫ですわ。先程も言いましたが実験は成功。ただちょっとだけ、境界線を弄って種族を変えただけです。普段の生活や命には何も支障はございません」
「……もし、実験に失敗していたら?」
「科学に犠牲は付き物ですわ」

あんたは妖怪の賢者でしょうが! 『科学』なんて単語使うな!
自分の大切な部下を勝手に実験体にされたことについて少し怒りを覚えたけど、とりあえず引っ込める。彼女には悔しいけど絶対に勝てないし、敵に回すということはこの幻想郷を敵に回すことと全く同じ。それだけは色々な意味で避けなければいけない。

「……わかりました。どうぞ、弄ってください。ただし、椛も一緒に連れて行きますよ?」
「ええ、勿論構いませんわ」

最初から椛を私とともに同行させることを目論んでいたのか、すんなり了承する八雲紫。……やっぱり、苦手ですね、こういう自分より強くて真意が見え辛い相手は。
とりあえず泣いている椛を必死で慰め、八雲紫に身体を操作されて椛と同じような『死覇装(しはくしょう)』を纏い、私は『鴉天狗』という種族から『死神』と呼ばれる存在になりました。ここでいう死神というのは、幻想郷の死神とは違う管轄で、例の『(ホロウ)』を専門にやっているらしいですね。死神社会の片鱗を垣間見た気がしました。
私も椛と同じように妖気……というより妖力事態が全て消えていましたが、それは『霊力』と呼ばれる力に切り替わっていて、霊力の解放によって生まれる重圧は『霊圧(れいあつ)』と呼ばれるらしいです。確かに、この大きさはもともとの私の妖力の大きさと同じように感じますね。
さて、これで種族替えは終了。今度は戦い方について八雲紫か説明を受ける。
腰に差してある『斬魄刀(ざんぱくとう)』と呼ばれる武器で戦う『斬術(ざんじゅつ)』、死神特有の高速移動術である瞬歩(しゅんぽ)で移動して戦う『歩法(ほほう)』、私たち妖怪の妖術にあたる呪術を使って敵を翻弄する『鬼道(きどう)』、素手素足で戦う体術『白打(はくだ)』の4種類の戦い方があるらしいです。
なかでも『斬術』で使用する『斬魄刀』には、『始解(しかい)』と『卍解(ばんかい)』と呼ばれる形態があり、それをまずは修得しろとのこと。
結果的に私は1日で『始解』と『卍解』を覚え、椛はその倍の3日で習得できた。
満足気な八雲紫はそれを終えるとほかの『白打』『鬼道』『歩法』について、やり方を伝授してくれた。感想としては、意外と簡単、だった。
覚えたてだから苦戦するかと思いきや、私も椛もすぐに身について使いこなすことに成功していた。
こうして1通りの戦い方のいろはを覚えると、漸く任務説明。
それは、私と椛に死神の組織のひとつ『護廷十三隊』と呼ばれる組織に入って、今の状況の調査をしろとのこと。
なんでも、そこの13の組織のうち3つの部隊の隊長が突然裏切ったために、その3つの隊長の席は空席らしく、私たちが入り込むには丁度いいらしいです。確かに『隊長』と呼ばれる地位なのですから、それは普通の死神たちより上質な情報が入ってきやすそうですし、いち早く情報を掴みたい八雲紫にとってはそこ以上に私たちを配置するのにうってつけの場所はないのでしょうね。聞けば『卍解』というのも、隊長就任のための条件みたいなものと今になって説明されましたし。
というわけで昨日、護廷十三隊の総隊長がいる場所、一番隊隊舎にこっそり侵入。
なんだかんだあって、総隊長の山本隊長とほかの隊長2人で私に隊長資格があるかどうか試験をすることに。
ある程度の質問に答え、そのあと色々なことをした後に『卍解』を見せて終了。結果は合格だった。
それで今、改めて私の隊長就任を発表するためにこんな大それたことをしていただいているのですが……なんだか皆さんの視線が冷たいです。明らかに「誰こいつ?」みたいな雰囲気が出てしまっています。……ちょっ、八雲紫さんや。多少の違和感操作とか記憶操作くらいはやっておいてくださいよ、変な雰囲気になっているじゃあありませんか。あなたなら境界操ってすぐにできるでしょう?

