遊戯王GX-漆黒のパペットマスター- (スターリン)
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1年目 「教師就任篇」 Turn.1 「入学試験と遅刻少年」

3月16日、午前8時ちょっと過ぎ。海馬ランドドーム前の広場。
私はそこに来ていた。ここがデュエルアカデミア実技試験会場……か。
ドーム前の広場には様々な学校の制服を着た学生達の活気で溢れている。実技試験は9時からだからもう少し時間に余裕があるのだが、学生達は気合が入っているらしくデッキを確認しながら真剣な表情を浮かべている。その気力は悪いものではない。むしろ上出来だろう。
しかしそれにしても……。

「ふむ、視線を感じるな」

ドームに向かって歩いていると、四方八方から私に視線が送られてくる。まぁ、理由はある程度わかる。
私の恰好、明らかに浮いているからな。
現在私は、黒いスーツの上に黒くて薄いロングコートを羽織り、黒いサングラスを掛けている。明らかに不審者だ。だが、こうして顔を隠さないと軽く騒ぎになる。そんなことをしてスタッフに迷惑をかけたくない。それにこの恰好は私にとって一番落ち着く恰好なのだ。多くは語らないが、私はこの恰好でなければ落ち着くことが出来ない。
こうしていつもこんな恰好をしているせいだろうか、気が付けば『漆黒の人形遣い』だとか『宵闇の女帝』だとか、そんな2つ名が付けられてしまっていた。『女帝』なんて、そんな大層な存在ではないのだがな。

「さて……まだまだ時間はあるな」

私の教員採用試験は一番最後。一般の受験生が全員終わった後に『スペシャルマッチ』として私の実技試験が始まる。だから、実際のところ3時間くらいの猶予がある。外国の生活に慣れてしまったせいで少し眠い。ドームに入って仮眠でも取っていようか。
私はドーム内の試験会場に入り、適当な席に座って目を閉じた。


――――・――――・――――・――――


「リバースカードオープン! 『破壊輪』!」
「ぐわぁぁぁあ!!」

ある学生が発動したトラップカード『破壊輪』を首に巻きつかれた『ブラッド・ヴォルス』が爆発し、その学生と試験官の先生にその攻撃力分のダメージを与える。そのダメージによって試験官のライフポイントは0になり、学生の勝利が決した。

「よし!」

学生……三沢大地は、その結果に満足し、ガッツポーズを取る。試験官に壁を並べられて少し困ったがなんとか勝利出来、筆記試験もトップだった。これでアカデミアに無事合格できたと確信したのだろう。

「ありがとうございました」

三沢は試験官に頭を下げて挨拶する。すると、試験官はその礼儀正しい姿勢に感心したのか、笑みを浮かべながら三沢に手を振った。……そして、その後。

『それでは、これからスペシャルマッチを行います。――教員候補、デュエル場へ』

成績トップの三沢の試験が終わり、このアナウンスが流れた瞬間、試験会場のざわめきが一気に上がり、『スペシャルマッチ』の言葉に反応したマスコミも一斉にデュエル場にカメラを向け、アナウンサーが解説し出す。
このアカデミア入学実技試験には、中等部からのエリート生、アカデミアの先輩方、企業の重役からマスコミまで、様々な人たちが来ている。理由としては将来の有望株や広告等を発見するための品定めや、単純な興味だろう。しかし、今回はその人数が例年に比べてかなり多い。特に多いのはマスコミの連中だ。なぜか、理由としては単純明快。

――このデュエルアカデミアにとある有名人物が教員として招かれたからだ。

この『スペシャルマッチ』は、その教員の採用試験のようなもの。
誰なのかはまだ誰にも知らされていないがこのマスコミの集まり様からして、かなりの大物なのだろう。なぜ、そんな人物がデュエルアカデミアの教員になる気になったのか、三沢にはわからなかったが、そんなことは彼にとってはどうでもいいことだった。
三沢は、その教員候補のデュエルに興味がある。
アカデミアに採用された新しい先生が一体どんなデュエルを見せるのか、おそらく三沢だけでなくここに居るほぼ全ての人間がそう思っているだろう。
とりあえず三沢は、デュエル場から立ち去ってアリーナの観客席に移動した。しかし……

