有馬
「先行きがますます不透明になっているウクライナ情勢。
この事態を早い段階から察知し、世界を巻き込む危機になると警告を発していた人がいます。」
黒木
「こちら、ソビエト最後の指導者で、ノーベル平和賞受賞者のミハイル・ゴルバチョフ氏です。
危機の原点には何があるのか、そして歴史の教訓から見えてくる解決策とは。
ゴルバチョフ氏にインタビューしました。」
2014年6月25日(水)
解決の糸口が見えないウクライナ危機。この難題に積極的に発言しているのがソビエト連邦最後の指導者でノーベル平和賞受賞者のミハイル・ゴルバチョフ元大 統領(83)だ。「ウクライナ危機を軽く見てはいけない」と指摘し、「東西ドイツの統一をきっかけに世界が協力した時代に学ぶべき」と主張する。東西冷戦 終結の立役者に山内聡彦NHK解説主幹が単独インタビュー。ウクライナ問題の深層と解決の糸口を探る。
出演:山内聡彦(解説主幹)
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有馬
「先行きがますます不透明になっているウクライナ情勢。
この事態を早い段階から察知し、世界を巻き込む危機になると警告を発していた人がいます。」
黒木
「こちら、ソビエト最後の指導者で、ノーベル平和賞受賞者のミハイル・ゴルバチョフ氏です。
危機の原点には何があるのか、そして歴史の教訓から見えてくる解決策とは。
ゴルバチョフ氏にインタビューしました。」
ウクライナ東部で今も続く武力衝突。
停戦実現への道のりは不透明で、依然、出口の見えない状態が続いています。
ウクライナ情勢を巡り激しく対立する、オバマ大統領とプーチン大統領。
今年(2014年)1月、この2人のリーダーに手紙を書き、事態が悪化する前に早く対処するよう訴えたのが、ゴルバチョフ氏でした。
“ウクライナに平和が戻るよう断固たる行動を要望します。
ウクライナだけでなく、全世界に危機をもたらすでしょう。”
今年83歳を迎えた、ゴルバチョフ氏。
山内聡彦(やまうち・としひこ)解説委員が聞きました。
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「ウクライナの現状は非常に深刻です。
領土・軍事・貿易すべての分野に影響しています。」
山内解説委員
「米ロの両首脳に書簡を出しましたが、その狙いは何だったのですか?」
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「このままでは大変なことになるという予感がしたのです。
ウクライナは、マッチ1本で大火事になってしまう、そんな危険な場所なのです。
問題が起きたら、その瞬間に止めないと、誰にも止められなくなります。
影響力のあるリーダーが一刻も早く動く必要があると考えました。
ただ結局は、私の予感どおり、いや、もっとひどい結果になりました。」
今年2月、ウクライナに欧米寄りの暫定政権が生まれると、クリミアの編入を宣言したプーチン大統領。
欧米諸国は一斉に反発し、経済制裁に動きました。
ロシアとEU、2つの勢力がぶつかるウクライナ。
ゴルバチョフ氏は、同じように東西の狭間にあった冷戦時代のドイツの例が、教訓になると指摘します。
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「私が心配するのは、ウクライナ危機をきっかけに、新たな“壁”が生まれることです。
考え方の違いは壁を生みます。
これを止めるには、東西ドイツの統一に世界が協力したあの時代に学ぶべきだと思います。」
当時「20世紀中には不可能」と言われた東西ドイツの統一。
ゴルバチョフ氏が強調したのは、米ソの指導者がいかに強い意志をもって取り組んだかということでした。
冷戦時代、東側の「ワルシャワ条約機構」と、西側の「NATO=北大西洋条約機構」が対峙したヨーロッパ。
東欧に民主化のうねりが広がる中、いわば最後の砦として残っていたのが、東ドイツでした。
このとき、ゴルバチョフ氏は、民主化運動を軍事力で押さえ込むという、それまでの政策の放棄を決断します。
当初バラバラだった各国の思惑も、その後まとまっていったと言います。
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「東西ドイツの統一は、血を流さずに実現した、本当に偉大な事業でした。
ただ当初は、ドイツ統一に賛成しない国もありました。
例えば、イギリスです。
ほかにも、フランスのミッテラン大統領は迷っていて、なかなかはっきりしませんでした。
さまざまな国の間で、意見が分かれていたのです。
しかしその後、ドイツ、アメリカ、ソビエトが主導して、統一を認める方向に動き出したのです。」
国際問題の解決には、指導者の決意が何より重要だと訴えるゴルバチョフ氏。
ただ指導者同士の信頼構築に、時間をかけなければならないと、レーガン大統領との経験をもとに語りました。
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「最初、レーガン大統領とジュネーブで議論したときは、非常に激しいぶつかり合いとなりました。
第一ラウンドを終えたとき、記者団にレーガン大統領の印象を聞かれたのですが、私は『恐竜のような、恐ろしい人物だ』と答えました。
彼も私について、『ガチガチの共産主義者だ』と答えたそうです。」
しかしその後、レーガン大統領をモスクワに招くなど、何度も顔を合わせ話し合ったゴルバチョフ氏。
やがて、信頼が生まれてきたと言います。
レーガン大統領
「こんなふうに仲良くなっていきたいね。」
インタビューの最後、ゴルバチョフ氏は、関係国の首脳たちによる国際会議の開催を提言しました。
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「冷戦というのは、ひとりでに終わるものではありません。
努力やプロセスがあって、はじめて結果を出せるのです。
