はやぶさ2:◆著者エッセー◆人はなぜこの探査機に心をひきつけられるのか=上坂浩光

2014年12月30日

ポスターの前で笑顔を見せる上坂浩光さん
ポスターの前で笑顔を見せる上坂浩光さん

 ◇「『はやぶさ』−2つのミッションを追って」発刊

「『はやぶさ』−2つのミッションを追って “HAYABUSA”ミッション9年間のドキュメント」(誠文堂新光社、1512円)
「『はやぶさ』−2つのミッションを追って “HAYABUSA”ミッション9年間のドキュメント」(誠文堂新光社、1512円)

 この本「『はやぶさ』−2つのミッションを追って “HAYABUSA”ミッション9年間のドキュメント」(誠文堂新光社、1512円)は、「はやぶさ」ミッションを書いたものなのですが、ちょっと異色です。それは映像作家である僕が、「はやぶさ」「はやぶさ2」ミッション(「はやぶさ」は2003年5月に打ち上げられ2010年6月に地球帰還)の傍らで歩み続けた9年間を綴(つづ)ったものだからです。そしてもう少し言えば、それは僕だけのものではなく、「はやぶさ」を応援した沢山(たくさん)の人達と共に歩いた道程でもあります。僕は今、この本を書き終えて、映画という媒体、そして映画作りという過程が、人と人とを繋(つな)ぐ橋渡しになったのだと強く実感しています。

HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 〜帰還バージョン・DVD&Blu-ray
HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 〜帰還バージョン・DVD&Blu-ray

 僕が作ったのは、プラネタリウムのフルドーム映像作品です。まだ「はやぶさ」が小惑星イトカワにいた頃に、地球帰還を願って作られた「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」。そして、「はやぶさ」の帰還を見届けた後作られた、改訂版である「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 〜帰還バージョン」。そして「はやぶさ2」の旅立ちを描いた「HAYABUSA2 -RETURN TO THE UNIVERSE-」です。

 「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH- 〜帰還バージョン」は、プラネタリウムで100万人以上の人がご覧になった大ヒット作品になりました。これで「はやぶさ」ミッションを多くの人に知ってもらうきっかけを作りました。またこの作品は、2011年には角川映画の配給で劇場でも公開。4作作られた「はやぶさ」関連の映画のトップを飾り、後に続く作品に影響を与えました。人は一人も登場しない作品なのですが、なぜか涙が止まらないという感想を沢山いただきました。

 「HAYABUSA2 -RETURN TO THE UNIVERSE-」は、2014年の7月にリリースしたばかりのものです。砂漠にひとり帰ってきた「はやぶさ」のカプセルに対し、私たちがしてやれる事は何なのか? それはその意志を引き継ぎ、未来へ渡す事。そんなコンセプトで作った作品です。現在全国のプラネタリウムで公開中で、2015年の春先からさらに上映館が増えていくと思います。

 まだこれらの作品をみていない方は、この機会に是非ご覧になってみてください。プラネタリウム館はもとより、Blu−ray、DVDでも発売になっています(*HAYABUSA2は、2015年1月末にDVDが発売予定です)。

 僕がこれらの作品制作を通して常に対峙(たいじ)してきたのは、「人はなぜこの探査機に心を引きつけられるのか?」という事でした。単なる機械でしかないはずの探査機に、いのちを感じる人の心、その理由を探る事は、とりもなおさず自分自身の心を見つめる作業になりました。

 これらの作品作りのきっかけとなったのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が制作した「祈り:小惑星探査機『はやぶさ』の物語」という作品です。僕はこの「祈り」の制作にかかわり、その中で不思議な感情に出会います。自分で作った地球に帰還する「はやぶさ」の動画を見て、涙がこぼれるという体験をするのです。別に涙を誘おうと思って作った絵ではありません。自分にはそんな意図など全くなかったのに……です。これには本当に驚きました。今思えばこの事が、その後作られた作品のキーとなっていったのです。

 ◇「あきらめない」ことを教えてもらった

 当初、この擬人化という手法は「はやぶさ」ミッションチームの面々に、ことごとく反対されました。「機械が使命をまっとうするのに悲しむ必要はない」と。しかし、それによって単なるミッション説明ではない作品が生まれたのです。こういった前例のない作品を作る時、さまざまな反対意見が出ます。それは当たり前の事ですが、それらと闘い、自分の信念を曲げずに進んでいくことは、「はやぶさ」ミッションと同じ様な苦難の道をたどる必要がありました。「あきらめない」ことを、随分「はやぶさ」に教えてもらったような気がします。

 しかしその結果、僕の作品は、宇宙に興味のない方々まで巻き込んだ、大きな広がりを見せていきました。そして最後には、「はやぶさ」の川口淳一郎・プロジェクトマネジャーまでもが「生きているとしか思えない……」という言葉を口にするようになるのです……(笑)、人の心の働きは不思議なものです。

「はやぶさ」帰還後に開かれた「はやぶさ祝賀会」にて=上坂浩光さん提供
「はやぶさ」帰還後に開かれた「はやぶさ祝賀会」にて=上坂浩光さん提供

 ◇はやぶさ2打ち上げの不思議な符号

 さてここからは、今回の「はやぶさ2」の打ち上げを見届けて感じた、不思議な符合を書いておきたいと思います。

 H2Aロケット26号機の打ち上げ、それは自分にとって通常の打ち上げとは違ったものでした。なにせその先頭には、「はやぶさ2」がのっているのです。2度の延期の後、12月3日が近づくにつれて、僕は発射の瞬間を考えないようにしていました。その光景を考えただけで息がつまるからです。身内の誰かが実際に乗っているみたいでした。