『……? 教員候補、デュエル場へ』

なぜか、その『教員候補』は一向にデュエル場に来ない。どうしたのだろうか。マスコミも会場もさっきまでとは違う意味でざわついて来た。

『きょ、教員候補! 急いでデュエル場へ!』

アナウンスしている人も焦り出したのか、少し上がった声で今回の目玉『教員候補』を呼ぶ。すると……


「むっ? もうこんな時間か」


三沢のすぐ後ろの席から若干低い女性の声が聞こえ――ひゅんっ! 三沢の横を黒い影が通り過ぎた。
その黒い影はアリーナ席からジャンプし、くるくる回りながらデュエル場にスタッと降り立った。なんていう身体能力なのだろうか。まぁ、それは一応置いておこう。
デュエル場に立っていたのは、1人の女性。
ピシッとした真っ黒な女性用スーツ、黒いネクタイ、この時期に似つかわしくない黒いコートに黒のストッキング、黒いハイヒールと全身真っ黒であり、肩にかかる程度までストレートに伸ばした銀色に輝く髪が際立って見えるサングラスをした長身の女性。
見るからに不審者そのものだったが、そんなのはお構いなしにマスコミがデュエル場の周りを取り囲んだ。

「(ん?……今の声、どこかで……)」

その声に聞き覚えがあったのか、三沢は若干むっとし、どこで聞いたのかを思い出そうとする。

「邪魔だ、どけ。デュエルに集中させろ」

その女性は手慣れた手つきと乱暴な口調でマスコミをいなし、サングラスを取り払う。

「――ッッッ!!!……な、なに……?」

そしてその顔を見た時、三沢はその声の主を思い出してすぐに理解。しかし、驚きのあまり目を見開き、ポカンとしてしまう。それは三沢だけでなくこのドームに来ていた全員も同じで、驚きを隠せず黙り込んでしまった。
サングラスを取り払った女性の顔はまさに、絶世の美女と言っても過言ではないほど顔が整っていた。
小さな鼻、桃色の唇、真っ白なきめ細かい肌といった、将来の女性の憧れのパーツを全て集約したような美しい顔だが、紅の鋭い眼光がその服装と相まってパリッとした雰囲気を漂わせている。

「あ、あのひとって……!」

三沢の隣に立っていた水色メガネの少年――丸藤翔がわなわな震えながら女性を指差していた。そう、三沢たちが驚いているのはその女性の美しさではない。驚いていたのはその顔だった。なにせその顔には見覚えがあり過ぎていた。
新聞・雑誌・テレビ、そんな大きな広告でずっと取り上げられている、5年間負け無し敵無しの元プロデュエリストで、引退後今に至るまでの15年間は辛口解説者・デュエル評論家として名を轟かせた『デュエルモンスターズ界の御意見番』と評された重鎮。
女性は口端を吊り上げて、この海馬ランドドームに集まっている人間に挨拶した。

「諸君、楽しんでいるか? 私はエルシャドール・クロウリー。これから諸君と同じ学び舎の教員になろうと思っている者だ」
『う、うおおおおおおおおおお!!??』
『えぇえええええええええええええええええええ!!??』

瞬間、会場が沸いた。


――――・――――・――――・――――


「すげぇ!」
「エルシャドール・クロウリー!?」
「なんであの人が!?」

私がサングラスを外した瞬間、この実技試験会場が沸いてしまった。やはりな。だからサングラスを付けなければいけなかったんだ。さもないと大騒ぎだからな。
マスコミも盛り上がっているな。あちこちで「なんということでしょう! あの『デュエルモンスターズ界の御意見番』がここに立っております!」だとか「女帝です! あの宵闇の女帝が海馬ドームに降臨しました!」だとか、そういう内容をカメラに向かって話している。五月蠅いな、静かにしろ。
私はそんなマスコミどもを無視して、腰に付けていた自前のブラックデュエルディスクに自分のデッキをセットし、左腕に装着した。

「さて、誰だ? 私の試験官とやらは?」

私は座っている5人の試験官達を見渡す。試験官達は皆、びくっと肩を振るわせた。なんだ貴様ら、なにをビビる?