東西ドイツが統一した際、国際社会は、その機運に乗じて相互協力を進めました。
その結果、35か国の首脳が一堂に会し、ヨーロッパの新しい未来について話し合う国際会議を開催できたのです。
こうしたやり方をうまく生かし、今回も、関係するすべての国が協力しなければなりません。
日本を含む国際社会全体の参加が不可欠です。
必要なら私もサポートしますよ。
ウクライナの危機を一刻も早く解決しましょう。」
黒木
「ここからは、ゴルバチョフ氏にインタビューした山内解説委員に聞きます。」
有馬
「ゴルバチョフさんのインタビューで『冷戦はひとりでに終わるものではない』という言葉、すごく印象的だったんですが、とにかくウクライナ発の新しい冷戦を止めないといけないという思い強いな、危機感も相当強いんだなと思いました。」
山内解説委員
「ゴルバチョフ氏は83歳と高齢で、病気がちなんですけれども、その発言にはさすがに重みや迫力が感じられましたね。
そのゴルバチョフ氏がウクライナの政権が崩壊する1か月も前に、他に先駆けて危機の深刻さ、あるいは事態の打開の必要性などを訴えたところに強い危機感が表れるというふうに思うんですね。
また、このウクライナの危機が、自ら招いたソビエト連邦の崩壊と決して無関係ではないという思いもあったと思うんです。
ゴルバチョフ氏自身、ウクライナを非常に身近に感じていたんですね。
というのは、彼のお母さん、そして亡くなった奥さんのライーサさんも実はウクライナ人だったんです。
手紙の中でも『ロシアとウクライナは血のつながった1つの民族だ』というふうに表現してるんですね。
しかし、せっかく手紙は出したんですけれども、プーチン、オバマ両首脳からは今のところ何の反応もないということです。
ゴルバチョフ氏は、この問題の解決には影響力のある米ロの首脳が強力なイニシアティブを取ることが重要であるというふうに強調しています。
しかし現実は、双方の間に信頼関係はなくて、協力して問題解決にあたるにはほど遠い状態だというふうに思います。
このインタビューの中でゴルバチョフ氏は、アメリカはロシアの弱体化を狙っているんだと、非常に激しい対米批判を繰り広げたのには、いささかびっくりしましたね。」
黒木
「アメリカ、厳しく批判してるということですけど、ロシア、プーチン大統領については、ゴルバチョフ氏、どのように見てるんでしょうか?」
山内解説委員
「プーチン氏の国内政治については非常に批判的なんですね。
特に強権的な政治手法とか、言論の統制、政権が長期化してることについては、厳しく批判してるんです。
一方で、対外政策につきましては、今回もプーチン批判というのはまったくなかったんです。
例えば、クリミア編入問題について尋ねますと、こんな答えが返ってきたんです。」
ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領
「クリミアに住んでいるのはロシア人ばかりです。
300年にわたってロシアの領土です。」
山内解説委員
「ゴルバチョフ氏もこのクリミア編入を支持してるわけなんですね。
この問題を巡ってはプーチン大統領と意見の違いというのはないんですね。
このクリミア編入問題というのは、60年前に、ソビエト時代にフルシチョフ第一書記が独断でクリミアをロシアからウクライナに移管したことが背景にあるんです。
当時はソビエト連邦の中での帰属替えでしたので問題はなかったんですが、その後、連邦が崩壊してウクライナが独立国家となったために、今回、大きな問題になったわけなんです。
ゴルバチョフ氏は、この編入というのは、そのフルシチョフの歴史的な過ちを正したものであって、クリミアの住民の意思も住民投票で反映されてるということで問題はないんだと、そもそもこれはロシアのものであって併合とは言えない、というのが彼の立場なんですね。
これは、力による現状変更は決して認められないという私たち国際社会の主張とは大きく食い違っているわけなんですね。
ただ、ロシアではプーチン大統領に批判的な人を含めて、大多数がこの編入を支持してるんですね。
クリミアというのは、ロシアにとって歴史的にも関係が深く、非常に敏感で特別な所だということなんです。
ウクライナのポロシェンコ大統領は、このクリミアの返還を今後も求めていくというふうに言ってるんですけれども、現状を見る限りロシアが応じる可能性はまったくないだろうというふうに思います。」
有馬
「今後、ゴルバチョフさん、まず首脳同士が信頼関係を築くべきと。
そして、その当事者だけではなくて国際社会が協力してこの問題に取り組むべきだ、という話でした。
具体的には、国際会議を開催するべきという提言だったんですが、これはどういうことなんでしょうか?」
山内解説委員
「彼の念頭にあるのは、1990年11月、ドイツ統一の翌月にパリで開かれました全欧安保首脳会議のことがあるんですね。
米ソやヨーロッパの35か国の首脳が一堂に会して、ドイツ統一後のヨーロッパの今後のあり方を協議したんですね。
それと同じようなことをこのウクライナ問題を巡っても、米ロやヨーロッパ、ウクライナ、そして日本も含めて、各国の首脳が集まって危機の打開策を探るべきだというのが、その彼の提言なんです。
今は実はこのウクライナ危機を巡って、時代が大きく動いて枠組みが変わってきてるというふうに思うんです。
というのは、世界は再び武力がモノをいうパワーゲームの時代に逆戻りしてるという指摘があるんですね。
例えば、ロシアは今回のウクライナ、そして6年前のグルジアへの軍事介入のように、力で現状を変更しようとしてる。
一方のアメリカやNATOもロシアを再び脅威ととらえて、ヨーロッパの安全保障を強化しようとしてる。
ですから、冷戦の終結から20年余りたちましたけれども、今、再び安全保障体制の見直しが必要であって、例えば1975年のヘルシンキ合意のような新たな大きな合意が今、求められるというふうに思います。」
有馬
「まさに国際的な秩序を再編成ということなんでしょうか?」
山内解説委員
「そうですね。」