遊戯王GX-漆黒のパペットマスター- (スターリン)
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はい、こんにちは。

万丈目と三沢のお話です。また長くなりそう……ですが、制裁デュエルほどではないはずですので、ご了承を。
今回の話は万丈目にスポットを当ててお送りします。

それでは、本篇をお楽しみください。どうぞ。



Turn.19 「降格と昇格を賭けて 万丈目VS三沢《万丈目篇》」

ガララッ。
制裁デュエルが終わって4日後の月曜日。その1限目。
私は授業の準備をするため、授業開始の10分前に教室に入室した。
すでに何人かの生徒達が来ていて、授業に備えて予習をしていたり、雑談をしている。うむ、遅れないように早めに来ることはいいことだ。少しばかり加点しておこうか。
出席簿を取り出し、見渡して今いる生徒の欄に+2と記入していく……と。

「おい万丈目、どこに座ってんだおまえ」
「どこって?」

一番授業の様子を見やすい真ん中中央の席にいつものように座っていた万丈目準に、ある1人のオベリスクブルー生が若干喧嘩腰で話しかけていた。

「ここはもうおまえの席じゃねぇだろ? どけ」
「なにを言ってんだ。この席にはちゃんとオレの名前が……ない!」

眼をまんまるにしながら身を乗り出し、きょろきょろと自分の名札を探すというお約束のギャグを披露する万丈目。おお、アニメや漫才の世界だけだと思っていたが、現実でも素でああいうリアクションをする奴がいたんだな。すばらしい。
貴重なワンシーンにちょっとした感動を抱いていると……そんな私の機嫌とは反比例するかのように雰囲気が剣呑なものになっていく。話しかけてきた男子生徒によって、万丈目は突然の席替えだけでなく、その席替え先が教室の隅っこにある席だということを知り、さらに驚愕の表情に染まっていたのだ。……どういうことだ? たしかあの席は万丈目の為にクロノスが自ら指定し、専用席になっていたはずだが。
少しばかり思慮していると、なぜか、左目周辺に青馴染みが出来ているクロノスが教室に入ってきた。なんだそのユニークな眼は。メイクか? 斬新だな。流行らなさそうだ。
クロノスが入室したのを見て、万丈目は当然のように問い詰める。

「クロノス先生! これは一体どういうことです!? ボクがどうしてあんな席に!」
「それはシニョールがオシリスレッドの生徒に負けたからデス。そしてそれだけではありません。シニョールは明日、ラーイエローの三沢大地と寮の入れ替えを賭けたデュエルをしなければなりませンーノ!」

……ほう、三沢大地か。
確かにあいつは優秀な生徒だ。高等部からの編入生でなければ文句無しのオベリスクブルー級の逸材だったろう。
この前の月一試験の筆記は満点合格、実技試験も少し物足りない部分があったものの、良質なものだった。性格も良く、授業中のみならず、私の元に訪れては有意義な質問をしてくる『知識』について貪欲なその姿勢は、教師である私にとって非常に輝いて見えた。だから最近興味を持ち始め、今後どのように進化していくのか、注目している。

「ミスエルシャドール、お邪魔して悪かったノーネ。ささ、早く自分の席に着くノーネ」

クロノスがパンパンと手を叩きながら端っこの席に座るように促し、万丈目を冷やかす。すると、万丈目以外の生徒達は一斉に笑いだした。……この胸糞の悪い笑みには覚えがある。冷やかしを面白いと感じた笑いではなく、万丈目を貶すような嘲笑だった。日頃、偉そうに踏ん反り返っている万丈目が酷い仕打ちを受けているのを見て「ざまあみろ」とでも感じたのか? それにしたって、これはやり過ぎであろう。
その嘲笑の的である万丈目は耐えられなくなったのか、今にも泣きそうな、そしてとても悔しそうな顔をして背を向け、教室から出て行ってしまった。…………こいつら。