「えー、コホン。私が、相手するノーネ」

かなり特徴的な口調の声が聞こえその方を振り向くと、そこには私以上に真っ白な肌をした長身の外国人の男がいた。……ああ、こいつか。

「クロノス・デ・メディチ。ここでは実技担当最高責任者、か」
「ンガ? 私のこと知っていますノーネ?」
「海馬社長から話は伺ってるぞ」

――奴は顔やら口調やらエリート志向やら他にも様々な問題があるが優秀な男だ。貴様にはそいつを寄こしてやる。ワハハハハハハッ!

「と、絶賛していたぞ」
「……それは、褒めてるノーネ?」

さぁな、知らん。

「そら、とっとと試験をしようじゃないか」
「勿論なノーネ。それにしテーモ、テレビの前で、しかも『デュエルモンスターズ界の御意見番』とデュエルできるなンーテ、とても緊張するノーネ」
「リラックスしろ。気軽に、気軽にいつも通りにやればいい」
「手厳しいノーネ。出来るだけそうするように心がけますノーネ」

心がけもなにも、プレッシャーに打ち勝てばいいだけだろう。
私とクロノスは一定の距離を取って、たがいにデュエルディスクを構えた。……ああ。

「クロノス……いや、クロノス試験官」
「ん? なんなノーネ?」
「試験、よろしく頼むぞ」
「……こちらコーソ、よろしくなノーネ」

クロノスは私の挨拶に、僅かに頬を緩める。

「では……行くぞ」
「全力でかかってくるノーネ!」
「「決闘(デュエル)!!」」

私の教員採用試験が開始された。久しぶりのデュエルだな。腕が鈍っていなければいいのだが……いや、それでも構わんか。
さて……こいつは私を楽しませることが出来るか?


――――・――――・――――・――――


「「決闘(デュエル)!!」」

2人の声とともに試験会場が盛り上がり、マスコミはカメラをデュエル場に固定し、全ての人間が2人のデュエルに注目している。しかし、そんなことは気にせず2人はお互いにデッキから5枚のカードを引き、手札を揃えた。

「先攻はそっちに譲るノーネ」
「なら、ありがたく頂戴する。私のターン、ドロー」

エルシャドール
手札5→6

「スタンバイフェイズからメインフェイズに移行。私はモンスターを1枚セット。リバースカードを1枚伏せてターン終了」


エルシャドール
LP 4000
手札 4
場 モンスター 
  セット
  魔法・罠  
  セット

クロノス
LP 4000
手札 5
場 モンスター 無し
  魔法・罠  無し


「……静かな始まりなノーネ」
「なにか問題でもあるか?」
「いえ、15年前とはいえ元プロデュエリストの頂点に立っていたお人ですカーラ、もっと派手に来ると思っただけノーネ。私のターンドロー」

クロノス
手札5→6

「私は『トロイホース』を攻撃表示で召喚なノーネ」


『トロイホース』
効果モンスター
☆4/地属性/獣族/攻1600/守1200
(1):地属性モンスターを生け贄召喚する場合、
このモンスター1体で2体分の生け贄とする事ができる。


「まだまだなノーネ! さらに私はマジックカード、『二重召喚(デュアルサモン)』を発動! このターンの通常召喚権を2回にするノーネ」


二重召喚(デュアル・サモン)
通常魔法
(1):このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる。


「なるほど」
「『トロイホース』は地属性モンスターの生贄召喚の際、2体分の生贄要因として使用できるノーネ。私は『トロイホース』を生贄に、『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』を攻撃表示で召喚!」