「これは……かなり可愛子ちゃんだねぇ」

傘を被ったド派手な人……たしか、八番隊隊長の京楽春水さんでしたね。ある程度の名前は覚えてきました。で、その春水さんが軽口を言うけど全く効果がありません。
……と、とりあえず、挨拶しましょうか。多少でも良い印象を与えて、雰囲気を払拭させる! これが私にできる最善手と見ましたよ!
というわけで、私はいつもの営業スマイルをフルオープン。元気良く、愛想良く、挨拶をすることに。

「はっじめまして、護廷十三隊の隊長の皆さん! 私は射命丸文! 今日から、九番隊隊長を務めさせていただく者です! よろしくお願いします!」

少し下げていた頭を上げると、少しばかり剣呑だったさっきまでとの雰囲気は一転。いい感じで緊張が解れたようでした。よし。これで私に害がないと思わせることはできたでしょうかね?
それから少しばかり山本総隊長による激励の言葉をいただいて、私の歓迎会という名の隊首会は終了。あーあ、緊張した。

「君、少しいいかな?」

他の隊長さん達が去っていく中、長い白髪の隊長さんが私に話しかけて来た。えっと、この人は十三番隊の浮竹十四郎隊長だね。
浮竹隊長は比較的友好的な笑みを浮かべながら、私を見る。……なんだろう?

「なんでしょうか?」

問いかけると、浮竹隊長はにっこりと笑みを浮かべた。

「いやね、最初の内は慣れないと思うから、気になることとかあったらどんどん聞いて来てね。これでも俺は、ここの隊長を長くやっているから」

お、おぉー! はっきり分かる! この人、いい人だ! 
なんて頼もしいことを言ってくれるんでしょうか……こういう人、幻想郷になかなかいませんから新鮮ですね。

「じゃあ、その時は是非――」
「ちょっと待ったぁ!」
「え?」

浮竹隊長にお礼を言おうとしたところ、渋い声のド派手な隊長、京楽隊長が割り込んできた。京楽隊長は浮竹隊長の肩に腕を回し、軽く締める。

「浮竹ぇ、抜け駆けなんて、ちょっとずるいんじゃないのぉ?」
「きょ、京楽! い、いや、違うぞ射命丸! 俺はただ善意で!」

いや、解っていますからそんなに慌てなくて結構ですよ。それにしてもこの光景……新聞を書くときにいい感じの記事が書けるかもしれませんね。…………。

「はい、笑って笑って!」
「え?」
「お?」

パシャッ!
私は首からぶらされていた写真機のフラッシュを切った。よっしゃ、隊長2人の写真ゲット! これとあともう1つくらい写真があれば色々な捏ぞ……げふん、面白い記事が書けそうですね。

「どうだい、良いものが撮れたかい?」
「はい! ありがとうございます!」
「いやいや。ボクのでよければ遠慮なく撮ってもらって構わないよ」

笑顔で言う京楽隊長。こ、こんなこと言ってくれる人も初めてだ……! 大体私が写真撮った瞬間、やれ弾幕だ、やれレーザーだ、やれお札やらが飛んでくるのに……!

「なんてったって、文ちゃんみたいな可愛い子に写真撮られるなんて、興奮するじゃないの」

私の手を握りながら、だらしない笑顔でそんなことを言う京楽隊長! う、うわっ、近い近い近い!
この人アレだ! 女癖ちょっと悪過ぎ! 悪い人じゃあなさそうだけど! じ、自粛するようにしよう……。

「こら、京楽。射命丸が困っているぞ」
「ん? ああ、ごめんよ」

頭をポリポリ掻きながら、京楽隊長は私から離れる。ち、近かった……。密着取材は得意ですけど、ここまで至近距離に異性が来たことは初めてでしたからちょっと驚きましたよ……。

「んじゃあ、ボクは行くよ。解らないことがあれば訊きにおいでね」
「俺も行くな。なに、ゆっくり慣れて行けばいいさ」

2人とも手を振りながら、自分の持ち場に戻って行く。

「おっと、私もいろいろ仕事がありましたねぇ」

こうしている間にも幻想郷は戦争状態。とりあえず、情報収集の為に十三の隊全てを回ってインタビューするのは確定として、今は……。

「おーい、椛ー! おいでー!」

手を振りながら椛を呼ぶ。すると。

「はーい、文様ー!」

持ち前の瞬歩ですぐに登場する椛。うんうん、さすが千里眼の持ち主。手を振っただけですぐに来れるなんて、偉い偉い。

「おー、よしよし。早かったね、偉いぞー」
「えへへ……って、文様、私を子供扱いしないでください!」

頭を撫でていた私の手を振り払ってぷんぷん怒る椛。こういう仕草が余計可愛いのよなぁ……。狼の獣耳も尻尾もそのままだし、もふもふは絶対にやろう。うん。
まぁ、そんなことは今のところ置いといてだ。まず1番最初にやらないといけないことを済まさないとね。

「さっ、椛行くよ」
「ふぇ? どこにですか?」

頭上に解りやすく「?」マークを浮かべて、ちょこんと可愛く首を傾げる椛。


「決まってんじゃん? 私が隊長を務める隊――九番隊に挨拶に行くんだよ」




     ――To be continued…

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