「静まれ、大バカ者どもがッ!!!」


ダンッと片手で出席簿を教壇に叩きつけ、私は声を上げる。叩きつけられた出席簿は直角に折れ曲がってしまう。突然の大きな音とその音源である出席簿の変形、そして私の怒鳴り声にビビった生徒達は嘲笑を引っ込め、一気に顔を青くさせた。ふんっ、加点してやろうと思ったがやめだ。この場にいる全員5点減点だ。
冷汗をダラダラ流しているクロノスの胸元を掴み、睨みを利かせる。

「どういうことだクロノス、私はそんなこと校長から聞いていないぞ」
「きょ、今日今さっき決まったばかりなノーネ。校長にはもう了承は取ったノーネ」
「なに?……チッ」

それなら仕方ない……か。校長である鮫島が許したことを、一教師である私が止めることはできん。
胸元を掴んでいた手を離し、クロノスを解放した。

「あと3分もすれば授業だ。もう用がないのならとっとと出て行け。邪魔だ」
「わ、解りましたノーネ!」

スタコラサッサと、逃げるように教室から出て行くクロノス。まったく、朝っぱらから嫌な気分にさせてくれおって。
今日の授業は、かなり重い雰囲気になってしまった。


――――・――――・――――・――――


この日の夜、10時ごろ。
消灯時間の為、私は女子寮内部の最終見回りをしていた。
このだだっ広い寮内全ての廊下を歩き、階段を上るのはなかなか最初こそ辛い物であったが、1ヶ月もすれば自然と慣れてしまい、今では良い運動になっている。だが、それでも体力を使うことには変わりない。これを今まで続けて来た恵美は、本気で凄いと思っている。
1階、2階、3階と順番に見回りを終え、最上階である4階を歩いていた時。ふと見た窓の外に人影がいたような気がした。
はておかしいなと思った私は確認の為、その窓から目を凝らして人影がいたように感じた所――ブルー男子寮の方の道を見ると、やはりどこかへ移動している人影を発見することが出来た。
その人影は遠目であまり良くは見えなかったが、あの特徴的なツンツン頭から察するに……

「万丈目……か?」

しかし、なぜ万丈目がこんな時間に? あいつはあまり問題行動を起こすような奴ではないから驚きだ。
それに一体どこへ行く? あの道の先にあるのは確かラーイエローの寮だった筈だが……。

「……念の為、付けてみるか」

見回りは大体終わったし、今朝のこともあって今の万丈目がなにをしでかすか解らんからな。なにか、問題行動を起こそうとした場合は阻止せねばならん。
私は4階の窓から飛び降り、空中でくるりと1回転して勢いを殺し、すたっと着地。万丈目が向かったと思われるイエロー寮へと走って向かう。
イエロー寮はブルー寮のような城とまでは言えないものの、普通に良いロッジのような構造の寮。消灯時間を少し過ぎた時間の為、静まり返っていて少し不気味だ。私はイエロー寮全体を見渡せる場所にある茂みの中に身を忍ばせ、様子を窺う。この寮は裏門とかはないから、入口出口はあの正門しかない。
しばらくして、イエロー寮から月明かりを受けた人影が飛び出してくるのを見て確信した。……間違いない。人影の正体は万丈目準だ。
走って行く万丈目の後を追って行くと、到着したのは埠頭だった。そびえ立っている灯台が辺りの海を照らしている。
こんなところに一体なにをしに来たのかと、灯台の影に隠れて張り込んでいると……万丈目はポケットからなにかを取り出す。あれは……カードの束? デッキか?
イエロー寮、万丈目、デッキ……まさか。
私が思いつく中で最も良くない答えにまで辿り着いていると案の定、万丈目はそのカード達を持った右腕を振り上げ始める! いかん!
すぐに走り、万丈目の右腕を掴んで、私は今彼がやろうとしていたことを止めさせる。

「そこまでだ。それ以上は許さん」
「く、クロウリー先生!?」

万丈目は私の顔を見て、誰に腕を掴まれているのかを知り一気に青ざめる。

「万丈目よ、どんな理由があろうとカードを粗末にすること、ましてや、他人の大切なデッキを勝手に持ち出して捨てるなどという行為は、絶対にやってはいけないことだ」
「い、いや……これはボクのカードであって……」