『トロイホース』が光となって消滅し、代わりに大地が割れるような映像とともに巨大な機械人形が出現した。


古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)
効果モンスター
☆8/地属性/機械族/攻3000/守3000
このカードは特殊召喚できない。
(1):このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
このカードの攻撃力が守備表示モンスターの守備力を超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
(2):このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。


「『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』……これはいきなり凄いのが来たな」

特殊召喚が出来ない代わりに、高い攻撃力と強力な特殊能力を持った機械族モンスター『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』。それをたった1ターンで出現させたことについては、流石実技担当最高責任者といったところか。その巨大人形の登場とエルシャドールの感嘆の声に、会場の全員がクロノスの実力の高さを実感させる。

「ご存じとは思いまスーガ、『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』が攻撃するトーキ、相手はマジック・トラップカードは一切使えないノーネ。さらにさらに『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』には守備モンスターを攻撃したトーキ、その守備力が攻撃力が上回っていレーバ、その数値分ダメージを与える貫通能力が備わっているノーネ」
「ああ、知ってるぞ。特殊召喚の制約を掛けるだけのことはある、立派なモンスターだ」

人差し指を立てながらクロノスが説明するその恐ろしい能力に、知らなかった受験生達が驚愕の表情を浮かべる。
攻撃力3000の貫通持ちだけでも充分なのにさらに、『聖なるバリア-ミラーフォース-』や『炸裂装甲(リアクティブアーマー)』などの攻撃反応型トラップカードの使用不可能力まで持った攻撃中ほぼ無敵の巨大モンスター。その性能は対戦相手だけでなく観客達にもプレッシャーを与えるほどの物だった。
自分のエースカードを褒められたクロノスは思わずにやけてしまう。

「バトルなノーネ! 『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』でセットモンスターを――」
「――待った!」

まさに今、クロノスが『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』に攻撃命令を下そうとしたところで、エルシャドールの響く声で待ったがかかった。

「バトルフェイズ開始時、私はリバースカードを発動させる」
「ニョ? このタイミングなノーネ?」
「なにかあるか?」
「いや、ないノーネ。続けていいノーネ」
「なら発動するぞ。リバースカードオープン、『堕ち影の蠢き』」


『堕ち影の蠢き』
通常罠
(1):デッキから『シャドール』カード1枚を墓地へ送る。
その後、自分フィールドの裏側守備表示の『シャドール』モンスターを、
任意の数だけ選んで表側守備表示にできる。


「デッキから『シャドール』と名の付いたカード1枚をセメタリーへ送る。私は、『シャドール・リザード』をセメタリーへ」

エルシャドールはデッキから『シャドール・リザード』のカードを選んでクロノスに見せ、墓地に送った。

「……? ただの墓地肥しなノーネ?」
「いや、『堕ち影の蠢き』にはもう1つエフェクトがある。セメタリーへカードを送った後、私の場にセットされているシャドールモンスターを任意の枚数分、表側表示にできる。私は場に裏側守備表示でセットしていた『シャドール・ドラゴン』をオープン」

裏から表になり、セットされていたモンスターが出現した。


『シャドール・ドラゴン』
リバース・効果モンスター
☆4/闇属性/魔法使い族/攻1900/守 0
『シャドール・ドラゴン』の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
(1):このカードがリバースした場合、
相手フィールドのカード1枚を対象として発動できる。
そのカードを持ち主の手札に戻す。
(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合、
フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。
そのカードを破壊する。


「ここまでで『堕ち影の蠢き』のエフェクト処理は終了だ」
「裏から表に……。……! リバース効果モンスターなノーネ!?」
「ご明察。『シャドール・ドラゴン』のリバースエフェクト発動。相手フィールド上のカードを1枚選択して手札にバウンスする。対象は『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』だ。と、さらにここで先程セメタリーに送った『シャドール・リザード』のエフェクト発動。このカードがカードエフェクトでセメタリーに送られた場合、デッキからシャドールをセメタリーに送る」


『シャドール・リザード』
リバース・効果モンスター
☆4/闇属性/魔法使い族/攻1800/守1000
『シャドール・リザード』の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
(1):このカードがリバースした場合、
フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを破壊する。
(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合に発動できる。
デッキから『シャドール・リザード』以外の『シャドール』カード1枚を墓地へ送る。