 しかし、時間は容赦なく進み、あっというまに当日を迎えます。打ち上げの秒読みが開始され、もう逃げられない……あと数分と迫ったところで、僕は真剣に「この打ち上げはやめておいた方がいいんじゃないか……」と思いました。それくらい心配になったのです。そしていよいよリフトオフ、打ち上げの瞬間がやってきました。僕は双眼鏡でその様子を見ました。射点に現れる強烈な光、無音で上昇するロケット……今回はロケットの表面についていた氷片がその噴射炎に反射し、火の粉のように踊っているのが印象的でした。双眼鏡から目を離すと、ロケットは東南東に少し傾くように姿勢を変えていきます。これはもちろん所定の動作なのですが、思わず心配になり「おーい、上がれよー!」と声が漏れました。もうロケットは眼中にありませんでした。

H2A26号機打ちあげの瞬間。「はやぶさ2」はもはや身内、平常心で見る事ができなかった=上坂浩光さん提供
H2A26号機打ちあげの瞬間。「はやぶさ2」はもはや身内、平常心で見る事ができなかった=上坂浩光さん提供

 ロケットが雲間に消え、SRB−A(補助ロケット)が分離されると、種子島宇宙センターの竹崎展望台では拍手が巻き起こりました。しかし僕はというと、実は大きな感動を覚えなかったんです。これは不思議でした。いや、感動はしてるんだけど、なぜかそれに感情を委ねられないというか……だから当然、涙も出ませんでした。

 ここでこの記事を企画をいただいた、毎日新聞の永山悦子さんに声をかけられるんですね。「おめでとう!」と握手を求められ、「泣かないでね……」とまで言われます(この部分、書籍には名前を伏せて書いてあります)。

2010年6月13日オーストラリアで見届けた「はやぶさ」帰還 (C)上坂浩光
2010年6月13日オーストラリアで見届けた「はやぶさ」帰還 (C)上坂浩光

 実は、永山さんとはウーメラ砂漠で一緒に「はやぶさ」の帰還を見届けた仲間です。あの瞬間を共にした者同士には、なんだか同窓生みたいな意識があって、不思議な絆があるんです。この日、竹崎展望台には、他にも朝日新聞の東山正宜さんとか、山根一眞さんもいらっしゃってましたが、彼らはどうだったんだろうか。

 ◇カプセルと初対面し、あふれた涙

上昇を続けるH2A26号機に作品で描いたのと同じ様なベイパーコーン(輪になった雲)が現れました。(C)前西重幸
上昇を続けるH2A26号機に作品で描いたのと同じ様なベイパーコーン(輪になった雲)が現れました。(C)前西重幸

 そして僕はあのウーメラの夜も、涙がいっさい出なかったのを思い出したのです。夜空に、光の粒となって溶け込んでいった「はやぶさ」。その中からまるで命が生まれたかのように飛び出してきたカプセル。感動はした。しかしあの時どこかやりきれない気持ちを感じ、そのままの気持ちで帰国しました。

 そして1カ月半後、僕はJAXA筑波宇宙センターでカプセルと対面します。その時でした、異変が起こったのは。僕はそのカプセルを見て、涙がとめどなく溢(あふ)れてきたのです。泣き崩れそうになるのを必死に堪(こら)えながら部屋の隅に行って泣きました。大の大人がですよ。その時はその涙の意味がわからなかった。しかし今回、その意味が分かった気がしました。きっとそれは「想(おも)いの成就」の瞬間だったからです。ウーメラに落下したカプセル、本当はこの手で受け止めてやりたかった。それがようやくこの目で直接見ることができ、その想いが成就したのです。人はそんな時に涙を流すのかもしれません。

 旅は始まったばかりです。だからきっと、2020年にオーストラリアでカプセルを迎えるまで……僕の涙は出ないのです。

 これには後日談があります。実はその後、この記事の事で永山さんとやりとりをしたのですが、実は彼女も同じ様に思っていて、感情に身を委ねる事が出来なかったそうです。話してみると二人共まったく同じ想いでした、2020年にオーストラリアで思いっきり泣こう!とそれぞれ思っていたのです。なんだかうれしくなりましたね。

 「はやぶさ2」はきっとやってくれるでしょう。僕も多くの人と共に、精一杯応援していこうと思っています。

映画「HAYABUSA2」の1シーン=上坂浩光さん提供
映画「HAYABUSA2」の1シーン=上坂浩光さん提供
映画「HAYABUSA2」の1シーン=上坂浩光さん提供
映画「HAYABUSA2」の1シーン=上坂浩光さん提供

 ◆こうさか・ひろみつ 映像クリエーター。プラネタリムのフルドーム映像作品「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」「ETERNAL RETURN」「MUSICA」「銀河鉄道999〜赤い星ベテルギウス」「HAYABUSA2」監督。有限会社ライブ代表取締役。数多くの映像制作経歴を持ち、CG黎明期の頃からCG映像制作に取り組む。

映画「HAYABUSA2」の1シーン=上坂浩光さん提供
映画「HAYABUSA2」の1シーン=上坂浩光さん提供

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