前回の記事の続きですが、思春期の学校生活における友達関係への馴染みにくさや孤立感・疎外感の長期の継続、いじめられるトラウマ体験なども、『自己愛・承認欲求・自己防衛・人間不信の過剰』を伴う人格構造の変化に影響を与えると考えられています。しかし、物事・過去の受け止め方としての『認知』には大きな個人差があるので、同じような体験をしたからといって同じ人格構造の変化が見られるわけではなく、『性格・人格の長期的な形成過程』には一般的理論の枠組みだけでは解明しきれない要素や特性が沢山あるというのも事実です。 耐えがたいほどの不快な出来事や苦痛な体験、トラウマ的な記憶があるとしても、それがすべてネガティブな影響ばかりを及ぼすわけではないし、苦労や悲しみを将来の自分の成長の糧にできることもあれば、自分が経験してきた多くの痛みを他人に与えないようにしようという方向で人格特性の形成が進むこともあります。 自己愛や承認欲求の過剰、衝動的行動などを特徴とする“クラスターB(B群)”に含まれる演技性パーソナリティ障害や境界性パーソナリティ障害の発達的原因として、特に着目されるのは『発達早期の母子関係の問題・対象恒常性の獲得の失敗』です。生まれたばかりの乳児(赤ちゃん)と母親は“幻想的な母子一体感・自然な共生感覚”を感じやすいこともあり、赤ちゃんは自分と母親を区別しない“自他未分離の状態”の中で、母親の愛情と世話、保護に全面的に依存しています。 赤ちゃんは成長するに従って、母親を自分とは別の対象(個人)として認識し始めて『分離不安』が生じます。しかし、良好な母子関係や安心させるコミュニケーションを通して、精神内界に安定して存在する支持的な『対象恒常性』を作り上げることで、対人関係(孤独感・分離不安)に適応しやすい人格構造が構築されていくことになります。 対象恒常性(object constancy)というのは、内面にある安心感・満足感を与えてくれる継続的な表象(他者のイメージ・意味づけ)のことなのですが、『対象恒常性の欠如』の問題があると目の前に好きな他者が実際にいて自分を認めて優しくしてくれない限りは、見捨てられ不安・孤独の苦痛に耐え切れなくなりやすいのです。 発達過程のどこかの段階で自分を支えてくれる『安定した持続的な他者イメージ』である対象恒常性が形成されないと、『目の前にいる自分を支持・肯定してくれる他人』しか信頼できず安心できない心理状態に襲われやすくなり、『クラスターB(境界性パーソナリティ)』の人格構造が作られやすいということです。 従来の精神分析の発達理論では、マーガレット・マーラーの分離‐個体化理論にも見られるように、概ね3歳(36ヶ月)までの発達早期の良好で愛情のある母子関係によって、『対象恒常性の確立』の心的課題が達成されると仮定されていましたが、現在ではこういったフロイト以来の『幼児期決定論・発達の3歳児神話』というのは余り重視されていないと思います。 母親から十分な愛情や保護を与えてもらえない母性剥奪(mother deprivation)、両親から暴力を振るわれたり人格・存在価値を否定されたりする身体的・精神的虐待、ネグレクトなどがあると、3歳までに内的世界に対象恒常性を築くことは非常に難しくはなります。その結果として、パーソナリティ構造への好ましくない影響も起こりやすいですが、それ以後の信頼できる人間関係や人生経験、自己効力感の高まりなどによって、児童期・思春期以後にも『対象恒常性の欠如』をフォローしたり他者表象(他者イメージ)を再構築したりすることは可能です。 実際に、過去に児童虐待を受けたり親子関係に恵まれなかったとしても、自分の幸せな人間関係(家族)や人生プロセスを切り開いていった先例・回復例は多くあります。心理状態や性格傾向の個人差は多くあるとしても、新たな良い出会いや感動的な体験、ポジティブな考え方(自己肯定の認知変容)を積み重ねていくことで、欠如していた対象恒常性がフォローされやすくなることは確かですし、『他者との人間関係にまつわる苦しみ・寂しさ』を少しでも軽減することが心理臨床的なカウンセリングにできる重要な役割の一つだと思います。 境界性パーソナリティ障害のカウンセリングでは、境界性パーソナリティ障害の病名を本人が自覚したほうが良いか否かには意見の対立もありますが、クライエント自身がDSM的な病名というよりも『何度も繰り返される問題状況・対人トラブルのパターン』に自分で気づくことによって、問題解決の方策や計画を立てやすくなります。 パターン化している対人トラブルや問題状況(不適応問題)の本人の自覚が乏しい場合には、『他責性と他罰性・ストレス強調』といった傾向が見られやすく、自分自身の人格構造や考え方のパターンの問題に意識が向かいにくいのですが、その場合には『今ある問題にはどのようなものがあるか?その問題を解決するために自分にできそうなことはないか?