「ここまでで、なにか発動できるカードはあるか?」
「な、無いノーネ」
「なら、チェーンの処理を始める。まずは後に発動した『シャドール・リザード』のエフェクトから処理して『シャドール・ビースト』をセメタリーへ」


『シャドール・ビースト』
リバース・効果モンスター
☆5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守1700
『シャドール・ビースト』の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
(1):このカードがリバースした場合に発動できる。
自分はデッキから2枚ドローする。
その後、手札を1枚捨てる。
(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合に発動できる。
自分はデッキから1枚ドローする。


「そして『シャドール・ドラゴン』のエフェクトの処理に入る。対象に選んだ『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』を手札へバウンスする」

『シャドール・ドラゴン』が吠えると超音波が発生し、自分よりも大きい『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』を怯ませる。最初は踏ん張れていたものの、やがて耐えられなくなった『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』は光となって消滅し、クロノスの手札に戻った。

クロノス
手札3→4

「あ、『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』がー!?」
「チェーン解決終了。と、ここでセメタリーに送られた『シャドール・ビースト』のエフェクトが発動する」
「まだ効果を発動するノーネ!?」
「処理が長くてすまんな。『シャドール・ビースト』がカードエフェクトによってセメタリーに送られた場合、デッキから1枚カードをドローする」

エルシャドール
手札4→5

「……今は私のターンなノーネ?」
「そうだな」

クロノスは目を見開いて驚く。
自分の切り札『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』を速攻で処理された挙句、自分のターンだというのに涼しい顔でデッキを回転させ、しかも正確に効果処理までするエルシャドールのプレイングの高さに。
バトルフェイズに入ったときに『堕ち影の蠢き』を発動させたのも上手かった。
もし、クロノスの手札にメインフェイズで動けるカードがあったら、他にも展開されていたかもしれなかったからだ。
引退から15年間、解説・評論家として名を馳せ、一切のデュエルをしていなかったエルシャドールの腕前はまったく錆び付いていなかった。

「むむむ。攻撃できるカードがないノーデ、バトルフェイズは終わりなノーネ。メインフェイズ2に入ってカードを1枚セット。ターン終了なノーネ」


エルシャドール
LP 4000
手札 5
場 モンスター
  「シャドール・ドラゴン」
  魔法・罠  無し

クロノス
LP 4000
手札 3
場 モンスター 無し
  魔法・罠
  セット


「私のターン、ドロー」

エルシャドール
手札5→6

「スタンバイフェイズからメインフェイズへ移行」
「ミスエルシャドール。その確認はいらないノーネ」

エルシャドールの確認が少し長いことに反応したクロノスが注意を入れる。

「すまんな、癖だ」
「いえいえ、丁寧でいいことなノーネ。相手に言われるまでは、それを貫いて構わないノーネ」
「それはどうも。では、メインフェイズに入る」

エルシャドールは手札を1枚引き抜いてクロノスに見せた。

「私は手札からマジックカード『影依融合(シャドール・フュージョン)』を発動」


影依融合(シャドール・フュージョン)
通常魔法
影依融合(シャドール・フュージョン)』は1ターンに1枚しか発動できない。
(1):自分の手札・フィールドから『シャドール』融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
その融合モンスター1体を融合デッキから融合召喚する。
融合デッキから特殊召喚されたモンスターが相手フィールドに存在する場合、
自分のデッキのモンスターも融合素材とする事ができる。


「『影依融合(シャドール・フュージョン)』? 融合カードなノーネ?」
「そうだ。手札の『シャドール・ヘッジホッグ』と、フィールドの闇属性モンスター『シャドール・ドラゴン』を融合」

影依融合(シャドール・フュージョン)』を発動した瞬間空間に漆黒の歪ができ、その中に『シャドール・ドラゴン』と手札にあった『シャドール・ヘッジホッグ』が吸いこまれていく。
そして、その中から奇妙なドラゴンに乗った緑髪の少女が現れた。