汗水をダラダラ流しながらなんとか言い訳をしようとしている万丈目。私はそんな万丈目がさっきまで捨てようとしていたデッキを取り上げ、中身を確認する。……あった。

「このカードをよく見てみろ」

そのカード達の中から『ブラッド・ヴォルス』のカードを抜き出し、万丈目に見せる。すると万丈目は目を見開いた。なにせこの『ブラッド・ヴォルス』、カードの右下の部分に妙な数式が書かれていたのだからな。

「この数式は以前、三沢が私の部屋に訪れてデッキアドバイスを求めて来た時にな、あいつがこの『ブラッド・ヴォルス』のカードに落書きしてしまったものだ」

話にのめり込んで、メモを取りながらなにやら計算をし始めた三沢がメモ帳と間違えてうっかりやってしまったらしい。あまりにも間抜けで思わず笑ってしまったからよく覚えている。

「こんなカードを持っているのは三沢しかいないのだよ。つまり、このカード達は三沢の物だ。おまえの物である筈がない」
「ぐっ……」

何も言い返せないようで、歯を噛み締めてうつむく万丈目。
私は三沢のデッキを胸ポケットに仕舞って港の地面に座り、とんとんと私の右隣りの空いている空間を叩く。そのジェスチャーの意味がすぐに察知できた万丈目は、私が叩いた場所に座った。

「どうしてこんなことをしたのか、説明してくれないか?」
「……はい」

潮風に揺れる髪を抑えつけながら促すと、万丈目は苦しそうな顔をしながら語る。
人生で初めて、自分が軽蔑していた者達から嘲笑を浴びて悔しく、惨めに感じたこと。
オシリスレッドの遊城に負けて傷心のところに『格下げ』という追撃を受け、しかもその相手が万丈目を抑えて成績トップである三沢だということを知って、拠り所がなくなってしまったこと。

――そして……なによりもこいつが辛く感じていたことは、自分の家事情についてのことだった。

万丈目一族は日本を代表とする家系の1つ。あちこちで万丈目製の商品や広告を見かけるし、こいつの長男の万丈目長作は政治界で注目を浴びている大物、次男の万丈目正司は大手銀行の重役だ。そっちの世界のことには人並みにしか知らない私でも知っているほどの人物たち。
万丈目3兄弟は、政治界で長作がトップに立ち、経済界で正司がトップに立ち、そしてデュエルモンスターズ界でこの万丈目準がトップに立って、日本に万丈目の名を轟かせるという壮大な計画を立てた。そして同時に、それは万丈目に対してかなりの重荷になる。
誓い合った計画を潰さぬようとする使命感、そして尊敬する兄たちの自分に対する『期待』という名のプレッシャーが今の万丈目に圧し掛かり、精神的に完全に追い詰められてしまったのだ。
そんな万丈目は、その対戦相手の三沢がどういうわけかオシリスレッド寮に泊ることを知り、デッキを探し出して捨て、不戦勝に持ち込もうとした。

「オレは三沢に絶対に勝たなくちゃいけなかった……。どんな手段を使っても勝って、このオベリスクブルーの地位を護らないといけなかったんです……。だけど、オシリスレッドのドロップアウトに負けて、今までオレを推してくれたクロノス先生に降格を告げられて……オレに期待してくれている兄さんたちに嘘をついて……もう、なにも信じられなくなった……だからッ!」
「だからこんなバカな真似をしようとしたわけか。まったく、本当にバカ者だな、おまえは。だが……」