他人や環境のどんなところがストレスになりやすいのか?』といったクライアントが応えやすい部分から質問していく方法が良いでしょう。 『特定の一つの技法』だけにこだわる必要性はないですが、過去のトラウマティックな経験やそれにまつわる思いを聞いてほしいという訴えがあるケースでは、精神分析的カウンセリングと傾聴の技法を組み合わせてみると話の流れが良くなります。反対に、現時点での問題解決や気持ちの整理、行動選択を重点的に話し合うのであれば、解決構築型カウンセリングと呼ばれるようなブリーフセラピーの質疑応答を用いると、新たな気づき(行動変容のきっかけ)を得やすいと思います。 各種のパーソナリティ障害による問題や悩みは、うつ病(気分障害)やパニック障害、不安障害、適応障害、身体の調子を崩す心身症と同時に併発していることも多いので、『各パーソナリティ障害の問題・悩みのパターン』に特化したカウンセリング的な対話や認知転換の方向づけができるかどうかによっても、心理臨床の効果は変わってくるところがあります。 ■関連URI 境界性パーソナリティ障害の性格行動パターンの特徴と早期母子関係に注目する原因論の移り変わり “依存の極”と相関するパーソナリティ障害・人格特性とアパシー2:演技性パーソナリティ障害 他者の評価や反応を求めるB群(クラスターB)の人格障害:“特別な自分の価値”を自己顕示する方法の違い パーソナリティ障害(人格障害)における“内向性・外向性の過剰”と“自己顕示欲求の表現形態” ■書籍紹介 |
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“A群〜C群のパーソナリティ障害”に見られる中心的な性格傾向と正常とされるパーソナリティ特性について
パーソナリティ障害はその中心的な性格傾向と行動様式に基づいて、『A群・B群・C群(クラスターA・クラスターB・クラスターC)』に分類されていますが、A〜C群で見られる中心的な性格傾向と問題行動はその程度を弱めれば、誰もが多かれ少なかれ持っている性格上の要素ではあります。それぞれのパーソナリティ障害(人格障害)の詳細な内容と診断基準を知りたいという方は、ウェブサイトのにある『人格障害の解説の項目』を参照してみてください。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2011/12/31 11:01 |
“長崎県西海市2女性殺害事件・台湾留学生殺害事件”とストーカー・恋愛感情にまつわるトラブル:2
張容疑者は妄想的な思い込みや愛情の飢渇感が強いように感じられるが、コンサートを介したアイドル(SKE48)とのつながりや刹那的な快楽を通して、『指名手配されている絶望的な現実・取り返しのつかないことをしたという後悔』を忘却しようとしたが、即座に警察の任意同行という“逃れられない現実”を突きつけられて、どのようにしても自分の幸福や可能性はなくなったと考え自殺したように思われる。あるいは初めから、いずれかの時点で自殺を計画していた可能性もあるかもしれないが、ストーカーや妄想的な片思いなどで『好... ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2012/01/12 06:56 |
境界性・自己愛性のパーソナリティ障害と自己愛の発達3:コフートの自己心理学と愛情不足・過保護の影響
境界性パーソナリティ障害でも自己愛性パーソナリティ障害でも、『自律的な自己アイデンティティの形成』ができないという問題が見られ、自己アイデンティティが拡散して依存性や自己顕示性が強まることで『他者との対等な人間関係』を築くこともできなくなります。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2012/01/25 23:26 |
境界性パーソナリティ障害(BPD)の形成と“母子間の愛着障害・嗜癖の依存性の要因”:2
幼少期からの親子関係の問題や愛情剥奪、守られている感覚の欠如などによって、『親や過去の記憶から与えられた自己像(その視点からの世界観・人間観)』に強く束縛されてしまい、自由な物事の認知や行動の選択ができなくなっているのがBPDの人格構造なのである。そのため、他人からの愛情や関心を失う事を恐れて異常なほどの執着心やしがみつき、つきまといをしてしまう事があったり、反対にわざと相手に迷惑や負担を掛けるような『拗ね・いじけ・攻撃性』を見せて自分への関わりを求めようとする事もある。 ...続きを見る |
カウンセリングルーム:Es Discov... 2012/09/28 23:15 |
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