「『エルシャドール・ミドラーシュ』、攻撃表示で融合召喚」


『エルシャドール・ミドラーシュ』
融合・効果モンスター
☆5/闇属性/魔法使い族/攻2200/守 800
『シャドール』モンスター+闇属性モンスター
このカードは融合召喚でのみ融合デッキから特殊召喚できる。
(1):このカードは相手の効果では破壊されない。
(2):このカードがモンスターゾーンに存在する限り、
その間はお互いに1ターンに1度しかモンスターを特殊召喚できない。
(3):このカードが墓地へ送られた場合、
自分の墓地の『シャドール』魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。
そのカードを手札に加える。


「え、『エルシャドール・ミドラーシュ』?」

彼女自身の名前が入ったカードに少し驚いたクロノスが復唱する。

「と、ここでセメタリーに送られた『シャドール・ドラゴン』と『シャドール・ヘッジホッグ』のエフェクト同時発動」


『シャドール・ヘッジホッグ』
リバース・効果モンスター
☆3/闇属性/魔法使い族/攻 800/守 200
『シャドール・ヘッジホッグ』の(1)(2)の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。
(1):このカードがリバースした場合に発動できる。
デッキから『シャドール』魔法・罠カード1枚を手札に加える。
(2):このカードが効果で墓地へ送られた場合に発動できる。
デッキから『シャドール・ヘッジホッグ』以外の『シャドール』モンスター1体を手札に加える。


「も、もう1体の方のモンスターはともかく、まだあのドラゴンに能力があるノーネ?」
「『シャドール・ドラゴン』はカードエフェクトによってセメタリーに送られた場合、フィールドのマジック・トラップカードを1枚選択して破壊する。対象はそのリバースカードだ」

ビシッと、クロノスの場に唯一伏せられている伏せカードに人差し指を当てた後、そのまま人差し指をまるで「1」を強調するように上に向けた。

「もう1つ、『シャドール・ヘッジホッグ』のエフェクト。カードエフェクトでセメタリーに行った場合、私のデッキにある『シャドール』と名の付いたモンスターを1枚手札にサーチする。ここまでで、チェーンして発動するカードはあるか?」
「ただで召喚を通すわけにはいかなイーノです! チェーン3でリバースカードオープンなノーネ! 『激流葬』!」


『激流葬』
通常罠
(1):モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時に発動できる。
フィールドのモンスターを全て破壊する。


最後のチェーン処理に発動されたトラップカード『激流葬』。
モンスターの召喚に反応して発動し、場のモンスターを全て破壊する全体除去カードだが、生憎、フィールドには先程融合召喚した『エルシャドール・ミドラーシュ』しかいない。
ミドラーシュに、まるで川が氾濫したかのような量の水が襲いかかる……が、しかし。

「!? な、なんでミドラーシュが破壊されないノーネ!?」

破壊せんと襲いかかる激流。
しかし、ミドラーシュはその流れる水の中で平然と立っていた。

「残念だったな。『エルシャドール・ミドラーシュ』はカードエフェクトでは破壊されない」
「なんでスート!?」
「実質『激流葬』は無力だ。……もうチェーンするカードが無いようだな? チェーン解決に入ろうか。『シャドール・ヘッジホッグ』のエフェクトで2枚目の『シャドール・リザード』をサーチ、『シャドール・ドラゴン』のエフェクトでその『激流葬』を破壊する」

エルシャドールはクロノスに見せながらサーチしてきた『シャドール・リザード』を手札に加え、表になっている『激流葬』を破壊した。

「私はこのターン、通常召喚権を使っていないな。先程サーチした『シャドール・リザード』を召喚する」

黒いオーラを纏った、蜥蜴のようなモンスターがフィールドに現れる。

シャドール・リザード
攻撃力1800

「な、な、な……」
「メインフェイズ終了、バトルフェイズへ移行する。『シャドール・リザード』『エルシャドール・ミドラーシュ』でダイレクトアタック! 『堕ち影の螺旋波動(シャドール・スパイラル・ウェーブ)』! 『堕ち影神の神風(エルシャドール・ディヴァイン・ウィンド)』! 」