私は万丈目の頭を撫でながら言う。

「そんなバカ者は、私は嫌いではない」

自分に対する周囲からの罵声。
それは、今から昔までの歴戦のデュエリストだけでなく、私だって現役プロの始めの方に経験している。
私のデッキは圧倒的な攻撃力など持っておらず、代わりに持っているのは地味なエフェクトばかり。攻撃力が1番に観客を賑わせる要因になっていた当時のプロの世界では、私の戦術やスタイルは全然受けなかった。カードエフェクトで巨大モンスターを簡単に対処した時はやれ「卑怯」だのやれ「汚い」など酷い罵声を浴び、おまけに女ということもあって、散々苦汁を舐めまくったきたものだ。
そして、全ての大会で優勝を納め、注目株となった私は漸く認められたと思いきや、罵声の代わりに待っていたのは重度の『期待』という圧力。「絶対に勝たないと」「皆の期待に答えないと」、まだ青かった当時の私はそんなことばかり考えるようになって試合に臨み、作り出した偽りの笑みでテレビ番組や雑誌の取材に応じるようになった。この頃からだ。前々からデュエルというものをある事情で純粋に楽しめなかった私が、さらにデュエルを楽しめなくなっていったのは。
だから、今のこいつの気持ちは痛いほど解る。その全てを体験してきた私だからこそ、解る。解ってやれる。
私は撫でていた万丈目の頭をそのまま掴み、私の胸まで持っていく。傍から見たら、私が万丈目を抱いているように見えるだろうな。
戸惑う万丈目だったが、私はくすりと笑いながら撫で続ける。

「悔しかったろう。誇り高いおまえだからこそ、格下と見下していた奴に負けるのは」
「……はい」
「苦しかったろう。自分を偽るのは」
「……はい」
「辛かったろう。自分のかかる重いプレッシャーに耐え続けるのは」
「……はいッ……」

ぽた、ぽたり……。
問いかけていると、私の胸元が少し湿っていくような感覚がした。

「拠り所がなくなったのなら、私に頼れ。いくらでも相手になってやるし、相談にも乗ってやる。私はおまえをバカになどしないし、見離したりもしない」
「ぐっ……うぅぅ……」

まだ我慢しているのか、歯を喰い締めて目を瞑る万丈目。……強情な奴だな。

「今は泣け。我慢も遠慮もしなくていい。思う存分、泣け」
「くぅう……ッ!!」

今の私の台詞がトリガーになったのか、ここからしばらく、万丈目は私の胸の中で泣き続けた。私はそんな万丈目が泣きやむまで、黙って頭を撫で続けた。


――――・――――・――――・――――


万丈目が泣きやんだのは10分後のことだった。

「あんまり大きな胸ではなかったから、抱き心地は良くなかったかもしれないが……気は晴れたか?」
「は、はい。大丈夫です、ありがとうございました」

目元が赤くなるまで泣き、顔を上げた万丈目はどこか吹っ切れたような顔をしていた。……良い表情ではないか。

「今日のことは、黙認する」
「え……?」

まさか私が、さっきのことについてなにも咎めないとは思っていなかったのだろうか。そう思ったということは、自分が悪いことをしてしまったという認識があるということだ。それに、事情も事情だったし、今回はあくまでも未遂。これ以上、なにも言う必要はあるまい。

「あとで自分の口から、こっそり三沢に謝っておけよ。大丈夫だ。あいつは強かで優しく、寛大な奴だから、理由を言えばきっと許してくれる筈だ。それでも駄目なら私がフォローしてやる」
「……はい!」
「ああ、そうだそうだ。1つ、聞こうか」
「なんでしょうか?」

私はにぃっと唇を吊り上げ、聞いた。


「おまえこのあと、時間はあるか?」




     ――To be continued…


はい、いかがでしたか。

とりあえず、万丈目のあの行為を阻止し、話を聞くという流れで構成しました。
この頃の万丈目とプロ現役時代の主人公はどこか、似ている部分もありましたので主人公は万丈目の気持ちをしっかり理解してあげられましたし、万丈目も少しは気が楽になれたと思います。

さて、なにやら怪しげなお誘いを受けた万丈目。はたしてどうなるのか……今後もお楽しみに、です。

それでは今回はここまで。もうしばらくお時間くださいね。
ご愛読、ありがとうございました。


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