バチンとエルシャドールが指を鳴らすと、リザードは口から衝撃波を放ち、ミドラーシュは杖とドラゴンの口から強烈な風を起こした。それぞれの攻撃がまるで渦巻く嵐のようにクロノスに向かっていく。

「ペッペロンチーノー!!」

クロノス
LP4000→0

ピッタリ4000のダメージをクロノスは直に受けて勝敗が決し、その瞬間をマスコミのカメラがフラッシュを焚き、会場からは歓声が響いた。
そのデュエルは見事としか言いようがなかった。
ノーダメージ、ノーミス、そしてライフジャストキルにワンターンキル。
かつてのプロデュエリストとしてのパフォーマンスも忘れないその姿は、真っ黒な服に身を包ませていながらも輝いていた。

「お、お見事なノーネ」

パチパチと、拍手をしながらクロノスはエルシャドールの元まで歩く。

「1ターン目からアレは結構驚いた。見事だった」

エルシャドールが右手を差し出す。すると、クロノスはそれに応じて右手を差し出して握手をした。
この光景を取った写真が、明日の朝刊の見出しになった。


――――・――――・――――・――――


ふん、結構あっさり勝ったな。デュエルアカデミアの実技担当最高責任者と聞いたがさほど強くは無かった。点数としては75点くらいか? 少し物足りん。
クロノスと握手しながら、私はそう思っていた。
初ターンで『古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)』を呼ばれた時は少々驚いたが、それ以外はスムーズに事が進んだ。
あのまま『シャドール・ドラゴン』に攻撃させたほうがパフォーマンス的には盛り上がっていたのだろうが、『リミッター解除』なんて持っていられたら負けているし、ライフアドバンテージ的に考えてもあれが正解だろう。パフォーマンスやスタイルを追求して勝てる試合を逃してしまったら本末転倒だ。
握手を終えた私は、デュエル場から降りて出口に向かう。……さて、と。

「エルシャドールさん、インタビューを!」
「なぜデュエルアカデミアの教員に!?」
「今後のテレビ出演などはどうなさるのですか!?」

このマスコミのハイエナ共の相手をしないとな。

「移動だ。ここでは他の奴らの迷惑になる。質問には可能な限り答えるから、一旦落ち着いて――」
「す、すいませーん!!!」
「――く……れ?」

マスコミを宥めていると1人の少年の声が響き渡り……ドカッ。

「おわっ!」
「むっ!?」

なにかが私とぶつかり、私は仰向けに倒れてしまった。

「いてて……すまねぇ! 大丈夫か!?」

私とは反対側に倒れた少年は、打った頭を撫でながら私に心配を掛ける。

「ったく、危ないだろうが。走るのならしっかり前を向いて走れ」
「お、おう……すいませ――って。な、なんで俺こんなカメラ向けられてんだ!?」

マスコミに囲まれ、カメラを向けられていることに気がついた少年は驚く。

「おい、カットだ。彼にカメラを向けるな。言うこと聞かないならインタビューには一切応じんぞ」

少し脅しを入れるとすぐに、全てのカメラのスイッチを切った。本当にハイエナだ。
さて、この少年。

「こんなところにきて、どうした?」
「おう! 俺はここの実技試験を受けようと思ってな!」
「…………」

……。…………。………………。

『は?』

私だけでなく、ハイエナ共も全員間の抜けた声を出した。
少年は「?」と言った表情を浮かべている。

「俺なんか、おかしいこと言ったか?」
「……いや、ここに来る学生ってことは、当然そうだな」
「おう!」

…………。

「ん、んんんっ!」

あ、クロノスが来た。……時間は、ギリギリ。ギリギリ過ぎている、か。

「えーっと、あなたーは?
「俺か? 俺は受験番号110番、遊城(ゆうき)十代(じゅうだい)! ほら、受験票もあるぜ!」

110番台……。エリート志向のクロノス相手にこれは……。

「な? だから試験、受けさせてくれよ!」
「遅刻者にそんな権利はありませンーノ」

案の定、クロノスは容赦なく突き放す。しかし、少年……遊城十代は諦める様子もなく粘る。

「そ、それは仕方ないだろ? そいつとあんたとのデュエルで時間食っちまったんだ! それに時間はギリギリだったけど受け付けはしっかり通った!」
「他人のせいにするんじゃありませンーノ。それに、時間ギリギリに来るなンーテ、やる気がないとしか感じませンーノ」
「電車が事故って間に合いたくても間に合わなかったんだ! 後で確認してみてくれよ! だから頼む! お願い!」

手を合わせ、膝をついて必死に懇願する遊城。しかし……。

「ダメなノーネ! 原則、遅刻者にはデュエルを受けさせる資格はありませンーノ。諦めなサーイ!」
「そ、そんな……」

クロノスは無慈悲にも頑なに試験を受けさせようとしない。がっくりと肩を落とす遊城。…………。

「いいじゃないか、クロノス教諭。ここまでしているんだ。やる気はあると思うがね。受けさせてもいいんじゃないか?」

私はクロノスに言う。すると、遊城が顔を挙げて私を見た。

「ミ、ミスエルシャドール。でもでスーネ――」
「電車が遅れたのだ。仕方ないだろう。そんな理由で遊城を一方的に突き放すのはさすがに非情だと思うがな」
「し、しかーし――」
「受け付けも通しているのだ。彼には受験資格があると思うが?」
「で、ですーが――」
「おい、いい加減にしろよ。おまえのやろうとしていることは腐ってもない卵を破棄するのと同じだぞクロノス。教育者なら生徒全員に対等にぶつかれ。贔屓は許さん」
「う、うにゅぅ……」

しつこかったクロノスに睨みを利かせる。
理由や成績はどうあれ、せっかくの金の卵を破棄するのは惜しい。成績が低い=デュエルが下手という方程式は存在しない。
それに例え落ちこぼれだったとしても、そんな学生の才能を開花させて上達させるのがデュエルアカデミアの存在意義だったはずだ。成績が悪いからって一方的につっ返すのはそれに反した許されない行為だ。エリート志向だか何だかは知ったことではないが、自分の勝手な思想に他人を巻き込むな。

「わ、わかりましターノ。セニョール十代! すぐにやるノーネ!」
「ほ、本当か!? ありがとうございます!」
「ふんっ」

クロノスが漸く折れた。

「サンキューな! 助かったよ!」
「……健闘を祈る」
「おう! アカデミアで会おうぜ!」

元気に返して、遊城はデュエル場に走っていった。ま、折角のチャンス、失わないように精一杯やることだ。流石に実技でも酷いものなら私でもフォローできん。

「移動するぞ。もうカメラを回してもらって構わん」
「エルシャドールさん、なぜ彼を庇ったのですか?」

ふん、少し気を許したら付け込みやがって。これだからマスコミは嫌いなんだ。

「理由はさっき述べたとおりだ。2度も同じことは言わん。メモを取っていないのはおまえらの失態だろう。それにもう、あの少年のことはいいだろう? 質問にはしっかり応じる。だから今は余計なことを聞くな」

幾つものフラッシュの中、私は海馬社長に用意してもらった会見場まで向かった。

……余談だが、あの遊城という少年。
私が戦ったクロノスのあのデッキに見事勝利したそうだ。
面白いやつが紛れ込んできた。フォローした甲斐があったというものだ。

――それにあの少年……精霊が憑いていたしな。




     ――To be continued…



……いかがだったでしょうか。

会話、表現、デュエルの様子など見やすいか見にくいか、感想をお願いしたいです。
文字脱字があるかもしれませんので、ご指摘していただけると嬉しいです。

それでは2話は明日の0時に。
ストックはあと16話ほど用意してありますので、ゆっくり投稿しますね。

ご愛読、ありがとうございました。


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